goo blog サービス終了のお知らせ 

元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「キングスマン:ファースト・エージェント」

2022-01-24 06:31:22 | 映画の感想(か行)
 (原題:THE KING'S MAN)前作(2017年)があまりにも低調であったため期待はしていなかったが、実際観てみると意外や意外の面白さだ。少なくとも、作品のアイデンティティを喪失したような最近の007シリーズよりは、スパイ映画としてのレベルはずっと高い。また歴史的事実に準拠したネタをふんだんに取り入れているため、重厚感さえ湛えている。これは必見と言えよう。

 20世紀初頭。英国の名門貴族であるオーランド・オックスフォード公は、軍隊を退役後に慈善活動を行っていた。しかし裏では、執事のショーラやポリーと組み、国際秩序を乱す者たちを制圧するというエージェントチームを結成して各種スパイ工作に励んでいた。そんな折、オーランドは盟友のキッチナー将軍から世界を転覆させようとする秘密結社“闇の狂団”の存在を知らされる。彼らの目的は、いとこ同士であるイギリス国王のジョージ5世とドイツ皇帝のヴィルヘルム2世、そしてロシア皇帝のニコライ2世を反目させて大戦争を起こすことだ。



 やがてオーランドたちの努力もむなしくサラエボ事件が勃発し、第一次世界大戦が始まってしまう。息子のコンラッドも含めたオーランドのグループは、戦争を早期に終わらせるために“闇の狂団”に対して戦いを挑む。国家権力から独立した諜報機関“キングスマン”の誕生秘話だ。

 とにかく、歴史上の人物が次々と登場するのが嬉しい。英国王たちやアメリカのウィルソン大統領はもちろん、この“闇の狂団”のメンバーというのが怪僧ラスプーチンにマタ・ハリ、レーニン、エリック・ヤン・ハヌッセンといった濃い面々で、それぞれが史実に近い行動様式を示す。それらのヒストリカルな事実と並行して、フィクションであるオーランドたちのミッションが展開するという段取りには拍手を送りたくなった。“闇の狂団”の首魁の正体は途中で分かってしまうが、それが瑕疵にならないほど作劇に力がある。

 マシュー・ヴォーンの演出は、前作とは比べものにならないほど筋肉質だ。また、オーランドチームが収集する情報が世界中のVIPの執事からのものであったり、コンラッドが従軍するくだりが「西部戦線異状なし」(1930年)を想起させるなどのネタも巧みだ。主演のレイフ・ファインズは絶好調で、王道のスパイ・アクションを披露している。

 ハリス・ディキンソンにジェマ・アータートン、ジャイモン・フンスー、チャールズ・ダンスといった顔ぶれは万全。ラスプーチン役のリス・エヴァンスの大暴れには笑ったし、トム・ホランダーが3人の王をすべて演じているというのも興味深い。ラストは続編の製作を匂わせるが、このまま舞台設定が現代に戻らずに、シリーズが歴史スパイ活劇路線に移行するのも良いのではないだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「彼女が好きなものは」

2021-12-27 06:33:18 | 映画の感想(か行)
 軽佻浮薄なラブコメのような“外観”に敬遠してしまうカタギの(?)映画ファンもいるだろうが(笑)、中身は真摯に作られた青春映画の佳編である。取り上げられた題材もさることながら、各キャラクターが十分に“立って”おり、ストーリーも説得力がある。こういう、若年層にアピールできるようなエクステリアを保ちつつも質は高いという作品こそ、実は今の日本映画には必要ではないかと思ってしまう。

 高校に通う安藤純は、自分が同性愛者であることをクラスメートはもちろん母親にも隠して生きている。彼には佐々木誠という妻子持ちの“恋人”がいて、ネット上ではMr.ファーレンハイトと名乗るゲイの友人と交流しているが、そんなことは周囲に一切明かしていない。ある日、彼は書店で同じクラスの三浦紗枝とバッタリ出会ってしまうが、彼女が手に取っていたのはボーイズラブ(BL)漫画だった。



 紗枝はBL好きであることを周りにひた隠しにしており、純に口止めをする。この一件が切っ掛けになり、2人は友人を交えて付き合うようになるが、やがて純は紗枝から告白される。彼は戸惑いつつも、彼女と交際を始めるのだった。浅原ナオトによる小説の映画化だ。

 いくらLGBTQがある程度市民権を得るようになったとはいえ、世間が色眼鏡で見てしまう風潮は厳然としてある。それを痛感しているからこそ、純はカミングアウトできず孤立している。同様に誠も他人に明かしていない(まあ、彼の場合は不倫なので当然だが)。それが紗枝という媒体を通して否応なしに外部との接点を持った途端、激しく純の世界は揺れ動く。またそれは本人に留まらず、当事者の家族や学校全体を巻き込んでの大きなうねりに発達する。

 純が引き起こしたあるアクシデントにより、全校生徒がLGBTQに関する議論に参加することになるのだが、この部分はドキュメンタリー・タッチで生々しい。同性愛を否定している者は一人もいないものの、皆どこか及び腰であるように見える。そこに純と親しい小野雄介が自分なりの思い切った考えを発露するに及んで、またまたドラマは大きく展開する。

 斯様にこの映画は主要登場人物の誰も甘やかしておらず、物語に対するスタンスを激しく律している。紆余曲折の末、純と紗枝が互いの関係性について“結論”を下す終盤の扱いは感動すら覚える。草野翔吾の演出は、おそらく長編と思われる原作を2時間に詰め込んでいるため説明不足の個所もあるが、おおむね及第点だ。

 純に扮する神尾楓珠は初めて見る男優だが、内面の表現が巧みで感心した。人気が出そうな外見も含めて、注目していきたい人材だ。紗枝役の山田杏奈は「ひらいて」に続く快演。見た目はタイプではないものの(笑)、かなりの実力者だ。抜群のコメディ・リリーフを見せる前田旺志郎をはじめ、三浦りょう太、磯村勇斗、山口紗弥加、そして今井翼と、キャストは皆好演。今年度の日本映画の収穫だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「カンパニー・マン」

2021-12-04 06:19:58 | 映画の感想(か行)
 (原題:CYPHER)2001年作品。デビュー作の「CUBE」(97年)が評価されたヴィンチェンゾ・ナタリ監督は、この映画でも“密室劇”を大々的に展開している。その仕掛けは賑々しくて結構なのだが、題材自体に新奇さが足りず、筋書きもそれに沿ったものてになっているため、インパクトはそれほどでもない。だが、最後まで退屈しないだけのヴォルテージは保持している。

 近未来のアメリカ。刺激が少なく張り合いのない生活を送っていたモーガン・サリバンは、やり甲斐を求めてハイテク企業として名高いデジコープ社の入社試験を受ける。採用されたモーガンを待っていたものは、デジコープ社のスパイとなってライバル企業であるサンウェイズ社の機密を入手するという、ヤバそうな仕事だった。



 それでも好奇心に駆られて引き受けた彼は、ジャック・サースビーという名と偽のIDカードを与えられ、早速業界のコンベンションに潜入して情報盗聴を開始する。ところが、仕事を進めるうちに彼は激しい頭痛と奇妙な映像のフラッシュバックに悩まされるようになる。そんな中、謎めいた若い女リタが現われてモーガンに意外な事実を告げるのだった。

 世界有数の産業スパイ派遣会社に入社した主人公は全米各地を飛び回るが、映し出されるのは飛行機の中だったり会議室だったり、およそ空間的な広がりが見られない“密室”ばかりだ。唯一“野外”を想起させる場面は彼が自宅に戻るために住宅地を車で走るくだりだが、ここでもカメラが俯瞰になると街全体が「CUBE」のような閉鎖的空間に早変わりする。

 このように映像面では(フラッシュバックの多用が気になるものの)個性を十分発揮しているが、内容はというと“ちょっと変わったスパイ・スリラー”の域を出ない。伏線を散りばめてドンデン返しを狙うプロットの積み上げは一応評価はできるものの、設定自体が“産業スパイ”という幾分古風なものであるためか、全体が小ぶりになってしまった。ここは何でもない市井の人間を主人公にして、日常が非日常に転化する際の落差を強調するようなシチュエーションにするべきだったろう。

 主役のジェレミー・ノーザムは悪くないが、ヒロインに扮するルーシー・リューはどうもルックスが好みではないので盛り下がってしまった(笑)。なお、シナリオ担当のブライアン・キングはヒッチコックのファンらしく、「北北西に進路を取れ」と酷似したシーンがあるのは御愛嬌だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「顔」

2021-11-20 06:59:25 | 映画の感想(か行)
 2000年作品。阪本順治監督と藤山直美(これが映画初主演)の組み合わせから予想されるコテコテの喜劇ではなく、あえてジットリとした犯罪ドラマにして、その中で随所にコメディ的センスを織り込もうとしている作戦が成功している。

 主人公の吉村正子(藤山)は、クリーニング屋を営む母親を手伝いながら家から一歩も出ない生活をしている、いわば“ほとんど引きこもり”状態の困ったおばさん。それが母親が急死した通夜の晩、ホステスをしている妹からキツい言葉を投げつけられたのにカッとなった正子は妹を絞殺。ここから数ヶ月に渡る正子の逃亡人生が始まる。82年に起きた、松山ホステス殺害事件の犯人である福田和子をモデルにして脚本化している。



 面白いのは、通常こういう犯罪逃亡劇では主人公がどんどん陰にこもって自暴自棄になるのに対し、犯罪がきっかけで世の中に出て行かざるを得なくなったこのヒロインの場合、逃げれば逃げるほどポジティヴで明るいキャラクターに変身していく点である。特に、豊川悦司扮する若い元ヤクザが、昔のしがらみから逃れられずに破滅していくエピソードがあるのは象徴的だ。

 ひと昔前の映画なら、この仁義を通すために孤独な戦いを挑んだ元ヤクザこそがヒロイックに描かれるはず。ところが、この映画ではヒロインを引き立たせるための些細なネタとしか扱われていない。そこには“どんなに孤高を気取ったヤクザだろうと、「社会性」という確固としたリファレンスの前では屁の突っ張りにもならない”という、作者のいい意味での達観があらわれていると思う。

 藤山は目の覚めるような快演で、その年の賞レースを賑わせた。なお、私は本作を某映画祭で観たのだが、舞台挨拶に出てきた彼女は意外にも(?)垢抜けた印象だがった(まあ、ちょっと太めだったけど ^^;)。

 豊川のほか、國村隼、大楠道代、岸辺一徳、佐藤浩市など、阪本作品に馴染みの深い面々がイイ味出しているし、渡辺美佐子、内田春菊、そして牧瀬里穂らの扱いも秀逸。中でもケッ作なのは酔っぱらいの労務者に扮する中村勘九郎(後の中村勘三郎)で、こういう方面の役を映画では中心にやってほしかったと思った。笠松則通によるカメラと、cobaの音楽が絶妙の効果。まずは観る価値満点の快作だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「かそけきサンカヨウ」

2021-11-15 06:37:03 | 映画の感想(か行)
 今泉力哉監督作品としてはヴォルテージがやや低いように思えるが、それでも繊細なタッチと丁寧な絵作りが印象的で、鑑賞後のインプレッションは良好だ。ここ数年続けざまに映画をリリースしている同監督だが、いずれも一定の水準を維持しているのは大したものだと思う。

 高校生の国木田陽は、音楽関係の仕事をしている父の直とふたり暮らし。画家だった母の佐千代は陽が幼い頃に家を出ている。それなりに平穏な日々を送っていた陽だが、ある日父親から突然“再婚する”と告げられる。そして、なし崩し的に義母の美子とその連れ子の4歳のひなたを加えた新たな家族の生活が始まる。陽は同じ美術部に所属する清原陸と仲が良いのだが、いまだ“付き合っている”という感じではない。そんな中、陸が心臓の手術で入院することになる。陽はその前に、陸と一緒に佐千代の個展に出掛けることにする。窪美澄による同名短編小説の映画化だ。



 斯様な設定にありがちな、継母との確執や勝手に後妻を迎えた父親への不信感といったネガティヴなモチーフが見当たらない。全員が見事なほど“いい人”なのだ。ただし、それを不自然に見せないのは作者の力量と、作品を覆う柔らかな雰囲気のせいだろう。もっとも、ヒロインは新しい母と妹のことより陸や友人たちとの関係を気にしている。家庭内で大きな問題が持ち上がっていないのならば、陽の関心が同世代の者たちに向くのは当然かもしれない。特に陸とのやり取りは、双方に悪気は無いのに気まずい状態になるという、微妙な空気が上手く掬い取られている。

 ただし、陽に対する佐千代の態度はいただけない。佐千代が離婚したのは陽が3歳の頃で、それからずっと会っていないため当初は陽を娘だとは分からないのは当然かとも思えたが、実は気付いていたというのは、作劇の不手際である。もっと別の描き方があったはずだ。とはいえ、ドラマティックな展開が無い代わりに、観る者に安心感を与えるマッタリとした作品のカラーは捨てがたい。

 売り出し中だという主演の志田彩良を初めてスクリーン上で見たが、ソツなくやっていながら、線が細く存在感に欠ける(友人役の中井友望の方が見どころがある)。今後の精進に期待したい。井浦新に鈴鹿央士、西田尚美、石田ひかりといった脇の面子は手堅く、美子に扮した菊池亜希子は相変わらずイイ女だ(笑)。

 あと関係ないが、直の愛用のオーディオシステムはプレーヤーがDENON製でアンプはサンスイ、スピーカーはパイオニアのものだった。しかし、どれも40年以上前のモデルで、満足に鳴るのだろうかといらぬ心配をしてしまった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ケイト」

2021-11-06 07:00:48 | 映画の感想(か行)

 (原題:KATE)2021年9月よりNetflixで配信。日本を舞台にした活劇編で、これはやっぱりアメリカ映画に付き物の“えせ日本”が炸裂しているシャシンかと想像したが、それほどでもないので一安心(笑)。ただ、設定には随分と無理があるのは事実。日本はもちろんアメリカにおいても“あり得ない筋書き”だ。しかしながら、ヤケクソ的な開き直りが感じられ、あまり嫌いにはならない。また、キャストの奮闘ぶりも光る。

 日本を根城に活動する女殺し屋のケイトは、東京でのヤクザの親分を片付けるミッションを最後に足を洗おうと思っていた。ところが仕事前に敵の奸計に嵌まり、毒を盛られてしまう。残された“余命”はほぼ一日。彼女は短い時間でターゲットを始末するべく、必死の戦いに身を投じる。

 ケイトと行動を共にするのが、以前大阪で彼女が手に掛けたヤクザの娘のアニだ。アニは親の敵が誰であることは知らないまま、ケイトの復讐劇に手を貸す。このモチーフはけっこう効果的で、いつアニが真実を知るのかというサスペンスに繋がっている。さらに、この一件には“裏の事情”があったというのも、まあ予想通りながら興味深い。

 セドリック・ニコラス=トロイヤンの演出は殊更才気走った箇所は無いが、前半の料亭での立ち回りやカーチェイスの場面は上手く撮っている。しかし、このような街中での大規模な刃傷沙汰が普通に展開するというのは、いかにも無理筋だ。さらには軍隊並に完全武装したヤクザ同士の出入りに至っては、いったいどこの世界の話なのかと思ってしまう。

 ただ東京の裏町の描写は「ブレードランナー」を意識しているみたいだが(撮影監督は「ドリームランド」などのライル・ヴィンセント)、取り敢えずは及第点だ。ラストの扱いはベタながら、けっこうグッと来た。主演のメアリー・エリザベス・ウィンステッドは大奮闘で、格闘シーンやガン・ファイトもソツなく見せる。

 アニに扮する日系カナダ女優ミク・マーティノーは日本語がたどたどしいが、まあ許せるレベル。ウディ・ハレルソンに浅野忠信、國村隼といった脇の面子は無難に仕事をこなしている。ネイサン・バーによる音楽や使用楽曲の質が大したことが無いのは残念だが、異色ガールズバンドのBAND-MAIDが登場するシーンはけっこうウケた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「キャッシュトラック」

2021-11-05 06:23:58 | 映画の感想(か行)
 (原題:WRATH OF MAN)ガイ・リッチー監督作としては、先日観た「ジェントルメン」と同程度のクォリティ(つまり、あまり上等ではない)。しかも、元ネタは2003年製作のフランス映画「ブルー・レクイエム」であり、彼のオリジナルでもない。筋書きも、凝っているようであまり練り上げられておらず、鑑賞後の印象は芳しいものではない。

 ロスアンジェルスの現金輸送専門の警備会社フォルティコ・セキュリティ社の従業員が、業務遂行中に強盗に襲われて死亡する事件が発生。同社は欠員を補充するため新人を募集するが、採用されたのがパトリック・ヒル、通称“H”である。英国人である彼はヨーロッパでも同様の仕事をしていたらしく、入社試験の成績はギリギリながらも合格。



 さっそく任務に就いた彼だが、またしても強盗団が襲来。だが“H”はアッという間に悪者どもを片付けてしまう。実は彼には“別の顔”があり、フォルティコ社に入ったのもある目的のためだった。そんな折、強盗団は最も現金が動くブラック・フライデーに同社に集まる大金を強奪する計画を立てていた。

 主人公の“H”は実は地元のシンジケートのボスなのだが、なぜかフォルティコ社の誰も彼のことを知らず、FBIすら“H”を野放しにしている。中盤に“H”が警備会社に入った動機が明らかにされるが、入社前に彼はターゲットを探すものの見つからないという謎な御膳立てが提示される。地域を仕切る大物ならば、スグに相手は特定出来ると思うのだが、そうならない理由も分からない。

 リッチー監督得意の“時制を前後させる作劇”も、元々の筋書きが単純なのであまり効果無し。クライマックスの激闘も、強盗団の手筈と現実の事件が同時進行するという一見トリッキィな仕掛けが用意されるが、大して意味のあることだとは思えない。そもそもこの計画自体が強盗団側もかなりの犠牲を伴うことが十分に予想されるシロモノなので、観ていて面倒臭くなってくる。

 主役のジェイソン・ステイサムは頑張っているが、活劇場面がガン・ファイト中心で、持ち味の肉体アクションが見られなかったのは残念。ホルト・マッキャラニーにジェフリー・ドノバン、ジョシュ・ハートネット、スコット・イーストウッド、ニアム・アルガー等の他の面子は可も無く不可も無し。ただ、アラン・スチュワートのカメラによる西海岸らしくない(?)暗鬱な映像や、クリストファー・ベンステッドの迫力ある音楽は及第点だった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「この茫漠たる荒野で」

2021-11-01 06:32:51 | 映画の感想(か行)

 (原題:NEWS OF THE WORLD )2021年2月よりNetflixで配信。「ジェイソン・ボーン」シリーズなどで知られるポール・グリーングラス監督作なので、ハードなアクションが展開するのかと予想したが、良い意味で期待を裏切られた。これは堂々とした風格のウエスタンだ。西部劇全盛時の作品群と比べても、まったく遜色がない。また、現代に通じるテイストも持ち合わせており、観て損のない佳編である。

 南北戦争終結から5年、元南軍大尉のジェファソン・カイル・キッドは、各地を回って住民たちに新聞に載っている世界中のニュースを読み聞かせる仕事をしていた。ある日彼は、馬車の事故現場に一人取り残されたジョハンナという10歳の白人の少女を保護する。6年前にネイティブアメリカンに連れ去られ、そこで育てられた彼女は英語が話せない。キッドは地区の管理事務所にジョハンナを連れて行くが、担当者が戻るのはかなり先だという。そこで彼は、彼女を親族のもとへ送り届けることにする。ポーレット・ジャイルスによるベストセラー小説の映画化だ。

 当然のことながら、旅する2人の行く手には難関が立ちはだかる。厳しい自然は容赦なく牙をむき、ならず者どもは次々と襲ってくる。だが、それらの描写にはスペクタクル性は希薄だ。適度な緊張感を維持しつつ、必要最小限の扱いで済ませている。元より、本作の主眼は活劇ではない。コミュニケーションとメディア・リテラシーの重要性こそが、この映画の主題だ。

 キッドとジョハンナは最初は話が通じないが、互いの心情と屈託を理解するにつれて徐々に距離を詰めていく。反面、血が繋がっているはずのジョハンナの親戚は、彼女を人間として見てはいない。キッドが聴衆に披露するネタは、皆が興味を持ち前向きになれるようなものばかりだ。いたずらに扇情的な記事は絶対に選ばない。いわば彼は、この時代の貴重なインフルエンサーだ。吟味された題材を効果的に伝える。それは、怪しげな情報が野放図に飛び交うばかりの現在に対するアンチテーゼとも言える。

 グリーングラスの泰然自若とした演出に加え、主演のトム・ハンクスがイイ味を出している。彼もそれなりに年を取り、ますます円熟味を増しているようだ。ジョハンナに扮するドイツの子役ヘレナ・ゼンゲルも実に達者。ダリウス・ウォルスキーのカメラによる美しい映像(映画館のスクリーンで観たかった)。ジェームズ・ニュートン・ハワードの音楽も万全。感動的な幕切れも含めて、鑑賞後の気分は上々である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「クーリエ:最高機密の運び屋」

2021-10-22 06:21:06 | 映画の感想(か行)
 (原題:THE COURIER )映画を無駄に長年観続けていると、それまで知らなかった事実を思い掛けず提示されることが少なくない。特に歴史を扱ったものに関してそれは顕著で、こちらとしても調べてみる契機になる。本作も同様で、ここで描かれた史実については全く知識が無かった。その意味で興味深いが、反面、事実の範囲内でしか物語が展開しないため。そこをどう面白く見せるかが送り手の手腕が問われるところである。

 1962年、冷戦真っ直中の米ソ間に新たな問題が持ち上がった。ソ連がキューバに核兵器を搬入したという疑惑が生じたのだ。詳細なソ連側のデータを得るため、CIAとMI6はスパイ経験の無い英国人ビジネスマンのグレヴィル・ウィンを情報伝達係としてモスクワに送り込む。彼が接触する相手は、国の姿勢に疑問を抱いているGRU(ソ連軍参謀本部情報総局)の高官オレグ・ペンコフスキーだ。クレヴィルはロンドンとモスクワの間を何度も行き来して情報を西側に流すが、やがてオレグの挙動に不信感を抱いていたKGBが調査を始める。



 いわゆるキューバ危機の裏側で、このような情報戦が展開されていたとは、映画を観るまでは関知していなかった。しかも、スパイに仕立て上げられたのがグレヴィルのような一般人であったことは、衝撃が大きい。主人公が諜報活動に荷担し、次第に神経をすり減らしてゆく様子は上手く描かれている。また、家族との仲がギクシャクしていくプロセスも容赦無しだ。

 対して、グレヴィルとオレグとの国境を超えた友情はしみじみと見せる。2人でボリショイ・バレエを観劇して感動を共有するシーンは、特に印象的だ。ただし、後半の筋書きは暗くて付いて行いけないところがある。もちろんこれは史実なのでストーリーの変更は出来ないのだが、やっぱりインテリジェントに関わる者にとっては情けは禁物であるという“真実”を突きつけられて、沈痛な気分になる。

 ドミニク・クックの演出は正攻法で、弛緩することなく映画を引っ張ってゆく。主演のベネディクト・カンバーバッチは大熱演で、肉体改造までやってのける役柄に対する熱意には、観ていて襟を正さずにはいられない。オレグ役のメラーブ・ニニッゼや、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリーといった他の面子も万全。ショーン・ボビットのカメラによる寒色系の映像も申し分ない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「空白」

2021-10-15 06:20:38 | 映画の感想(か行)
 世評は高いようだが、個人的にはとても評価出来ないシロモノだ。要するにこれは、無理筋の設定を限りなく積み上げて勝手に深刻ぶっているだけのシャシンである。さらに言えば、共感する登場人物がほとんどいない。もちろん、問題のある人間ばかりを集めてブラックなノリに持っていく手法もあり得るのだが、本作はどうも中途半端。特に終盤の腰砕けの展開には、タメ息しか出ない。

 愛知県蒲郡市で小さなスーパーマーケットを経営する青柳直人は、ある日女子中学生が化粧品を万引きする現場を目撃する。彼女を事務所まで引っ張っていく直人だが、スキを突いて彼女は逃走。彼は追いかけるが、その途中で彼女は道を横断しようとして交通事故に遭い死亡する。女子中学生の父親の添田充は、娘の花音が死んだのは直人のせいだと断定し、執拗に彼を付け狙う。さらに、充の抗議の矛先は学校やマスコミにも向かい、事件を面白がるネット民も煽り立てる中、事態は思わぬ方向へと展開していく。



 まず、スーパーの対応は明らかにおかしい。普通ならば防犯カメラの映像を見せて相手を問い詰めるところだが、予算の関係でカメラは設置していないという。そもそも、質問も無しにいきなり手首を掴んで事務所に連れ込み、相手に逃げられたら全力疾走で後を追うというのは、明らかに失態だろう。逃げた中学生も、交通量の多い道路に飛び出せばどうなるかは分かりそうなものだ。

 充は漁師だが、絵に描いたようなパワハラ野郎で、とうの昔に女房には逃げられている。ところが、なぜか花音の親権は手に入れているのだ。別れた妻はメンタルに問題があったらしいが、だからといって、家裁が横暴な充に娘の面倒を見られると判断した理由は不明である。マスコミの描き方は酷いもので、いくらマスコミ人種が横着とはいえ、あんな配慮を欠いた取材が許されるわけが無いだろう。現実の話ならば、直ちに訴訟ものだ。

 不思議なのは、この映画では当事者たちが右往左往するばかりで、警察その他の第三者がまるで介入してこないことだ。事故に関する刑事案件はどうなったのか、どうして誰も弁護士などの専門家の助言を得ようとしないのか、何も説明が無い。直人に何かとちょっかいを出すスーパーの女子従業員は鬱陶しく、充の“子分”である若造が、いくら邪険にされても充から離れようとしないのはおかしい。まさに“悲劇のための悲劇”というか、為にするような作劇の連続で、観ていて面倒くさくなってくる。

 さらには痛々しい人物たちの跳梁跋扈をみせられた後、ラスト近くになるとガラリと作品のカラーが変わってくるのだから、呆れてものも言えない。吉田恵輔の演出は力があるとは言えるが、彼自身が担当した脚本がどうしようもないので、全体的に空回りしている。主演の古田新太と松坂桃李をはじめ、藤原季節に趣里、片岡礼子、寺島しのぶなど悪くない面子を揃えているだけに、何とも割り切れない気分だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする