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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「雪の轍」

2015-07-22 06:21:55 | 映画の感想(や行)
 (原題:Kis Uykusu)インテリぶったオッサンが、延々とグチをこぼす映画。別にそれ自体がイケナイということではないが、セリフの扱い方には興趣が乏しく、映画として面白味が無い。これで3時間16分も引っ張ってもらっては、観る側にとっては辛いものがある。

 トルコの景勝地カッパドキアにあるホテル・オセロを経営する元舞台俳優のアイドゥンは、父の遺産を受け継いで何不自由ない暮らしを送っている。しかも妻は場違いなほど若く、妹は嫁ぎ先から出戻ってはいるが、それによって彼の生活に何か支障が生じるわけでもない。しかし、冬が訪れて観光客は一人また一人と去って行き、次第にホテルが雪に閉ざされていくにつれ、それぞれが胸に秘めていた思いが表面化する。



 アイドゥンはなかなか進まないトルコ演劇史の執筆に思い煩い、同時に“自分の人生はこれで良いのか”という気持ちも時折浮かび上がっていく。妻は無為に過ごすことに嫌気がさし、僻地の学校を支援する運動に没頭するようになる。妹は慇懃無礼な兄の態度に何かと難癖を付ける回数が多くなった。一方、アイドゥンから土地と家を借りている一家は借賃を滞納するようになり、家主との関係はギクシャクしている。

 主人公の気持ちは分からないでも無い。いくら生活に困っていないといっても、住んでいるところは外界から離れたリゾート地で、一般社会にコミット出来ないという焦りがある。だが、彼一人でホテル業を立ち上げたわけでは無く、演劇界にもさほど大きな実績を残していない。妻や妹にしても然りで、現状に不満があるといっても、それは自分のまいた種によりそういう境遇にいるだけの話であり、そこから抜け出すだけの度量も勇気も無い。そういうことを自覚するためだけに、この長大な上映時間と山のようなセリフが必要なのだったかというと、いささか疑問だ。



 ハッキリ言ってしまえば、同様のネタをたとえばウディ・アレンあたりが扱うと、ウィットと笑いと捻りを利かせつつも、1時間半程度に収めてしまうのではないか。道に迷ったインテリおやじの独白よりも、生活に困窮している借家の一家にもっとスポットを当てて描いた方が、ドラマティックな展開になったかもしれない。

 監督はトルコの巨匠と言われるヌリ・ビルゲ・ジェイランだが、日本公開は本作が初めて。第67回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞しているが、大きなアワードの受賞作が必ずしも良い映画とは限らないというのは毎度のことだ。

 主演のハルク・ビルギナーをはじめメリサ・ソゼン、デメット・アクバァといった顔ぶれは馴染みは無いが、いずれも悪くない演技だ。カッパドキアの景観は見もので、バックに流れるシューベルトのピアノ・ソナタも効果的。しかしながら、映画自体が無駄に冗長なので、あまり積極的に評価はしたくはない。
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「予告犯」

2015-07-20 06:17:28 | 映画の感想(や行)

 決して上等な映画ではないのだが、とても重要なテーマを扱っているおかげで、最後まで飽きずに画面に対峙することが出来た。また、本作の内容と似たようなことがいつ起きるか分からない時勢であることが、より一層この映画の存在感を大きくしている。

 頭から新聞紙を被った謎の男が、集団食中毒を起こしながら知らぬ存ぜぬで開き直る食品加工会社に対して制裁を加えると通告する動画がネット上に投稿される。そして間もなく食品加工会社の工場が放火によって炎上する。警視庁サイバー犯罪対策課のキャリア捜査官・吉野絵里香は捜査を始めるが、それを嘲笑うかのごとく第二・第三の事件が発生。やり口をまねする者も出現し、ついには政治家の殺害を予告する動画までアップされる。筒井哲也による同名コミックの映画化だ。

 この愉快犯は当初は悪質な食品メーカーをターゲットにしているが、その後はネット上でバカをやらかした“小物”を何人か血祭りに上げ、次は政治家という具合に行動に一貫性が無い。終盤にこのテロの本当の目的が語られるのだが、もう少し頭の良さそうな手口を考えても良かったのではないか。対する警察側も、班長の吉野のプロフィールこそ後半で簡単に紹介されるが、その他の連中のキャラクター設定は完全スルーであり“ただいるだけ”の状態だ。

 しかしながら、犯人グループが置かれた立場と、一方的にそれを糾弾するだけの吉野のスタンスとの間に屹立している“壁”の存在は、現代社会の鮮やかな縮図であると言える。吉野も犯人グループのリーダーである奥田宏明も、恵まれない幼少時を送っていた。だが、吉野は自力で這い上がり、今ではこの若さで警察内ではエリートコースを歩んでいる。

 一方、奥田も何とか頑張ってマトモな社会人になろうと努力するのだが、無理がたたって身体を壊し、一時的に社会からドロップアウトしてしまう。やっとの思いで復帰して職にありつくが、そこは酷いブラック企業で彼は爪弾きにされる。奥田の仲間の境遇も似たようなもので、つまりこの犯罪はずっと世の中から落ちこぼれてきた者たちの“反乱”という側面を持っている。

 そして、作者が肩入れするのは犯人グループの方だ。吉野は自分が逆境から抜け出してカタギの生活を手にしたことで、誰でもそうなることが可能だと思っている。さらに、それが出来ないのは当人の努力が足りないか、あるいは悪いのは何でも社会のせいにしてしまう甘ったれだと決めつけている。

 しかし、それは違うのだ。世の中には、努力の仕方も分からない者もいる。また奥田のように、頑張りが裏目に出てさらなる逆境に追いやられる者だっている。吉野だって、今の自分があるのは努力だけではなく運や周りの者のフォローがあったからだろう。彼女のように、自分の成功は全て自己の努力の賜物であり、負け組に甘んじている連中は自己責任であると勝手に断定している者が何と多いことか。この、他者の事情を考慮しようともしない“思い上がりの風潮”こそが世の中を閉塞させ成長を阻害する元凶なのだと指摘する、本作の志は決して低いものではない。

 中村義洋の演出は決してスムーズではないが、題材に引っ張られて破綻の無い仕事ぶりだ。奥田役の生田斗真はカッコつけているところが気になるものの、鈴木亮平や濱田岳、荒川良々といった脇の面子に助けられて何とか持ちこたえた。吉野に扮した戸田恵梨香も、ハード一辺倒ではない面を見せる終盤で表現力の幅を示す。またブラックな経営者に扮する滝藤賢一や腹黒い政治家を演じる小日向文世など、悪役もけっこうキャラが立っていて楽しめる。
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「約三十の嘘」

2015-02-19 06:28:01 | 映画の感想(や行)
 2004年作品。6人の詐欺師による、ママゴトみたいな“コン・ゲームもどき”に我慢できない人もいるだろうが、私は楽しめた。そもそも「avec mon mari」(99年)や「とらばいゆ」(2000年)の大谷健太郎監督に、本格的ミステリーを期待してはいけない(爆)。

 いかにも当時のこの監督らしい、ユルユルでぬるま湯に浸かったような雰囲気に身を委ね、あまりウケないギャグに“しょうがねぇなあ”と苦笑しつつ、その脱力的作劇の果てにある“面白うて、やがて哀しき人間模様”に想いをはせればオッケーなのだ。



 大阪駅発札幌行きの豪華寝台特急トワイライトエクスプレスに乗り込んだ詐欺師たち。今回のネタは偽物の羽毛布団で、ワンセット30万円の値を付けて500組売り切ろうという計画だ。無事に(?)北海道での仕事を終えて同じく寝台列車で大阪への帰途に就く一行だったが、万全を期すために大金の入ったスーツケースとその鍵を別々の者が持つようにする。ところが好事魔多し、夜が明けるとスーツケースは消えているではないか。果たして金を掠め取ったのは誰なのか。

 主人公たちは一流のペテン師を気取ってはいるが、やっていることは寸借詐欺に毛の生えたようなインチキ商法。ゲットした金は目標額に達しないものの、彼らにとっては大金だ。それが豪華寝台特急の中で紛失する。疑心暗鬼が駆けめぐるが、それでも彼らはチームを解散しない。たぶんカタギの世界で生きてはいけないであろう彼らが、互いの傷をなめながらも、精一杯イキがってみせるあたりは哀れさを誘う。

 でも“これで仕方がないじゃないか”という主人公たちの諦観を生暖かく(笑)見守るというのも、映画の楽しみ方としてまた一興ではないかと思わせる。特に椎名桔平と中谷美紀の、同病相憐れむような関係には納得した。妻夫木聡や田辺誠一も悪くない。

 クレイジーケンバンドの軽快な音楽とカラフルな舞台セットは良好。なお、八嶋智人がその頃の人気番組「トリビアの泉」の司会そのまんまだったのには笑った。
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「夢は牛のお医者さん」

2014-08-11 06:26:08 | 映画の感想(や行)

 これは良い映画だ。元々はテレビのドキュメンタリーなのだが、素材に対する粘り強い取り組みが可能になったのはテレビの特性によるところが大きい。そして、それを映画にしてまとめ上げた作者の真摯な姿勢と手腕に感心する。いわばテレビと映画のメディアとしての長所をミックスさせた佳編と言えるだろう。

 1987年、新潟県の雪深い村にある全校生徒9人の小学校に、この年は新一年生が入ってこなかった。寂しい思いをしている子供達のために、学校側はクラスメートの代わりに3頭の子牛を“入学”させ、皆で育てることにしたのだ。丁寧な飼育の甲斐あって3頭はスクスクと大きくなるが、中心になって世話をしていた当時3年生の和美は、将来は大型家畜専門の獣医になろうと決意する。両親は“そんな大変な仕事は女の手に負えるものではない”と反対するが、彼女の意志は固かった。そしてカメラは、獣医の夢をかなえようと奮闘努力する彼女の姿を、何と26年間も追い続けるのだ。

 最初はテレビ新潟が取り上げたローカルニュースの一つでしかなかった。それが人一倍熱心に取り組んでいた彼女がクローズアップされ、思いがけない“超長編ドラマ”が出来上がってしまう。製作スタッフの目の付け所が良かったのは言うまでもないが、そんなフレキシブルな対応ができたのも、小回りの利くテレビ局(しかも地方局)ならではの特徴であろう。

 彼女を見ていると、月並みな表現ながら“夢を追う”ことの大切さを痛感する。家族を説得し、自分の目標に向かって着実に歩んでいく。そこには何の迷いも無い。勉強漬けだった高校生活を経て、難関校に合格。獣医の資格を得て地元に戻り、広いエリアで家畜の世話をする職務に就く。やがて結婚して家庭を持つと共に、今では地域になくてはならない人材に成長する。早くから自分の使命を知って精進するということは、これほどまでに人を輝かせるものなのだ。

 また、彼女を支える親兄弟・祖母の佇まいも実に美しい。実家も牛を飼っているが、その他にも犬や猫、ウサギやモルモットなどが家や敷地の中を自在に動き回る。皆動物好きで、優しい心根を持っている。家庭環境の描写を丹念に掬い上げたからこそ、ヒロインのような生き方も納得出来るものがある。

 テレビ新潟の社員でもある時田美昭の演出はケレン味を抑えて対象を自然体に撮ろうという姿勢が窺われ、好感が持てる。また、2004年の中越地震の際に被災地に取り残された牛を救うシーンもあり、これがなかなかのスペクタクルで作劇の良いアクセントになっている。

 本宮宏美の音楽、エンディングテーマである荒井由実の「卒業写真」(歌っているのは地元シンガーのUru)、AKB48の横山由依によるナレーション、いずれも良好だ。幅広い層に奨められるドキュメンタリー映画である。
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「柳川堀割物語」

2014-06-27 06:33:56 | 映画の感想(や行)
 87年作品。題名のとおり福岡市柳川市の堀割の歴史と現状、それにまつわる人々の姿を描いたドキュメンタリー映画であるが、並の記録映画ではないことはスタッフの名前を調べればすぐわかる。製作が宮崎駿、監督が高畑勲。この二人については誰もがよく知っているだろうから、改めて紹介しない。彼らが作り上げた初めての実写映画である。

 映画はまず水路を行く小舟に備え付けられたカメラによって柳川の堀割とそこに住むいろいろな生物、水辺に住む人々の暮らしを紹介する。流れるようなカメラワークが印象的だ。現在、心地よい水辺環境として親しまれているこの水路は、かつて人々の生活をささえる重要な役割を担っていた。

 そして映画は堀割の生い立ちについての丁寧な説明をおこなう。筑後川の水を取り入れるために久留米・柳川両藩の争いがあったことなど、実に興味深い。柳川の水路がいかに市民生活に結び付いた合理的システムであるかも紹介される。しかもこの部分は得意のアニメーションを駆使して解説され、飽きさせない。



 70年代の列島改造の時代、柳川の水路は瀕死の状態だった。ゴミとヘドロで埋まり、ハエや蚊の発生源になっていた(“ブン蚊都市”という、有り難くないあだ名も付けられたらしい ^^;)。市当局は水路埋め立てを計画する。しかし、一人の市職員が立ち上がり、水路の浄化を呼びかけ、やがてそれは市民運動にまで発展する。ここがこの映画の本題だ。

 浄化運動と一言でいってもドブ川と化していた昔の水路の写真と現在の状態を比べるとそれが困難極まりないものであったことがわかる。この事実が、およそヒロイックにではなく、地道な調査と行動の結果、実現したということは、映画を観ても信じられないような、ひとつの小さな奇跡のようだ。奇跡は劇的なものの中ばかりではなく、こうした市井の人々にでも起こすことが可能なのだ。

 決して自然保護を声高に主張するだけのメッセージ映画ではない。視点はあくまでも水路と共に生きる柳川市民側にあり、自然をうまく取り入れた生活の素晴らしさがさりげなく強調される。そしてこの生活を保つために市民が不断の努力をおこなっていることも重要である。エコロジカルな生活はタダでは手に入らないのだ。

 もちろん、現在の柳川市は一見どこにでもある地方都市だし、水路の恩恵に浴しているのは水辺に住む一部の人々には違いない。それでもこの映画には感動する。宮崎駿と高畑勲の手による「風の谷のナウシカ」で、長老が“多すぎる火は何も生まない。水は100年かけて森を育てるのだ”と言うとおり、この作品は自然を破壊することで発展してきた日本に対し、実現したかもしれない“もうひとつの日本”を提示しているとは言えないだろうか。その意味で、この作品には「ナウシカ」の続編という側面もあるのかもしれない。

 映像が非常に美しい(カメラマンは「GO」などの高橋慎二)。水路とつき合う人々、“白秋祭”に集う人たちの表情の豊かさにも心を打たれてしまう。実に透明な美しさに満ちた映画だ。
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「闇の帝王DON ベルリン強奪作戦」

2014-06-23 06:18:30 | 映画の感想(や行)

 (原題:DON 2 )2011年作品。2006年に公開されたインド製アクション巨編「ドン」の続編で、福岡市総合図書館映像ホールで上映されたインド映画特集の一本として鑑賞した。そこそこ面白く観ることが出来たが、残念ながら前作には及ばない。

 アジアで確固たる地位を築いた犯罪王ドンは、今度はヨーロッパの裏社会を手中に収めるべく動き出す。まずはドンがインターポールに出頭。逮捕・収監される。しかしこれは計略の一環で、目的は獄中の(前作の悪役である)ワルダンとの接触であった。彼を仲間に引き入れると、揃って脱獄。舞台はベルリンに移り、ドン達はドイツ中央銀行の地下にあるユーロ札の原版を強奪しようと企む。

 インターポールの女性捜査官ロマはドンを追ってベルリン入りし、さらには裏社会と繋がっているドイツ中央銀行の幹部らもドンを抹殺しようと画策。元より腹黒いワルダンも、いつ裏切るか分からない。かくして三つ巴・四つ巴の攻防戦が賑々しく展開される。

 まず不満なのが、インド映画得意の歌と踊りのシーンがほとんど無いこと。劇中にはそれらしいものが一回、あとはラスト・クレジットのバックに挿入されるのみだ。これではインド製娯楽映画のフィルターを通して“それらしく”楽しむことが出来ない。だから通常のアクション映画と同次元で評価するしかないのだが、結果として“中の上”ぐらいの採点しか付けられない。

 筋書きは悪くない。最後のドンデン返しも鮮やかだ。しかし、どうにもドラマ運びが緩い。前回に引き続いて登板したファルハーン・アクタルの演出は、歌と踊りをフィーチャーしたお馴染みのスタンスで仕事に臨んでいるため、ガチンコの活劇演出としてはどうしてもスキが多くなる。アクションシーンもハデだが、キレがイマイチだ。

 主演のシャー・ルク・カーンは相変わらずの“俺様主義”を貫き、唯我独尊的にスクリーンの真ん中に陣取っている。今回は男臭いヒゲ面にも挑戦し、イモい容貌をカバーしようとしているところ(?)は御愛敬か。パート1に続いてロマに扮するプリヤンカー・チョープラー(元ミス・ワールド)は変わらぬ美貌を見せる。ドンの情婦を演じるララ・ダッタ(元ミス・ユニバース)もかなりの美人だ。スター性のある面々が顔を揃えているので、リッチな気分は味わえよう。
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「闇金ウシジマくん Part2」

2014-06-02 06:18:35 | 映画の感想(や行)

 前作よりも面白い。監督はPart1から続投の山口雅俊だが、前回の欠点を出来るだけ潰してタイトな作りに持っていこうとしている。その改善方策とは、脚本の精査とキャスト全体の演技力の押し上げだ。この姿勢は評価すべきだろう。

 主人公・丑嶋が経営する“カウカウ・ファイナンス”は、10日で5割という暴利をむさぼる闇金融だ。こんな無茶苦茶な業者の元にも、普通にお金を工面できない甲斐性なしの連中が連日詰めかけてくる。今回の“顧客”は、誤って暴走族のヘッドの愛沢が所有するバイクを拝借して壊してしまった無職の若造マサルだ。愛沢から“カネを借りて弁償しろ”と凄まれて“カウカウ・ファイナンス”に転がり込んできたマサルだが、なぜか丑嶋に気に入られ、そこで働くことになる。

 一方、新人ながら野心たっぷりのホストであるレイは、ひょんなことで知り合った少女・彩香と懇ろになり、彼女に貢がせて店内での階級を上げようとする。まとまった金が必要になった彼女は“カウカウ・ファイナンス”に都合を付けてもらおうとするが、いくら闇金融でも未成年で一見の客である彩香に大金を貸すはずもない。そんな中、狂的なストーカーの蝦沼が彩香を付け狙う。

 登場人物が多いが、各キャラクターが“立って”いることもあり、分かりにくさを感じさせない。感心したのは、登場人物たちのモノローグが時折挿入されることだ。それも展開をいちいち説明するような芸の無いものではなく、観客がスムーズにストーリーを追えるようにするため、いずれも簡潔にまとめている。さらに、見た目や行動で十分であるようなキャラクターにはモノローグが付与されていないのも納得した。

 一見バラバラになっていた各エピソードが、中盤以降収まるところに収まっていくあたりも申し分ない(おそらくは原作をあまり弄らずにトレースしているせいかもしれないが ^^;)。前作では無駄に長かったバトルシーンも短時間に刈り込まれている。

 林遣都の熱演だけが浮いていたPart1とは違い、今回はキャスト陣の“平均演技力”は高い。主演の山田孝之は相変わらずながら、マサル役の菅田将暉、愛沢に扮する中尾明慶、丑嶋をサポートする戌亥を演じる綾野剛、レイ役の窪田正孝、頭がぶっ飛んだ女金貸しに扮した高橋メアリージュンなど、活きの良い若手をずらりと並べてそれぞれ持ち味を発揮させている。

 光石研やキムラ緑子らベテランも良い味出しているし、蝦沼役の柳楽優弥は“新境地”を開拓したかもしれない(爆)。個人的に印象的だったのは彩香を演じる門脇麦で、顔立ちは地味だが何やらヤバい雰囲気を醸し出しており、期待の持てる新鋭だろう。いずれにしても、前作での大島優子みたいに演技がまったく出来ないヤツが出てこないだけでも有り難い。

 お手軽な娯楽編なのでそんなに持ち上げる必要も無いが、時間潰しにフラリと入った映画館でこの程度の(低くはない)レベルの作品を観ることが出来れば文句はないだろう。Part3が作られるかどうかは分からないが、評判が良ければ観てみたい。
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「欲望のバージニア」

2013-07-24 06:18:03 | 映画の感想(や行)

 (原題:LAWLESS )以前観た「L.A.ギャングストーリー」と、印象はほとんど一緒だ。つまりこれは、娯楽西部劇である。時事ネタとか大仰なテーマ性とか、そういう柵から距離を置き、単純明快な割り切り方で観客を楽しませることに徹している。史実を元にしているあたりも共通していると言えよう。

 禁酒法が敷かれていた1930年代。バージニア州フランクリンは、世界有数の密造酒の産地だった。中でも幅を利かせていたのが、怪力で大酒飲みの長男ハワードと才気走った次男のフォレスト、そして野望を持ってはいるが線の細い三男ジャックから成るボンデュラント3兄弟である。

 当局側とは付かず離れずの関係を築き、果敢な営業活動で高収益を挙げていた。ところがある日新任の特別取締官レイクスがこの地区の担当として着任し、密造酒業者達を締め上げに掛かる。その遣り口はヤクザ顔負けで、目的のためならば脅迫や人殺しも平気でおこなう。当初は上手くやり過ごそうと構えていた3兄弟だが、身近な人々が犠牲になるに及び、とうとう堪忍袋の緒が切れる。

 勝因はキャラクターが立っていることだろう。3兄弟は過去に修羅場を何度も潜り、そのたびに復活を遂げ、人々から“不死身”と呼ばれている。事実、そのタフネスは観ていて笑ってしまうほど凄い。

 本来ならば“絵空事に過ぎる”と突っ込みを入れるところだが、3人の性格設定が上手い具合にそれぞれをカバーするようになっており、一人ずつでは大したことが無くても兄弟揃えば“何かあるぞ”と思わせてしまうあたりは納得してしまった。特に次男フォレストの、剛胆でありながら惚れた女に対しては奥手であるところはチャーミング度を大幅アップさせている(笑)。

 「ザ・ロード」などで知られるジョン・ヒルコートの演出は取り立てて技巧的に優れている点があるわけではないが、ドラマを停滞させないだけのテンポの良さと丁寧にシークエンスを積み上げる手堅さは評価出来る。そしてアクション場面にはキレの良さも見せる。

 フォレスト役のトム・ハーディ、ハワードに扮するジェイソン・クラーク、そしてジャックを演じるシャイア・ラブーフ、いずれも好演だ。敵役はガイ・ピアースだが、これが実に憎々しくてアクが強くて出色である。ジェシカ・チャステインやミア・ワシコウスカなどの女優陣も良い。

 禁酒法時代が終わり、エピローグで3兄弟の“その後”が語られるが、不死身伝説が思いがけない形でエンドマークを迎えると共に、ラストのクレジットで実際の3兄弟の写真が紹介されるに及び、鑑賞後の味わいはなかなか深いものがある。
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「雪国」

2013-06-06 06:33:31 | 映画の感想(や行)
 この前上京した際、時間が空いたので映画でも観ようかと思ったのだが、東京もミニシアターの閉館が相次いでいるせいか、上映している作品は福岡でも封切られているものが多い。仕方なく神保町シアターで古い日本映画を観ることにした。それが昭和40年に松竹が製作したこの映画だ。

 有名な川端康成の小説の映像作品としては昭和32年に豊田四郎監督が手掛けた東宝版(私は未見)がよく知られているが、それに対してこの大庭秀雄監督による映画はイマイチ地味な評価であるらしい。実際作品に接してみると、その理由がよく分かるような、何ともパッとしない出来であった。



 東京に住む翻訳家の島村が雪深い温泉町で出会った駒子と、ゆきずりの恋を交わす・・・・という話は誰でも知っているので粗筋は省略するが、本作ではどう見ても、映画が“身勝手な男と幸薄い女とのアバンチュール”といった下世話な次元に留め置かれていて、燃え立つような情念も屈折した欲望も描けていない。観ていて全然ワクワクしないのだ。

 単に“脚本通りやりました”といった感じでストーリーを平板に追うのみである。島村の過剰なモノローグも鼻につき、中盤以降はどうでもよくなってくる。撮影に成島東一郎、音楽は山本直純という大御所を起用しているにもかかわらず、ほとんど印象に残らない。

 演出が冴えないせいか、主役の木村功がとてつもなく大根に見えてしまうのも痛い。ただ、駒子役の岩下志麻と葉子に扮した加賀まりこは実に魅力的だ。彼女達のプロモーション・フィルムとして観れば、そこそこ楽しめるのかもしれない。置屋のお内儀を演じた清川虹子も絶妙のコメディ・リリーフだ。

 そういえば昔、片岡義男による「雪国」のパロディで「新・雪国」というのを読んだことがあるが、今映画化するとしたらそっちの方が面白くなるかもしれない(笑)。
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「ユリョン」

2013-02-17 08:43:01 | 映画の感想(や行)
 (英題:Phantom, the Submarine)99年韓国作品。精神錯乱に陥った上官を射殺して死刑に処せられたはずの将校が送られたのは、軍の核兵器基地。そこに集められた男たちは極秘の任務を遂行するために、表向きは“死んだこと”になっている。そのミッションとは、ロシアから運ばれた原子力潜水艦“幽霊(ユリョン)”に搭乗し、日本領海へ侵入することだった。監督は「ナチュラル・シティ」などのミン・ビョンチョン。

 かなりトンデモな設定で、下世話な反日感情を狙って製作しているのがミエミエだが、意外にも面白い。全編を覆う緊張感と、破綻を見せない骨太な演出により、最後まで退屈せずにスクリーンに対峙していられる。特に潜水艦同士の海戦シーンの迫力は、ハリウッド映画など軽く上回る。



 それはつまり切迫度の違いってことだろう。頭の中だけで思いついたアイデアを大金かけて商品にしただけ(例:「クリムゾン・タイド」等)のハリウッドと、今も準戦時体制にある韓国とでは求心力が違う。だから「韓国五千年の歴史」とか「今は日本と戦争する準備ができていないからダメだ(準備が出来れば日本と戦争してもOK)」なんていう失笑してしまうような無茶苦茶なセリフにも違和感がそれほどなくなってくるのだろう。

 チェ・ミンスやチョン・ウソン、ソル・ギョングといった面構えの良い役者を集めているのもポイントが高い。
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