ニューヨークの想い出

ニューヨーク生活20年間の想い出を書いていこうと思います。

1142、ダイナー

2011年05月02日 | Weblog
最近カラオケのグループを作りました。
現在会員5~6人ですが徐々に増やしていこうと思います。
先日、私と同年代の女性が西田佐知子さんの「アカシアの雨がやむとき」を歌いました。
私が初めて本物の歌手を見た(聴いた)のは西田佐知子さんで、中学生のころ前橋市に来たとき聴きに行きました。
ラジオやテレビは「アカシアの雨がやむとき」、「コーヒールンバ」などの曲をよく聴いていましたが。

1974年頃アメリカ旅行をしていたとき、ラジオから「アカシアの雨がやむとき」が流れてきました。
当時は日本の歌を流すラジオ局はほとんどありませんでしたが、南部の片田舎で突然日本の歌が流れてきたのでびっくりしました。
アメリカに行って半年くらいが過ぎた頃で、懐かしく聞きました。(少しホームシックになった。)
大衆レストラン「ダイナー」でランチを食べていたときです。
ダイナーはプレハブのような簡単な作りの店が多く、全米にあります。
トレーラーハウスのような店もあり、その起源は移動屋台です。
ここではハンバーグやチキンなどのアメリカ料理が3ドルくらいで腹いっぱい食べられました。
マクドナルドやケンタッキーはメニューも限られていますが、ダイナーはスープなどの暖かい料理も豊富で、アメリカ料理を中心とした幅広いメニューがあり、「大衆食堂」という感じです。
古き良き時代の雰囲気があり、ミュージック。ボックスが置いてある店もありました。
ここでスクラブエッグに醤油をかけて食べたことがあります。
591、ソーイ・ソース」を参照
ニューヨークなどの都市部では24時間営業の店もありました。
コーヒーは50セントくらい(30年前)で、車の運転で疲れたときなどはテイクアウトして飲みました。(当時スターバックスはなかった。)

70年代後半にウオークマンが発売されてからは、旅行に日本のテープも持っていきましたが、74年頃のラジカセは大型で持ち運びには不便でした。
この頃ニューヨークの町では大型のラジカセを肩に担いで大音量の音楽を聴き、リズムを取りながら歩く人をよく見かけました。(黒人が多かった)
953、さらばウオークマン」を参照