湯島天満宮
泉鏡花の小説「婦系図」が1955年に「婦系図湯島の白梅」として映画化されて脚光を浴びた舞台でもあります、創建は南北朝時代の天平10年(1355)に菅原道真を勧請して合祀と言われるが、社伝では雄略天皇2年(458)創建となっている様です。江戸時代(享保期)、目黒不動尊、谷中の感応寺と併せて湯島天満宮が幕府から富くじ発行を認められ「江戸の三富」として江戸庶民の人気を集めたと言われており、いずれにしても古い歴史をもった由緒ある神社です。
湯島台地に建つ天満宮へは急な階段の「男坂」となだらかな「女坂」を登ったところにあります
社殿背後の都営住宅が目障り
女坂
多くの受験生から祈願を受ける天神社、社殿を取り巻く様に「合格祈願」の絵馬、そして合格後に書かれた「お礼」の絵馬が掲げられていた
2月8日~3月8日まで「梅まつり」開催中
境内の紅梅、白梅の開花状況はまだ3~5分咲きと写真的には期待外れだが、多くの人が訪れていた
私が好きな社殿裏にある枝垂れも3分咲き
盆栽の梅は満開
同じ枝から紅白の花が咲いていた
「中山のおひなまつり」
JR総武線下総中山から続く参道と法華経寺が「まつり」の舞台です。
下総中山には「東山魁夷美術館」もあります JR総武線下総中山駅構内にも「ひな壇」が飾られていた
「法華経寺」に続く参道 参道にある寿司屋にも「ひな飾り」があった
商店の店頭に飾れていた雛人形
市民から寄贈を受けた民家が「清華園」として市が整備、「おひなまつり」の主会場となっていた
この季節になると一般家庭から借りた「おひなさま」が和室に飾られる
つるし雛
法華経寺
今から750年前の鎌倉時代、日蓮が布教の際に迫害に遭い、下総を支配する千葉氏の臣下で八幡庄の富木常忍等が日蓮を迎え入れ保護、その後、法華堂を造営して安息の地として提供したのが寺の起源と言われる、天文14年(1545)に古河公方足利利晴により「諸法華宗之頂上」という称号が贈られ「法華経寺」が誕生する。
同寺は日蓮宗の六大本山と言われており、境内にある聖教殿には「立正安国論」など国宝、重文となっている日蓮直筆の書等が多数保管されてる。
仁王門
2月16日、河津桜が咲きだしていた
江戸名所図会に描かれた「妙法華経寺」
荒行堂前の枝垂れ梅が満開
祖師堂(重文)
享保4年(1719)に造られた大仏
元和8年(1622)に本阿弥光室が加賀前田家の援助を受けて建てられた五重塔(重文)
大仏、五重塔をバックに紅梅が咲いていた 祖師堂の渡り廊下、奥に進むと聖教殿があった
法華経寺の本堂である法華堂、建立は室町時代と言われる(重文)
法華堂脇のしだれ梅が満開
鎌倉の愛染堂にあったものを移築したと言われる室町時代後期に造られた四足門(重文)
日蓮手書き文書が収められている聖教殿
法華経寺本院、奥に鬼子母神堂がある
院内の入り口と鬼子母神堂に続く廊下に雛飾りがあった
参道にあった手造り「つるし雛」屋さん
安房神社
江戸名所図会に「安房の須明神社」と記載されている由緒ある神社
小さな社殿の中にも雛人形が飾られていた 、雛人形は地元の有志から借りたものだそうです
戸定邸 http://www.city.matsudo.chiba.jp/tojo/annai.html
水戸徳川家藩主徳川斉昭の7男で徳川幕府最後の将軍慶喜の異母弟昭武が明治17年(1884)に建てた邸宅、その後、松戸市に寄贈され1951年に国の重文に、庭園も国の名勝に指定されている。
昭武は明治維新後、最後の水戸徳川家藩主としてこの邸宅に居住、なお兄で徳川幕府第十五代将軍慶喜も、度々訪れていた様です。
戸定が丘歴史庭園「戸定邸」の入口 平成22年に天皇・皇后陛下が行幸された記念碑
庭園に行く途中にある茶室「松雲亭」
庭園から見た戸定邸
庭園の梅
紅梅は見頃となっていたが、白梅はまだ1~2分の咲き
枯れかかった幹からも、けなげに枝に花をつけていた
訪れる人はまばらだが、熱心に絵を描く人も、なお庭園の隣には千葉大園芸学部と庭園があり、時々解放されます
河津桜
邸宅前に1本だけある河津桜の木、ちらほらと咲きだしていた
重要文化財「戸定邸」
木造平屋一部二階建てで延べ床面積725㎡、9棟の建物に23室あるそうです。
邸入口、松戸市が管理、ボランティアがガイドをしてくれます
重要文化財指定書 邸内の「使者の間」から見た茶室「松雲亭」
邸内から見た庭に咲く紅白の梅
「使者の間」から見た紅白の梅
庭園の白梅は2分咲きだが、邸宅庭の刈り込まれた白梅と紅梅は、満開
邸宅にある部屋はすべて和室
二の間・客間 月三回解放される庭、以前は富士山が望めた様だが、現在は江戸川と常磐線、外環道と殺風景な眺めでした
浜離宮恩賜庭園
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index028.html
汐留の高層ビル群と東京湾の間に位置しており、江戸時代は江戸城の出城としての役割をになった徳川将軍家の庭園です。
2月6日、JR新橋駅から徒歩15分程で到着、午前10時前に入園した為、まだ訪れる人もまばらでしたが、時間が経つにつれて観光客が増えてきた。