入院する直前、ボクは書店で加島祥造さんの『HARA??腹意識への目覚め』(朝日文庫)に巡り合った。その本は、加島さんが77歳で前立腺除去手術によって開腹した時に気付いた体験を綴ったものだ。詳細はその小振りな著作自体に当たってもらうことを願うが、『老子』の自由訳というか超訳を出版なさっている加島さんはもともと英米文学の研究者で、そもそもは東洋哲学や思想とは無縁に生きてきた。そして、その超訳(自由訳)『タオ/老子』は、ボクもかって読んでとても学ばせてもらった。
書店の棚でそんな小振りな本はボクに向かって手招きしていた。まして、ボクも小さいながらも開腹手術をする直前だった。そこになにがしかのシンクロニシティを感じたのは、致し方のないことだっただろう。
しかし、手術後を含めて3日もかからずに読んでしまったその本は、出会いの衝撃のわりにはいかにも物足りない書物だった。なにがしか『気の研究』のような哲学的論考に至らずとも、「腹意識」への気付きが、深く腑(ハラ)におちるような認識にいざなってくれるものと期待していたからだ。そう、武道に近接するような論考に……。
臍下丹田(せいかたんでん)という武道や、東洋体育道に共通するだろう意識は、「気」のめぐりの考え方から言っても中心概念ではないかと思うのだが、その「ハラ(肚)」意識にはさらりと触れただけで、加島はD・H・ロレンスの太陽中心叢や、母系性社会の優しさといった展開に行ってしまう。そしてそれがタオにつながるものだと結論づけるものだ。いわば、我田引水の展開と言えるだろう。
たしかに、ヘソは臍帯(ヘソの緒)を通じて母胎とつながるものだった。だからと言って個人個人はストレートにグレートマザー(太母神あるいは地母)とはつながることはないだろう。母系性にやさしく抱かれるということはないだろう。むしろ換骨奪胎された母系性は、歴史的に我が国の天皇制が荷ってきたのではないかという考え方もあり、高群逸枝(詩人、女性史家。1894~1964、熊本県生まれ。 「招請婚の研究」、「母系制の研究」、「女性の歴史」、「火の国の女の日記」など)の著作・研究で明かにされた我が国に近世まで残っていた母系性の名残り(招請婚)は、父権性の権化たる武家社会に簡単に駆逐されたものではないからである。
さて、その加島さんもその「あとがき」で腹式呼吸(丹田息)について、やっと触れている。山も海もハラから笑うように、タオ(道)への展開は丹田息(腹式呼吸)から始まるとボクは思うのではあるが……。
とはいえ、開腹手術をしたのちシャックリは平気だったのに、笑うことがハラに響くことから加島さんが自己発見したこの認識は、ボクにも共通するものだった。
だけれど、ボクはもうひとつ気付いた。クシャミは、その度にボクのハラに激痛をもたらしたのだった(笑えない)。だから、お願いだからボクのいないところで、ボクのウワサはしないでくれたまえ(笑)。
書店の棚でそんな小振りな本はボクに向かって手招きしていた。まして、ボクも小さいながらも開腹手術をする直前だった。そこになにがしかのシンクロニシティを感じたのは、致し方のないことだっただろう。
しかし、手術後を含めて3日もかからずに読んでしまったその本は、出会いの衝撃のわりにはいかにも物足りない書物だった。なにがしか『気の研究』のような哲学的論考に至らずとも、「腹意識」への気付きが、深く腑(ハラ)におちるような認識にいざなってくれるものと期待していたからだ。そう、武道に近接するような論考に……。
臍下丹田(せいかたんでん)という武道や、東洋体育道に共通するだろう意識は、「気」のめぐりの考え方から言っても中心概念ではないかと思うのだが、その「ハラ(肚)」意識にはさらりと触れただけで、加島はD・H・ロレンスの太陽中心叢や、母系性社会の優しさといった展開に行ってしまう。そしてそれがタオにつながるものだと結論づけるものだ。いわば、我田引水の展開と言えるだろう。
たしかに、ヘソは臍帯(ヘソの緒)を通じて母胎とつながるものだった。だからと言って個人個人はストレートにグレートマザー(太母神あるいは地母)とはつながることはないだろう。母系性にやさしく抱かれるということはないだろう。むしろ換骨奪胎された母系性は、歴史的に我が国の天皇制が荷ってきたのではないかという考え方もあり、高群逸枝(詩人、女性史家。1894~1964、熊本県生まれ。 「招請婚の研究」、「母系制の研究」、「女性の歴史」、「火の国の女の日記」など)の著作・研究で明かにされた我が国に近世まで残っていた母系性の名残り(招請婚)は、父権性の権化たる武家社会に簡単に駆逐されたものではないからである。
さて、その加島さんもその「あとがき」で腹式呼吸(丹田息)について、やっと触れている。山も海もハラから笑うように、タオ(道)への展開は丹田息(腹式呼吸)から始まるとボクは思うのではあるが……。
とはいえ、開腹手術をしたのちシャックリは平気だったのに、笑うことがハラに響くことから加島さんが自己発見したこの認識は、ボクにも共通するものだった。
だけれど、ボクはもうひとつ気付いた。クシャミは、その度にボクのハラに激痛をもたらしたのだった(笑えない)。だから、お願いだからボクのいないところで、ボクのウワサはしないでくれたまえ(笑)。