![Missions_live_4_2 Missions_live_4_2](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/85/142b010458dfbcf23aae9b705c3a53e0.jpg)
急遽手伝ってくれたさっちゃんのジャンベが腹に響く。そのリズムにのせて盛り上がる、BEMさんのサックスが吠え、ララリーヌさんが、素敵なコーラスをつけてくれる。即興パートで、リズムに載せほとんどヒップホップになったところで、会場のみなが足踏みで応えてくれた。観客と一体となって、ボクはポエトリーのメッセージを吠え続ける。これをひそかにコヨーテ・プロジェクトと名付けていた。みなが、都会と言う砂漠の中で孤独なたましいをかかえるコヨーテなのだ。みながその肉体の中に、野生をもっているはずなのだ。いや、原野と同じウィルダネスをもっている。
孤独なたましいが、都会の中のライブハウスという空間で、仲間を呼び合っているのだ。荒野に叫ぶオオカミなのだ。だから、オオカミと遊べ!
オオカミと遊ぶおとこ、あるいはカミナリを呼び寄せる勇者、あるいはワシの羽を身に付けたおんな??大いなる精霊の意志を生きる部族(トライブ)なのだ。
ビートニクスってそういうことだったんじゃないか? 50年前、数人のヒップな詩人、小説家そして単なるジャンキーが寄り集まり、自然発生的にできたグループが「ビート・ジェネレーション」と呼ばれてゆく。マスコミに書き立てられ、いみじくも対アメリカに対する軍事的対抗として打ち上げられたソ連(当時)の「スプートニク」をもじって「ビートニク(ス)」と揶揄(やゆ)された。
つまり、強大な世界(大戦)の勝者アメリカに唾し、反抗し、対抗する存在だと名指しされたのだ。
いま、格差身分社会になりつつあるこの国で、職業からも権利からも遠くへだてられつつある若者たちが対抗文化のあらたなる担い手になるべきだ。
ネオ・ビート・トライブ(ネオ・ビート・ジェネレーション)は、確実に生まれようとしているのだ!
この日、外は冷蔵庫の中のように寒かったが、クラブ・ミッションズの中はどこよりも熱かった。
ボクのあとに、さっちゃんの参加バンド「Kora Cora」、続いて「ウワサの二人組」、MONGOOSE HELL LAZERSときてトリは「ねたのよい」である。時間を忘れたくらいライブ・ハウスの中は、轟き、みな踊っていた。素晴らしいライブがたたみかけるひと夜だった。
「ねたのよい」はみずから、そのライブを通じて新しいムーブメント(「ねたぞく」)まで作り出そうとしているのかもしれない。そのとりあえずの目標が8月12日の「ねた祭り」だ。さぁ、いよいよ目が離せなくなったぞ!
(写真4)きっとこの日のライブハウスの中では最年長。60年代からのメッセージを「いま」という時代の熱い鼓動につなげるため、オイラもライブハウスで熱く燃えるのだ(笑)!
<カメラ:ハリー(写真2~4)←ありがとう!>