![mothertree_2 mothertree_2](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/0d/9d/d95daaab3264396f6581ac9b7822ad02_s.jpg)
すぐさま撮影クルーは樹木葬地へ向かう。ボクはそのために持参したパンジーや、母の好きだったシクラメンなどの花をビニール鉢から母のヒメコブシの木の前に植え代えた。
ずっとやろうと思いながら、ここで樹木葬関連の集まりがあるときは、寺男としてお手伝いをしているので、そのような時間がもてないでいたのだ。他の方の樹木の周りは、まるで花園のように美しくミニ花壇が出来ているようだ。
べつにそんな決まりも、また禁止事項もないのだが、やはり自然な思いとしてお骨の上に植樹した樹木を、墓のようにお参りしたいという心情はわきおこるのだろう。
そこから樹木一般や自然界や生類へのいたわり、愛する気持ち(エコロジー的な)へつながるのかは今のボクにはわからない。
樹木葬地は第2区画も認可され、もう契約が3割近く入っていたから樹木葬自体の求め方は様々になっていくのだろう。それこそ経済的理由から、先祖からの墓に入れないなどの「家」の問題などが先行してくるのかも知れない。
里山の復活や、森の回復と言う理念の次元ではどうなのだろうか?
そのようなことをどのくらい理解された方が、現在、会員になっているのだろう(この寺での樹木葬は会員制になっています)?
撮影の準備ができ、もうすぐ夕刻と言う時間にボクは母のヒメコブシの木の前で、その樹木葬地に葬られた他の方の霊、そしてこの地の木々や森や自然に捧げるつもりで、祈りとして詩を読んだ。
土地の精霊よ! 聞き給え! この地に眠るすべての霊よ! 耳かたむけて下さい! 墓守りのランも聞いてくれ! あなたたちのために、樹木に生まれ変わったあなたたちに捧げます。
「花に化身するホトケたち」そして「哭き女」をボクは読み、あいだに唱歌「故郷(ふるさと)」を歌った。母を埋葬した時と、樹木葬の集いの再現といえば言えるかもしれない。ボクの声が殷々と森に響きわたり木霊した。
(写真2:母のヒメコブシの前でポエる。ボクの声が殷々と森に木霊する。撮影:中野かおり)