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「会話の日本語読本」 その3 鴨下 信一

2014年06月26日 00時39分17秒 | 日本語について
 「会話の日本語読本」  鴨下 信一 著  文春新書 文藝春秋 2003年 

 「晩春」 小津 安二郎

 小津安二郎がこの同時代に撮った「晩春」(昭和24年)の映画シナリオを見てみよう。
ストーリーは父(笠智衆)の再婚話と娘(原節子)の遅い結婚とがない交ぜになって進行してゆく。
二人だけで長すぎるくらい長くいっしょに暮らしたこの親娘の間には、
深い絆(当人たちが気づいていない潜在的な性的なものも含めて)が存在していて、
思い出にと出かけた京都旅行で思いがけない爆発をする。

 そして、もう京都を立つ前の晩に、親娘の会話はこんなふうになる。

 「父と娘の名シーン」

 周吉「どうしたんだい?」
 紀子「あたし・・・・・」
 周吉「うむ?」
 紀子「このままお父さんといたいの・・・・・」
 周吉「・・・・・?」
 紀子「どこへも行きたくないの。こうしてお父さんと一緒にいるだけでいいの。
    それだけであたし愉しいの。お嫁に行ったって、これ以上の愉しさはないと思うの。
    ・・・・・このままでいいの・・・・・」
 周吉「だけど、お前、そんなこといったって・・・・・」
 紀子「いいえ、いいの、お父さん奥さんお貰いになったっていいのよ。
    やっぱりあたしお父さんのそばにいたいの。お父さんが好きなの。
    お父さんとこうしていることが、あたしには一番しあわせなの・・・・・。
    ねえ、お父さん、お願い、このままにさせといて・・・・・。
    お嫁に行ったって、これ以上のしあわせがあるとは、あたし思えないの・・・・・」

 名作といわれるこの映画の中でもことに名シーンの名が高いところで、
窓障子に竹のシルエットがうつる部屋で親娘が床を並べて寝ているスチール・カットは、
小津を語る本の中にしばしば出てくるから、見たことがおありだろう。

 いかにも<日本人の会話>らしいもので、一種の典型といっていい。
小津のシナリオは脚本家野田高悟との共作が多く、
二人っきりで旅館にこもって少しずつ書いてゆくのだ。
ワン・シーン書き上げるごとに、酒席になったらしい楽しい仕事ぶりだったという。