民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「君死にたもうことなかれ」 与謝野 晶子

2013年06月30日 00時11分53秒 | 名文(規範)
 「君死にたもうことなかれ} 与謝野 晶子

 旅順口(りょじゅんこう)包囲軍の中に在(あ)る弟を嘆きて

 あゝ おとうとよ、君を泣く
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
末に生まれし 君なれば
親のなさけは まさりしも
親は刃を にぎらせて
人を殺せと を(お)しへ(え)しや
人を殺して 死ねよとて
二十四(にじゅうし)までを そだてしや

堺の街の あきびとの
旧家(きゅうか)をほこる あるじにて
親の名を継ぐ 君なれば
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
旅順の城は ほろぶとも
ほろびずとても 何事ぞ
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに 無かりけり

君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
すめらみことは 戦ひ(い)に
おほ(お)みずから 出でまさね
かたみに人の 血を流し
獣の道で 死ねよとは
死ぬるを人の ほまれとは
おほ(お)みこころの ふかければ
もとよりいかで 思(おぼ)されむ(ん)

あゝ おとうとよ 戦ひ(い)に
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
すぎにし秋を 父ぎみに
おくれたまへ(え)る 母ぎみは
なげきの中に いたましく
わが子を召され、家を守り
安しときける 大御代(おおみよ)も
母のしら髪(が)は まさりぬる

暖簾(のれん)のかげに 伏して泣く
あえかにわかき 新妻を
君わするるや、思へ(え)るや
十月(とつき)も添は(わ)で 別れたる
少女(おとめ)ごころを 思ひ(い)みよ
この世ひとりの 君ならで
ああ また 誰をたのむべき
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ

「弁天娘女男白浪」 稲瀬川勢ぞろいの場

2013年06月28日 00時38分47秒 | 名文(規範)
 白浪五人男 (稲瀬川勢ぞろいの場)

日本駄右衛門(市川団十郎)
「問われて名乗るも おこがましいが、生まれは遠州 浜松在(ぜえ)、
十四の時から 親に離れ、身の生業(なりえい)も 白浪の、
沖を越えたる 夜働き、盗みはすれど 非道はせず、
人に情けを 掛川から、金谷(かなや)をかけて 宿々(しゅくじゅく)に、
義賊と噂(うわさ) 高札(たかふだ)に、まわる配符(へえふ)の 盥(たれえ)越し、
危ねえその身の 境涯(きょうげえ)も、もはや四十(しじゅう)に 人間の、
定めはわずか 五十年、六十余州に 隠れのねえ、
賊徒(ぞくと)の張本(ちょうほん) 日本 駄右衛門」

弁天小僧(尾上菊五郎)
「さてその次は 江の島の、岩本院の 稚児上がり、
ふだん着馴れし 振り袖から、 髷(まげ)も島田に 由比が浜、
打ち込む浪(なみ)に しっぽりと、女に化けて 美人局(つつもたせ)、
油断のならぬ 小娘も、小袋(こぶくろ)坂に 身の破れ、
悪い浮名も 龍(たつ)の口、土の牢へも 二度三度、
だんだん越ゆる 鳥居数(かず)、八幡様の 氏子にて、
鎌倉無宿と 肩書きも、島に育って その名せえ、
弁天小僧 菊之助」

忠信利平(坂東三津五郎) 
「つづいて後(あと)に 控えしは、月の武蔵の 江戸育ち、
餓鬼の時から 手くせが悪く、抜け参(めえ)りから ぐれ出して、
旅を稼ぎに 西国(さいこく)を、回って首尾も 吉野山(よしのやま)。
まぶな仕事も 大峰(おおみね)に、足をとめたる 奈良の京。
碁打ちといって 寺々や、豪家(ごうか)に入(い)り込み 盗んだる、
金が御獄(みたけ)の 罪科(つみとが)は、毛抜きの塔の 二重三重(にじゅうさんじゅう)、
重なる悪事(あくじ)に 高飛びなし、後(あと)を隠せし 判官(ほうがん)の、
お名前(なめえ)騙(かた)りの 忠信 利平」

赤星十三郎(中村時蔵) 
「またその次に 連なるは、以前は武家の 中小姓(ちゅうごしょう)、
故主(こしゅう)のために 切り取(ど)りも、鈍(にぶ)き刃(やいば)の 腰越えや、
砥紙(とがみ)が原に 身の錆を、研ぎ直しても 抜けかぬる、
盗み心の 深縁(ふかみどり)、柳(やなぎ)の都(みやこ) 谷七郷(やつしちごう)、
花水橋(はなみずばし)の 斬り取(ど)りから、今牛若と 名も高く、
忍ぶ姿も 人の目に、月影が谷(やつ) 御輿(みこし)が岳(たけ)、
今日ぞ命の 明け方に、消ゆる間近(ちか)き 星月夜(ほしづきよ)、
その名も 赤星 十三郎」

南郷力丸(市川左団次) 
「さてどん尻に 控(ひけ)えしは、潮風荒き 小ゆるぎの、
磯(そ)馴れな松の 曲り成り、人と成ったる 浜育ち、
仁義の道も 白川の、夜舟へ乗り込む 船盗人(ふなぬすっと)。
浪(なみ)にきらめく 稲妻の、白刃(しらは)でおどす 人殺し、
背負(しょ)って立たれぬ 罪科(つみとが)は、その身に重き 虎が石、
悪事千里と いうからは、どうで仕舞(しめえ)は 木の空と、
覚悟はかねて 鴫(しぎ)立つ沢、しかし哀れは 身に知らぬ、
念仏嫌(ぎ)れェな 南郷 力丸」

日本駄右衛門 「五つ連れ立つ 雁金(かりがね)の、五人男に かたどりて……」
弁天小僧菊之助 「案に相違の 顔ぶれは、誰(たれ)白浪の 五人連れ……」
忠信利平 「その名もとどろく 雷の、音にひびきし われわれは……」
赤星十三郎 「千人あまりの その中で、極印(ごくいん)打った 首領(かしら)分……」
南郷力丸 「太えか布袋(ほてい)か 盗人(ぬすっと)の、腹は大きな きもっ玉……」
日本駄右衛門 「ならば手柄に……」
五人 「搦(から)めてみろ」

「弁天娘女男白浪」 雪下浜松屋の場

2013年06月26日 00時26分28秒 | 名文(規範)
 弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ) (雪下浜松屋の場)
  

与九郎 「さては女と思ったに、騙(かた)りであったか。(みんなで)イァ/\/\。 」

弁天小僧 「そうよ。金が欲しさに 騙(かた)りに来たんだ。
秋田の部屋ですっぱり取られ、塩噌(えんそ)に困るところから、
百両(いっぽん)ばかり稼ごうと、損料物の振袖で 役者気どりの女形、
うまくはまった狂言も こう見出されちゃぁ訳はねえ、
何のことはねえ、ほんのたでえまのお笑(われ)え草だ。」

与九郎 「どう見てもお嬢さんと思いのほかの大騙り、さて/\太い、(みんなで)奴だなぁ。 」

弁天小僧 「どうで騙りにくるからは、首は細えが、おゥ番頭さん、肝は太えよ。」

南郷力丸 「何だなぁ、太いの細えのと橋台(はしでえ)で、売る芋じゃぁあるめえし。」

弁天小僧 「違えねえ、どれでもより取りが聞いてあきれらぁな。」

駄右衛門 「企(たく)みし騙りが現われても、びくとも致さぬ大丈夫(だいじょうぶ)、
ゆすり騙りのその中でも、さだめて名ある 者であろうな。 」

弁天小僧 「へえ、それじゃぁ まだお前(めえ)方、わっちらの名を知らねえのか。」

与九郎 「どこの馬の骨か、(みんなで)知るものか。」

弁天小僧 「知らざあ言って 聞かせやしょう。
(待ってましたの声、キセルを二度叩いて)
浜の真砂(まさご)と 五右衛門が 歌に残した 盗人(ぬすっと)の 種は尽きねえ 七里ケ浜 
その白浪の 夜働き 以前をいやあ 江の島で 年季勤(づと)めの 稚児ケ淵(ちごがふち)
百味講(ひゃくみ)でちらす 蒔銭(まきせん)を 当(あて)に小皿の 一文子(いちもんこ)
百が二百と 賽銭の くすね銭(ぜに)せえ だんだんに 悪事はのぼる 上(かみ)の宮 
岩本院で 講中(こうじゅう)の 枕探しも 度重なり お手長講と 札つきに 
とうとう島を(あ) 追い出され それから若衆(わかしゅ)の 美人局(つつもたせ)
ここや彼処(かしこ)の 寺島(てらじま)で 小耳に聞いた 音羽屋の(じいさんの)
似ぬ声色(こえいろ)で 小ゆすりかたり 
名せえ由縁(ゆかり)の 弁天小僧 菊之助たァ (腕をまくり)おれのことだ。」

南郷力丸 「その相ずりの 尻押しは、富士見の間から 向うに見る、大磯小磯 小田原かけ、
生まれは漁師で 波の上、沖にかかった 元船へ、その船玉(ふなだま)の 毒賽(どくぜえ)を 
ぽんと打ち込む 捨て錨(いかり)、船丁半(ふなじょうはん)の 側中(がわじゅう)を、
ひっさらってくる 利得(かすり)とり、
板子一枚(いたごいちめえ) その下は、地獄と名に呼ぶ 暗闇の、明るくなって 度胸がすわり、
櫓(ろ)を押しがりや ぶったくり、船足(ふなあし)重き 凶状に、昨日は東 今日は西、
居どこ定めぬ 南郷力丸、面(つら)ァ見知って 貰(もれ)えてえ」

「さとりの化け物」 リメイクby akira  

2013年06月24日 00時15分23秒 | 民話(昔話)
 「さとりの化け物」リメイクby akira  福島県南会津郡 「日本昔話百選」所載  稲田浩二・和子  

 じゃ、今日は 「さとりの化け物」ってハナシ やっか。

 おれが ちっちゃい時、ばあちゃんから聞いたハナシだ。
ほんとかうそか わかんねぇハナシだけど ほんとのことだと思って 聞かなきゃ なんね。

 ざっと むかし あったと。

 ある 雪の降る 夜のことだったと。
山ん中の小屋で、じぃさまがひとり 火に当たって いらしたと。

 すっと、なんか 得体の知れない化け物が 音も立てずに やってきて、
じぃさまの前に どっかと すわりこんだと。

 じぇ!じぃさまは驚いて、
(なんだ、こいつ、得体の知れねえ化け物(もん)だな。・・・おれのこと 取って食うつもりか)
って、思っていると、
その化け物が「おめぇ!『なんだ、こいつ、得体の知れねえ化け物だな。・・・
おれのこと 取って食うつもりか』って、思っているな」って、言ったんだと。

 じぇじぇ!じぃさまは 自分の 思っていることを 言い当てられたんで、たまげて、
(なんだ、こいつ、人の思ってることが わかんのか。・・・こいつが 悟りの化け物っていうヤツか)
って、思っていると、
その化け物が「おめぇ!『なんだ、こいつ、人の思ってることが わかんのか。
・・・こいつが 悟りの化け物っていうヤツか』って、思っているな」って、言ったんだと。

 じぇじぇじぇ!じぃさまは また 思っていることを 言い当てられたんで、たんまげて、
(なんだ、こいつ、うす気味の悪い化け物だな、早く どっか行って くんねぇかな)って、思っていると、
その化け物が「おめぇ!『なんだ、こいつ、うす気味の悪い化け物だな、
早く どっか行って くんねぇかな』って、思っているな」って、言いやがったんだと。

 じぇじぇじぇじぇ!じぃさまは またまた 思ってることを 言い当てられたんで、おったまげて、
(うーーっ、なにも考えないようにしなくっちゃ、うーーっ、あー、ダメだ、できね、・・・どうすっぺ。
まっ、しょうがねえ、火ぃでも燃(も)して 暖(あ)ったかくしてやっか。
暖(あ)ったかくなれば、出てっくかもしんねぇ)ってんで、薪(まき)を くべてやっと、

 その化け物が「おめぇ!・・・」って、言った時に、
「パチッ」って、火がはぜて、その化け物の 鼻ッ柱あたりを「ピシッ」って、はじいたと。

 すっと、その化け物は、
「アチッ、アチチチ・・・いやぁ、人間てのは、思ってもいないことをしやがる。
あー、おっかねぇ、おっかねぇ」って、言いながら、こそこそと 山の方へ 逃げて行ったと。

 こんじぇ ひとっつ さけえ もうした。               

「山姥と桶屋」(さとりの化け物) 関 敬吾

2013年06月22日 00時36分27秒 | 民話(昔話)
 「山姥と桶屋」(さとりの化け物)  日本昔話集成 第二部 本格昔話 3 所載   関 敬吾

兵庫県城崎郡三橋村

 昔、男があったげな。
山の奥へ炭焼きに行って、薪を集めて来て、炭を焼いておった。
親爺は深い山の中で自分一人だけなので、気味が悪くなって来て、
(恐いもんが出なけりゃよいが)と、思っていた。
そうすると、どこからか、「恐いもんが出なけりゃよいが」・・・という声がして、天狗が出て来た。
親爺は天狗が出て来たんで、恐ろしうて恐ろしうて、(どないして逃げらええか)と、思っとると、
天狗はまた「どないして逃げたらええか」と言って、親爺の思っとることを皆言い当てる。
そいで、親爺はもうぼんやりしてしもうた。
その折、親爺の持っとった牛の鼻づる木が弾けて、火をとばして天狗にかかった。
天狗は人間とは思わぬことをするものだと言い残して向こうへ行ってしまった。  

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岩手県岩手郡渋沢村

 彦太郎という男が山奥で箕の輪曲げをしていると、山姥が来て火にあたる。
男は火炭をかけてやろう、これはことだ、鉈(なた)で斬ってやろう、怪物に食われる、と、
それぞれ考えたことを山姥がいちいち言い当てる。
男はあきれて輪を曲げて火にあぶっていると弾けて怪物に火灰がかかる。
山姥は不覚をしたと言って逃げ、笹原に倒れている。              

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秋田県雲沢村

 樏作(かんじきつくり)が樏(かんじき)を曲げていると、
毎晩、(たぬき)が来て、炉端で睾丸を炙(あぶ)る。
炙っていた輪がはじけ睾丸に当たる。
狸はさとりそこねたと言って逃げる。                        

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山梨県上九一色村

 炭焼きが炭竈(かまど)の傍(はた)で、火を燃やしていると、さとりが来て焚き火にあたる。
樵夫(きこり)が怖い、ぐずぐずしていると取って食われる。
逃げるだけ逃げようと思うと、おもいがそれを言い当てる。
どうなろうと諦めようと思うと、それも当てる。
仕方なく木を伐っていると、食おうと狙っていたが、銊(のこぎり?)が木瘤に当たって、
おもいの目に当たる。
おもいは思うことより思わぬことの方が恐いと言って逃げる。           

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新潟県南蒲原郡葛巻村

 炭焼きが山でカンジキの竹を炙って曲げていると、天狗が来て傍に寝る。
炭焼きがおっかないヤツが来たもんだ、何とかして斧で不意打ちにして殺さないと、
自分が取り殺されると思うと、天狗にみな言い当てられる。
その時、竹が弾けて天狗に熱灰がかかる。
人間というヤツは思わんことをするさかい油断はならぬと言って逃げる。    

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長野県北安曇

 炭焼きが山で仕事をしていると美女が来て蕎麦を拵えてやろうと木の切り株でのし始める。
恐ろしいな斧で打ち殺してやろうと思うと、すぐ当てる。
縄で縛ろうと思うと、女を縛るなんかむごいことをするものではないと言う。
炭焼きはカンジキを作ろうとぢしゃの木を火にあぶると片手がはづれ火が飛び散る。
女はの尻尾を出して逃げる。                           

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徳島県某地

 桶屋が雪の朝、仕事をしていると、一つ目一本足の怪物が来る。
桶屋はこれが山父というものかと思うと、その通りに言い当てる。
人の思うことよく知っているなと思うと、その通りに言う。
桶屋は手が震え、輪竹を弾き出すと竹が不意に化け物の顔に当たる。
思わぬことをする、ここにおればどんな目にあわされるか知れぬと逃げる。        

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熊本県天草郡

 猟師が山で焚き火をしていると妙なヤツが来る。
これが話に聞いた山わらだろうと思うと、それを言い当てる。
早く帰ればよいがと思うと、それも言い当てる。
困って、薪をくべようとして膝小僧で折ると木片が山わらの目玉に飛び込む。
人間は思わぬことをする野郎だと言って逃げる。