民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「ちくりんぼ」 笠原政雄 

2012年08月30日 23時32分58秒 | 民話(昔話)
 ちくりんぼ(三枚のお札) 「雪の夜に語りつぐ」ある語りじさの昔話と人生 笠原政雄 語り

 むかぁしね、あったてんがな。

 ある お寺の方丈(住職)が 小僧にね、  
「小僧、小僧。もう 雪が近いから、山へ行って、冬木(ふゆぎ)取ってこい。  
山へ行くとな、化けもんに会うと悪いすけ、ありがたいお札を 三枚持たしてやる。
一枚は 針の山の出る札だ。この一枚は 火の山、いま一枚は 川が出る札なんだ。
この三枚のお札を持って、山へ行け」て、言うたと。

 小僧は、「はい はい」って、お札を持って、山へ冬木(ふゆぎ)きりに出かけてったと。
ほしたら、その小僧、のめしこき(怠け者)だんだね、
一本きっちゃあ、ふっかたね(木にもたれかかって休む)、   
二本きっちゃあ、ふっかたねしてるうち、三本目んなったら、日が暮れてしまった。  
はあ、おおごとだと思うども、暗くなって帰らんねだって。 
どっか、泊まるとこないだろうかと探してた。
ほうしたら、ずっと向こうの森ん中で、ちかん、ちかん、と灯(あかり)が見えた。
「あこ(あそこ)へ行って、泊めてもろう」   
て、思うて、小僧は野越え、山越えして、そこをたずねたと。

「こんばんは。お寺の小僧だども、一晩泊めてくんないか」て、言うたら、
「おい おい」て、返事したので、小僧が戸をあけてみたら、
口まで裂けてる とら毛ばさが、苧(お)をうんでいたと(麻から糸を紡ぐ)。 
「さあ さあ、寒かったろう。中へ入れ」
て、ばさが言うんだ、小僧はおっかねえども、ゆるり(囲炉裏)んとこ、あたらしてもろうたと。 

「小僧、小僧。汝(な)(お前)、せっかく泊まってくれたども、食(か)せるもんがなんでもない。 
おら、頭の毛のなかに、さかな飼(こ)うてあるすけ、それ、取ってくんないか」て、ばさが言うたと。
「どうしるがんだ(どうするのだ)」  
「ここに、火箸があるすけ、それを真っ赤に焼け」
「ばさ、ばさ。火箸、真っ赤に焼けたぞ」
「よおし。火箸をおらの頭のまんなかへ持ってけ」
小僧は、火箸をばさの頭のまんなかへ持っていったと。
ばさが、「ほら、たぼをぼえ」て言うんだ、  たぼ=耳をおおうように、まげにしてある髪の形
「しっ しっ」と、ぼえ上げたら、でっこい百足(むかで)が ちょろちょろっ と、出て来て、
真っ赤な火箸に ジリッとふっついて、こんがり焼けたと。
ばさはそれを取って、カリカリ、カリカリ、うまそうに食うたと。
「こんだ、こっちのたぼをぼえ(追え)」て言うんだ。  
小僧が「しっ しっ」とぼえあげたら、でっこいかなへびが、ちょろちょろっと出てきて、
真っ赤な火箸に ジリッとふっついたと。
「小僧、汝(な)も半分食わねえか」
「ああ、おら、いらん、いらん」て、言うて、
小僧がばさの頭を見たら、こっちの方から、むかでがちょろちょろ、
あっちの方から、かなへびがちょろちょろと出るんだ、はあ、もう、おっかのうて、どうしようもねえ。

「小僧、小僧。こんだ、寝よう。おれが抱いて寝てくれる」
「ああ、方丈さんが『一人で寝れ』て、言うた」
「ばかこけ。風邪ふく(ひく)と悪いすけ、抱いて寝てくれる」  
て、言うて、ばさは小僧を抱いて寝たと。
小僧がとろとろとしると、ばさは、猫みてえなへら(舌)出して、小僧の頭をぺろぺろとなめる。  
小僧、おっかねえんだ、

「ああ、ばさ。しょんべんが出る」
「寝ててこけ」
「方丈さんが『寝ててこくな』て言うた」
「じゃあ、おれが手ん中へこけ」言うて、
ばさ、でっこい手え出して、そん中へしょんべんさして、つう、つう、つうと、飲んでしまった。

 また、とろとろとしると、ばさが小僧の頭をなめる。
「ああ、ばさ、ばさ。あっぽが出る、あっぽ(うんち)が出る」  
「世話の焼ける小僧だ。しょんべんが出るの、あっぽが出るのと。
汝(な)が逃げらんねえように帯でふんじばってやるから、せんちんへ行ってこい」
て、ばさは小僧の胴ちゅう中に長い帯つけて、そのはじを持って寝てたと。

 小僧はせんちんへ行って、せんちんの神さまに頼んだ。
「せんちんの神さま、これから、おれ、逃げるすけ、鬼ばさが呼ばったら、代わりに返事してくれ」
ほうして、せんちんの戸に、帯をしっかり縛りつけて、小僧は逃げたと。
ばさは、「小僧、小僧。もう、ええか」
て、帯のはじ、こつん、と引っ張ると、戸がギイ、ギイ、てのが「まあだ、まあだ」と聞こえるがんだ。
また、少ししてから、こつん、と帯を引っ張ると、戸が「まあだ、まあだ」
しまいに、ばさ、業(ごう)やいて、
「いつまでも、長ぜんちんしてけつかって。こっちい、来い」
て、力まかせに帯を引っ張った。
ほうしたところが、せんちんの柱と戸が、いっぺんにガタ ガタ ガターッと、飛んできて、
寝ているばさの額っつらへ、スットーンとぶつかった。

「やろう、逃げたな」
てがんで、ばさは「小僧、待て」と、あとを追っかけた。
小僧は、つかまっちゃ大変だと思うて、死ん力(しんじから)出して逃げてった。
鬼ばさが、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やあれ、見やれ」
そう言うんだ、ひょいと うしろ見たら、鬼ばさの手が、もう肩へ届くようだった。
 こりゃ、大変だというので、小僧は
「針の山、出えれ」て、言うて、札一枚、うしろへ投げたと。
ほうしたら、小僧とばさのあわいに針千本の山ができて、
ばさが、「あ、痛っ、あ、痛っ」て、こぎわけてるうちに、小僧はぐんぐん逃げたと。

 また、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やれ」て、声がしる。
小僧がちょいとうしろを見たら、鬼ばさの手が、もう背中へ届くようだ。
小僧は、「火の山、出えれ」て言うて、また一枚の札を投げたと。
ほうしたら、一面に燃える、ものすごい火の山が出たと。
はあ、ばさ、「あちち、あちち」と、こぎはじめたと。
小僧はまた、どんどん、どんどん逃げたと。

 しばらくしると、また、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やれ」て言うんで、
小僧がうしろを見ると、鬼ばさの手が 首に届きそうだと。
小僧は、「大川、出えれ」て言うて、三枚目の札を投げたと。
ほうしたら、水が、ごんごん、ごんごんと流れる川が出て、
鬼ばさが、じゃぽん、じゃぽんとこいでるうちに、小僧は逃げて、逃げて、やっとお寺のとこまで着いたと。

「方丈さん、鬼ばさが追っかけてくるすけ、戸をあけてくれ」
ほうしたら、方丈は、「おいおい、今、ふんどし締めてる」てがんだ。
「はよ、はよ、あけてくれ」
「おいおい。今、帯締めてる」
やっとこすっとこ、戸をあけてくれた。

 ほうして、方丈は小僧をかごん中へ入れて、井戸の上に吊るしたと。
そこへ、鬼ばさが、寺まで追っかけてきて、
「方丈、小僧が来たろ。どこへやった」て言うて、探したども、どこにもいねえ。
小僧は、ばさはどうしたろうと思うて、ひょいと首を出した。
ほうしたところが、井戸の水に小僧の顔がうつって、ちょうど、ばさが井戸ん中のぞいたんだ。
ばさは、「小僧、そこいたか」て、ドボーンと 井戸ん中へ飛び込んだと。
そらってがんで、方丈がその井戸へふたをして、タクアンつける重石(おもし)を上へのしたと。
 それで小僧は助かったんだと。

 いきがポーンとさけた。

ちくりーんぼ、ちくりんぼ  ソソソ--ファ ソソソファ ソソソソ♭ラ♭ラ♭ミ レレ--ド レレド

「つつじの娘」について 松谷 みよ子 

2012年08月28日 08時57分48秒 | 民話(語り)について
「松谷みよ子の本」 第二巻 講談社 平成六年

 象徴的に語ることについて

 この話(つつじの娘)は一冊の長編になる重みをたたえている。
それなのに民話として語られる場合は、ごく短い。

 民話の中では それが美しい娘であっても、
単に「いとしげな娘」という程度しか語られないのである。

 この物語の中でも 女と男の心もつまびらかには語っていないけれども、
てのひらに握って走った米が餅になったというこの一言で、
女の愛がいかに深く、激しかったかを知ることができる。

 同様に、夜毎その餅を食わされた男が、しまいには その激しさにたじたじとなり、
魔性の女と思い込んでいく、その道筋も 聞き手にはすとんと胸に落ちるのである。

 女と男という永遠のテーマについて、それこそ 幾千幾万という作品があるだろうけれども、
握り締めた米が餅になるという象徴的なできごとがすべてを語りつくす、
これはやはり民話だからこそではあるまいか。

「つつじの娘」 リメイク by akira 

2012年08月27日 00時40分17秒 | 民話(リメイク by akira)
 「つつじの娘」  akira リメイク (元ネタ 松谷みよ子 あかね書房)

 むかーしの ことだそうだ。

 ある 山に囲まれた 小さな村に、一人の いとしげな 娘がいたと。

 ある 夏の日、娘は 山を五つ越えたところにある 村での 祭りに 招かれたと。
 そこで、娘は 一人の 若者と 出会ったと。
 真っ暗な 山あいの中、その村だけ かがり火が あかあかと 燃えていたと。
 娘と若者は 時のたつのも忘れて 語り 歌い 踊ったと。
やがて、しらじらと 夜が明ける頃、二人は 互いに 忘れられんように なっていたと。

 しかし、祭りが終わってしまえば、二人の距離は あまりに遠く、逢うことも ままならなかったと。
娘は ぼんやりと 山を見ている日が 多くなったと。
 この山が なかったら・・・あの山が なかったら・・・
娘は うらめしそうに 山を見つづけたと。

 そんな ある夜のこと、娘が いつものように 山を見ていると、
ちらちらと 青白い 火の玉が 五つの山を 越えていくのが 見えたと。
娘は ひらめいた。 
 「そうだ、山を越えて行けばいいんだ。
そして、その夜のうちに 戻ってくれば 誰にも 気がつかれやしない。」
 
 その夜、娘は こっそりと 家を抜け出し、真っ暗な 山道を 走ったと。
山を 一つ越え、二つ越え、三つ越えると、
娘の胸は 張り裂けんばかりに 高鳴り、足は ブルブルと 震えたと。
 それでも、娘は 火のような 息を吐いて 走り続けたと。
四つ目の山を越え、五つ目の山を越え、ようやく、若者の家に たどり着いたと。

 「ドンドン ドンドン」はずむ息も そのままに、娘は 戸を叩いたと。
しばらくして、戸が開き、娘と若者の 目があったと。
「逢いたかった!」
娘の目から とめどもなく 涙があふれたと。
 「どうして ここへ?・・・」
 「山を 越えてきた。」
 「五つもの 山をか!?」
 娘は こくんと うなずくと 両手を 前に差し出し ぱっと開いたと。
その手には つきたてのモチが 握られていたと。

 その夜、二人は しあわせ だったと。

 それから、娘は 毎晩 若者を 訪ねるようになったと。
真夜中、戸を叩く音に、若者が 戸を開けると 娘が立っていたと。
そして、その手には いっつも つきたてのモチが 握られていたと。

 ほとんど 眠らずに、娘と一緒の 夜が続き、若者は しだいに やせ細っていったと。

 「おめぇ、いったい どうしたんだ!? どっか 悪いんじゃねぇのか?」
 若者の友達が 心配そうに たずねたと。
若者は 娘のことを 話したと。
 「そいつ ほんとに 人間なのか? 
魔性の女 なんじゃねぇのか?
五つも 山を越えてくるなんて とても 人間とは 思えねぇ!」

 その日は 嵐の 夜だったと。
 (今日は 来ないだろう) 若者は 早く 眠りに ついたと。
 ところが、「ドンドン ドンドン」 戸を叩く音に、若者が 戸を開けると、
 そこには、全身 ずぶぬれの(びっしょりの)娘が 立っていたと。
その目は きらきらと 輝き、手には つきたてのモチが 握られていたと。
 若者は 思わず 後ずさりをして、
 「おら おめぇのこと、魔性の女かと 思うように なってきた。」

 娘は 泣いたと。
 「あんたに逢いたくて、山を越えてくるだけなのに・・・」
 娘の目から 涙があふれたと。
 「家を出るとき、米を ひとつかみづつ 握って、
この山を越えれば あんたに逢える、あの山を越えれば あんたに逢える、
 そう思って 走っているうちに、
いつのまにか 手のなかの米は モチに なっているだ。
  おらぁ ふつうの娘だ! 
それを 魔性の女などと、そんな おそろしいこと、
お願いだから 言わないでおくれ。」

 だけど、その夜、若者は 初めて モチを食べなかったと。

 若者は しだいに 娘が怖ろしくなっていったと。
そして、それは やがて 厭(いと)わしさに 変わっていったと。
 「あいつは やっぱり 魔性の女に違いねぇ。
このままじゃ、おら いつか 殺されっちまう。
その前に なんとかしなければ・・・」

 ある日の夜、若者は 意を決したかのように、娘のやってくる 山へ向かったと。
そして、人ひとりが やっと通れるような 崖のかげで、娘の やってくるのを 待ったと。

 真っ暗な 山あいの中、ときおり、雲のあいまから 月のひかりが もれてくる。

 「タッタッ タッタッ」 娘の足音が かすかに 聞こえてきたと。
静かな 山ん中で、それは 地響きのように 聞こえてきたと。
「タッタッ タッタッ・・・タッタッ タッタッ」(だんだん大きな声で)
 やがて、月のひかりに照らされ、娘の姿が うっすらと 見えてきたと。
髪を振り乱し、両手をぐっと握り締め、おそろしいほどの早さで 走ってくる。
その姿は まさしく 魔性の女に 見えたと。
 「タッタッ タッタッ」 (娘が近づいてくる)
 「ハッハッ ハッハッ」 娘の 激しい息づかいが 聞こえてきたと。

 「この 魔性の 女が!」

 若者は 渾身の力をこめて 娘の足を 棒で はらったと。
 娘は まっさかさまに がけから 落ちていったと。

 やがて、そのあたりには、娘の血が 飛び散ったのかのように、
真っ赤な つつじの花が 咲き乱れるようになったと。

 信州、長野県の ツツジの名所に 伝わる お話。

 おしまい

「つつじの乙女」 松谷みよ子 

2012年08月25日 00時11分36秒 | 民話(昔話)
 つつじの乙女 「信濃の民話」 日本の民話 1 松谷みよ子 未来社 1957年

 昔、小県(おがた)の山口村に、一人の働き者の 美しい娘がありました。

 ある年の 祭りの晩のことでした。
ふとしたことから 松代から呼ばれてきた若者と知り合って 行く末をちぎりかわしました。

 しかし、祭りが終われば、松代は 山また山の向こうで、ちぎりかわしたことも 夢の中のできごとのようです。
娘は 一日の畑仕事が終わって、家のものが寝静まると、こっそり家を抜け出し、夜空に黒く連なる山なみを眺めては、たちつくすようになりました。
 「ああ、わたしのからだごと、あの山の向こうへ 投げ出したい。」
 娘はほてる頬を 両手にはさんで、ほうっと吐息をつきました。
その息は 冷たい夜気にふれて、しろじろと 凍りました。しろい息のあとを追って、娘がふと山を見上げたとき、はっと息をのみました。一つの火がちらちらと山を越えていくのです。
 「だれか・・・山を越して、松代に行くのだ。」
 じっと その火をみつめているうちに、娘のからだは 火のように 燃えてきました。
 「わたしだって行けないはずはない。わたしの足は山仕事になれている。行こう、行ってみよう。」
 娘は ぐいぐいと 何かに引き寄せられるように 歩き出しました。
 
 その夜更け、松代の若者は ほとほとと 戸を叩く音に驚かされました。そこには荒々しく息をはずませ、黒い目から きらきらと 強い光をはじきだしている、真ッかな頬の 娘が 立っていたのです。

 その夜から、毎夜のように、娘は松代に通うようになりました。戸を叩く音に 若者がそっとあけると、娘は両手をさしだして ぱっと開きます。そこには一握りずつ、熱いつきたてのモチが うまそうにのっているのでした。
 若者がモチを取ると、娘ははじめて ほっとしたように息をついて、部屋にあがってくるのでした。
 「このモチはどうして?」
 若者は熱いモチをほおばりながら、たずねました。しかし、娘はもう一つのモチを食べながら 目で笑うだけで 一度も 答えたことはありませんでした。

 ある嵐の晩でした。今夜はまさか来ないだろうと寝入った若者は、戸を叩く音に目を覚ましました。長い黒髪も着ているものもずっくりとぬれて 娘が立っていました。
 その目からは いつもよりもっと 強い光がはじきだされ、手に握り締めたモチは いつもより もっと熱かったのです。
 若者は ふと おそろしくなりました。
 「お前、このごろ げっそりとやせたなあ、顔も真っ青だし、まあず 何かにとりつかれているようじゃねえか。」
 仲間の若いものに そんなことを言われたことが 急に 思い出されました。
 女の身で、男でさえ歩きかねる あの険しい山道を・・・太郎山、鏡台山、妻女山もある・・・これはただの女ではない。魔性のものかもしれぬ。
 そう思うと 若者は、不気味になってきました。その夜、はじめて 若者は、娘のくれたモチを食べませんでした。

 それから、若者は 娘が訊ねてくるのがいやでならなくなりました。娘にも 冷たくなっていく若者の様子がふしんでなりません。この山さえなかったら、山を越す間も 娘は声を上げて泣きたい思いにかられながら、ある夜、とうとう 若者にどうしてモチを食べてくれないかとたずねました。
 「前にはあんなにうまいと食べてくれたのに。」
 娘は涙をためて問い詰めます。若者は苦しそうに、この頃 思っていることを 話してきかせました。
 「おら、お前は 魔性のものではないかと 思うようになった。」
 男は 最後に ぼそりと言いました。娘は、
 「お前のことを思えば 山仕事になれた足だもの、三つや四つの山を越えてくることなど苦になりません。また、毎晩あげるおモチは 家を出るとき モチ米を一握りずつ 握り締めて出ると、険しい山道を夢中で歩いてくる間に、いつのまにか モチになっているのです。どうかそんな疑いはもたないで・・・。わたしはただの人間の娘なのだから、お前を思う心だけが 山を越させてくれるのだから。」
と、泣きながら訴えました。

 しかし、いったん、しのびこんだ疑いは晴れません。日に日に青ざめやせていく自分を見ると、いつかはとり殺されてしまうだろうと思いつめた若者は、とうとう 娘を殺してしまおうと決心しました。

 月のよい夜でした。若者は月光をふんで、山道を登っていきました。娘が必ず通る太郎山から大峰へ行く道の、刀の刃と呼ばれる難所で待ち伏せしようと考えたのでした。あたりは深い静かさがたれこめて、時々ギャーと 気味悪い鳴き声がひびいてきます。真夜中の山道は 男でさえ不気味でした。
 「こんな所を平気で来るあの女は、いよいよ魔性と決まった。」
 若者は山の断崖のところまで来ると、ぴったり体を崖につけてじっとうかがっていました。しばらくすると小さな影があらわれて 風のようにぐんぐん近づいてきます。月の光に照らされた顔は まぎれもないあの娘でした。
 若者は娘をやりすごすと 躍り出て 断崖絶壁の上から 深さもしれない谷底へ 突き落としました。
 
 あわれな娘の血がしたたったのでしょうか、それから・・・この山々には 真ッかなつつじの花が一面に咲き乱れるようになったといいます。

 おしまい   採集 村沢 武夫 再話 松谷みよ子

「つつじの娘」 浜 光雄 

2012年08月24日 00時01分00秒 | 民話(昔話)
 「つつじの娘」 新選・信濃の民話集---民話でつづる愛のものがたり 浜 光雄 著 1989年

 小県(おがた)のある村に、美しい娘がいた。
娘には、恋しく思う若者がいて、夜ごと 会いに出かけて行った。
が、若者はずっとはなれた松代にいたので、娘が若者に会うには、太郎山(たろうやま)、鏡台山(きょうだいさん)、妻女山(さいじょざん)など、険しい山々を越えて行かなければならなかった。
けれど、娘はやみの夜も雨の夜も、休みなく 若者のもとへ通い続けた。
「おお、おお、よく来てくれたなあ。女一人で よく来れた。」
「はい。おまえさまに会いたいと思うと、なあんにも怖いものなどありません。」
「そうか、そうか。なら、いいけんど、無理をしちゃいけねえぞ。おらの気持ちに変わりはねえだで。」
 優しい若者の言葉に、娘は心底 怖かったことも忘れ、にっこり笑って 両手をぱっと開いてみせた。
なんと、娘の手のひらには、湯気のたつ つきたてのモチがのっていて、そのたび 若者を喜ばせた。
 二人は モチを食べながら、ほだ火を見つめ いつまでも話した。
「わたし・・・、おまえさまの嫁になりたく思います。」
「おらだって、おまえを嫁に欲しい。」
「それなら、祝言はいつにしてくれますか。」
「明日にもしてえけんど、そばの獲れるまで待ってくれや、今じゃ、二人が食べていけんで・・・。」
 二人は、そばの茎が赤くなるのを、どんなに待っていたことか。」

 激しい嵐の夜だった。
若者の小屋は、ギイギイと不気味な音をたて、今にも 倒れるばかりにきしんだ。
いかに気丈な娘でも この嵐では来れまい、と思ったところへ 娘が来た。
「おまえ、この嵐の中 よく来れたなあ。」
若者は驚き、娘を見た。娘は恐怖にわななき、目を見開いていたが、突然ワッと声をあげ、若者にむしゃぶりついた。
娘が どんな思い出この嵐をついてやって来たか、若者にわからぬはずもなかったが、なぜか 若者はゾクッとして、娘を抱いた。
「おまえさまに会いたくて、おまえさまに会いたく思って・・・。」
娘は 若者の胸に こぶしを打ちつけ 激しく泣いた。

 その夜、若者は 娘に 優しい言葉をかけてあげることができなかった。
娘は泣きじゃくり、帰って行った。
次の日も 変わらぬ嵐だった。
今夜こそ 来ることはできまいと思っていた娘が やはり来た。
娘は 髪を振り乱し、着物をぐっしょり ぬらして駆け込んできた。
若者は顔色を変えた。
「おまえは ほんとにこの嵐の中、太郎山、鏡台山、妻女山を 越えて来ただか。」
「はい、おまえさまに会いたくて、太郎山、鏡台山、妻女山を 越えて来ました。」
「あの 険しい峰峰をか・・・。」
「はい、途中 何度も 足をふみはずしそうになりましたけんど・・・。」
見れば、娘の足は 血に染まり 岩に打ち付けた額からは いく筋もの血が流れていた。

 若者はその夜 炉端にうずくまり、娘の顔を見なかった。
娘は顔をこわばらせ、帰って行った。
 次の夜も 吹きやまぬ嵐だった。
若者はしっかり戸を閉め、娘が戸を叩く音にも 炉端を動かなかった。
「どうして 入れてくれないのです。わたしが会いに来たというのに。」
「おまえは 魔性のものだ。女一人 この嵐の中 どうして来れる。」
「おまえさまに会いたくて ただ それだけで来るのです。嵐の夜など、どうして恐れることがありましょう。」
「じゃあ、モチはなんだ。いかにも不思議だと気づいていたぞ。」
「わけもないこと。家を出るとき、握って出たモチ米が、ここに来るまでには なぜかモチになっているのです。」
「ばかな。ふかしもしないモチ米が モチになるわけがねえ。」
「いいえ、本当のことなのです。おまえさまに会いたいと、ただ、おまえさまに会いたい一心が からだを熱くするのです。」
「それで モチができてたまるか。やっぱりおまえは魔性のものだ。今夜限り 来ないでくれ。」
「なんと 急に 冷たいことを。わたしは決して 魔性のものではありません。どうか ここを開けて、わたしを抱いてくださいませ。」
「いやだ。おら、おまえが恐ろしくなった。」
 娘は諦め、モチ二つ 戸口において、重い足取りで帰って行った。
これでもう 来ることもあるまいと思ったが、念のため 次の夜 若者は 途中の岩角に立ち、くるはずもない娘を待った。
が、嵐を過ごした夜の月は まだ 雲間に隠れ、その中を 髪を振り乱して かけてくる娘を見て、若者は肝をつぶした。
「やっぱり あれは 魔性のものだ。」
このままでは やがてとって食われるかもしれないと思った若者は 断崖の陰に身を潜め、娘が来るやいなや、いきなり飛び出し、谷底へと突き落としてしまった。
 娘の悲鳴は 長く 尾を引き やがて こうこうと あたりを照らす 月の夜となった。

 それから 年々 この山には、娘からほとばしり出た鮮血の化身が 真紅のつつじが咲き乱れるようになったという。

 おしまい