民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「嫁入り道具の花ふきん」  はじめに(その2) 近藤 陽絽子

2016年11月13日 00時17分20秒 | 伝統文化
 母から娘へ伝えられた針仕事 「嫁入り道具の花ふきん」 近藤 陽絽子 暮しの手帳社 2015年

 はじめに(その2)P-4

「できることなら、秋田に行って教わりたい」。そのような、熱心なお声をいただき続けているなかで、少しでもご希望にお応えしようという気持ちにだんだんなってゆきました。暮しの手帳社の編集の強い思いもいただいて、雑誌「暮しの手帳」で「花ふきん教室」という作り方の記事を、三号連続して掲載したのです。
 このたびは、その三号分の内容に新たな模様と作り方を加え、一冊にまとめることになりました。日頃の生活でよく目にする自然、物、花などを模様にした「模様刺し」と「地刺し」、全29種類を紹介しております。本でお伝えするには限りがあり、十分ではない点があるかと思いますが、これまでお手紙やご感想をくださった各地の方々の手に届きますようにと、祈る思いで制作いたしました。「模様刺し」の「紗綾(さや)形」と「重ね十字つなぎ」は、ていねいにお伝えしていますので、はじめての方は、ぜひこの模様から刺してみてください。「地刺し」は、下線を引きませんので、「模様刺し」に慣れ、針目が表・裏、同じ位にそろうようになってからなさってみてください。
 針を持ち、刺し進めている間は豊かな時間(とき)です。身のまわりが散らからず、いつでもどこでも手掛けられます。また刺し子は、差し上げる方があっての針仕事です。ぜひ、届けたい方のお顔を浮かべながら、それぞれの想い出をたどり、ふり返り、幸せに針を運んでください。たくさん刺して贈られ、お賞(ほ)めをいただけますよう願っております。

「嫁入り道具の花ふきん」  はじめに(その1) 近藤 陽絽子

2016年11月11日 00時10分26秒 | 伝統文化
 母から娘へ伝えられた針仕事 「嫁入り道具の花ふきん」 近藤 陽絽子 暮しの手帳社 2015年

 はじめに(その1) P-4

 「刺し子」は、布の補強や保温のための針仕事です。物が豊かでなかった頃、家族とその生活(くらし)を支えるため、女たちの手の中で育まれてきました。その日の家の仕事が済み、家族が寝静まってから刺す。女でなければできなかった、優しくて、どこか哀しくて、いろいろの想いを包んでいる「刺し子」は、愛おしくてたまりません。
 刺し子の「花ふきん」という、かつて嫁入り道具だった風習を知っていただこうと、二年前に書籍『嫁入り道具の花ふきん 秋田に伝わる祝いの針仕事』(暮しの手帳社)という模様集を出版いたしました。これまでの間、全国各地の方々から、思いがけないほどのあたたかいお手紙や、ご感想をたくさんいただきました。
 私は小さな頃から、「女の手は生活を護(まも)るもの」と教わり、育ちました。また、使われる「用」があって、作る人の願いがそこに込められ、はじめて「手仕事」なのだと思っております。物が豊富にある今では、本来の刺し子の「用」はほとんどありません。でも私と同じように、刺すことで励まされ、傍らに置いておきたいと、愛おしく感じてもらえる手仕事なのだと、しみじみ実感させていただき、涙の出る思いでした。そして、お寄せいただいたお声のなかで多かったのは、「図案と作り方を知りたい」ということでした。これまで私は、刺してみたいと仰る方には、布に線を引き、途中まで刺して、直接手渡してまいりました。手仕事は、手から手へと伝わっていくものだと思うからです。


刺して、生きて、老いていく(その2) 近藤 陽絽子

2016年11月09日 00時44分29秒 | 伝統文化
 秋田に伝わる祝いの針仕事 「嫁入り道具の花ふきん」 近藤 陽絽子 暮しの手帳社 2013年

 刺して、生きて、老いていく(その2) P-50

 ひたすら手を動かすうちに月日がたち、気づけば老いがしのびより、やがてこまやかに針を進められなくなるときがきます。それでも作ることのできるものが、ふきんでした。節くれ立った指に小さな針をもち、一針、また一針とゆっくり刺していきます。若い頃と違って、針目は、なかなか揃いません。糸一本を針穴に通すにも時間がかかります。それでもそこには、粗末に作ったものとは違うやさしさがあります。老いてなお針を進められる喜び、作ったものが家族の役に立つ幸福感には、若い頃には味わえなかった豊かさがあるのではないでしょうか。
 家族の用事を済ませてから、無心に針を保つ、「おなご」にとっての幸せな時間です。針目のひとつひとつが哀しくていとおしい。その長い時間を重ねて、おなごの手から手へと伝わってきたものなのです。花ふきんは、そんなふうに見てあげられたらと思います。




刺して、生きて、老いていく(その1) 近藤 陽絽子

2016年11月07日 00時33分25秒 | 伝統文化
 秋田に伝わる祝いの針仕事 「嫁入り道具の花ふきん」 近藤 陽絽子 暮しの手帳社 2013年

 刺して、生きて、老いていく(その1) P-50

 ふきんは刺し子の基本であり、主婦の暮らしぶりそのものでした。最初に覚える針仕事が、ふきん縫い、慣れてきたら、着物や袋もの。家族の求めるものを自分の手でこしらえられるようになると、針をもつ時間が喜びとなり、新しい模様を生み出す喜びも生まれます。こうして家族を思って針をもつうちに、娘は妻から母になります。女児を授かれば、年頃になるまでに用意しておこうと、花ふきんを刺しためます。娘は気づかないのですが、その姿は自分を送り出してくれた母の背中とよく似ていたでしょう。
 針仕事の腕があがってくると、人に縫い物を頼まれるようにもなります。なかには夫を亡くし、仕立ての腕一本で子どもを育てていく人もありました。そんな針上手に、娘に花ふきん作りを頼んだ人もあったようです。そうした母親は、腕に自信がないからと言って頼みつつ、じつは働き手を亡くして困っている女のひとに、せめて生活費の足しにしてもらえればという気遣いがあったようです。嫁ぐ人の幸せを願い、刺し手はひとり静かに針をもったことでしょう。家族を亡くした寂しさを抱えながらも、自分を気遣ってくれる人の近くにある心強さ。無心になる時間をもつ幸せ。嬉しい時も悲しい時も針をもち、いつもと同じ自分の針目を刻んでいくと、心はすっと鎮まっていきます。

手から手へと伝わってきたおなごの仕事 近藤 陽絽子

2016年11月05日 00時08分46秒 | 伝統文化
 秋田に伝わる祝いの針仕事 「嫁入り道具の花ふきん」 近藤 陽絽子 暮しの手帳社 2013年

 手から手へと伝わってきたおなごの仕事 P-48

 仕立てを生業としていた人は別として、針仕事は昼間からすることではなく、余った時間をやりくりしておこなうものでした。
 夜、家事を終えると、それぞれのオボキ(裁縫道具入れ。大切な私物も入れていた)を持って集まり、裸電球を目の高さまで下ろします。娘も縫い物を手にその輪に加わり、姑や小姑と膝をつきあわせます。女同士、会話が弾むこともあれば、しんと静まりかえったなか、ただただ縫い物をしていることもあります。いずれにしましても、婚家に来て年月の浅い娘はなんとも所在なく、ただ黙って下を向きます。うつむいて手元の着物のほころびを見つめれば、そこには健やかに遊ぶ子どもの姿や、勤勉に働く夫の姿が浮かびます。夫の着物がすりきれているのは、働き者のしるしです。子どもの服に穴があくのは、健康でよく遊んでいる証拠です。薄くなった生地に布をあて、補強をしよう。あたたかい着物をこしらえてやろう。そんなとき、母のもたせた花ふきんは心強い手本となりました。