新釈「ウサギとカメ」
「ザブン」
風呂に入り、浴槽に身を沈める。いい気持ちになって首をグルグル回すと、タイル壁にナメクジが貼りついているのが目に入る。何度かお目にかかっているヤツに違いない。あんまりまともに見たいヤツではないが、湯気のせいでそんなに抵抗なく見ていられる。
じっとしていて動かなければそのうち見るのに飽きてしまうのだろうが、もぞもぞ動いているからなんとなく気になる。どっちに行こうかな、と探りをいれるように首を左右に振りながら、頭をにゅーっと伸ばして、からだが三倍ほどの長さになると、しっぽを引き寄せて進む。ゆっくりな動きなのに、目を離すと思いがけないほど先に進んでいる。その動きは予測不可能で見ていて飽きない。
去年、生涯学習センターの講座で足立則夫氏を講師に招いた。オイラよりひとつ年上の団塊世代、本業は新聞記者だが、趣味でナメクジを調べていて数年前に『ナメクジの言い分』を上梓している。講座のテーマは忘れてしまったが、雑談でのナメクジの話は知らないことばかりで好奇心をそそられ、それ以来、ナメクジが気になるようになった。
ナメクジによく似ているのにカタツムリがいる。オイラはナメクジが先でカタツムリが後だと思っていたが、実際は逆で、カタツムリが先でその進化した形がナメクジというのが定説だという。カタツムリは体の一部の殻に栄養を与えなければならない。ところが、殻を脱ぎ捨ててしまえば、栄養をやる必要もなく、その分食べる量が少なくて済む。これが生存競争の激しい地球を生き抜いていく上で大きな利点となる 。
ナメクジが動いた跡にはネバネバした銀のスジが残る。あれは人間の胃を胃酸で溶けないように保護している「ムチン」という粘性物質と同じだという話に、人間とナメクジの共通点を見い出して、地球の生命体の神秘に思いを馳せた。
ナメクジの奇妙な動きを眺めているうち、ふと「ウサギとカメ」の寓話が頭に浮かんだ。
ゴールまでの距離がどれくらいなのかわからないが、ウサギが居眠りするくらいだから、最低でもウサギが全力で走って、一時間くらいはかかる距離と考えられる。
「ヨーイ、ドン」の合図で、ウサギとカメの競争が始まった。ウサギはスタートから半分くらいまで走ると、カメのことが気になって後ろをふり返ってみるが、カメの姿は見えない。
ウサギはのろまなカメがかけっこで挑戦してきたからには、なにか秘策でもあるのではないかと不安になって、カメの様子を見るために戻ったのではないか。そしてスタート地点からまだいくらも離れていないところを走っているカメを見つけて安心する。カメは必死になって手足を動かしているが、ウサギからすれば信じられない遅さだ。
ウサギは呆れる。だが、このウサギは好奇心満々のウサギだった。自分とまったく違う動きをするカメに心を奪われた。前後左右からカメの動きを観察する。腹這いになってカメのように手足を動かしたかもしれない。
だが、好奇心も長くは続かない。慣れない姿勢に腰も痛くなってきたろう。やがて、ウサギは単調な動きを見るのに飽きてきて、睡魔に襲われる。そして、いつしかコトンと眠りについてしまう。
「コクッ」。いかん。オイラも眠くなってきた。オイラもいつまでもナメクジなんか見てはいられない。そろそろ風呂から出るとするか。
「ザバーッ」
「ザブン」
風呂に入り、浴槽に身を沈める。いい気持ちになって首をグルグル回すと、タイル壁にナメクジが貼りついているのが目に入る。何度かお目にかかっているヤツに違いない。あんまりまともに見たいヤツではないが、湯気のせいでそんなに抵抗なく見ていられる。
じっとしていて動かなければそのうち見るのに飽きてしまうのだろうが、もぞもぞ動いているからなんとなく気になる。どっちに行こうかな、と探りをいれるように首を左右に振りながら、頭をにゅーっと伸ばして、からだが三倍ほどの長さになると、しっぽを引き寄せて進む。ゆっくりな動きなのに、目を離すと思いがけないほど先に進んでいる。その動きは予測不可能で見ていて飽きない。
去年、生涯学習センターの講座で足立則夫氏を講師に招いた。オイラよりひとつ年上の団塊世代、本業は新聞記者だが、趣味でナメクジを調べていて数年前に『ナメクジの言い分』を上梓している。講座のテーマは忘れてしまったが、雑談でのナメクジの話は知らないことばかりで好奇心をそそられ、それ以来、ナメクジが気になるようになった。
ナメクジによく似ているのにカタツムリがいる。オイラはナメクジが先でカタツムリが後だと思っていたが、実際は逆で、カタツムリが先でその進化した形がナメクジというのが定説だという。カタツムリは体の一部の殻に栄養を与えなければならない。ところが、殻を脱ぎ捨ててしまえば、栄養をやる必要もなく、その分食べる量が少なくて済む。これが生存競争の激しい地球を生き抜いていく上で大きな利点となる 。
ナメクジが動いた跡にはネバネバした銀のスジが残る。あれは人間の胃を胃酸で溶けないように保護している「ムチン」という粘性物質と同じだという話に、人間とナメクジの共通点を見い出して、地球の生命体の神秘に思いを馳せた。
ナメクジの奇妙な動きを眺めているうち、ふと「ウサギとカメ」の寓話が頭に浮かんだ。
ゴールまでの距離がどれくらいなのかわからないが、ウサギが居眠りするくらいだから、最低でもウサギが全力で走って、一時間くらいはかかる距離と考えられる。
「ヨーイ、ドン」の合図で、ウサギとカメの競争が始まった。ウサギはスタートから半分くらいまで走ると、カメのことが気になって後ろをふり返ってみるが、カメの姿は見えない。
ウサギはのろまなカメがかけっこで挑戦してきたからには、なにか秘策でもあるのではないかと不安になって、カメの様子を見るために戻ったのではないか。そしてスタート地点からまだいくらも離れていないところを走っているカメを見つけて安心する。カメは必死になって手足を動かしているが、ウサギからすれば信じられない遅さだ。
ウサギは呆れる。だが、このウサギは好奇心満々のウサギだった。自分とまったく違う動きをするカメに心を奪われた。前後左右からカメの動きを観察する。腹這いになってカメのように手足を動かしたかもしれない。
だが、好奇心も長くは続かない。慣れない姿勢に腰も痛くなってきたろう。やがて、ウサギは単調な動きを見るのに飽きてきて、睡魔に襲われる。そして、いつしかコトンと眠りについてしまう。
「コクッ」。いかん。オイラも眠くなってきた。オイラもいつまでもナメクジなんか見てはいられない。そろそろ風呂から出るとするか。
「ザバーッ」