「ツルの恩返し」 櫻井 美紀・文 朝倉 めぐみ・絵 世界文化社 2005年
むかし、ある山里に ひとり暮らしの きこりの若者が おりました。
冬の初めのこと、若者は 山の奥で 木を切って おりました。
かっきーん かっきーん
日暮れになって 若者が あと ひと打ち、かっきーん と 木を切った 時です。
遠くの方で ぱたら ぱたら と、地面の 雪を打つような音が 聞こえてきました。
音をたよりに 進んで行った 若者は 雪の上で もがき苦しんでいる
一羽の ツルを 見つけました。
ツルは 翼に 矢を受けたまま、ここまで 逃げてきたようです。
「おお、かわいそうに」
若者は ツルの 翼から 矢を抜いてやり、ツルを抱いて うちに 連れ帰りました。
その晩、若者は 傷口に 薬を塗って、一心に 世話をして やりました。
次の日になると、ツルは 翼を 動かしました。
「おう、飛べるようになったかや。気をつけて うちへ帰れや。猟師に ねらわれぬようにな」
若者が 見送る中、ツルは 翼を広げて 飛んでいきました。
しんしんと 雪の降る 晩のことでした。
ほと、ほと、ほと。
夜遅く、小屋の戸を 叩くものが ありました。
若者が 戸を 開けてみますと 雪の中に 美しい娘が ぽっつらと 立っていました。
「道に迷って 困っております。今夜 一晩だけ 泊めてください」
かわいそうに思い、若者は その娘を 泊めてやりました。
美しい娘は そのまま 若者の 嫁さまに なりました。
ふたりは 幸せに 暮らしはじめましたが、ある日のこと、嫁さまが 若者に 言いました。
「おなごは 機(はた)を織るもの。どうか、機場(はたば)を つくってくださりませ」
「そうか。機を織るのか。気がつかんで 悪かったな」
若者は 嫁さまのために 機場を こしらえました。
嫁さまは 喜んで
「では、私が 布を 織り上げるまで、けっして 中を見ないで くださりませ」
と 言うと、機場へ 入りました。
きこ ぱったーん とんとん きこ ぱったーん とんとん
機場から、嫁さまの織る 機の音が 聞こえてきます。
一日(いちにち)たち、二日(ふつか)たち、みっか、よっか、いつか、むいか。
ようやく、七日目になって 機場から 出て来た 嫁さまの 手には
織り上がった 美しい布が ありました。
本当に 美しい、珍しい 布でした。
「町に行って この布を 売ってきて くださいな」
嫁さまに 言われて 若者が 布を 売りに 行きますと、町の人々は 布の美しさに
びっくりしていましたが、すぐに 百両という 高い値で 買い取られました。
若者は 大喜びで うちに帰り、嫁さまに 言いました。
「あの布が 百両で売れたよ。なあ、おまえ、オレは あと 百両あれば 商売の 元手ができる。
あと 百両 欲しい。もう一反 あの布を 織ってくれんか」
「それでは もう一反 織りましょう。私が 布を織る間 決して 戸を開けては なりません」
きこ ぱったーん とんとん きこ ぱったーん とんとん
機場から 嫁さまの織る 機の音が聞こえます。
朝から夜まで。そして 夜中 ずーっと。
「なんにも 食べんで 昼も夜も 織り続けておる。大丈夫やろか」
若者は じっと 待っていましたが、だんだん 心配に なってきました。
「見てはならん、見てはならん」
そのうち 若者は ますます 心配になり、ほんの少し 戸を開け、
細いすき間から 機場をのぞきました。
「これは、なんと・・・・・」
機場では やせこけた ツルが 自分の胸の 羽毛(はねげ)を 引き抜いては
布を 織っているのです。
「あ、あーっ」
若者は 気を失い、その場に 倒れてしまいました。
若者が 気がつくと、目の前に 嫁さまが 織りかけの布を 膝にのせて
しょんぼりと すわっていました。
「あれほど 見てはいけない と 言いましたのに。あなたは 私の姿を 見てしまいましたね。
私は あなたに 命を助けていただいた ツルなのです。
お礼に 私の羽で 布を織って おりました。でも、これっきり・・・・・」
嫁さまは つらそうに 涙をこぼしました。
いつまでも 一緒に 幸せに 暮らしたかったのに」
織りかけの布を 若者に 渡すと、嫁さまは ツルの姿に変わり、冬の空に 舞い上がりました。
弱弱しく 翼を 動かしながら。
くおーっ くおーっ
一声(ひとこえ)、二声(ふたこえ)、悲しげな ツルの鳴き声が 夕闇の中に 響き渡りました。
それっきり
むかし、ある山里に ひとり暮らしの きこりの若者が おりました。
冬の初めのこと、若者は 山の奥で 木を切って おりました。
かっきーん かっきーん
日暮れになって 若者が あと ひと打ち、かっきーん と 木を切った 時です。
遠くの方で ぱたら ぱたら と、地面の 雪を打つような音が 聞こえてきました。
音をたよりに 進んで行った 若者は 雪の上で もがき苦しんでいる
一羽の ツルを 見つけました。
ツルは 翼に 矢を受けたまま、ここまで 逃げてきたようです。
「おお、かわいそうに」
若者は ツルの 翼から 矢を抜いてやり、ツルを抱いて うちに 連れ帰りました。
その晩、若者は 傷口に 薬を塗って、一心に 世話をして やりました。
次の日になると、ツルは 翼を 動かしました。
「おう、飛べるようになったかや。気をつけて うちへ帰れや。猟師に ねらわれぬようにな」
若者が 見送る中、ツルは 翼を広げて 飛んでいきました。
しんしんと 雪の降る 晩のことでした。
ほと、ほと、ほと。
夜遅く、小屋の戸を 叩くものが ありました。
若者が 戸を 開けてみますと 雪の中に 美しい娘が ぽっつらと 立っていました。
「道に迷って 困っております。今夜 一晩だけ 泊めてください」
かわいそうに思い、若者は その娘を 泊めてやりました。
美しい娘は そのまま 若者の 嫁さまに なりました。
ふたりは 幸せに 暮らしはじめましたが、ある日のこと、嫁さまが 若者に 言いました。
「おなごは 機(はた)を織るもの。どうか、機場(はたば)を つくってくださりませ」
「そうか。機を織るのか。気がつかんで 悪かったな」
若者は 嫁さまのために 機場を こしらえました。
嫁さまは 喜んで
「では、私が 布を 織り上げるまで、けっして 中を見ないで くださりませ」
と 言うと、機場へ 入りました。
きこ ぱったーん とんとん きこ ぱったーん とんとん
機場から、嫁さまの織る 機の音が 聞こえてきます。
一日(いちにち)たち、二日(ふつか)たち、みっか、よっか、いつか、むいか。
ようやく、七日目になって 機場から 出て来た 嫁さまの 手には
織り上がった 美しい布が ありました。
本当に 美しい、珍しい 布でした。
「町に行って この布を 売ってきて くださいな」
嫁さまに 言われて 若者が 布を 売りに 行きますと、町の人々は 布の美しさに
びっくりしていましたが、すぐに 百両という 高い値で 買い取られました。
若者は 大喜びで うちに帰り、嫁さまに 言いました。
「あの布が 百両で売れたよ。なあ、おまえ、オレは あと 百両あれば 商売の 元手ができる。
あと 百両 欲しい。もう一反 あの布を 織ってくれんか」
「それでは もう一反 織りましょう。私が 布を織る間 決して 戸を開けては なりません」
きこ ぱったーん とんとん きこ ぱったーん とんとん
機場から 嫁さまの織る 機の音が聞こえます。
朝から夜まで。そして 夜中 ずーっと。
「なんにも 食べんで 昼も夜も 織り続けておる。大丈夫やろか」
若者は じっと 待っていましたが、だんだん 心配に なってきました。
「見てはならん、見てはならん」
そのうち 若者は ますます 心配になり、ほんの少し 戸を開け、
細いすき間から 機場をのぞきました。
「これは、なんと・・・・・」
機場では やせこけた ツルが 自分の胸の 羽毛(はねげ)を 引き抜いては
布を 織っているのです。
「あ、あーっ」
若者は 気を失い、その場に 倒れてしまいました。
若者が 気がつくと、目の前に 嫁さまが 織りかけの布を 膝にのせて
しょんぼりと すわっていました。
「あれほど 見てはいけない と 言いましたのに。あなたは 私の姿を 見てしまいましたね。
私は あなたに 命を助けていただいた ツルなのです。
お礼に 私の羽で 布を織って おりました。でも、これっきり・・・・・」
嫁さまは つらそうに 涙をこぼしました。
いつまでも 一緒に 幸せに 暮らしたかったのに」
織りかけの布を 若者に 渡すと、嫁さまは ツルの姿に変わり、冬の空に 舞い上がりました。
弱弱しく 翼を 動かしながら。
くおーっ くおーっ
一声(ひとこえ)、二声(ふたこえ)、悲しげな ツルの鳴き声が 夕闇の中に 響き渡りました。
それっきり