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「大本営発表」 その7 辻田 真佐憲

2018年01月27日 00時04分10秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その7 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その6

 ましてこの国では、現在でも、政権による報道への介入がしばしば問題になっているのである。今後どのように政治と報道の関係が変化するかわかったものではない。世界的に見ても、政権によるメディア・コントロールの動きは決して過去の話ではない。

 再びいうが、大本営発表は日本メディア史の最暗部である。政治と報道が一体化したときに生ずる悲劇を、これほどよく示しているものもない。したがって、その再来を心配しても、決してしすぎるということはあるまい。

 本書の目的は、主に太平洋戦争の歴史をたどりながら、大本営発表の破綻の原因を詳(つまび)らかにすることである。では、なぜわれわれは大本営発表の歴史を知らなければならないのか。それは、この悲劇的な歴史を広く共有することで、政治と報道が再び一体化するという事態を防ぐためにほかならない。本書が最終的にめざすところも、実にここにこそあるのである。

「大本営発表」 その6 辻田 真佐憲

2018年01月25日 00時02分00秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その6 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その5

 ところで、われわれは戦後70年以上にわたって「大本営発表」という比喩を絶やさず、その再来を恐れてきた。一定の条件が揃えば、再び大本営発表の悪夢がよみがえるかもしれない。そんな恐怖が日本人の心を捉えてきたのだ。

 それは決して杞憂ではなかった。

 不幸にも、福島第一原発事故は「あてにならない当局の発表」が依然としてまかり通っていたことを明らかにした。電力会社による広告費を使ったマスコミ懐柔の実態もまた明らかになった。

 もちろん、現在の日本には戦前のような陸海軍もなければ、抑圧的な言語統制の仕組みもない。反対に、表現の自由を保障する憲法や、多種多様なメディアも存在している。ただ、それにもかかわらず、原発の「安全神話」なるものが日本社会を覆ってしまった。われわれが大本営発表の歴史から学ぶべきことは決して少なくないのではないか。

「大本営発表」 その5 辻田 真佐憲

2018年01月21日 00時05分20秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その5 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その4

 詳しくは本文に譲るが、その謎を解く鍵は、軍部と報道機関の一体化にある。
 先述のとおり、日本の新聞はもともと軍部に好意的ではなかった。ところが、1930年代に満州事変や日中戦争が勃発するとその流れが大きく変わった。各紙は戦争報道でスクープをあげるため、軍部に協力的になったのである。軍部はこの変化を巧みに利用し、取材の便宜を図って新聞を懐柔するとともに、「新聞用紙供給制限令」や「国民徴用令」などを用いて新聞を隷属化に置こうと目論んだ。こうして1941年12月の太平洋戦争の開戦までに、軍部とマスコミの関係は、対立から協調、そして支配・隷属へと急速に変化した。

 なるほど、デタラメな大本営発表の原因には、日本軍の組織的な欠陥(組織間の不和対立や、情報の軽視)もあった。あるいは戦局の急激な変化もあった。ただ、軍部と報道機関の一体化は、こうした問題を何倍にも膨れ上がらせた。ジャーナリズムのチェック機能が失われたからこそ、大本営は縦横無尽にデタラメな発表を繰り返すことができたのである。

「大本営発表」 その4 辻田 真佐憲

2018年01月20日 00時21分51秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その4 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その3

 それにしても、なぜ大本営発表はかくも破綻してしまったのだろうか。
 大本営は、陸海軍のエリートが集まる頭脳集団だった。デタラメな発表を繰り返せば、いずれ辻褄が合わなくなり、国民の信頼を失うことなど容易に想像できたはずだ。そんな彼らが大本営発表の担い手だったとは、にわかに信じがたい。

 また、マスコミの態度にも疑問の余地が残る。たしかに法令や暴力で脅かされていたとはいえ、一癖も二癖もある記者たちがそんな簡単に軍部のいいなりになったのだろうか。当時マスコミの代表格だった新聞の多くは、大正時代から昭和初期にかけて、大正デモクラシーや第一次世界大戦後の軍縮ムードを背景に、軍部に対して批判的な論陣を張っていた。軍部にもこれを抑えるのに、たいへん悩まされていた。それがたった10数年で軍部の拡声器に成り下がるとは、いささか解せない。

「大本営発表」 その3 辻田 真佐憲

2018年01月17日 00時18分23秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その3 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その2

 大本営発表のデタラメぶりは、実に想像を絶する。
 大本営発表によれば、日本軍は、太平洋戦争で連合軍の戦艦を43隻沈め、空母を84隻沈めたという。
だが実際のところ連合軍の喪失は、戦艦4隻、空母11隻にすぎなかった。つまり、戦艦の戦果は10.75倍に、空母の戦果は約7.6倍に、水増しされたのである。反対に、日本軍の喪失は、戦艦8隻が3隻に、空母19隻が4隻に圧縮された。

 単純ミスなどではとうてい説明できない。あまりにもデタラメな数字の独り歩きである。こうした戦果の誇張と損害の隠蔽は、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦など小型船艇や輸送船、さらには飛行機や地上兵力の数字などにも及んだ。

 数字だけではない。大本営発表のデタラメぶりは、表現や運用にも現れた。絶望的な敗北は闇から闇へと葬られた。守備隊の撤退は「転進」といいかえられ、その全滅は「玉砕」として美化された。悲惨な地上戦は数行で片付けられ、神風特別攻撃隊の「華々しい」出撃で覆い隠された。本土空襲の被害はもっぱら「軽微」とされ、ときに「目下調査中」のまま永遠に発表されなかった。

 大本営発表は戦局の悪化とともに現実感を失い、ついには軍官僚の作文と化した。当初こそ軍部を支持した国民も、やがて疑念を抱きはじめ、戦争末期にはほとんど発表の内容を信じなくなった。今日に至る「あてにならない当局の発表」としての大本営発表は、戦時下にすでに成立していたのである。