アナーキー小池の反体制日記

世界中のひとが 仲良く助け合い ほほえみながら 平和に暮らしていくために (イマジン)

#2592 砂川、滝川、深川

2018年02月21日 | 昔の思い出
ボクは44年前、この地・滝川に来ました。 実はここに来る前まで、砂川・滝川・深川の位置関係を知りませんでした。 大雑把(おおざっぱ)に、札幌と旭川の間に川と名のつくマチが群れている、程度の認識でした。 どこも農業が主体のマチ、とは知っていましたが、人口の多少など知る由もありません。 そもそも札幌より南に住む人たちにとって、札幌から北って人の住むところではない、みたいに失礼な思いがあったものです。 . . . 本文を読む

#2499 ギアがマニュアルで後駆の車

2017年11月18日 | 昔の思い出
アメリカでは50年も前から標準的だったAT(オートマ)車ですが、日本での普及はずいぶんと遅れたのです。 日本のカーメーカーは大昔からアメリカへの輸出用にAT車を量産していましたので、モノに事欠くことはなかったのに、日本のカーオーナーはMT(マニュアル)車に固執していました。 まず、AT車はMT車に比べ数万円高かったのです。 でもMT車からAT車に切り替わらなかった主因は、AT車に対する信頼を持と . . . 本文を読む

#2498 免許取りたてで運転手のアルバイト

2017年11月17日 | 昔の思い出
昔の車の思い出シリーズに戻ります。 21歳になってから運転免許を取得したのだけど、取得後すぐに運転手のアルバイトをしました。 このブログの学生時代シリーズで記した記憶があるんだけど、ペテン・ペンキ屋でのアルバイトでした。 ボクが免許を取ったことを知った友人から連絡があり、運転手兼ペンキ職人のアルバイトがあるからどう?って聞くのです。 そのペンキ屋のことは前々から、インチキなことを聞かされていま . . . 本文を読む

#2493 初めての外車運転

2017年11月12日 | 昔の思い出
16歳で軽自動車運転免許を取り損なったボクですが、18歳になってすぐに免許を取ったのではありません。 いろいろ忙しかったり?して、結局免許を得たのは21歳の時でした。 ・・・ 19歳のとき、定山渓のホテルで8ヶ月ほどバーテンのアルバイトをしていました。 昼間はヒマなもんだからロビーで新聞を読んでいたんですが、ある時ホテルの社長が「おいバーテン、ちょっと車を動かしてくれ」と言うのです。 ホテルの車 . . . 本文を読む

#2492 昔の自動車

2017年11月11日 | 昔の思い出
カーメーカーの完成検査の不正が相次いで発覚し、大きな問題になっています。 何十年も前からの不正なんだそうです。 不正をしていることを知っている関係者は何万人もいるんだろうに、今までバレなかったことが不思議です。 もっと早くに誰かがバラしていたら影響は少なくて済んだのに、と思うと情けないです。 ・・・ 当時、完成検査が正常に行われていたかどうかはわかりませんが、昔の自動車の性能は悪かったものです。 . . . 本文を読む

#2491 軽自動車運転免許

2017年11月10日 | 昔の思い出
昔の"車の思い出"をシリーズで記します。 50年も昔ですが、軽自動車運転免許ってあったんです。 知らない人って多いのだと思いますが、16歳で受験し取得することができました。 ボクが16歳の高校2年のとき、その免許が廃止にになったのだけど、ボクは最後の軽自動車運転免許を受験したのです。 結果は落っこちてしまいましたが、てっきり受かるとばかり思い込んでいたものだから、落胆しました。 だって、その後2 . . . 本文を読む

#2485 小学生の時の行進練習

2017年11月04日 | 昔の思い出
前回、気味の悪い高校野球の開会式の入場行進のことを記していて、昔のことを思い出しました。 ボクは幼少の頃から団体行動が嫌いでした。 小学生の時の運動会の練習を思い出します。 まず行進の練習です。 みなが揃(そろ)って歩くことから始まり、気を付け、回れ右、右向け右、などナンセンスなことが延々と続くのです。 昭和30年代ですから、教員に軍隊上がりのがいたり、軍隊上がりでなくとも戦前・戦中の軍国教育を . . . 本文を読む

#2443 ツブ屋のおばさん

2017年09月23日 | 昔の思い出
今回も小学生の頃の思い出ですから、昭和30年代(1960)の頃です。 1週間に一度くらいでしたでしょうか、串に刺したツブを行商しているおばさんがいました。 30kmほど離れた漁村から来ている、と言っていた40代か50代のおばさんでした。 ツブは小粒のものでした。 海でツブ籠で獲り、醤油で煮て、殻から身を取り出し、竹串に刺されています。 たいそう手間がかかっていたんだと思います。 そしてそれは、た . . . 本文を読む

#2442 イサバヤさん

2017年09月22日 | 昔の思い出
ボクが18才まで暮らしていたのは、海から3kmほど離れたところにある戸数数百戸の小さな集落です。 国鉄駅前に20軒ほどの商店街がありました。 その中に2軒の魚屋さんがありました。 その魚屋さんをイサバヤさんと呼んでいました。 きっと東北がどこかの方言だと思います。 店主が市場か漁師から直接仕入れた魚介を店頭で売っていました。 ボクの住んでいた集落は人は少ないけど奥行きが結構深く、数km離れたとこ . . . 本文を読む

#2441 朝イか売り

2017年09月21日 | 昔の思い出
ボクが幼少の頃、夏から秋にかけて早朝“イカ売り”のおじさんが自転車でイカを売っていました。 ボクの住んでいたのは海岸から3kmほど離れていましたので、近所に漁業者はいません。 漁師が自転車の荷台に木箱を載せ、獲れたばかりのイカを行商していたのです。 1パイ5円か10円だったのでしょうか、母が買って朝食のおかずの刺身にしていただきました。 毎日来るのではありません。 何日かおきでした。 そしてその . . . 本文を読む

#2440 闇米の買出人

2017年09月20日 | 昔の思い出
ボクが昔 住んでいた家のすぐ裏は、精米所でした。 ボクが小学生の頃、その精米所に闇米(やみごめ)を買いに来るおばさん集団がいました。 毎日のように数人が大きな風呂敷の様なのを背負い、国鉄駅からの数百mを歩いて来ていました。 ・・・ 米は戦前から配給品の扱いをされました。 そして生産者である農家には、米の供出の義務を課したのです。 配給される米の量は少なかったのです。 おなかを満たすのには、ムギ . . . 本文を読む

#2439 昔の洪水

2017年09月19日 | 昔の思い出
先の糞尿譚シリーズの(1)は昔の思い出を語ったものです。 途中、下賎なモノが邪魔をして中断しましたが、今回からは昔の思いでシリーズ再開です。 ・・・ 洪水時の糞尿排出を記していて思い出しました。 そして昨日の台風18号による強風と大雨です。 ボクが小学生になるか、なる前かです。 大雨が降って近くの川が増水しました。 近所の人が皆 橋の上に集まり、洪水の様子を見物です。 幼少のボクは、洪水の迫力 . . . 本文を読む

#2429 糞尿譚(1)

2017年09月09日 | 昔の思い出
ありふれた政治屋の不倫で、せっかくの格調高き糞尿処理記が中断されました。 今回からは糞尿譚とタイトルを変え、連載します。 ボクが幼い頃、便所の糞尿は家の裏にあった野菜畑に肥料として撒いていました。 ほんの数十坪の小さな野菜畑でしたが、母が柄の長い専用のひしゃくで便槽から汲み上げ野菜の周りに施していたのを覚えています。 そしてその頃に、ボクの住んでいた田舎でも“汲み取りやさん”がいたのです。 お . . . 本文を読む

#2410 熱中症

2017年08月21日 | 昔の思い出
今 盛んに言われている熱中症、ボクも以前 罹(かか)ったことがあるのです。 今から十数年前です。 ボクが参加しているNPOが主催する、イベントの会場を設営しているときでした。 真夏の日曜日、小学校の体育館にコンパネをたくさん運び入れ設置する作業をしていました。 途中、大汗をかき出して体がだるくなりました。 喉が渇いて飲み物を飲みましたが、いくら飲んでも飲み足らないのです。 体は動かなく横になった . . . 本文を読む

#2409 離岸流

2017年08月20日 | 昔の思い出
連日、海水浴での事故が報道されています。 そんなのに触れながら、昔を思い出しています。 昭和50年ごろの海水浴の記憶です。 もう40年も前の出来事です。 今と違って当時は、若者の多くは夏になると海水浴に行ったものです。 このマチには海がありません。 一番近い海は浜益村、今は石狩市の一部になっていますが、悪路を2時間もかけていかなければならない、遠くの辺鄙(へんぴ)なところです。 友人の若い者たち . . . 本文を読む