アナーキー小池の反体制日記

世界中のひとが 仲良く助け合い ほほえみながら 平和に暮らしていくために (イマジン)

#119 学生時代(30)

2008年04月17日 | 学生時代
ボクは億劫者(おっくうもの)、又は横着者(おうちゃくもの)といわれています。 小さい時は両親から、学生時代は同級生やら教師から、勤めてからは同僚や上司から、結婚してからは妻や息子から。 今の時代このような生活形態は、省資源、省エネルギーでいいんじゃないのかななんても、思っているんです。 少なくとも、"買物中毒のおばさん"みたいな前がかり人よりは。 でも、ボクよりすごい横着者がいるんです。 大学 . . . 本文を読む

#118 学生時代(29)

2008年04月15日 | 学生時代
二部の授業を2年間受けました。 地下鉄が開通したため路面電車が無くなって、かえって通学が不便になりました。 夕方登校し、真っ暗な夜に授業を受けるんです。 自宅に帰るのは10時頃になります。 二部の学生の多くは昼間働いています。 講義を真剣に聴いている姿を見て、二部の学生は本来の学生なんだと思いました。 本当に勉強がしたくて大学に来ているんだと感じました。 昼間の学生は遊び半分な人が多いんです。 . . . 本文を読む

#117 学生時代(28)

2008年04月13日 | 学生時代
またアルバイトです。 4年生のとき、半年ほど近くの寿司屋でしました。 ボクは夜の授業があるもんだから、週に2日か3日だけです。 他の日は学生寮に一緒にいた親しいY君でした。 夜の6時から12時くらいだったと思います。 出前持ち、接客、洗い物が主だったんだけど、集金やシャリを団扇(うちわ)で冷ます事もしました。 小さな寿司屋で、30代の板前とその奥さんしかいません。 いつも夫婦喧嘩をしていました . . . 本文を読む

#116 学生時代(27)

2008年04月11日 | 学生時代
学生寮を追い出されて、ボクは数条はなれた「藻岩下」と呼ばれると呼ばれるところのアパートに引越ししました。 卒業までの2年間、多少学校に行くようになったせいか、面白いことは余りありません。 本当は記さなくてはならない大事なことがあります。 でも、このブログには決して記せません。 当り障りがなく、面白そうなことを紹介します。 アルバイトをしました。 いんちきペンキ屋です。 学生寮で一緒だったT君 . . . 本文を読む

#115 学生時代(26)

2008年04月09日 | 学生時代
2年生になってから定山渓に住込みでアルバイトをしていたこともあって、相変わらず学校にはほとんどいきませんでした。 それでもって2年生の時も、1年生と同じく単位を取得できたのは3科目で、全て「可」でした。 ですから2年生終了時には、合計6科目しか取得してませんでした。 しかし、定山渓から帰寮して少しは考えが変わりました。 どうあれ、大学は卒業しよう。 職を決めるのは、まだまだいいだろうって。 . . . 本文を読む

#113 学生時代(25)

2008年04月05日 | 学生時代
学生寮に戻りました、何事もなかったように。 そして、何事もなかった様に前と同じ生活が続きます。 この年はちょうど札幌オリンピックがあります。 地下鉄工事が急ピッチで進み、やがて開通し、路面電車の大半が廃止され、地下商店街がオープンし、狸小路商店街が寂れていきます。 その狸小路で、親しくしている寮生の一人が女性と待ち合わせをしていました。 待ち合わせ場所の近くにレコード店があります。 冬のことで . . . 本文を読む

#112 学生時代(24)

2008年04月03日 | 学生時代
カッパ祭りが終わり、秋の気配がしだしたころ“このままでいいのかしら?"と思うようになり始めました。 定山渓の生活は、ぬるま湯に浸かったようなもんなんです。 給料は安いけど、住む所と食べるものは保障されます。 そして、適度な刺激と快楽を得られます。 このまま一生、居ようと思えば居られるんです。 そして、このまま何ヶ月かここにいれば、他に行こうかという気持ちも失せるような気がしました。 迷っていた . . . 本文を読む

#109 学生時代(23)

2008年03月28日 | 学生時代
定山渓では温泉街挙げての行事である「カッパ祭り」が夏の暑い時期に開催されます。 テレビで見かけることがありますから、今でもやっているんです。 定山渓は豊平川の上流なんです。 上流なもんだから川幅は細く、流れが早いんです。 そんな中にも水がよどんで深い“淵”(ふち)と呼ばれるところが何ヶ所もあります。 そのうちの一つにカッパがいたと言い伝えられる“カッパ淵”があるんです。 定山渓は温泉意外目玉と . . . 本文を読む

#108 学生時代(22)

2008年03月26日 | 学生時代
酔っ払っています。 1年ぶりでしょうか? まちでお酒の飲むのは。 体調が悪いこともあって、町内会の会合意外飲み会は敬遠してました。 飲み会で言われました。 「あんた、この頃、日和(ひよ)ってるんでないの?」って。 日和ってるつもりは無いんだけど、この頃、学生時代の思い出話ばっかりで、そう思われても仕方ないのかも知れません。 ボクにとって、薄れゆく学生時代の思い出を今のうちの書き残したいとの思い . . . 本文を読む

#107 学生時代(21)

2008年03月24日 | 学生時代
定山渓時代の続きです。 いろいろな人との出会いがありましたが、今回は他のホテルのフロントマン2人です。 カクテルラウンジには他のホテルの従業員が訪れることがたまにあります。 その“たまに”訪れる他のホテル従業員のお話です。 一人目です。 国道ぶちのホテルのフロントマンでした。 話をしているうちに、この人のこと、知ってるって思ったんです。 実はその人の著作をボクが高校生のころ読んだことがあったの . . . 本文を読む

#105 学生時代(20)

2008年03月20日 | 学生時代
定山渓に行って2ヵ月後くらいでしょうか、新しい料理人が入ってきました。 年のころ30才台の半ば、関西弁の陰気な感じの人です。 年の割に料理人としての序列は高くありません。 皆と一緒に飲むようになって、正体がわかってきました。 刺青(いれずみ)の彫師(ほりし)だと言うんです。 関西で問題を起こして身一つで逃げてきたそうです。 自分では彫師が正業で料理は副業だといっていました。 本当のところ、正業 . . . 本文を読む

#104 学生時代(19)

2008年03月18日 | 学生時代
定山渓時代の続編です。 それどころでないんでないの?との声が聞こえますがもう少し辛抱して下さい。 ホテル従業員に番頭という職種がありました。 前にも述べましたが、布団の上げ下ろしとか下足とかの雑用をする人たちです。 待遇は一番恵まれません。(バーテンもそうでしたが) 料理さんとか女中さんは頭(かしら)がいて、その頭が優秀なら職場は不安なく過ごせます。 ボクの勤務していたホテルはそうでした。 し . . . 本文を読む

#103 学生時代(18)

2008年03月16日 | 学生時代
勤務時間は午後11時までなんだけど、お客がいるときは12時でも1時でも開いていました。 でもたいてい暇なもんだけら、11時に勤務終了です。 それからは料理さんやフロントの人とマージャンをするか、女中さん料理さんと飲みに行くかしていました。 なもんだから、翌日は昼頃まで寝ていることになります。 なもんだから、学校に行くひまがありません。 たまに、学生寮の皆に会いたくなって、行ったもんです。 学生 . . . 本文を読む

#102 学生時代(17)

2008年03月14日 | 学生時代
定山渓は永いこと札幌の奥座敷と呼ばれていました。 ボクが行った時はその全盛期の賑わいはありませんでしたが、名残はありました。 芸者の置屋が2軒あり(実は芸者さんは年寄りが2~3人いるだけで、あとはお酌をするだけのお酌さんばかりでした。)、高級車を乗りつけて豪遊する大尽も見かけることが出来ました。 そんな華やかさの裏に、貧しい従業員がしたたかに生きていました。 バーテンをしている時、午後6時から . . . 本文を読む

#101 学生時代(16)

2008年03月12日 | 学生時代
翌日からは必死にバーテンの勉強をしました。 店を開けているので落ち着いて勉強するわけにはいきませんが、何せ基礎知識がまるで無いものだから本を頼りに、ボクの生涯で一番集中して勉強しました。 でも、ほとんど独学だから間違いも沢山ありました。 当時、スロージンフィズというジンの代わりに赤い色のスロージンを使ったフィズがはやっていたんです。 若い女性からオーダーがありました。 何回か練習をしていたので . . . 本文を読む