トリアー。
久しぶりに映画館にいく機会があったときにトリアー行くかね?って気もするが、行ったんですな。
で、行って初めて「vol.1」て付いてるのを知ったんでした。
つうことで前半観ました。
ところどころ例によって寝てしまったので、
大雑把なことしかわからんのですが、ぎじょぐじょにタダれる映画を想像してましたがそうではなく、
わりと真摯に、色情狂てのはどういうものなのか、
その生い立ちはどんなものか、どういう思考回路なのか、
その生活にはどんなことが起こるのか、
そういうことを淡々と物語る映画でありました。
主人公は女性なのですが、
幼少の頃のちょっとした性戯やら、
ティーンエイジのころの悪友(同好の志だね)とのゲームやら、
ことがセックスに関することである以外は他愛もないよくある悪戯の感覚。
彼女も四六時中セックスのことを考えているわけではないんで、
父親がしてくれた木の話の思い出とか(なんの木だったかな?)
その父の闘病の姿とかの回想も。
その木の逸話だって、
葉が落ちて黒い芽が残るのを奴には指がある」って他の木たちに揶揄されるのであるから、
どこか性的な含みも感じなくはなく、
それゆえに彼女の記憶に深く染み付いているのかもしれないが。
印象的なのは、
彼女にとってセックスは単発の事柄ではなくて、
ずっと続いている総体としての性体験なのだというあたりで、
(あろうことかw)それをバッハのポリフォニーに例えたりする。
ある男「F」との体験は低音パートであるのに対し、
別の男「G」は中声部であり、みたいな。
トータルで一つの音楽を形作るみたいな。
ほおお。
このときに引き合いに出されるのは
バッハのオルゲルビュヒラインからBWV639。そう、あの曲。
映画の人はこの曲が好きだよね。
この映画でももれなくアンドレイ・タルコフスキーへの謝辞をクレジットしていたトリアーなら
なおさらの選曲でしょう。
この曲はいわゆる(劇中パレストリーナを先駆者として
引き合いに出したような)ポリフォニーとは違うものだとは思うけど
そこはご愛嬌か。
ちなみに男「F」が…というところでなりひぴく
オルガンのペダルのオスティナートは
他ならぬfの音である。
(じゃあ「G」のときはg音かというと
そうじゃないんだけどねww)
つうことで、vol.1は淡々と終わっちゃうので、
この形で公開していいのか?大丈夫なのか?と心配であるものの、
vol.2は観ますよねえ。やはり。
車が炎上したりするらしいし。
この文脈でどうやって車が燃えるのかしらんん?
ユマ・サーマンの怖そうな奥さんが印象的。
後半はシャルロットも活躍するのかな?
@新宿武蔵野館
ベルリンの映画祭では完全版で、シャルロッテと黒人男性のシーンが大きく写真になっていましたが、劇場版は縮小版とか何とかのようです。これもコンセプトなのでしょうが。
コメントありがとうございます。
完全版があるとしたらDVD/BDで出るんでしょうね。
まあとりあえず公開版を観るしかないです。