吉田一氣の熊本霊ライン 神霊界の世界とその源流

FC2BBSから移動しようと目論んでいます。
http://reyline.web.fc2.com/index.htm

益城の災難 No437

2016-05-20 23:07:07 | 神霊界考察
熊本大地震で2度の震度7を経験することになった益城だが
二度目の追い打ちで完全に心が折れてしまったという人が多い。
一度目の地震で途方にくれながらも
なんとかどこかひと部屋を片づけて生活スペースを確保したり
近隣宅に避難したりしたのだが
その日の夜にさらに激しい地震が襲ったのだ。
弱った大黒柱には致命傷だったし
そのショックは倍増してのしかかって来た。
益城ほどではないとしても熊本県民皆が打ちひしがれた。

以下のデーターを見ていただきたい。
気象庁の各種データー資料の震度データベース検索で
震度6以上のものをピックアップしたDATAとなる。
地震の時系列は7⇒6⇒5⇒4⇒3⇒2⇒1という順で
7が最初の地震となる。
そして二つの巨大地震は7と4となる。


益城・西原の激しい震域は緑三角の位置となる。
7と4の地震の震央からは益城も西原も少し離れている。



3時間弱の間に7⇒6⇒5という順で地震が来てそれで収まったように見えた。
ほぼ益城の断層のエネルギーは解放されているだろうと誰もが思っていた。
これが前震で本震が今から来るという予想は全く無かったと言っていい。
ニュースで今回の地震が日奈久断層帯の東端だと聞いたときに
自分が以前より恐れていた布田川断層帯でなかったのでホッとしたのも事実だ。
断層帯が重なり合うところで起きた場合は
一つの大地震で両方の断層の重なり部分のエネルギーが解放される可能性が高い。

しかし次の日の深夜M7.3の地震が再び熊本を襲った。
前日は車中でまどろんだ程度であったし
もう来ないだろうと自宅に戻って疲れで熟睡したところを襲ってきた。
携帯の地震警報は昨日に引き続き地震後に鳴るので意味をなさなかった。
照明を付けて寝ていたので目を覚ました時はまだ明るかったのだけど
起きてすぐに停電になり真っ暗な中で物の割れる音や地鳴りの音が激しく続いた。
揺れが続いている間は金縛り状態で揺れが収まってから手探りで外に出た。
携帯に津波警報が出たのでとりあえず車で独鈷山の駐車場に緊急避難した。
避難しながら今回の地震は立田山断層ではないかと考えていたが
ネットで確認してみると再び益城あたりとなっていた。
今回の地震は過去に例のない連鎖地震であり本来起こるなら
最初の地震時に同時連動するのが一般的だと思われる。
余震というものは本震による増えた歪の解消となるようなものだが
今回は余震とはいっても誘発された地震のようだ。
地下の断層のエネルギーは表層に影響を及ぼすが
表層の剪断応力が別の方向にある地下の断層に影響を及ぼすとは
考えづらい。

現在の気象庁の震源データーは上記のようになっている。
特異点は1と4になるが
不可思議な現象でこのことは特別な意味を持つように思える。
たぶん熊本霊ラインの起点となる御坊山・城山・独鈷山・万日山方向に
何かが引きずり出されて地震が起こったように感じる。

気になるのは上記データーととは別に
TVなどで報道されていた震源震央データーが別にあるということだ。



この二つの震源を重ね合わせると以下のようになる。



この図によると本震を引き出したのは菊池市のある場所ではないかと思える。
この場所も筆者には心当たりがある。
龍神に絡む祭祀の問題がそこにあると判断する。
この件に関しては昨年からの警告。啓示によって気にしていた問題だ。


このラインの詳細について知人から送られてきた図も添付しておく。


これらは霊的な啓示の話なので非科学的な話となる。
『熊本霊ラインは増幅作用を持つ』ので
もし地震エネルギーの霊流が7⇒4や3⇒1の方向により
熊本霊ラインに流れ込んだとすれば非常にやっかいだ。
細心の注意を持って様子を伺いながら祈っているが
こういう事態では一人の人間の祈りでどうこうなるレベルではない。
とはいっても熊本霊ラインの向かう先は京都となる。
日本の象徴たる京都には琵琶湖というアキレス腱がある。
熊本霊ラインの主催としてこの件に関しては
不断の思いで祈っていく覚悟でいる。


---------------------------------------------------------------------------------------------
※熊本霊ラインの詳細については以下参照していただきたい。
「熊本霊ラインと中央構造線」

まず霊ラインはただ神社仏閣が直線に並んだり夏至の太陽線に向かえばいいというような
単純なものではなさそうである。
そこに「天地人」の三つの象が揃ってこそ大いなる機能が働く。
「天」とは天空から見ての狂いの無い夏至や星座方向への直線性である。
「地」とは龍の氣とも云われる断層や水脈、河川の大地を流れるエネルギーである。
「人」とはそのライン上の山頂や経絡のポイント上の神社仏閣などで執り行われる神霊祭祀である。
この三つが揃った時に神霊的結界が結ばれ人の思いが天と地とに届く。

「熊本霊ライン数値関係」で検証したが、「天」に関しては夏至方向に向かっていたラインを加藤清正が
京都の二条城あるいは京都御所または糺の森方向に造り替えたと考えている。
それゆえに国土地理院の地図上で結んだ山頂頂点が自然ではありえない程に完全に直線になるのだろう。
「地」に関してはもともとこの五山は中央構造線上というだけでなく長さ14kmにわたる立田山活断層上に位置する。
1889年(明治22年)に起こった熊本地震(M=6.3)は立田山断層起因と云われている。
また1854年(安政元年)の肥後大地震 
1778年(安永7年)と1769年(明和6年)の肥後川尻大地震ほか
18世紀には 1723年(亨保8年)1707年(宝永4年)1706年(宝永3年)と5回の大地震の記録がある。
17世紀にも 1695年(元禄8年)1665年(寛文2年)1661年(寛文元年)1650年(寛永3年)1625年(寛永2年) と5回の記録
16世紀の1507年(永正4年)の熊本地震もこの活断層起因の可能性がある。
熊本市は地下水が豊富で砥川溶岩層に沿って水脈が広がるがこのレイラインの地下には地下水脈もある。
さらに「googleで観る熊本霊ライン 熊本市街」を観て頂きたいが、國龍神を祭る立田阿蘇三宮神社から
御坊山小島阿蘇神社に向かって流れる白川はまるで龍のうねりのようである。
この白川は太古より暴れ氾濫を繰り返してきたがその鎮守のために立田阿蘇三宮神社は建てられたのではないかと思う。
熊本霊ラインは活断層 地下水脈 そして白川の流れという三つの「地」のエネルギーを集結しそれに
金峰山からの荒ぶる氣までもが流れ込んでいる。
道君首名公はこの金峰山からの氣をコントロールするために味生池を造り加減したが
それを加藤清正は取り払い独自の防衛ラインとしたようだ。
「人」に関してはこの五山は聖地として現代までストーンサークルに始まり 妙見 観音 天台宗池辺寺 法相宗来迎院  
真言宗独鈷山 阿蘇神社 天子宮 稲荷神社 聖徳太子堂 祇園信仰 日本山妙法寺仏舎利塔と
数々の神社仏閣が建てられており深い祈りの歴史を持っている。
熊本霊ラインは発信用のアンテナみたいなもので「人」の祈りは前後の山が導波器と反射器の役割をはたし
直線的に増幅され指向性を持って発信されている。

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68 コメント

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二つの×印を上にのばしたところの赤い点は (すずたま)
2016-05-23 08:22:20
吉田様の心身を極限まで削っての御探究と祭祀の日々に対し、深く感謝申し上げます。

二つの×印を上にのばしたところの赤い点は、菊地の隈府~竜門ダムにかけてのあたりになるのでしょうか?
グーグル地図を見ますと、八大龍王を祀る社のほかに、菊池周辺には菅原神社がいくつもあるのですね。
吉田様は霊的要因が菊池にあるようにおっしゃっていましたが、今回「やっかい」とおっしゃっているのは、複数の要因が絡まっているのでしょうか。
この赤い点は何処と特定されているのか、示していただければとお願いしたいのですが、おさしつかえがあるでしょうか?
返信する
吉田一氣 (すずたま様への返信)
2016-05-24 02:02:54
指摘の鋭さと咀嚼力に敬服します。
まずやっかいなのは
ちょうど八木アンテナのように指向性と
像副作用を持つ熊本霊ラインに
地震のトリガーとなるエネルギーが流れ込んだとしたら
より大きなトリガーとして働く可能性があるからです。
考慮すべきは以下のことです。
『自動車のナンバー88の警告 No247』
http://blog.goo.ne.jp/yoshi_iltuki/e/170c7698998ab3c3c8b9e15a1392aeae
『地震災害復興祈願 志賀海神社にて No243』
http://blog.goo.ne.jp/yoshi_iltuki/e/66c762805ebb6260d73c4f8ef0d81079
「最初の地震が起こった後に
福岡のように次の地震が小さくなるのか
あるいは次の地震が大きくなるかで
これだけの被害の違いが生じるという訳だ。
そこに太古からの祈りの力の確固たる存在というものを
志賀海神社に参拝して感じてきた。」

このように記載していますが
今回の地震は2回目がひどくなっています。
これは東日本大震災と同じです。
2011年3月09日11時45分 M7.3
2011年3月11日14時46分 M9.0
つまり一度目の地震からの猶予が生かされるかどうかということ。
私も含めて熊本の人たちの猶予の間に試された
神霊界に対する祈りの力が弱いという事です。

また『茨城の大洗港で大渦「ナルト」 No241』で言っていますが
http://blog.goo.ne.jp/yoshi_iltuki/e/8082d5b09180ed9cfd16edace4f99aeb
今回西の端の熊本で地震が起こってしまって
切り札は2枚とも使ってしまったということです。

もしトリガーが流出していたとしたら
残りは白山姫神社への皆様の思いのみが頼みという事になります。

さて菊池の件は今回切り札を使って熊本が犠牲になることにより
猶予を与えてくださった偉大なる菊池の龍神に絡む話です。
私が勝手に以下の河川の龍神祭祀を託した方が
菊池の迫間川沿いに信貴山系毘沙門信仰の寺を構えました。
その経緯は龍神の導きによるものです。
この方が20年前に八代の龍王神社に私を連れて行った方なのです。
迫間川は菊池川と合流し菊池・山鹿・玉名を通るのですが
この文化圏を作り上げた龍神ですね。
その方とその師匠が
菊池の八代龍王社に初めてお参りに行かれた週に
今回の地震が起きました。
龍神の始動という感じでしょうか。
菊池・山鹿・玉名の地震被害は極小でした。
龍神の祭祀は現地で毎日ということが鉄則ですが
継承されていなかったので心配していたのです。
返信する
御返答有難うございます (すずたま)
2016-05-24 06:54:32
わかりやすくていねいな御返答を下さいまして、ありがとうございます。
深夜2時の御投稿ですが、いつものことながらいつ寝ていらっしゃるのだろうかと案じております。

>今回切り札を使って熊本が犠牲になることにより猶予を与えてくださった偉大なる菊池の龍神
>迫間川は菊池川と合流し菊池・山鹿・玉名を通るのですがこの文化圏を作り上げた龍神

八大龍王神について、もっと思いを深めなければと思いました。
近い将来必ず参詣するつもりですが、その前に自分の心身をそれにふさわしく整えることが早急な課題です。(自分の精神状態が7,8年前より格段に落ちていると自覚しますので。)

>もしトリガーが流出していたとしたら残りは白山姫神社への皆様の思いのみが頼み

昨日白山姫神社様より、ご丁寧に領収書とお礼状をお送りいただき、倒壊から一か月後の解体撤去にいたるまでの写真が添付されていました。
「本殿裏山の向こうに布田川断層があり、今後梅雨を控え裏山の土砂崩れも警戒しなければならず、何とか倒壊を免れた御本殿を一刻も早く低い地点に移設する必要もあるが、事態は困難を極め・・・」とあります。
多大な奉賛金が集まるであろう熊本城にくらべ、あまりにもその重要性に気づかれていない、ちいさな神社です。
今後も応援と感謝の気持ちを表していきたいと思っています。

>龍神の祭祀は現地で毎日ということが鉄則

わが菅地区の総鎮守様(8・8・8の日に動かれた龍神様のおられる)にもずっと行っておりませんので、祭祀というようなものではありませんが、以前のようにお参りを再開したいと思います。
返信する
吉田一氣 (すずたま様への返信)
2016-06-01 01:55:00
白山姫神社と阿蘇神社により
その方向の災難は食い止められていると
今のところ判断しています。
あとは熊本霊ラインですが
この記事へのアクセス数も減りましたので
私が危惧していることを書き足しました。
祈りの御協力を是非とも願います。
返信する
白山姫神社 (さくら)
2016-06-01 09:25:50
吉田様
はじめまして。
何年も前から吉田様のブログの愛読者です。
この度は、白山姫神社が大変な事となり、遠い大阪箕面の地より心苦しく思っておりました。
一度も参拝したことのない神社に、お金だけ送るのもと、躊躇しましたが、5月20日に郵便局にて気持ちだけ振込ませていただきました。
少しでも、応援と感謝の気持ちが届きますように。
5027
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吉田一氣 (さくらさまへの返信)
2016-06-01 19:50:57
さくら様わざわざありがとうございます。
とても感謝しています。
大阪の箕面は少し内陸側で断層から外れているので
南海トラフ地震に関しては
いくらか地震被害が少ない地域だと伺っています。
それでも有馬-高槻断層帯とかが怖いですね。
http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/katsudanso/f076_ichi.jpg
上町断層帯にも少しは掛かるみたいです。
https://www.city.minoh.lg.jp/sidou/taisin/taisokukeikaku/documents/yureyasusamap.pdf
でも確率はとても低いでしょう。
筆者ブログを読んでくださることにも感謝します。
呉音霊に縁があるような家系かもしれませんね。
これからも気になることがあればコメント欄でお尋ねください。
宜しくお願いします。

返信する
大阪箕面 (りひと)
2016-06-02 09:44:01
昨日私も調べていた地で呉音とも関係ある地だと思います。さくらさんのお気持ちが届いていると思います。さくらさまにもお役目がありそう思います。吉田さまを宜しくお願いします。3488
返信する
妙見山 (さくら)
2016-06-03 11:48:33
私の母が、大昔、妙見の星が木にかかり祭る事になった家系の出身です。
祖母は、妙見山参りの方達に茶屋をしていたと聴いてます。
祖父は、山が忙しい時は本業以外にお札を書きに行ったり。

私は、日蓮さんについて本を書くつもりでイロイロ調べました。
随分前なので、記憶があやふやなんですが、
京都の北山の星を祭る神社に参拝した帰り、不思議な祭りに遭遇しました。
曼殊院近くの、八大さんやったかな。
ピラピラの長い槍を持って、街中を練り歩いてました。

少し、気になったので印します。
吉田様の助けになれば、りひと様、コメント
ありがとうございます。
返信する
さくらさん凄い! (りひと)
2016-06-03 14:03:38
妙見さんきましたね。
この前ワニさんの待兼山からその辺りの飛び地に辺りの川(古墳ないかなあと)辿っていったら住吉神社に突き当たりました。祭神は住吉三神そこから父の関係で箕面は気になっていた地だったので地図見ていました。豊能とかの地名でしたっけ?豊って方々が上陸してきたルートのように感じておりました。その辺りの地理もまったく分かりませんが能勢が豊能の中の地名だったの?ってびっくりしました。妙見さんにも大変お世話になっており、中でも能勢の妙見さんは東京の方で何度かお参りさせて頂いています。

地震でも一時期お知らせのような地震があった事もあり何らかの関係者だろうと思っています。

こちらのサイトだったか?ヒレというのも情報があったようにも。

ひょっとして能勢さんかな?
豊能も箕面も音が似ているようにも、ノオ。例の生の字で使っていた時代がなかったのか確認します。豊生、箕生と。
父の関係から笠と蓑にはこだわってきましたが、蓑と箕は違うんですよね。箕は農具でした。みのはスクナヒコさんとも関係あるイメージでもあります。住吉大社には一寸法師のお社がありましたが、ちょうどAuのCMでも登場しましたね。凄いタイミング!長い棒を持って川をお椀の船で動くのが一寸法師ですね。そしてお姫様の出会う。

一寸法師のははしでしたね、槍を持って上陸した方々がいないかなあ?

思い出して話はそれましたが、妙見と槍はやはり密接ですし、箕面の辺りと八代の辺りも関係ありそうですね。槍の信仰はあったのでしょう。

日蓮さん、ありがとうございます。
父は身延山との関わりもありいずれ行かねばと思っています。生前かなり守って頂いていたようで最後まで。
今日も朝からテレビで身延山のお寺やっていましたよ。怖いくらい。

さくらさん、先に付けた布は五色でしたか?チベットは五色ですし、聖徳太子も五色関連あったような?

先ほど雲南省の滇という国をしりました。前漢時代の紀元前3世紀頃から、雲南省東部の滇池周辺にあった滇人による西南夷の国だそうです。

実は風日宮で風と日が同じ所で祀られいるのであればと気になっていました。倭姫のお宮から気になって。すると千木と鰹木が6本で内はぎ、女性のが格上?6は気になります。家型埴輪はこの前の講演会でも出てきてまして気になっている埴輪でして、そうした千木の鰹木は外国にもあるってのが先ほど分かりました。

それが滇です。

さくらさまをきっかけにやっと妙見さんに携わる事ができました。
日蓮さんが応援してくれているといいのですが。

槍と妙見で大阪が繋がりましたね。
今後奈良にも繋がると思います。ただ形跡は少なさそうですが。8583

吉田さま
さくらさんの助言が役に立つといいですね。風が吹いてきています。
熊本にはシナズヒコシナズヒメはいますか?一寸法師はとんでもない巨人になるかもしれませんよ。
4958
さくらさんありがとうございます。妙見さんが守ってくれていますね。
返信する
吉田一氣 (さくらさまへの返信)
2016-06-04 02:32:30
返信ありがとうございます。
相模の梅の木の話に
能勢妙見山ですか。
いずれにせよ日蓮さんがらみですね。
さくらさんと呉音霊との縁は
さらに古い時代の縁なのでしょうね。
その縁がとても気になります。
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