アイ・ラブ みどり

逆境にもめげず、けなげに生きるみどり達がいとおしくてなりません。

アメジストセージ

2015年10月10日 | うちの庭では

 庭のアメジストセージが花の季節になりました。メキシカンセージの名前で購入したのですが、花の色に合わせてこのように呼ぶようになったようです。ガクの部分がビロード状で、アメジスト色の美しい花です。もう10年くらい培養ポットに植えっぱなしですが、毎年咲いてくれます。剪定して小枝を出すようにすれば、丈を低く花をたくさん着けてくれるのですが、今年は手抜きしました。

 アメジストセージの花言葉は「家庭的」です。核家族化した我が家では妻との二人暮らしで、家庭と言う感覚がありません。ところが高齢者クラブで2年前に「土曜サロン」を開設するようになり、毎週土曜日、みんなで体操や輪投げやうたごえ合唱などをやっているうちに気心が通じるようになり、家族的雰囲気が生まれてきました。

 そこで改めて「家庭」の素粒子である「家族」とはと自問自答してみました。法律上は血縁関係の間柄ですが、憎しみあう家族は本当の家族とは言えません。全くの赤の他人でも、お互いに喜びや悲しみを共有できる間柄を、「家族」と言うのではないでしょうか。

 今日は土曜サロンの日でした。他町からお客さんがありました。集合住宅が多いその人の町には高齢者クラブが組織されておらず、住民の結束点がないのです。たまにカラオケに出かけるくらいで、毎日ぼんやりと一人暮らしをしているのだそうです。本日は、我が土曜サロンの評判を聞いて、見学に来たのだとのことです。土曜サロンを楽しみ、すっかり皆と打ち解け、満足気にお帰りになりました。

 これこそが私の目指す高齢者クラブのあり方なのです。寂しがっている引き篭もりがちの高齢者の「仲間つくり」、「健康つくり」、「生きがいつくり」のお手伝いをするのです。大泉逸郎の「なかよし音頭」の歌詞の2番に、「はじめは小さなふれあいだって いつしか大きな輪にもなる」とあります。ささやかな営みですが、「ちりも積もれば山になる」です。「土曜サロン」の「家族」を少しづつ増やして「家庭的」集団を創ってゆくのです。

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