ウマさんの気ままな行動日記(その2)

ウォーキング、ハイキング、釣り、ドライブ、100名城巡りなどをレポートします。

関東ふれあいの道(埼玉) No.12「グリーンラインに沿ったみち」

2015年05月10日 | ウマさんの「関東ふれあいの道」を歩く
2015年5月10日(日)

”ウマさんの「続関東ふれあいの道を歩く」”では、2011年までは主に茨城県の「関東ふれあいの道」(全18コース)を歩いてきた。
『たまには県外を』という声が上がり、2012年は東京都の「関東ふれあいの道」(全7コース)を踏破した。
続いて2013年1月から2014年4月にかけて神奈川県の「関東ふれあいの道」(全17コース)に挑み、これも無事踏破した。
次は埼玉県(全13コース)を目指すことになり、2014年9月から開始することになった。

埼玉県の第9回目となる今回は、コースNo.12「グリーンラインに沿ったみち」(約22Km)に挑戦した。

池袋7時5分発の三峰口行き西武快速急行に乗車


西武線車内
早朝に家を出たため、ここで朝食を摂る人も。


8時18分、出発地の吾野駅に到着。


「関東ふれあいの道」で吾野駅を利用するのは、昨年の9月以来これで4回目となる。


8時34分、吾野駅を出発!
ここから傘杉峠までは、2014年12月14日(日)に歩いたコースNo.11「義経伝説と滝のあるみち」と同じだ。


駅前の急な階段を下り、


国道299号を東吾野駅方面へ。


「関東ふれあいの道」は、国道を少し進み、吾野保育所・西川小学校方面へ左折する。
前回は、そのまま真直ぐ進んでしまったのである。


飯能市立西川小学校前を通過


西川小学校を過ぎると下りの坂道になる。


坂道を下ると、小さな川沿いの道に出る。


川のいたるところに小さな魚の姿が見える。
それだけ川がきれいだということである。


顔振峠へ向かう。


日差しが当らない川岸に色鮮やかなツツジが咲いていた。
『ちょうど今が見頃だねっ』


煙突から煙が出ているのは未だストーブを炊いている?
この辺りは、この時期でも朝晩は冷え込むのだろう。


9時10分、「関東ふれあいの道」分岐点に到着。


吾野駅から2.2Km、道標に従って山道に入る。


岩だらけの上りを通り、


大きな杉の木の横を進む。


9時22分、一般道と合流したところで小休止だ。


顔振峠を目指す。


ようやく本格的な山道に入る。


切り株の上に可愛らしい大黒様が置かれ、お賽銭が上げられていた。
何故か十円玉だけが重ねられていた。


道端の杉の木に穴があり、何かを祀っているようだった。
中を覗いてみると、


可愛らしい七福神の人形が安置されていた。
先ほどの大黒様も七福神の一人だし、この道は七福神と関係があるのだろうか?


里程標
9時39分、吾野駅から1時間5分かけて3Km来たことになる。


目の前の視界が開け、坂道を上ると、


小さな集落が見える場所に出た。


道端の小さな休憩所にお地蔵様が祀ってあった。お参りしていこう。


休憩所を過ぎて少し進むと、見晴しの良い場所に出た。
『良い眺めね~っ』


右端の一段高い山が武甲山(1,304m)だ。


富士山は肉眼で微かに見れたが、デジカメを通してでは無理である。


摩利支天寿光殿なる四面二重塔が建っている。
摩利支天は、陽炎(かげろう)を神格化したものである。
護身、蓄財などの神として、日本では中世以降信仰を集めた。
二重塔は、木造寺社建築で、有志の勤労奉仕により十年余の歳月を経て完成した、とのこと。


女性陣の姿が見えなくなったと思ったら、近くの斜面で山菜採りに夢中になっていた。
『先に行ってるよ~っ』


10時5分、顔振峠平九郎茶屋に到着


顔振峠で営業を続けているのは、平九郎茶屋の1軒だけのようだ。


顔振峠の標識


山菜採りの女性陣が追い着いた。手にはたくさんのわらびが。
5分ほどにしてはけっこうな量である。
『採るのが楽しいんだよね~っ 持って帰ったら?』と差し出すI子さん。


顔振峠からの眺望
『残念だけど 今日も富士山は見えないねっ』


次の目的地傘杉峠を目指す。


最近トレイルランニングの人をたくさん見掛けるようになった。
この日はイベントではなく、トレーニングのために走っているとのこと。
『頑張ってっ!』


10時27分、傘杉峠・黒山三滝への分岐点に到着。


杉に囲まれた山道を進む。


上りの坂道が続く。


10時35分、吾野駅から5Kmの里程標が現れた。
吾野駅を出発してちょうど2時間が経過していたので、時速2.5Kmということになる。ほぼ予想通りだ。
「関東ふれあいの道」(埼玉県)では時速4Kmと平地並に案内されているが、
平均年齢70歳の我々にはとても無理な注文である。


「グリーンラインに沿ったみち」は、”武蔵おごせハイキングパノラマコース”にもなっている。


10時46分、ベンチがあったので、一休みだ。
前回もここで一息入れたことを想い出した。


10時56分、傘杉峠に到着。
前回来た時は、ここから黒山三滝へ下りたことは記憶に新しい。


傘杉峠から先は初めて歩く”みち”だ。
花立松ノ峠まで1.1Kmとの標識がある。とりあえず次の”目的地”にしよう。


傘杉峠から少し進むとガレ場の急な上り坂になった。


10分ほどで急坂を上り切ると、平坦な杉林になった。


道路に出たが、ここは花立松ノ峠ではなく、横切るだけであった。


道路を横切ると、先ほどと同じような杉林の道が続いていた。


『似たような道が続くわねぇ』


11時27分、傘杉峠から杉林を歩くこと30分で花立松ノ峠に到着した。


花立松ノ峠から関八州見晴台までは1.8Kmとある。
右は黒山三滝方面と案内されていた。


花立松ノ峠から100mほど進むと、道路の右側に山道への入口があり、
関八州見晴台(右)への案内標識が立てられていた。
「関東ふれあいの道」の標識が見当たらないところをみると、関八州見晴台への近道かもしれない。


「関東ふれあいの道」の地図で指定された道は、高山不動の方へ大きく蛇行している。
どちらに進むべきか迷ったが、”近道”の方を選択し、右側の山道へ。


”近道”は、当然(?)のように急登で始まった。


『けっこうきついよな~っ』


途中で、犬を”だっこ”しながら下りて来る夫婦に遭った。
犬専用の”だっこ”で一緒に歩いているとのこと。
犬は上りはめちゃ元気が良いが、下りは怖気づいて歩けなくなるそうである。
犬専用の”だっこ”があるとは知らなかった。


『やっぱり指定された道の方が良かったかもね』
と少し弱気になりかかったところに・・


真っ赤なつつじが目に飛び込んできた。


『いやぁ きれいだよね~っ』
『こんなところでつつじを見られるなんてねっ』
と満開のつつじに少し元気をもらった感じに。


12時2分、近道への分岐点から上ること30分、関八州見晴台の高山不動尊奥の院に到着した。
予想より少し早かった。
やはり近道を選んで『正解だった』と喜んだまでは良かったが・・・


何と! 関八州見晴台辺り一帯は人・人・人である。
ちょうどお昼の時間に当ってしまったと言う訳である。


とりあえず、関八州見晴台標識の前で証明写真を撮ることにした。
弁当はその後にしよう!


証明写真を撮り終わった頃に、上手い具合に昼食を終わって下山の支度をするグループがいたので、
場所を譲ってもらい、弁当を広げることができて一安心。


『良かったわね ちょうど日陰の場所が空いて』


昼食後に関八州見晴台からの景色を撮影した。
安房、上野、下野、相模、武蔵、上総、下総、常陸の関東八州が見晴らせる高台
ということでこの名があるそうだが・・・
小川町・熊谷市方面(北)


こちらは飯能市・青梅市方面(南)


こちらは秩父市方面(西)
鶴ヶ島市・坂戸市方面(東)は木々に遮られて見えなかった。


この日のゴールは、「関東ふれあいの道」では、白石車庫バス停となっているが、
この先の飯盛・橅・刈場坂・大野・白石などの峠を越えなければならず、優に14Km以上はある。
とても我々のペースでは、夕方までに到着することは難しい。
次回に予定しているコースNo.4「峠の歴史をしのぶみち」でも同じ道(刈場坂峠・大野峠・白石峠・白石釈バス停)
を歩くことになっている。
従って、今回は急遽高山不動尊を経由して西吾野駅をゴールに変更することにした。
12時49分、道標に従って、先ずは高山不動尊へ向かう。


高山不動尊への道は、つつじのトンネルで始まった。


”つつじ通り”と言っても過言ではないだろう。


しばらくはつつじに囲まれた道を下る。


5分ほど下ると関八州見晴台入口に到着した。


高山不動尊への途中、鷹の仲間であるノスリを腕に止らせて上ってくる人に出遭った。
聞くと、鷹狩りはやらず、腕に止らせて連れて歩くのが好きなのだと言う。
ノスリを自由に操って獲物を狙わせる鷹匠ではなさそうだ。
意外にもノスリはとても人に慣れていて怖がる様子はない。米国産れのノスリだそうだ。


小高い丸山を通過して少し下ると、


13時4分、高山不動入口に到着。
関八州見晴台への上りの際に、花立松ノ峠の分岐点を山道を選ばずに真直ぐ進んでいれば、
ここに来たのだと思う。


高山不動へ向かう。


高い石垣の上に民家が1軒。
『見晴しは抜群だろうなぁ』
余計なお世話かもしれないが、『怖くないのかねぇ』


13時14分、高山不動入口から10分で、高山不動尊に到着した。
正式には、高貴山常楽院と云い、白雉五(654)年、藤原鎌足の第二子長覚坊上人が、東国鎮護のため創建した。
成田不動・高幡不動とともに、関東三大不動の一つに数えられる名刹である。
山伏の修験場として栄え、36坊を数える大規模な寺院であった、とのこと。
『ほんと 随分立派な建物だよねっ』


高山不動尊へ参拝
平安時代に作られたという、高さ2.3m、檜の一木造の軍荼利[ぐんだり]明王立像は、
重要文化財に指定されている、とのこと。


不動尊前の急な石段を降りる。
『ちょっと怖いわねっ』


石段を恐る恐る下りた目の前に・・・


銀杏の巨木が立っていた。
樹高約37m、幹回り10m、根回り12m、樹齢は推定800年と云われている、そうだ。
露出した根には乳と呼ばれる気根が垂れ下がっている。
またの名を「子育てイチョウ」といい、昔から、産後乳の出の悪い者が祈願すると、
出が良くなることからこの名が付けられたと云われる。
埼玉県指定天然記念物となっている。


西吾野駅を目指す途中、変わった形をした木の脇に祠があった。
逞しく成長する木を崇拝の対象としたのだろうか?


西吾野への道はなだらかな杉林が続く。
歩き易いし、こういう道は歩いていて気持ちが良い。


快調なペースで下る。


小石のがれ場となっている箇所があるが、落ち葉で小石は隠れていて見え難い。


こんな注意書きがあるのも頷ける。


小石で滑ると、思わず転んでしまう。
『おっとっとっとっ』


西吾野駅を目指す。


山道を下ること約1時間、ようやく小さな集落に出た。


急な坂道を下り、


小さな川を渡ると


一般道に出た。
西吾野駅まで1.1Kmとある。


道端の材木に腰を下ろして最後の一休み。


急遽変更したゴールの西吾野駅は近い。
西武秩父線の線路に沿った道を進む。


鋭角に折り返して急な坂道を上り・・・


14時56分、この日のゴール西吾野駅に到着した。


西吾野駅のホームには、既にかなりの人達が電車を待っていた。


待つこと数分、15時4分発の飯能行き電車が入ってきた。
電車はかなり混んでおり、座れたのは半数ほどだった。


飯能駅で横浜元町行き快速急行に乗り替え、全員座れて一安心。
『今日はコースを変更したからこの時間で帰れるのよねっ』
『コースを変更して正解だったんじゃないっ』
練馬駅で各停に乗り替え池袋へ。
『皆さん、今日は大変お疲れ様でしたぁ』



この日は、「関東ふれあいの道」(埼玉県)第9回目、コースNo.12「グリーンラインに沿ったみち」(約22Km)
の約半分(約13.5Km)を歩いた。
これまで8回に渡って埼玉県のコースを歩いてきた経験から、この日のコースは”健脚向き”で、
しかも距離は22Kmの最長ということもあり、ゴールの白石車庫バス停に無事に到着出来るのか不安であった。
そんな理由で、勝手ではあるが、急遽ゴールを西吾野駅へ変更して距離を短縮した、という次第である。
我々の脚では、白石車庫バス停発バス(16時29分)には間に合わない可能性が非常に大きい、
と判断されたことから、止むを得ない策だったと思う。
次の最終バス(19時20分)では帰宅は深夜になってしまうのである。

次回(6月)は、コースNO.4「峠の歴史をしのぶみち」を予定している。
今回パスした飯盛峠・橅峠・刈場坂峠・大野峠・白石峠・白石釈バス停間のうち、
刈場坂峠・大野峠・白石峠・白石釈バス停間は、同じ道を歩くことになっているので、
次回は、何とか頑張って歩きたいと思っている。


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