ウマさんの気ままな行動日記(その2)

ウォーキング、ハイキング、釣り、ドライブ、100名城巡りなどをレポートします。

村上~米沢へ行ってきました(2日目)

2016年05月04日 | ウマさんのキャンピングカードライブ
2016年5月4日(水)

GWは、いつもの年は孫たちの相手をして郊外に出かけたりしていたのだが、
今年は、娘婿の実家(野田市)に行くというので、何もすることがなくなった。
ということで、久しぶりに夫婦で出かけることにした。

昨日は、”笹川流れ”で遊覧船に乗り、村上市で鮭の「㐂っ川」を見学した。
「㐂っ川」で見た鮭には、圧倒された。

この日は、米沢方面を目指すことにした。
道の駅「せきかわ」で一夜を明かし、ゆっくりとした朝食を終え、先ずは米沢へ向かった。
米沢は、2度ほど行ったことがあり、上杉神社や人形屋敷などは訪れているので、
今回は、特に観光は考えていない。
帰りの途中に米沢を経由しようということである。

米沢へ向かう途中、道の駅「いいで」で休憩していくことにした。
道の駅「いいで」は、雨にもかかわらずたくさんの車で賑っていた。


中へ入ってみると、人がいっぱい。


かなりの混雑だ。


野菜や果物なども売られているし、


土産物や工芸品なども並んでいた。


コンビニやスーパーのような品揃えでもある。
この他にも食べ物店などが並び、露店のような店もあった。


雨にもかかわらずお客が押し寄せる理由が分かったような気がした。
連休の真ん中という理由だけではなさそうだ。


米沢に着く頃には、時計は11時半を少し回っていた。
早めの昼食には、かみさんがスマホで見つけた「飛行船」という洋食店に向かった。
連休真っ最中で、混むことが予想されるため、早めに行くことにした。
人気メニューは、米沢牛のビーフシチューがたっぷりのオムライスだそうだ。
店に着くころには既に雨は上がっていた。


「飛行船」の店内
明るくて落ち着いた雰囲気である。


店の名前にもなっている、手作りの”飛行船”が天井から吊り下げられていた。


ブランコが付いた椅子席は、子供に人気があるようだ。


窓から見える雨上がりの緑が美しい。


じっくりと煮込まれた濃厚なビーフシチューがかかったオムライス。
”とろとろオムライス&山形牛ビーフシチューソース”である。
これまで外食でオムライスなど注文したことはなかった自分だが、
さすがにこの店の人気メニューだけあって、実に美味しかった。
近くであればちょくちょく来ても良いが、米沢ではさすがにそうもいかない。


昼食後、特に行先は決めていなかったが、かみさんが「高畠ワイナリ」に行ってみたいと言い出した。
この辺りでは有名なワイナリらしい。
土産にワインも悪くないと思い、「高畠ワイナリ」へ向かった。
橋の手前の臨時駐車場に案内され、そこから歩くことに。


橋を渡って直ぐ左側が「高畠ワイナリ」だ。


「高畠ワイナリ」前の駐車場は満車状態だった。


「高畠ワイナリ」の中は、人・人・人で溢れかえっていた。


ライブ演奏なども行われていた。


店内はごった返していた。


回りは、試飲している人ばかりだが、自分は運転するので飲む訳にはいかない。
かみさんには、遠慮なく試飲してもらうことにした。


地下のワイン蔵や


ワイン蒸留器なども見学出来るようになっている。


外も人がいっぱいである。


テーブルにはお好みのワインを楽しんでいる人がたくさん。


ワイン好きの吾輩にとっては、これは堪らないが、ここはぐっと我慢。


露店には、長い行列が出来ていた。


ワインは、最初の一杯は600円だが、お替りは300円で飲めるそうだ。
最初のワインは、グラス付きで持ち帰り自由となっている。


美味しそうにワインを飲むかみさんが、ちょっぴり羨ましい。


土産に買ったワイン(赤と白)
(一泊した道の駅「裏磐梯」で吾輩も味わったが美味しかった)


「高畠ワイナリ」を後にして、この日の宿泊先である道の駅「裏磐梯」を目指した。
西吾妻スカイバレーを経由することにした。


西吾妻スカイバレーからの眺望(1)


西吾妻スカイバレーからの眺望(2)


山の碑


白布峠からの眺望
白布峠は、標高1,404mでかなり寒く感じた。


白布峠から磐梯山と檜原湖の絶景が望める。


磐梯山


道の駅「裏磐梯」には、17時30分頃に到着。


道の駅「裏磐梯」


道の駅裏磐梯から檜原湖を望む。


翌日(5月5日)帰宅して、今回の夫婦だけの小旅行は終わった。
来年は、また孫たちのお相手をすることになるのだろう。

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村上~米沢へ行ってきました(1日目)

2016年05月03日 | ウマさんのキャンピングカードライブ
2016年5月3日(火)

GWは、いつもの年は孫たちの相手をしてキャンピングカーで郊外に出かけたりしていたが、
今年は、娘婿の実家(野田市)に行くというので、土浦のじいじとばあばは何もすることがなくなった。
天気も良さそうだし、家にいても仕方がないので、久しぶりにかみさんと二人で出かけることにした。

行先は、とりあえず新潟県の村上市にした。
かみさんが、村上市の鮭を見たいと言うのである。
自分もTVでしか見たことがないので、前から是非見たいと思っていたところである。

出発は、5月2日(月)の夕方である。
村上へは常磐道・磐越道を利用するのが、近くて混まないだろう。
しかし、村上まで300Km以上もあるので、休憩なども入れると5時間以上はかかる。
ということで、この日は磐越道の阿賀野川SAで一泊することにした。

翌5月3日(火)朝の阿賀野川SA


阿賀野川SAの様子
普通乗用車が10台ほど停まっている。
我が愛車「セレンゲティ」もそのうちの1台だ。


阿賀野川SAから磐越道を望む。
まだ早朝のためか、走っている車は少ない。
車内で朝食を済ませ、村上市に向けて出発!


岩船港には、9時28分に到着した。
岩船港には、粟島行きのフェリー”あわしま”が停泊していた。
490人ほどが乗船可能で、時速15ノット、90分で粟島港へ行ける、とのこと。


港の無料駐車場には、釣りと思しき車が多数停まっていた。
テント持参の人もいる。


老若男女が竿を出していた。
ファミリーフィッシングには、人気のようだが・・・


何が釣れるのかは聞きそびれた。
(あまり連れている様子ではなかった)


港入口の灯台付近にも人影が見える。、
ここから直線距離で、1Km以上はあるだろう。


岩船港直売所があったので、覗いてみた。


魚は焼き始めたばかりだった。


こちらでは、フライの揚げ立てを売っていた。
ポンタラ・はたはた・かながしらなどなど、関東地方ではあまりお目にかかれない魚ばかりである。


かながしらのフライ(1匹100円)を買って食べてみた。
白身でさっぱりとした味で、なかなか美味しかった。
もう少し塩味を効かせた方が良い。
かながしらのフライを食べた後、”笹川流れ”に行ってみることにした。


10時55分、”笹川流れ”駐車場に到着。
遊覧船が発着する桑川港の小さな駐車場は満車状態だった。
幸運にも1台空いたので、そこに駐車し、乗船券を購入した。
40分遊覧して一人1,000円と値段も手頃である。
”笹川流れ”は、村上市にある11kmほど続く海岸で、国の名勝天然記念物に指定されている。
その名は、岩の間を盛り上がるように流れる潮流を、笹川集落の名に因んで付けたと云われる。


一つ前の遊覧船が戻ってきた。
この船が次に乗る遊覧船になる、そうだ。


遊覧船ゆうなぎ
11時20分頃の出発とのことなので、しばらく並んで待つことに。


50名以上は乗っただろうか?
連休ということもあって、乗船した客は多い。


”笹川流れ”は、日本海の荒波の浸食によりできた奇岩、怪石などの岩礁や洞窟など、
変化に富んだ風景が広がっている。
君戻岩
源義経が”笹川流れ”の大きな景色に気がつかず、何気なく通り過ぎてしまった際に、
義経の家来が景色を見せようと呼び戻したことが名前の由来となっている、そうだ。


舞子岩(写真左)とニタリ岩
舞子岩は、義経の労苦をねぎらうため、義経の家来がこの岩をバックにして、
船上できれいな舞を披露したことから、この名が付けられた。
ニタリ岩は、源義経を笑わせたという、ユーモラスな岩。


メガネ岩


雄獅子岩


潮吹岩
岩の中央に大きな空洞が開いており、洞窟の天井には穴が開いているため、
大波が入ると天井の穴から汐が吹き上げることから、この名が付けられている。


恐竜岩
恐竜が、両手をついている姿を連想させる。


屏風岩
大きな岩山が、屏風のように立ち並ぶ。


たくさんのカモメが船の周りを飛び回っている。


お客さんの”エビせん”が目当てなのである。


カモメが”エビせん”をキャッチした瞬間


船尾でも”エビせん”を目当てにたくさんのカモメが飛んでいた。


日本海に浮かぶ周囲23Kmの小島粟島がうっすらと見えた。
一度訪れてみたい島である。


お腹が空いてきたので、村上の市街地に戻り、かみさんがスマホで見つけたという
「悠流里」という和食処へ向かったが、「悠流里」の入口には行列ができていた。
初めての土地で、他は知らないため、とりあえず申込を済ませて、


「悠流里」に隣接する「鮭の蔵永徳」で土産物を見定めることに。


「鮭の蔵永徳」の店先には乾燥した鮭が吊り下げられていた。


店内


店内


”鮭の酒びたし”は、塩引鮭用の秋鮭とは選別して仕込みを行う、そうだ。
真冬の寒風に晒し、更に初夏までの半年間の日陰干しでじっくりとゆっくりと乾燥を促しながら、
旨味を凝縮・熟成させる、とのこと。
生の鮭にはない旨味と独特の風味を醸したのが”鮭の酒びたし”である。
”塩引鮭”と並ぶ越後村上の名産品だ。


”鮭の酒びたし”と”塩引鮭”を買い、


「鮭の蔵永徳」隣りの和食処「悠流里」へ。


「悠流里」のお薦め料理は、”村上牛の炙り丼”らしい。


”村上牛の炙り丼セット”を注文
久しぶりにちょっと贅沢な昼食となった。


味匠「喜っ川」
築130年の村上の典型的な町屋(登録有形文化財)である。


店内は大勢のお客で賑っていた。


鮭の塩引や茶漬などいろんな商品が並べられていた。


店横の裏庭への入口には旧い車が置いてあった。
まだ動くのだろうか?


㐂っ川の町屋はうなぎの寝床のように細長く、村上の典型的な町屋の一つである。
茶の間は明治の建築で築120年、奥の土蔵は築190年の江戸末期の建物で、
国の登録文化財になっている。


仏壇、神棚に囲炉裏があって明治時代の町屋である。
今は資料室になっているこの部分、その昔は女中部屋で、
戦前の造り酒屋をしていた時代には階段はなく、はしごを使っていた。
住み込みの若い衆が夜半、女中部屋に忍び込んだりせぬように、女中さんが上がった後は、
自分ではしごを部屋に引き上げて、不可侵の領域を自ら作っていたとか。


吹き抜けの天井や大黒柱に旧い階段、一昔も二昔もタイムスリップしたような感覚になる。


奥の座敷は書院造りで、床の間があり、襖のような壁には書が飾られていた。


店から奥に進むと、乾燥中のたくさんの鮭が天井の梁から吊り下げられている。
その数1000匹以上とか。圧巻である。


また、この吊るしてある鮭のために年中、裏も表も窓も開けっ放し。
鮭が美味しく発酵するように、真冬は住んでいる人間が鮭に合わせて、
-4度にまでなるような環境の中で暮らしている、とのこと。


土間全体に鮭の匂いが漂っている。


㐂っ川の隣に「益甚」という古い酒造があったので覗いてみた。


店内の町屋公開部分
囲炉裏や仏壇がある。
古いのかもしれないが、綺麗に整理されており、住んでみたい雰囲気が漂う。


店の奥には酒蔵であった頃、使用していた酒を絞る”酒槽(さかぶね)”や


”貧乏徳利”と呼ばれる通い徳利などが展示されていた。


「鮭の蔵永徳」で”鮭の酒びたし”を買ったことだし、
「益甚」では酒を買うことにした。


土産の酒”紫雲”大洋盛である。
”紫雲”とは、紫色の雲のこと。
念仏行者が臨終のとき、阿弥陀如来が多くの菩薩様を連れて来迎する雲で、
吉兆とされ、縁起の良い銘柄である。


この日は、道の駅「せきかわ」で一泊することにした。


桂の関温泉「ゆ~む」(500円)で汗を流した。
明日は、米沢方面へ向かうことにする。



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かみさんと歩いた 西沢渓谷

2015年11月22日 | ウマさんのキャンピングカードライブ
2015年11月22日(月)

滝沢ダムを観た後、向かったのは西沢渓谷。
かみさんは初めてである。
1年後に「健康ウォーキング同好会」で訪れることを計画しているので、
この日は下見を兼ねてのウォーキングでもある。

10時42分、西沢渓谷に到着するも、一番近い駐車場は既に満杯状態だった。


どこか空いているところはないか、とキョロキョロ探していると、
かみさんがたまたま1台だけ空いた場所を見つけ、何とか停めることが出来た。


10時44分、前日道の駅「ちちぶ」で買った”おやき”が余っていたので、
お昼代わりに、とリュックに押し込み、出発!
茶店の前を通り、西沢渓谷への道を進む。
奥に駐車スペースはあるようだが、停止板には”一般車両は進入禁止”と書かれていた。


少し先に西沢渓谷入口ゲートがあった。
一般車両は完全にシャットアウトだ。


さらに進むと、なれい沢橋があり、上流に「なれいの滝」が見えた。


駐車場から15分ほどで「ネトリ広場」に到着した。
「ネトリ広場」は、西沢渓谷を周回するハイキングコースの合流点になっている。
(ハイキングコースは、一周約8Km、約3.5時間のコースとなっている)


「ネトリ広場」には、安全登山を祈願する”山之神”が祀られていた。
軽く安全祈願をして、


西沢渓谷入口の標識に従って直進。
「七ツ釜五段ノ滝」まで3.9Km、1時間30分とある。


左手に笛吹川の源流が流れており、ところどころに堰が設けられている。
まるで滝のようだ。


11時7分、日本百名山甲武信ヶ岳への登山道入口を通過。


11時10分、ヌク沢を通過。
沢には橋脚のようなものが見えるが、これは、昭和28年頃から沢の上流で珪石を採掘して、
トロッコで塩山駅の集積場まで運搬していた森林軌道の橋脚跡である。
安い外国産の珪石が輸入されるようになり、森林軌道は、珪石の生産が中止される
昭和46年頃まで続けられた。


11時14分、ヌク沢の少し先の西沢山荘に到着。
山荘は現在は営業していない。


山荘の近くに田部重治(たなべじゅうじ)文学碑がある。
田部重治は英文学者で登山家。
大正四年(1915)5月、田部重治が笛吹川東沢を遡行した時の作品が刻まれている。
笛吹川を遡る
見よ 笛吹川の渓谷は
狭り合って上流の方へ 見上ぐるかぎり峭壁をなし
其間に湛へる永の紺碧の色は
汲めども盡きぬ深い色をもって
上へ上へと続いて居る
流れはいつまで斯の如き峭壁に
さしはさまれてゐるだろうか

なお、現在東沢には入ることはできない。


山荘から「七ツ釜五段ノ滝」まで80分とある。
『大したことないから』とかみさんを連れて来てはみたが・・・


お地蔵様がポツンと佇んでいた。
登山の安全を祈願するために安置されたものだろう。


沢の流れを聞きながら山道を進む。


11時21分、二股吊橋に到着。


吊り橋を渡る。


吊り橋から東沢上流からの豪快な流れにしばし見惚れる。


笛吹川下流
東沢は、ここで右からの西沢渓谷の流れと合流して笛吹川となる。
ここがちょうど合流点である。


吊り橋を渡ると鉄板のスロープがあった。
かなり斜めなので、濡れていると滑り易い。注意が必要だ。


11時23分、鶏冠山(とさかやま)登山口の分岐点に到着。
西沢渓谷入口から2.0Km、「七ツ釜五段ノ滝」まで2.0Km、ちょうど真ん中になる。
ここからが西沢渓谷である。


鶏冠山へ登山する人の姿も。


スティール製の階段が。
かなり急勾配だ。


階段を上り始めたところに「大久保の滝」を観る小さなスペースがあった。
「大久保の滝」は対岸にあるので、ちょうど良い観瀑台である。


急階段を上ると、


西沢渓谷の流れが見えて来た。


足元に見えるのは「三重の滝」だ。


少し下流に「三重の滝」の観瀑台が見える。
観瀑台へ行ってみよう。


観瀑台から観た「三重の滝」


「三重の滝」の景色を満喫してさらに上流を目指す。
上流から「三重の滝」と観瀑台を見たところ。


沢沿いに上流へ向かう。
この辺りはまだ遊歩道があるので歩き易い。


遊歩道に沿って上流へ。
石が敷き詰められた遊歩道は濡れた箇所も多いので滑り易い。
『卸したての靴が瓦礫で傷ついちゃった』とぼやくかみさん。
『最初から分かってれば他の靴にしたのに・・・』


渓谷には、いわゆる奇岩が多く見られる。
これはフグ岩
フグの形をしている。


うなぎの床
岩が緩やかな勾配になっていて、しかも長さがあるので、こう呼ばれるのだろう。


人面洞
人面に見立てるのは、ちょっと無理があるのではないだろうか?
しかし、いずれにしてもなかなかの洞である。


人面洞を過ぎると大きな岩が行く手を遮る。
鎖を掴みながら進む。


遊歩道が途切れて大きな岩の上を進む。
かみさんは『引き返そうよ』とかなり弱気になってきた。
「龍神の滝」当りで引き返すことにしよう。


『あと少しだから』とかみさんを励ましながらさらに上流へ。


急な岩場を上った先に・・・


「龍神の滝」が現れた。


12時3分、「龍神の滝」に到着。
「七ツ釜五段ノ滝」まで40分の標識。
この先「七ツ釜五段ノ滝」へはさらに急な勾配のところもあり、往復には1時間半近くかかるため、
ここで引き返すことにした。


引き返す途中の岩場で”おやき”を食べていると・・・
鷹(ノスリ?)を腕に掴まらせて上流へと上って行く人が見えた。


女性も一緒である。
”鷹匠”らしき人は、「関東ふれあいの道」(埼玉県)でも見掛けたが、
鷹(あるいはノスリ)を連れて歩くのは、ブームなのだろうか?


駐車場を目指す。
「三重の滝」付近。


最後に「三重の滝」を上流から1枚。


12時52分、二股吊橋を通過。


国道140号が見えて来た。
13時40分、駐車場に到着。


その後、道の駅「みとみ」へ立ち寄り、「ほったらかしの湯」へ向かった。
3連休の真ん中とあって、「ほったらかしの湯」は、かなり混んでいた。

「あっちの湯」で一風呂浴びた後、この日の宿泊場所道の駅「とよとみ」に向かった。

これまで西沢渓谷には2度ほど来ているが、かみさんは初めてである。
『大したことないよ』と言くるめて一緒に歩いたが、沢沿いの岩場を歩いたことで、
卸したての靴が傷ついたとぼやいていた。
新しい靴を買ってあげねばなるまい。

来年(2016年)「健康ウォーキング同好会」の例会として計画しており、今回はその下見も兼てのことだった。
しばらくぶりに訪れて、コースを再確認できたのは収穫だった。

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その巨大さに圧倒された 滝沢ダム

2015年11月22日 | ウマさんのキャンピングカードライブ
2015年11月22日(月)

久しぶりにかみさんとキャンピングカーで出かけた。
行先は、前日に突然決めた秩父である。
道の駅「ちちぶ」で一泊し、この日は西沢渓谷へ行くことにした。
国道140号を山梨県方面へ走ると、滝沢ダムがあったので、休憩がてら立ち寄って行くことにした。

滝沢ダムは、6年前の2009年11月16日、入社同期の友人らと一度来たことがある。
この時はダムの中央手前で引き返している。


滝沢ダム左岸天端広場の総合案内図によると、ダム中央付近にエレベータがある。
ということは、ダム下の下流広場に降りられるということなのか?


このような景色が見れるということなのだろうか?


とにかくダムへ行ってみよう。
ダム下流の眺め。先ほど走って来たループ橋だ。
紅葉は既に終わっていたが、周りの景色と調和していて美しい。


水を湛えたダム上流(奥秩父モミジ湖)の景色。
集水面積は108.6㎢、総貯水量は6,300万㎥とのこと。
ダムは、独立行政法人水資源機構により、平成20年の3月に竣工している。


ダム中央から放水口下流の中津川方面を観たところ。


中央付近に吊り橋が見える。
渡れるようだ。


さらに進むと、エレベータの建屋があった。


中に入るとエレベータが。
どうやらこのエレベータで下に降りられるようだ。


1F(121m)とB1(86m)とB2の3箇所に止まるようになっている。
高さ121mということは、渋谷区役所と渋谷公会堂の建て替えに合わせ、
隣接が予定される39階建てのマンションに相当する。


ものの1分ほどでB2(121m)に到着した。
地下トンネルを進む。


トンネル内には、ダム工事の進捗状況を示す定点写真が展示されていた。
工事着工前
(平成4年11月)


ループ橋が出来上がっている。
(平成14年10月)


完成間近
(平成17年9月)


扉を開けて下流広場に出ると、目の前に巨大なダムが聳えていた。
その大きさに圧倒された。


ダム右岸
階段は454段


ダム左岸
こちらの階段は435段だ。
階段があるということは、歩いて下りられるし、上れるということだ。
ダム左岸から下りて、吊り橋を渡り、ダム右岸を上ることも可能である。


放流場所
下流は中津川に続いている。


吊り橋


吊り橋の中央からダムを見上げる。
巨大な壁である。


吊り橋からループ橋を望む。


初めて滝沢ダムの下流広場へ下りてみたが、ダムの巨大さに圧倒された。
来年(2016年)の「健康ウォーキング同好会」のスケジュールでは、この後訪れる「西沢渓谷」を
候補として上げているが、この滝沢ダムも見逃せない場所だと思った。
必見の価値ありと思う。

この後、西沢渓谷へ向かった。

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戦場ヶ原から霧降高原へ

2014年07月15日 | ウマさんのキャンピングカードライブ
2014年7月15日(火)


戦場ヶ原
この日のは天気も良く、朝から空は晴れ上がっていた。
(戦場ヶ原駐車場にて)


男体山も山頂まではっきりと見える。
昨日の天気は嘘のようだ。


朝食後、昨日は小田代ヶ原への途中の展望所から見ただけだったので、先ず戦場ヶ原展望台へ向かった。
戦場ヶ原駐車場前の国道120号線を渡り、展望台へ。


展望台への木道を進むと、


直ぐに戦場ヶ原展望台がある。


戦場ヶ原


やはりここからの眺めが一番良い。





二人揃っての記念撮影

この後、日光市内で土産物を買い、霧降高原へ向かった。


霧降高原
12時10分前に霧降高原へ到着した。
これからキスゲ平園地を歩くためには、軽く昼食を済ませておきたい。
霧降高原レストハウスで「寒ざらしそば」があったので、注文した。


『意外と美味しいっ』


霧降高原の階段(天空回廊)
レストハウス前からキスゲ平園地の最上部(小丸山山頂)まで1445段の階段が続く。


キスゲ平園地の草原内には遊歩道や展望デッキが整備されている。
案内の地図が各所に設置されており、道に迷わないで歩き回れる。


12時23分、出発!
スマホでリフトが運転されている記事を見たと言う妹だが、現在リフトは撤去されてしまっている。
最初は歩くのに消極的な二人だったが、緩やかな階段に納得したようだ。
『これならそんなに疲れないわねっ』


ニッコウキスゲ
鹿による食害や熊笹の繁茂により、一時は絶滅が心配されたこともあったそうだ。
そのため、霧降高原園地では鹿の侵入を防ぐネットの設置や熊笹の刈払い、
ニッコウキスゲの苗の補植作業など自然環境の保全活動を続けている、とのこと。


階段には100段づつの標識とコメントがある。
300段目は『先は長いが頑張ろう』と記されている。
意外とこの一言が励みになる。


400段目辺りからキスゲ平を見る。
かつては、ここをリフトが運転されていた。
リフトからニッコウキスゲを見ながら頂上に向かったことを想い出した。


『階段は緩やかだけど長いからやっぱり疲れるぅっ』


この辺りではところどころにしかニッコウキスゲを見ることができない。
当時と比べると、ニッコウキスゲが少ない。やはり鹿の食害なのだろう。


緩やかな階段が続く。
600段目『休憩も大事だよ!』を通過。


休憩を兼ねて階段から逸れて遊歩道へ降りてみる。
草原に点在するひと際鮮やかな姿を見せるニッコウキスゲ


クルマユリがポツリと咲いていた。
回りを見渡してもクルマユリはこの花だけだった。


上ってきたゲレンデを振り返る。
この時期の霧降高原で、点在するニッコウキスゲしか見れないのはちょっと寂しい。


700段目手前の非難小屋で一休みして、小丸山山頂を目指すことにした。
一直線に小丸山山頂まで階段が続いている。
700段目『残り半分だ』に励まされる。


かみさんと妹が次第に遅れ出した。
非難小屋から、階段の段差が大きくなっているためである。


900段目を過ぎた辺りで最初の展望デッキが見えてきた。
この辺りからニッコウキスゲの群生が見られるようになった。


第1展望デッキから下を見る。
レストハウス辺りはどんよりと霧がかかっているような感じだ。


ニッコウキスゲの群落でようやく霧降高原らしい景色になった。
ここで突然、彼女たちはその先は行きたくないと言い出した。二人でここで待っていると言う。
彼女たちにとってはここまでの階段が精一杯だったのだろう。


せっかく来たので一人で小丸山を目指すことにした。
1,000段目『来た1000段目!』
残り445段だ。


1,000段目過ぎから振り返って下を見下ろす。
かなり上ってきたものだと思う。


第2展望デッキから第1展望デッキを見ると、二人が見えた。


1,300段目『ゴールは目の前だ!』


1,445段目『おめでとうゴール到達!』


小丸山山頂展望台に到着。


展望台では子供連れの夫婦が昼食の最中だった。
1,445段もの階段を子供(1歳)を背負って上ってきたのだと言う。


パンフレットには、
”登るにつれて視界が広がり、頂上の小丸山展望台からは日光の山々はもちろん、
晴れた日には、遠くは会津の七ツ岳、富士山、東京スカイツリーを望むことができます”
と謳われていたが・・・
次第に霧(雲?)が降りて来だし、一瞬のうちに視界が効かなくなった。


二人を待たせていることから、いつまでも次にまた晴れるのを待つ訳にいかない。
直ぐに上ってきた階段を下ることにした。


第1展望デッキでは二人仲良く待っていてくれた。


下りは遊歩道を散策しながら下ることにした。
「キスゲ平」辺り。


「キスゲ平」にはいろんな花が咲くようだ。


アカショウマ


シモツケ


アヤメ


ニッコウキスゲ


ヨツバヒヨドリ


ギボウシ


”見晴らし”からの眺望


”谷わたり”を通過。


14時15分、霧降高原レストハウスに到着。
約2時間の散歩に満足な様子の二人だった。
『お疲れさ~んっ』


昨日から今日にかけて、
川場・奥日光(丸沼・湯滝・戦場ヶ原・小田代ヶ原)・中禅寺湖(イタリア大使館別荘)・霧降高原と回って
奥日光の自然を存分に楽しんだ2日間だった。


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