ウマさんの気ままな行動日記(その2)

ウォーキング、ハイキング、釣り、ドライブ、100名城巡りなどをレポートします。

今年(2013年)は小アジで釣り納め

2013年12月28日 | ウマさんの釣り三昧
2013年12月28日(土)

年の瀬も押し迫ったこの日、友人と忘年釣り会と称して、外房某港に出掛けた。
いつものメンバーにも声を掛けたのだが、あいにく都合が悪いとのことで、2人だけの釣行となった。
いつもの某港の駐車場(漁協近くの道路の両側で駐車場ではないと思われる)には沢山の車が停まっていた。


堤防には大勢の釣り人がいた。
小さな子供もいる。ファミリーフィッシングだ。
この時期他に行く宛もないことから、ここで竿を出すことに決めた。


この中に適当に入れて貰うしかない。
二人並んで竿を出すことは難しい状況である。


支度を整えて、堤防に竿を垂れる友人。


記念の1枚。


あまり機会がないことだが、せっかくなので私も撮影してもらった。


間もなく日が落ちる。


この辺りでは有名なホテルである。


夕日が美しい。
釣果の方は、豆アジがコンスタントに釣れる。
友人はサビキ釣りだが、自分はフカセの方が性に合っている。


釣りの方は、いったん置いといて、車で忘年会だ。
『今年もお世話になりましたっ』
『かんぱ~いっ』


『来年もよろしくお願いしまぁす』
その後釣りの方はすっかり忘れて杯を重ねてしまった。


ひと眠りすると、夜が明けていた。


漁船が目の前の堤防に横付けして、荷揚げの邪魔になるため、これ以上竿は出せない。
今年はこれでお仕舞いである。
友人とはまた来年の釣果を約束してここで分かれた。


少し時間があったので、市場を覗いてみた。


次々とマグロが荷揚げされていた。


一方自分のこの日の釣果は、小アジが1束(100匹)手前の98匹だった。
しかし、小さいのでざる1杯分にしかならない。
一方、後日友人の報告によると、130匹釣ったそうである。
サビキ釣りとフカセ釣りの差である。


少し大きめのアジを選り分けて、


久しぶりにアジ寿司にして食べた。
美味かったことは言うまでもない。
残りは唐揚げにしていただいた。


小アジばっかりだったが、1束近く釣ったことには満足とまでは行かないが、一応納得はしている。
それよりも、2人だけでも忘年釣り会をやれたことの方が、意義があったと思っている。
これからも友人たちとの釣り会は続けて行きたい。


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「関東ふれあいの道」(神奈川)No.9 「弘法大師と桜のみち」(再)

2013年12月21日 | ウマさんの「関東ふれあいの道」を歩く
2013年12月21日(土)


コースNo.9「弘法大師と桜のみち:約9.4Km」は、今年9月22日に一度歩いている。
この時、都合が悪くて参加できなかったうちの2名が、神奈川県の踏破認定賞取得のため
年内に是非歩いておきたいとの要望を聞き、この日運良く都合が合ったため、
道案内役と証明写真撮影役を買って出たと云う次第である。

8時32分、小田急線秦野駅に到着
バス停前の弁当屋でお昼の弁当を買い、8時45分に出発。


秦野市内風景
本来、コースのスタート地点南平橋までバスで行き、そこから権現山を目指すべきであるが、
12月8日に「弘法大師と丹沢へのみち」を歩いた際に、二人とも一度歩いている区間なので、
この日は秦野駅から直接権現山を目指すことにした。
その方が早いし、バス代(230円)も節約できる。


今回一緒に歩くのは、MさんとK子さんだ。


河原町交差点を渡ると右前方に権現山が見えてきた。


弘法山(権現山)公園への登山口
秦野駅から弘法山公園を目指す人は普通この道を選ぶようだ。
わざわざ南平橋までバスで行き、そこから「関東ふれあいの道」で権現山を目指す人は見かけなかった。


権現山展望台まで0.9Kmの表示
ここから先ず浅間山(0.5Km)を目指す。


緩やかなつづら折りの坂道が続く。


木々の間から富士山が見えた。
これまで「関東ふれあいの道」で何度も富士山にを見る機会はあった筈だが、全くと言っていいほど
その雄姿にはお目にかかったことはない。
しかし、今日は期待が持てそうだ。


つづら折りの山道を浅間山公園へ向かう。


何とこの時期に紅葉が見れるとは。
最近のブログで、何度か”これが今年最後の紅葉”と書いて来たが、
本当にこれが今年最後になるだろう。


9時22分、浅間山公園に到着。


浅間山公園の一角から見えた富士山
前日の雨で空気が澄んいるためか、くっきりと見える。
しかも真っ白な雪が全山を覆っている。これ以上の富士山はない。
地元の写真家らしき人がしきりにシャッターを押していた。


土浦市に住む我々にとって、これほど素晴らしい富士山はなかなかお目にかかれない。
『いやぁ 今日は最高のプレゼントだねぇ』
『秦野に住む人は幸せだねっ』


9時36分、南平橋からの合流点、浅間山駐車場に到着。
ここから権現山展望台を目指す。


『この坂はきついのよねっ』
この日のコース最大の上りである。


10時ちょうど、権現山展望台に到着。
秦野駅からバスに乗って南平橋から歩いた場合に比べ、20分以上は早い計算になる。


ここからの富士山も『素晴らしい 最高!』の一言に尽きる。
秦野市街地も一望できる。


権現山展望台から見た富士山と大山


展望台前で一休み
『今日来れて本当に良かったなぁ』
『ほんと 最高よねっ』


次の目的地弘法山へ向かう。
地元の中学生と思しき野球部員が坂道を駆け足で上ってきた。
『ガンバレッ』


弘法山まであと少しだ。


弘法山は弘法大師が山頂で修行したことから名付けられたとの伝承がある。
鐘楼の鐘は、時刻を知らせる「時の鐘」として、江戸時代から昭和三十一年(1956)まで
秦野周辺地域の人々に親しまれてきた、そうである。
この鐘は宝暦七年(1767)に麓の龍法寺六世が最初に鋳造し、その後、火災などに遭って再鋳され、
現在の鐘は享和元年(1801)のもの、とのこと。


こちらは小田急線東海大学前方面か?


撮影ポイントの太子堂
しっかりと二人の証明写真を撮り、今日の一つ目の責任は果たせた。


この時点で時計は10時20分を回ったばかり。
前回ここで昼飯にしたが、今日はいくらなんでも早すぎる。お腹もまだ空いていない。
吾妻山で弁当に、ということで弘法山を下り始める。


国道246号手前のみかん畑から見た富士山。
今日のコースはどこから見ても最高の富士山ではないだろうか。


秦野国際乗馬クラブ前を通過し、


国道246号に出た。
『けっこう車が多いゎねぇ』


後ろを振り返ると正面に富士山が見える。
弘法山から吾妻山へは別にハイキングコースがあるが、「関東ふれあいの道」では
やや遠回りではあるが、あえて国道246号を歩くよう指定している。
その理由としては、ここからの富士山を見てもらうためなのかと思ったりもする。
ドライバーにとっても最高の場所だと思う。


善波トンネル


トンネルを少し入ったところから後ろを振り返って見た景色。


4分ほどでトンネルの出口が近付いてきた。
車が多いのであまり長居はしたくない。
足早にトンネルを通り抜ける。


トンネルを出た辺り。
正面は厚木方面だ。


国道246号から矢倉沢街道に入る。


矢倉沢街道は奈良時代に開かれ、箱根越えの東海道が出来るまで官道の役割をしていた。
江戸時代には裏街道として賑わい、伊豆・沼津から足柄・秦野・伊勢原・荏田を経て、
日常生活に必要な炭、わさび、干し魚、茶、それに秦野のたばこなどが馬の背で江戸へ運ばれていた、とのこと。


まだみかんが生ったままになっている。
『このまま収穫しないで良いのかな? もったいない』 気になるところである。


夜泣石
旅人が、この石のあたりで、誰助けるともなく倒れていた。
それ以来、夜中にここを通ると、この石のあたりから、助けを求めるような声が聞こえたと云われている、そうだ。


吾妻山への分岐点を通過


ここから少しばかり急な坂道が続く。
落ち葉を踏みしめながら吾妻山を目指す。


11時41分、吾妻山に到着。
数組が弁当の最中だった。


石の碑が「吾妻神社」として祀られている。


早速我々も弁当にしよう。
二人仲良く並んで駅前で買った弁当に舌鼓を打つ。
『天気も良くて、風がないので寒くないのが良いねっ』


秦野駅前で買った”助六寿司”だが、適当にお腹が空いていて美味しかった。
298円、”今日のお買得”とある。


弁当も終わり、後はゴールの坪ノ内バス停を目指すだけである。


吾妻山からは下りだけなので、楽だ。
今日は少しばかり近道をしてあまり歩いていないためか、足取りが軽い。


坪ノ内バス停と鶴巻温泉駅の分岐点に差し掛かり、時計とにらめっこ。
バスの時刻を確認するとこのまま坪ノ内バス停(0.8Km)へ向かうのは、間が悪い。
鶴巻温泉駅行きバスは1時間に1本しかない。
下手をすると次のバスまで1時間近く待たなければならない。
ここは直接歩いて鶴巻温泉駅(0.5Km)に向かう方がベター、と判断。
勝手にコースを変えるのは心苦しいが、鶴巻温泉駅へ向かった。


東名高速道下を通り抜け、


道標に従って鶴巻温泉駅を目指す。


住宅地を歩くこと数分、


12時30分、鶴巻温泉駅に到着した。


確かに『ちょっと早すぎたかな』ではあるが、
『今日は大変お疲れ様でしたぁ』


二人にとって懸案となっていた、「弘法大師と桜のみち」、年内に歩くことが出来て一安心と言ったところだ。
自身は2度目だが、念願だった富士山の素晴らしい雄姿を見ることができて、同行して本当に良かったと思っている。
当初、この日のブログはアップするつもりはなかったが、素晴らしい富士山に出遭えたことで、一転。
この景色を皆さんと共有したい、という気持ちに駆られ、アップしたという次第である。
これほど素晴らしい景色の富士山にはそうそうお目にかかれないと思っているが、いかがであろうか。


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有志で一泊忘年会 奥久慈八溝山

2013年12月17日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2013年12月17日(火)~18日(水)


毎週金曜に地元土浦周辺を歩く「健康ウォーキング同好会」有志で、「忘年ウォーキング」と称して
一泊旅行に出かけた。
有志での一泊旅行は今回が2度目となる。
昨年は、五浦海岸・大津港だったが、今回は奥久慈の日輪寺から八溝山を歩くことにした。
参加者は会長以下有志(男性のみ)7名である。

一日目(12月17日
土浦市民会館で最後の一人が乗り込み、一路奥久慈を目指した。


友部SAで最初の休憩


女性トイレの行列
最近女性の団体旅行をあちこちで見かけるが、それを象徴するような光景だ。
『大変だねぇ おばちゃんたちも』 同情することしきりである。


奥久慈の「道の駅だいご」で2回目の休憩


奥久慈の名物と言えば今の時期は”りんご”だろう。
直売所の店頭にはたくさんの”りんご”が売られていた。


”日本一優しい裏見の滝”を自認する蕎麦屋「もみじ苑」へ向かう。
坂道を下って行くと・・・


「もみじ苑」があった。
裏見の滝はお昼(蕎麦)を食べてからにしよう。


蕎麦を注文して待つ間に「もみじ苑」のパンフレットに目を通す。
『へえ~っ 蕎麦にこだわってるんだぁ』


『なるほどっ』 ”日本一優しい裏見の滝”の説明に納得した様子だ。


注文した蕎麦(もり蕎麦:800円)がきた。
細麺だが、腰がしっかりしている。
少し量が少ない感じがする。しかし、大盛はないため、これで我慢しておこう。
お腹いっぱいだと、この後八溝山を歩くのに支障があるかもしれないので、腹八分目が良いだろう。


”日本一優しい裏見の滝”の採点結果表
店の主人が全国の裏見の滝を見て回り、自分なりの条件で採点した結果である。
「月待の滝」が”日本一優しい”という結論に至ったそうだ。
条件としては、滝の裏側に入れるか、滝裏のスペースは広いか、滝裏でマイナスイオンを浴びれるか
などは当然として、国道や駐車場からの距離、滝を見ながら飲食できる環境などなど、なかなか興味深い。


蕎麦を食べ終わったので、実際に「月待の滝」(裏見の滝)を見てみよう。
二筋の滝が流れ落ちている。パンフレットよりも水量はかなり少ない。


滝の裏側はかなり広い。
”裏見の滝”の条件としては申し分ない。


水量がやや少ないので、マイナスイオンの効果はいかほどだろうか?


”裏見の滝”から約35分で八溝山登山口である。
ここから山頂の駐車場まで約7Kmの坂道が続く。
車で約15分だが、歩くと2時間以上はかかるだろう。


13時5分、八溝山駐車場に到着した。
会長の掛け声でいつもの準備体操をして・・・


先ず、日輪寺に向かう。リュックなどは車に置いて行くことにした。
八溝山から日輪寺一帯は湧水個所があちこちにある。
主なところでは、金性水・銀性水・龍毛水・鉄水がある。
この白毛水もその一つである。
坂東33観音霊場巡りで訪れた時に、ポリバケツで持ち帰ったことを想いだした。


舗装された道路を日綸寺へ向かう。


雪が降った痕跡があった。道の中央は凍っていて滑るので道の両側を進む。
日輪寺の住職の話しでは、2日前に降ったそうだ。


日輪寺への近道(約260m)があるが、かなりな急坂である。
『下りは良いけど、上りは大変だろうなぁ』と言い合いながら日輪寺へ。


日輪寺に到着。
坂東33観音霊場21番札所である。
平成21年(2009)4月に坂東33観音霊場巡りで参拝している。


日綸観音菩薩像
腰の辺りが何となく艶っぽい感じがする、なんて書くと不謹慎だろうか。


『日綸寺から筑波山が見えるよっ』とご住職。
左側のうっすらと見えるのが筑波山だ。


先ほど下って来た急坂を上る。
『やっぱ、これはきついわ』


息を上げながら急坂の歩道から車道に戻り、
ここからは車道を歩いて八溝山へ行くことも出来たが、約1.1Kmの山道を上ることにした。


八溝山への坂道が続く。
日輪寺への近道ほどの急坂ではないが、息が上がる。


白毛水を経て駐車場へ至る道への分岐点を通過


車道から20分ほど歩いたところで、一息入れて山頂へ向かうことにした。
ずっと上りが続いたため、かなり汗をかいてしまった。
上着を脱いで体温調整をするが、気温も低い。


八溝山へ残り0.2Km付近
右に折れると銀性水へ70mとある。


八溝嶺神社の鳥居の先に本殿が見える。


八溝嶺神社に到着。
この1年間何事もなく無事にウォーキング出来たことに感謝しよう。
お賽銭は少し弾んでおいた。


14時14分、八溝山山頂(1,022m)に到着した。
『茨城県で一番高い山だから、一度は登っておかなきゃねっ』
山頂の標識には福島県棚倉町と書かれていた。ここはちょうど県境なのだ。


山頂から一段下がったところに天守閣を模した展望台がある。
こちらは茨城県大子町が建てたものだ。


展望台に上ると日光連山や那須方面の眺望が望める。
『あっちが那須方面だねっ』


那須方面
『今日は素晴らしい眺めだねぇ』
『来た甲斐があったと云うもんだよねっ』


左手には、左から日光男体山(2486m)、大真名子山(2375m)、女峰山(2483m)が見える。


八溝山眺望


展望台を吹き抜ける冷たい風に身体が冷え切ってしまった。
『早く温ったかい温泉に浸かりたいねぇ』


15時32分、この日の宿泊先ホテル「奥久慈館」に到着した。


ホテル「奥久慈館」玄関


チェックインして前払いを済ませると部屋の鍵を渡された。
通常365日7,800円と謳っているが、12月1日から3月20日までは優待券(新聞折り込み)を持参したので、
一室3名以上の場合は5,800円となる。一人2,000円の割引はありがたい。
夕食は17時30分からと言うから、ちょうど良い時間に到着した。


ひと風呂浴びて夕食タイム。
酒・ビール・ワイン・焼酎など全て飲み放題である。
ビールも自分で注ぐ。


『かんぱ~いっ』
『一年間お疲れ様でしたぁ』


料理はバイキングだ。
品数はそこそこ多いし、味もまあまあと云ったところ。


『けっこう美味しいよねっ』
タラバガニに舌つづみを打つ皆さん。


普段はあまり飲まないTさんだが、この日ばかりは良い飲みっぷりである。


『ささっ 一杯いこうっ』


『今日は酒が美味いねっ』
飲み放題でドリンクバーになっているので、いちいち注文しなくて済むのが良い。


夕食時間は20時までとなっている。
お腹も一杯になり、かなりの数の銚子をテーブルに並べたところで、いったんお開きに。
Oさんの音頭で一本締めだ。
『いよ~ぉっ はいっ!』


部屋に戻っての二次会で再び盛り上がる。


『今日はいくらでも飲めるねぇ』


会長もOさんもご機嫌である。



二日目(12月18日
翌朝、ホテルの窓から外を見ると空は曇っていた。
TVでは午後から雨の予報が流れている。
早目にチェックアウトした方が良さそうだ。


朝食もバイキングなのでついつい食べ過ぎてしまう。


アルコールドリンクバー
さすがに朝からは使用できない。
右は生ビール用だ。


ホテルのロビーで土産物を買い求めた。
部屋到着時にあったお茶受けだが、意外に美味かったので、かみさんにも食べさせてあげよう。


奥久慈と言えば「袋田の滝」が有名だが、ここ数年毎年のように訪れているので、今回はパスだ。
代わりに「こんにゃく関所」に立ち寄ることにした。


自由に持ち帰りできる”おから”が目的なのである。


朝9時15分前だったが、土産物店は既に開店していた。
刺し身こんにゃくの試食も準備されていた。特性のタレで食べてみたがなかなか美味かった。
めいめい土産物を買い求め、次の目的地、湯沢峡不動滝へ向かった。


来年度のハイキング候補地としている「篭岩つつじヶ丘コース」から直ぐ近くのため
湯沢峡不動滝だけは見て行こうということになった。
ここから約400mほど先に不動滝がある。


民家の横を通り抜けて沢沿いに不動滝へ向かう。


山道を400mほど進むと大きな岩があり、岩の間を抜けると・・・


目の前に不動滝の鳥居が現れた。


『あれが不動滝かぁ』
滝を見上げる。


滝から流れ落ちる水は少量である。
今の時期は仕方がないことなのだろう。


ここで引き返すことにしていたが、皆さんこの先の沢に設けられた鎖のことが気になるらしい。
昨年下見をした際に、鎖の杭が抜けていて危険を感じたために、例会を中止にした経緯があるのだ。
『鎖が直されているか確認していこう』
と云うことになり岩を上り始めた。ここは付いて行くしかない。


『きつい上りだねぇ』
『滝の上の沢まで行くのは難しいんじゃないの?』


と云うことで、沢の鎖を確認する前に引き返すことに。
『このコースは女性には無理だろうねっ』という結論に落ち着いた。


不動滝を後にして、つつじヶ丘に向かった。
来年度は湯沢峡コースの代わりにつつじヶ丘コースで、篭岩を目指すことにしている。
その下見を兼ねてつつじヶ丘を見ておこうという次第である。


一番見晴しが良い、と思われるつつじが丘展望台へ向かう。


駐車場から数百㍍先につつじヶ丘展望台があった。


『いやぁ 素晴らしい眺めだねぇ』


左に長福山(496m)、その右が男体山(654m)だ。
『つつじヶ丘コース、なかなか良いんじゃないっ』
皆さん納得してくれた様子である。


湯沢峡眺望


たまたま居合わせた老夫婦のご厚意で、全員揃って記念撮影だ。


つつじヶ丘を後にし、常磐道那珂ICへ向かう途中、”日本一の毘沙門天”という看板に釣られて、一乗院へ。
『あれが日本一の毘沙門天かぁ』


”日本一の毘沙門天”
高さ13m、台座から16m、台座も含めると20mあるそうだ。
毘沙門天は、仏教における天部の仏神で、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神である。
日本では四天王の一尊として造像安置する場合は「多聞天」と呼ばれ、
独尊像として造像安置する場合は「毘沙門天」と呼ぶのが通例である。(Wikipedia)
四天王は、東を守護する持国天、南に増長天、西に広目天、北に多聞天がいる。


身代わり不動尊の本堂
北関東36不動尊霊場の第25番札所になっている。


こちらは毘沙門堂だ。


毘沙門堂内部
ここから毘沙門天像は全くと言っていいほど見えないが・・・


順路に従って進むと、毘沙門天像の真ん前に出れる。
鎌倉時代初期というかなり古いものらしく、茨城県の文化財に指定されている。
”日本一の毘沙門天”の原型となった、とのこと。


一乗院にはその他にもいろんな神様が祀られている。
勝軍地蔵、初めて聞く地蔵様である。
合格必勝にご利益があるらしい。


これは廻り七福神。上の丸い石を軽く押すとぐるぐる回り、
停まったところに示された七福神にお参りするとご利益があるとのこと。
境内にはそのためにか七福神の像が安置されている。
ミニ七福神巡りも出来るが、来年早々に「隅田川七福神巡り」を予定しているので、今日はパスしよう。
この他にも病気の神様や恋愛成就(夫婦円満)の神様もあるとのこと。
まことに賑やかな寺社という印象である。


この日境内には参拝客の姿はちらほらとしか見えなかった。
あと2週間後に新年を迎えることになるが、正月の3日間に毘沙門天大祭「だるま市」が開催され、
大勢の参拝客が訪れるという。

一泊忘年会を終えて「健康ウォーキングの会」今年の全てのスケジュールが終わったことになる。
あと2週間で新年を迎えることになるが、来年早々には「隅田川七福神巡り」が予定されており、
こちらも大勢の参加者が見込まれる。
また忙しい年になりそうだ。無事に過ごせる佳き年でありたいものである。


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今年も”締め”は神立「喜作」 忘年ウォーキング

2013年12月13日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2013年12月13日(金)


毎週金曜日、主に地元土浦周辺を歩く「健康ウォーキング同好会」が主催する、
平成25年度第30回(2013年第41回)、「忘年(土浦⇒神立)」ウォーキングに参加した。

今年も忘年会の季節がやって来た。当会も毎年「忘年ウォーキング」で一年間を”締める”ことにしている。
忘年会で最も重要な要素(特に女性の参加が望める)となるのはやはり”料理”であろう。
このため、料理(ランチ)が美味しくて、電車・またはバスで行けるという条件で、複数の候補地の中から、
女性陣の皆さんに選んで貰った結果、今年も神立駅前の「喜作」で、ということになった。
やはり、美味しいと評判のランチ(喜作御膳・風)が手ごろな値段で味わえるということが女性陣に魅力なのだと思う。

男性陣にとっては、料理は大して重要ではない。
歩いた後の一杯が楽しみで参加する、と言う人が圧倒的多数である。

土浦駅を起点として、昨年は旧水戸街道を歩いたが、今年も同じコースでは面白みがないので、
今年は主として常磐線沿いを歩くことにしてコースマップを作成した。

この日、荒川沖駅には20名を越える参加者が集まった。いつもの倍近い。
8時31分発の電車で隣の土浦駅へ。
『料理が楽しみだわねっ』


土浦駅前のウララ
朝の通勤ラッシュは終わったようだ。


土浦駅西口には通路を塞ぐほどの参加者が集まった。その数30名。
電車・バスに間に合わなかった2名には、申し訳なかったが、我々一団が到着する頃(11時30分)を目安に
直接「喜作」へ足を運んでもらうことにした。


点呼を取るため、3つのグループに分け、名前を読み上げる。
人数が多すぎるため、いつもの準備体操は省略し、揃った順に出発だ!
時計は、8時57分を指していた。


今日も張り切って歩こう。
『晴れてるけど日陰は寒いねぇ』
『そのうち身体も温まってくるよねっ』


左手にウララを見ながら進む。
既に9時は回ったが、この近辺に人影が見えない。


駅前通りを進む。


先頭を務めるのはいつも元気なOさん。
土浦は地元なので、ここはお任せだ。


土浦市随一の繁華街だったと云うが、今は全くその面影はない。
国道125号線沿いだというのに、この時間、車が時折通るだけである。
まだ開店前なのか、殆どの店のシャッターは閉まったままだ。
『ほんと、寂しいねぇ』


土浦ニューウェイ(高架道)近辺
かつて映画館が軒を連ねていたそうだが、かろうじてその面影が残る。


土浦ニューウェイ、国道125号線と分かれ、国体道路へ。


国体道路を神立つ7方面へ。


東崎町交差点
前方に「ホテルマロウド筑波」が見える。
Oさんによると、先月市が主催する金婚式の式典に参加したとのこと。


新川に架かる神天橋を渡る。


「湯楽の里」前を通過。


国体道路を左手に見ながら木田余(きだまり)方面へ。


国道354号線
歩道が狭く車の交通量が多いので一列縦隊になって進まざるを得ない。
地元の人に云わせれば、『これでも広くなった』そうである。
山茶花の花が美しい。


9時43分、宝積寺(曹洞宗)に到着。
この寺の境内で最初の休憩でも、と思ったが葬儀があるらしく何となく慌しい。
中には入らない方が良さそうだ。


このまま地図通り線路沿いに進むと、かなり早く「喜作」へ到着してしまいそう。
この辺りを散歩コースにしているTさんの案内で、わざわざ遠回りして、鹿島神社へ向かうことにした。
国道354号線(木田余バイパス)に沿って100mほど進み、


右折して小さな坂道を上る。


高層マンションか? それとも会社の寮なのか? 
随分見晴しの良い場所に建っているものだ。
『眺めが良いだろうなぁ』
(ネットで調べたら、ヒルトップハウスと云う賃貸マンションで、家賃はAタイプ(2LDK)で月70,000円、
共益費3,000円となっていた)


まだ畑の残る住宅地の中を進む。


右折、左折を繰り返しながら進むと、右奥にこんもりとした林が見えてきた。


鹿島神社だ。
鳥居の額には鹿島・八坂神社と書かれていた。
合祀された神社ということだろう。


本殿は現在改築工事の真っ最中だった。
改築中の神社にお参りしてもご利益が疑われるため、もう少し先の鹿島神社を目指すことにした。


「ワークヒル土浦」前を通過


会旗を掲げて先導役を務めているのはTさん。
サングラスがとてもよく似合う。ダンディだ。


『この街路樹は、何と言う木だろうねぇ』
常緑樹で楠木に似ているが・・・名前は分からない。
『放っておくとどんどん大きくなりそうだねっ』


1年ほど前にできたばかりだとういう、新しい道を進む。


道の両側には収穫し終わった蓮根の田んぼ(蓮田)が広がっている。
『今歩いている所も蓮田だったんだろうなぁ』


『こんなところを通るなんて初めてよっ』
殆どの人にとって馴染のない道のようだ。


10時31分、もう一つの鹿島神社に到着した。
鳥居の額も「鹿島神社」となっている。


先ほどの神社より、『ちょっとだけ大きい感じだねっ』
本殿の左側にはいろんな神様が祀られていた。まるで石の神棚のようと言ったら神様に失礼か。


『来年も何事もなく無事に歩けますように』


一息入れた後、次の目的地、観音寺を目指す。


のどかな田園風景の中を進む。


神宮寺(尚恵学園)前を通過


台地を下って行くと田んぼに囲まれた景色が広がる。


腰あたりまで泥に浸かりながら蓮根の収穫が行われていた。
正月用のレンコンなのだろうか。
『冷たくないのかしらねぇ』
この日の土浦市の最低気温は氷点下0度で氷が張るくらいである。冷たくない筈がない。
本当に御苦労さまです。


神立本郷公民館辺り


よく手入れされた竹林は見た目にも美しい。
手入れされていない竹林と比べると、竹が太い。


立派な構えの農家が目立つ。


殆どの農家が立派な薬医門を構えている。


小さな神社?を通過。
個人が祀ったものなのだろうか。
ある人が「子安神社」ではないか、と云っていたが、どうも違うようだ。
近くに「子安神社」があるそうなので、また来る機会があれば調べてみたい。


大きな欅の木が聳えていた。
先ほどの”神社”やこういった景色を見ると、田舎を連想する。
自分の好きな景色ではある。


10時50分、檀所山「観音寺」に到着。


門前に何故かふくろうの石像が置かれていた。
他にもふくろうの石像を見掛けたが、その由来は分からない。


門の前に大きな銀杏の木が立っていた。
門をくぐると・・・


六地蔵が迎えてくれた。


ご本尊は鎌倉時代末期から南北朝時代に作られたとされる木造薬師如来立像とのこと。
今年も無事に元気に歩けたことをお参りしていこう。


観音寺の境内に立派な鐘楼があった。
自由に撞いて良いとのこと。


早速お言葉に甘えて・・・
大きな力強い音色である。余韻が境内に響き渡る。


観音寺を後にして、後は神立駅前の「喜作」を目指すだけである。


『あとどのくらいで着くのかなぇ』
おやおや、少し疲れが出てきたのかな?? それともお腹が空いてきた??
『あと20分もすれば着くと思いますよ』なんちゃって、神立周辺の地理は不案内なので、説得力はゼロに等しい。


県道197号線を横断し、市立神立保育所を通過。
可愛らしい園児たちにエールを贈られ、少し元気をもらった感じである。


神立駅前へ通じる道路に出た。
昨年もこの道を歩いたので、何となく見覚えがある。
ゴールの「喜作」はもう直ぐだ。


看板に従って最後の角を曲がる。


11時36分、「喜作」に到着。
回り道したおかげ? で理想的な時間に到着することができた。


膳が運ばれてくる前に、会長より締めくくりの挨拶。
最後に『今年も皆さん、よく頑張りました。今日はゆっくり楽しみましょうっ』に一同感慨深げ。


膳が運ばれてきた。「喜作御膳・風」である。
これに、茶碗蒸し、炊き込みご飯、杏仁豆腐、食後のコーヒーが付いて、1,500円。
納得のメニュー、値段もリーズナブルである。


飲み物が運ばれて来たところで、『カンパ~イっ』


飲むほどに話しが弾む。


ビールの次は焼酎でいこう!!
『私にも焼酎いただけますこと?』
『どうぞ、どうぞっ』


座は大いに盛り上がり、話しは尽きそうにもないが、頃合いを見計らって宴会はお開きとした。


最後は会長の一本締め。『来年もまたがんばりましょうっ!』
『今日も大変お疲れ様でしたぁ どうか良いお年を~っ』


今年の忘年会は、昨年と同じ神立駅前の「喜作」となったが、予想を上回る32名が参加した。
「喜作御膳・風」の影響が大きかったことは間違いなさそうだ。
地元で駅から近いことも要因の一つと考えられるが、あらためて、女性陣の食へのこだわりを知らされた思いがする。

当「健康ウォーキング同好会」の今年の例会は、これで一応全て終わったことになるが、
この後(17日~18日)、有志(男性陣)による一泊忘年会が控えている。
今年は奥久慈方面(大子町)を予定しており、7名が参加することになっている。
自分の車(8人乗り)を提供することにしているので、絶対に事故は起こせない。
無事故で終わらせないといけない、という責任を感じている。
一泊忘年会を無事故で終わり、今年を締めくくりたい。


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関東ふれあいの道(神奈川)No.15「弘法大師と丹沢へのみち」

2013年12月08日 | ウマさんの「関東ふれあいの道」を歩く
2013年12月8日(日)


”ウマさんの「続関東ふれあいの道を歩く」”では、2011年までは主に茨城県の「関東ふれあいの道」(全18コース)を歩いてきた。
”たまには県外を”ということで、昨年(2012年)は東京都の「関東ふれあいの道」(全7コース)を踏破し、認定証を受領した。
そして次は神奈川県の「関東ふれあいの道」(全17コース)を歩こうということになり、企画したものである。

第十回目となる今回は、コースNo.15(弘法大師と丹沢へのみち:約10Km)を歩くことにした。
(注:コース距離は8.6Kmとなっているが、小蓑毛から蓑毛までの連絡道1.4Kmも含めて10Kmとしている)

土浦駅であと一歩のところで乗り遅れたI子さんから、『特急で追いかける』との連絡が入った。
時刻表を確認すると10分遅れで日暮里に到着することになっている。
7時5分、当初の予定より15分ほど遅れて無事I子さんが合流。
この日の参加者9名全員が揃ったところで山の手線で新宿に向かった。


小田急新宿駅
7時41分発の小田原行き急行を待っているところ。
急げば7時31分発の小田原行き急行に乗れたが、座れる保証はなかったため、次の電車にしたのだ。


小田急線車内


全員ゆったりと座れて秦野まで快適なひと時である。
早朝のため朝食はまだだったのか、おにぎりやサンドイッチで腹ごしらえをする人も。


秦野駅には8時52分に到着した。


バス発着場前の弁当屋で弁当を買い求める。
『どれにしようかな』


9時15分発の平塚駅行きのバスを待っているところ。
乗客は我々だけのようだ。


9時26分、この日のスタート地点南平橋停留所に到着。


狭い停留所のため準備体操は無理なので、直ぐに出発だ。
歩いているうちに身体も温まってくるだろう。
気になる天気だが、予報では午後から”晴れ”ということなので、午後に期待しよう。


健速神社
境内の「健速神社由緒」によると、
創建時期は詳らかではないが、永禄二年(1559)の棟札が残っており、450年以上の歴史を重ねているとのこと。
明治元年(1868)の神仏分離令により、旧社名の「牛頭天王社」を「健速神社」と称するようになった。


拝殿奥の覆殿に収蔵されている朱塗りの本殿は、寛永十三年(1636)に造立された一間社流造りの神社建築で、
市内最古の神社建築ということで、秦野市指定重要文化財の指定を受けている、とのこと。
拝殿にこの日の無事を祈願していこう。


東名高速を横断する。


車の流れは順調に見える。
右側は名古屋方面へ向かう下り車線


東名高速道から10分ほどで権現山への上り開始道となる。
9名中7名は、 「弘法大師と桜のみち」で弘法山までは一度歩いているので、道に迷うことはない。


坂道を上りながら左に目をやると・・・


秦野市街地が望めるようになってきた。
遠くに丹沢の山々が見える。


南無妙法蓮華経の石碑を右に曲ると、


一段と急な坂道になる。


『けっこうきつい坂道だねぇ』
『車は大変だ』


10時7分、白山神社に到着。


ここで、一息入れる。
南平橋からちょうど40分が経過していた。


白山神社を後にしてみかん畑の農道を上って行くと、


舗装された道路に出た。
まだところどころに色づいた紅葉を見ることが出来た。


浅間山駐車場に到着
権現山の下に位置するが、”山”とは思えない。


ここから、権現山展望台まで約200mほど急登の道が続く。


展望台が見えてきた。


『最後は厳しい上りだね』
ベテランのKさんもかなりきつそうだ。


10時37分、権現山展望台(243m)に到着。
この辺りでは一番高い山である。


展望台から景色を見てみよう。


『あれは、伊豆大島のようだねっ』
手前の橋は東名高速道路だ。


反対側には大山(1,252m)が聳える。


権現山のアイドル???
人懐っこくてものおじしないところを見ると飼い猫か?
まるまると太っているが、何を食べさせてもらって暮らしているのだろう。


権現山展望台から弘法山方面へ


前方に見えるのが弘法山(235m)だ。


「権現山」と「弘法山」の間をむすぶ「馬場道」と呼ばれる道を歩いていると、
子供を乗せた馬がいた。(「馬場道」に相応しい)
ポニーのようだ。
(この先の「まほろばめんようの里」で未なども見掛けたので、ここの馬と思われる)


右が弘法山、左が蓑毛方面の分岐点に差し掛かった。
ここは蓑毛方面を目指す。


坂道を下る。


大山、丹沢方面だ。
未が放し飼いされている。鳴き声も聞こえる。
「まほろばめんようの里」である。


加茂神社を通過。


さらに下って行く途中、およそ100人ほどの一団とすれ違った。
『こんちわっ』 『こんちわ~っ』『こんにちわっ』 
弘法山を目指すそうで、秦野駅から来たとのこと。


住宅地の中を進む。
道標が見当たらないので、道が合ってるのかどうか少し不安だったが、
道標がないということは真直ぐ進めと言うことだろう、とそのまま進む。


『関東ふれあいの道らしくないよねぇ』
『この道で合ってんのかなぁ』


なんて話しをしていたら、ひょっこり道標が現れた。
『この道で間違いなかったね』ひとまず安心である。


住宅地を進むと、国道246号線に出た。
名古木(ながぬき)交差点と言うらしい。
この字、地元ではないのでとても”ながぬき”とは読めない。


国道246号線と県道704号線が交差しているが、東京方面からの246号線から左折可用の道があったり、
その左折可の道と246号線を横断するための三角帯が設けられていたり、やや複雑な交差点である。
『ややこしい交差点だねぇ』


県道号704線を進むと右側に「日本たばこ産業安全性研究所」があった。
秦野は、江戸時代初期から「秦野たばこ」の産地としてその名声を全国に及ぼしていた、そうだから
JTの研究所があることには納得である。
前方に大山が見える。


県道704号線から外れて住宅地を進む。
古くて分かりずらい場所にあった道標だったので、見落としてしまったが、
Kさんがしっかりと見つけてくれて間違わずに済んだ。
Kさんも『あれじゃぁ 見落としてしまうよね』


11時37分、光明院に到着した。


光明院は天台宗の寺院
門前に六地蔵尊が建てられていた。


時計は11時40になろうとしており、お腹も空いてきた。
しかし、寺院の境内では食事は控えるべきである。また、お墓を目の前にしては食欲が湧くはずもない。
もう少し先の東小学校か、波多野城址に行けば食事する場所くらいはあるだろう。
と言うことで、光明院を後にした。


光明院を過ぎると道は急な坂道になった。


『この坂はきついなぁ お腹が空いてるから堪えるよ』


5分ほど坂道を進むと、道路は平坦になり、「関東ふれあいの道」の道標があった。
”一休みしていきなさい”ということだろうか、ベンチがおいてあった。
「関東ふれあいの道」の道標の前にベンチがおいてあるのを見るのは初めてだ。


東小学校はもう少し先だ。
『とりあえず東小学校まで行ってみましょう』


右手に朝方上った権現山が見え隠れする。


前方に東小学校の校舎が見えてきた。


東小学校前の交差点に道標があり、波多野城址の文字が。
『小学校の校庭で弁当、と云う訳にはいかないよねっ』
弁当は波多野城址でということに。


波多野城址の案内
地元の人に訊ねると、直ぐこの先らしい。


東小学校、市立東幼稚園の横を進むと、
左手に波多野城址らしい谷間の台地が見えた。


波多野城址はこの細い道を進むようだが、先ずは弁当にしよう。


波多野城址とは反対側の坂道を上ったところに栗林があった。


弁当にはうってつけの場所と言える。
12時9分、先ずはここで弁当にしよう。


弁当も終わり、ゴールの蓑毛バス停を目指して、市道を進む。


「関東ふれあいの道」の石の碑があった。
『今日始めて見たよ』


約1Kmほど先に源実朝公の御首塚があるとのことだが、帰りのバスが気になるため、今回はパスすることに。
東公民館前を右折し、蓑毛バス停を目指した。


途中で見かけた紅葉
『きれいだねっ』
『晴れてればもっと美しかったのにねっ』
今年はこれが見納めかもしれない。


東公民館から約15分で県道70号線の小蓑毛バス停付近に出た。
ここから蓑毛バス停までの1.4Kmは連絡道路となっている。


バスを利用する手もあるが、バス便が少ないため、歩く人が多いそうだ。
蓑毛バス停は停留所2つほど先なので、バスを待つより歩いた方が早い。
我々も歩こう。


小蓑毛バス停を通過。


道路が二股に分かれた場所の中央に鳥居が建てられている。
地図を見ても近くに神社は見当たらない。


蓑毛自然観察の森・緑水庵の水車小屋を通過。
この地は農業が盛んで、かつては水車が多く存在し、精米や製粉の機械として不可欠なものだった。
民俗資料や学校の教材として、緑水庵のシンボルとして昭和63年に建設された、とのこと。
(緑水庵は、秦野市今泉に昭和5年に建てられた芦川氏の住宅(昭和初期の標準的農家)で、平成3年に移築された)


連絡道路は緩やかな坂道になっている。
ほとんど平なところはなく、ずっと坂道が続くので、疲れた足にはかなり堪える。
『最後にこの坂道は厳しいねぇ』


1.4Kmの坂道を歩き、13時24分、ゴールの蓑毛バス停に到着した。
ちょうど13時27分発のバスが来たが、証明写真の撮影がまだなので、そのバスに乗る訳にはいかない。
証明用写真撮影ポイントに指定された宝蓮寺大日堂へ向かった。


宝蓮寺大日堂仁王門


仁王様


大日堂をバックに全員の証明写真を撮影した。
(実は、帰宅して撮影ポイントは仁王門だったことに気が付いたが、後の祭りである。
皆さんには大変申し訳ないことをしたと思っている)


撮影も終わり、次のバスまでの時間を利用して大日堂境内で整理体操だ。
『今日は最後まで晴れなかったねぇ』


我々一行の他、一人だけ先客がいただけだった。
始発なので、並ばなくても座れることは間違いないが、行儀よく並んでバスを待つことに。
マナーの良さでは他のグループには負けない。


14時0分発の秦野駅行き折り返しバスがやって来た。


バス車内はご覧のとおり。
蓑毛越えで大山阿夫利神社下社方面からこのバス停に降りて来る人は少ないようだ。


14時21分、秦野駅に到着し、小田急線秦野駅へ。
『今日は大変お疲れ様でしたぁ』


朝一番に2カ月ぶりに参加したI子さんが電車に乗り遅れる、というハプニングがあったが、
直ぐその後の特急で追い着いたのは幸運だった、と言って良いだろう。
最後に撮影ポイントを間違える、という大チョンボをやってしまった。
「関東ふれあいの道」を担当する、神奈川県自然環境保全センター 自然保護公園部自然公園課に説明したところ、
撮影ポイントは、『それほど厳密ではなく、近くの建物であれば問題ない』とのことで、一安心した次第。


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