ウマさんの気ままな行動日記(その2)

ウォーキング、ハイキング、釣り、ドライブ、100名城巡りなどをレポートします。

まるで雲中散歩 袈裟丸山麓ハイキング

2013年10月21日 | ウマさんの気ままなバスハイキング
2013年10月21日(月)


常南トラベル(株)が主催する日帰りバスの旅「袈裟丸山麓ハイキング」に参加した。
常南トラベル(株)としては、袈裟丸山麓は今回が初の試みだそうだ。
所属する「健康ウォーキング同好会」からは、会長以下有志の3名が参加した。

今回の費用は7,880円であるが、お中元割引券(有効期限10月31日)を利用して、1枚で4人まで一人500円引きとなる。
車内で現金500円玉が直接バックされた。
ちょっとだけ得した気になり、『また行こうっ』という気分にさせてくれる。

6時15分、荒川沖駅前で常南交通本社からの大型バスに乗り込む。
マイクロバスで取手、牛久、竜ヶ崎方面からやってきた参加者と合せて20名ほどになった。


バスに乗ると直ぐにいつもの朝食弁当が配られた。
常磐道に乗ってから食べることにしよう。


バスは土浦駅東口(約5名)、石岡ロードパーク(約15名)へ周り、合計で40名と満席状態になった。
いつも思うことだが、石岡ロードパークから乗り込む人が多い。
このところのバスハイキングはどれも満席で商売繁盛と推測する。


最初の休憩場所は常磐道友部SA。
半年前は改修工事中だったが、既に工事は終わっておりすっきりしている。


朝方は濃い霧に包まれていたが、北関東道に入ると急に晴れてきて抜けるような青空に。
日光連山がはっきりと見える。
これから向かう袈裟丸山からの眺望への期待が高まる。


バスは、常磐道・北関東道と順調に走り、出流原PAで最後の休憩。
この後バスは太田桐生ICで北関東道を降り、一般国道122号線を走って草木湖畔の「サンレイク草木」へ。


添乗員からこの日のコース地図が配られ、コースの詳細説明が行われた。
それによると、当初予定していた塔ノ沢登山口をスタートし、賽の河原を経由して折場登山口をゴールとするルートを
折場登山口からスタートして、賽の河原で折り返すルートに変更するとのこと。
先週の台風26号の強風で倒木などが見られ、また昨日の雨で増水して沢渡りに危険が伴うための判断とのこと。
安全のため地元の山岳ガイド2名も同行するとのこと。
ルート変更は止むを得ない、安全第一である。


草木湖
ダム湖の水量が3年前(2010年11月9日)に来た時に比べて何だか少ないなと思っていたら、
ダムの整備工事のために一時的に水を減らしているそうだ。


10時10分、国民宿舎「サンレイク草木」に到着。


登山の準備をして、昼食の弁当とお茶を受け取り、


マイクロバス2台で折場登山口へ向かった。


30分ほど林道を走り、10時53分、折場登山口に到着。
既にこの辺りの標高は1,200mほどあるとのこと。
林道のおかげで袈裟丸山への日帰り登山が可能になったと地元からも歓迎の声が上がっているそうである。
山岳ガイドの方の掛け声で準備体操をして、


11時2分、折り返し地点の賽の河原目指して出発だ!
先頭と最後尾に山岳ガイドの方が付き、お互いにトランシーバで連絡を取り合うといった体制である。
「サンレイク草木」の支配人も同行するという熱の入れようである。


いきなり急坂の丸太の登山道で始まった。


しばらくつづら折りの登山道が続くが、山岳ガイドのスローペース配分のおかげで息は上がらない。


10分もすると身体が温まってきた。
ガイドの方の助言で上着を脱いで体温調節である。


木の根っ子が張った山道を上る。


まだ紅葉していないこともあり、周りの景色は薄墨のようである。


山道はかなり急登になってきた。
さすがに皆さん息が上がりだした。


登り始めて30分、道がやや平坦になったところで最初の休憩だ。
山岳ガイドの絶妙なタイミングの休憩に感心した。


この辺りは標高1,400mはあるだろうか、白樺の木がところどころに見える。


小さな熊笹も目立ち始めた。


「関東ふれあいの道」の標識が立っていた。
折場登山口から0.7Km地点を通過である。出発して既に35分以上は歩いているのだが・・・
『まだ0.7Kmしか歩いてないのかぁ』
急登の登山は歩いた割には距離が出ないので、距離を知ってちょっとがっくり。


登るに連れてガス(霧?雲?)が濃くなってきた。
先頭を行くガイドの姿は見えない。
『まるで雲の中を歩いてるようだねっ』


まさに雲の中である。
コース案内図には”目を凝らすと滝が見える”とあったが、何も見えない。
ただ、沢を流れるような水の音が聞こえる。滝の音なのだろうか。


11時59分、つつじ平に到着し、最後の休憩を取る。
『賽の河原まであと500mだぁ』
あと500mと聞いて少し元気が出てきた。


ゴールの賽の河原を目指す。


つつじ平を過ぎると道はなだらかになった。


木で組まれた展望塔があったが、当然のように上ってみようという人は誰もいない。
展望塔の脇に袈裟丸山(1878m)の名称について次のように紹介されていた。
名称は弘法大師にちなんだものといわれており、
中国から戻った弘法大師が赤城山に高野山を開こうとしたろころ、赤城山の山神は仏の地となることを嫌い、
一谷を隠して九百九十九谷しか現さなかったそうである。
大師は残り一谷を探して現在の袈裟丸山まで来たが、ここにもなく落胆し、袈裟を丸めてこの山に置いて下りたため、
袈裟丸の名前が付いたという、ことだそうだ。


雲の中に点々と石が積まれた岩が見えてきた。


12時20分、折り返し地点の賽の河原に到着した。
折場登山口を出発して1時間20分、順調なペースだと思う。


賽の河原の中央付近にお地蔵さんが立てられていた。
袈裟丸山中腹のこの場所は、木が生えておらず、大小の石ばかりが転がっているので「賽の河原」と呼ばれている。
その昔、弘法大師が夜この地を通ると、赤鬼青鬼に責められながら、子供達が石を積み上げているのを見て、
三夜看経(かんき)して済渡(さいど)したと云われている。
いまでも子供の新仏を出した人が、ここで石を積むと、その子供に会えると伝えられている、そうだ。


この賽の河原一帯で、昼食を摂ることにした。
我々も適当な石を見つけて腰を下ろして・・・
『いただきまぁすっ』


弁当は焼きおにぎりが3個とコロッケ、唐揚げ、糸こんにゃく、お新香。
「サンレイク草木」のメニューである。
見た目以上にボリュームがあり、お腹はいっぱいになった。


弁当も終わり、後は元来た道を引き返すだけである。
添乗員と山岳ガイドの3人で人数を数えているが、なかなか思うように確認ができない。
人数が多いと数えるのに苦労する。


結局4列に並んで数え直し、ようやく全員揃っているのを確認。
12時51分、いざ下山開始だ!!


展望塔を通過
帰る頃には晴れ間が顔を出すのではないかと少しだけ期待していたが、相変わらず雲の中を進む。


雨にならないだけマシかもしれない、と気持ちを切り替えることにした。


急斜面を下る。
次第に滝の音が雲の下方から聞こえてきた。


下り始めて20分、下りだが身体は温まってきた。
急斜面の途中で一呼吸だ。


ミズナラと熊笹の中を進む。
滑り易いので足元に気を配りながら慎重に下る。


13時47分、折場登山口に到着した。


下り始めてから55分になろうとしていた。
ほぼ案内通りの時間である。


この日は、塔ノ沢登山口からのスタートを折場登山口に変更したため、予定より早く下山したことになる。
山岳ガイドの方が『せっかく時間に余裕が出来たので是非見て行って欲しい』と小中大滝を案内された。
折場登山口から車で15分ほど下ったところで車を降り、案内板に沿って進む。


小中川を渡り、180mばかり上ることになる。


小さなトンネルをくぐったその先に・・・


恐ろしく急な下りの吊り橋が目の前に。
「けさかけ橋」と言い、以下のように紹介されていた。
弘法大師がこの地を訪れた時、源太和尚という悪い和尚がいて、地元の人を苦しめておったので、
弘法大師は戒めのためお経を唱えて反省するように言い聞かせて日光に出発した。
しばらくして戻ってみると、源太和尚はお経を唱えながら亡くなっていた。
弘法大師は申し訳なく思い、源太和尚がお経をあげていた岩に自分のつけていた袈裟をかけてやった、そうである。
袈裟を掛けた角度に合せて作った橋だそうだ。
長さ51m、傾斜は44%もあるため、手摺りに掴まらないと安心して歩けない。
スキージャンプ台の最大角度が35度というからそれ以上である。
『怖いよねぇ』


橋の中央より少し先へ進むと、右手に「小中大滝」が見えた。
山岳ガイドの方によると、落差は45mはあると言う。


なかなか立派で豪快な滝である。
橋の先に観瀑台があるが、こちらからの眺めは木々に邪魔をされてあまり良く見えない。
観瀑台からの眺めをもう少し良くするために少し木々を取り除いてはいかがだろうか。
『自然に手を入れるべきではない』と言う人もいるだろうが、ここではそれぐらいは許されると思うのだが・・・


「けさかけ橋」の下から見上げた吊り橋の状況。
変わった珍しい吊り橋ではある。一度歩いてみる価値はあると思う。


続いて案内されたのが、「小中川砂防堰堤」


山岳ガイドの方によると、全国でもここしかないと云われる自然の岩を刳り抜いた”魚道”とのこと。
イワナやヤマメ、ウグイなどが遡上するそうである。


続いて「わたらせ渓谷鐵道」の「神戸駅」へ。
大正元年の開業当時の駅舎がそのまま使われており、国の登録有形文化財だそうだ。
大正元年(1912)9月5日開業当時は、神戸市の神戸駅との混同を避けるため、「神土駅」と名付けられたが、
「わたらせ渓谷鐵道」への転換時に本来の地名に合せた「神戸駅」に改称された。
山岳ガイドの方によると、神戸駅の他に大間々駅、上神梅(かみかんばい)駅、通洞(つうどう)駅、足尾駅の駅舎が
国の登録文化財に指定されているとのこと。


タイミング良く、トロッコ列車が入ってきた。
渡線橋の上からお出迎えしよう。


平日にも関わらず、かなり大勢の観光客が乗っていた。
大半の人が神戸駅で降りてきた。駅前には大型観光バスが待っていた。


トロッコ列車の雄姿
祝”トロッコ運行開始15周年”が誇らしい。


15時37分、「サンレイク草木」に到着。


急遽観光ガイドに変身した山岳ガイドの方にお礼を述べて、


お風呂へ。


『風呂上がりの一杯は格別だねっ』
「サンレイク草木」の自動販売機の函ビール(500ml)が飛ぶように売れていった。
『今日は大変お疲れ様でしたぁ』


初めての袈裟丸山麓ハイキングだったが、前日の晴れの予報を覆す天気となり、雲中のハイキングとなってしまったのは、
ちょっと残念な気持ちである。
台風26号と前日の雨の影響でコースを変更せざるを得なくなり、袈裟丸山の見所の一つでもある
「寝釈迦」を見ることが出来なかったのも心残りではある。
しかし、コース変更により時間が余った分、本来行く予定のなかった小中大滝や自然の魚道、神戸駅などに案内されて、
渡良瀬渓谷の観光も楽しめたのはむしろ運が良かったのかもしれない。

袈裟丸山はアカヤシオの群生としては関東随一とのこと。
是非一度アカヤシオの咲く頃(5月中旬)に来てみたいものである。
その時は、塔ノ沢登山口から折場登山口へのルートを完歩したい。


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東京湾の眺めは最高! 東京ゲートブリッジを歩く

2013年10月18日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2013年10月18日(金)


毎週金曜日、主に地元土浦周辺を歩く「健康ウォーキング同好会」が主催する、
平成25年度第23回(2013年第34回)、「東京ゲートブリッジ」ウォーキングに参加した。


この日は東京ゲートブリッジ散策ということで、電車での移動になる。
荒川沖駅で8時19分発の電車を待つ。


9時49分、JR有楽町駅に到着し、国際フォーラム口から地下鉄有楽町線へ向かう。
とっくに通勤時間帯は過ぎていたが、利用者は多い。
東京駅から京葉線に乗り換える手もあったが、長い地下道と乗り継ぎに時間がかかり過ぎる、
という理由で有楽町線を利用することにしたのだ。


東京メトロ有楽町駅入口に立つS子さん。今日も元気に参加してくれた。
今年4月から新たに入会したが、これまで一度も休まず参加している。
数少ない皆勤賞の有力な候補の一人である。


10時17分、有楽町線の終点、新木場駅に到着。
結局、かかった時間は京葉線と大して変わらなかったのかもしれない。


この日は準備体操は省略である。
10時19分、東京ゲートブリッジ目指して新木場駅を出発!


新木場駅から貯木場方面へ。
当初の予定では、京葉線に沿って東へ進み、地下鉄新木場車両基地を若洲橋方面へ右折することにしていたが、


貯木場を見たい気持ちに駆られ、新木場駅正面を直進することにした。


千石橋を渡る。
『こっちが貯木場かしら?』


第一貯木場方面を見るが、材木が見当たらない。
材木はもっと奥の方にあるのか、あるいは全くないのかここからは判断できない。


第二貯木場も同じように、材木は見当たらなかった。


第二貯木場入口に架かる橋を渡ると、前方に東京ゲートブリッジが見えてきた。


東京ゲートブリッジ
『これからあそこを歩くんだぁ』


木材工業団地?の中を若洲橋を目指す。


工業団地?の道路にはたくさんの車が駐車していた。
周りには木材関係の大小様々な会社が建っている。


10時59分、歩き始めて40分経過したところで一休み。
「新東都木材共同組合」のでっかい看板が木材工業団地?を象徴しているようだ。


若洲橋を渡る。
ここから約2Km先が東京ゲートブリッジになる。
ひっきりなしに大型トラックが走る。


『天気は良いんだけど排ガスが気になるねぇ』


若洲橋を渡り終えると・・・


前方左側に巨大なネットが見えてきた。
「若洲ゴルフリンクス」のゴルフ練習場だ。


ゴルフ練習場と並行して道路がネット状の屋根に覆われていた。
ゴルフボール除けのネットと思われる。
練習場のネットも相当高いし、それを越えて道路まで飛ばすのはなかなか難しいように思えるのだが・・・
『ここまで飛ばす人がいるんだろうねぇ 実際に』


前方に巨大な風車が見えてきた。


若洲海浜公園の中を進む。


『ここは車が通らないから排ガスは弱いよなっ』


前方に東京ゲートブリッジの若洲側昇降口(エレベータ)が見えてきた。


若洲側のエレベータ前から東京ゲートブリッジを望む。
『近くから見ると迫力があるわねぇ』


エレベータで先ずは9Fの展望台へ。
直ぐに橋を歩く場合は、1階下の8Fで降りることになる。


展望台(9F)からの眺め。


手前から突き出ている堤防は釣り用の堤防だ。
点々と釣り人が見える。
狙いはシーバスか? あまり釣れてるようには見えない。


こちらは木場方面


先ほど歩いて来た木場方面の眺め。
若洲海浜公園のキャンプ場や風車、ゴルフ練習場が見える。
画面では分かり難いが、右手にディズニーランドの観覧車なども見ることが出来る。


若洲海浜公園「若洲ゴルフリンクス」の眺め。
『こんな都界のど真ん中にゴルフ場があるんだぁ』


11時47分、いよいよ東京ゲートブリッジの歩行開始である。
専用の歩道は陸側だけ歩けるようになっている。


東京ゲートブリッジ
『天気が良くなって素晴らしい眺めだわねぇ』


東京ゲートブリッジからの眺望


東京湾沿いの高僧ビル群が一望だ。


月島方面のタワーマンション群


東京スカイツリー


中央付近にはベンチがあり、一休みできるようになっている。
『東京タワーも見えるねぇ』


田町・浜松町・新橋・汐留・築地方面


東京ゲートブリッジ中央付近
『相変わらず大型トラックが多いねぇ』


東京ゲートブリッジの中央を示す標識。海面から61mの高さである。
若洲昇降口からここまで880m歩いたことになる。
我々以外の歩行者の大半は、中央付近で折り返していたが、
せっかくなので、720m先の中央昇降口まで歩くことにした。


中央昇降口方面を望む。
あいにく富士山や丹沢の大山などはもやがかかっていて見ることは出来なかった。
『富士山が見えれば最高だったのにねっ』


中央昇降口がはっきりと見えてきた。


12時15分、中央昇降口に到着。


ここから先は行き止まりである。
扉は閉まっているし、エレベータも動いていない。
『東京オリンピックまでに通り抜け出来るようになれば良いんだけどなぁ』


東京ゲートブリッジの端から端まで歩いたことに気を良くし、引き返す。
『ちょっとお腹が空いてきたわねっ』


東京スカイツリー


『けっこう距離があるねぇ』


ようやく若洲側の昇降口が見えてきた。


12時39分、若洲昇降口に到着。


弁当の前にもう一度東京ゲートブリッジをカメラに収めた。


若洲公園キャンプ場で弁当を広げることを想定していたが、ここは有料となっていたため、隣接する公園へ。
ちょうど良い具合にベンチが並んであり、日も避けることができ、弁当にはもってこいだ。


ここで、弁当にしよう。
お腹が空いていたので、殊の外美味かった。


13時20分、弁当も終わり、後は新木場駅を目指すのみである。


13時45分、若洲橋を通過。


東京ヘリポート前を通過。
時折、轟音とともに離発着するヘリコプターを見掛けた。


大きな板でできた”下木場”の看板があった。
かつて使用された看板のようだが、木場に相応しい看板である。


饅頭や羊羹などの和菓子で有名な「塩瀬総本家」の工場。
Webによると、
塩瀬の祖先・林浄因は、貞和五年(1349年)に中国より日本に来り、帰化して奈良に住み、
初めて饅頭を製し、宮中に献上した。
以来、饅頭屋と称して繁盛し後に京都に移った。
室町時代、後土御門帝より五七の桐の御紋を許され、また、足利将軍義政公より「日本第一番饅頭所」の看板を贈られた。
それより代々「塩瀬」を屋号として製菓につとめ、江戸開府とともに江戸に移り、明治初年より宮内省御用の栄を賜った。
創業以来六百六十余年、連綿として今日に及んでいる、と紹介されている。


ガソリンスタンド前で休憩だ。
『我々もここで最後の給水をして行こうっ』


新木場駅まで残り1Km付近。
『ちょっと疲れたけどもう少しよねっ』


「木のくに屋」
(本で有名な「紀伊国屋」と同じ発音である)
アクリル板やパイン無垢フローリング材などを扱っている。


14時23分、新木場駅に到着。
若洲海浜公園を出発してほぼ1時間、帰りとしてはかなり速足だった。
『皆さん、今日は大変お疲れ様でしたぁ』


この日は天気も良く、初めて東京ゲートブリッジを歩くということで、かなりの参加者を予想していたが、
予想に反して13名という結果に、やや拍子抜けの感があった。
予定表に歩行距離を15Kmと案内していたのが、尻込みすることに繋がったようだ。
実際、歩いてみて万歩計が20,000歩を越えたことから、案内した距離はあったと思われる。
しかし、高低差のない平坦な道だったのでそれほどきついコースではなかったと感じている。
新木場駅から若洲海浜公園キャンプ場までバスで行って、帰りは歩く(あるいはその逆)ことにより、
距離を短く(約4Km)出来るので、そうすれば次はもっと参加者は増えるかもしれない。
その前にレインボーブリッジを一度歩いてみたい気もする。


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「関東ふれあいの道」(神奈川)No.16 「大山参り蓑毛のみち」

2013年10月13日 | ウマさんの「関東ふれあいの道」を歩く
2013年10月13日(日)


”ウマさんの「続関東ふれあいの道を歩く」”では、2011年までは主に茨城県の「関東ふれあいの道」(全18コース)を歩いてきた。
”たまには県外を”ということで、昨年(2012年)は東京都の「関東ふれあいの道」(全7コース)を歩いた。
そして次は神奈川県の「関東ふれあいの道」(全17コース)を歩こうということになり、企画した。

第八回目となる今回は、コースNo.16(大山参り蓑毛のみち:約8.7Km)を歩くことにした。

日暮里駅11番ホームで山手線内回り電車を待つ。
この日の参加者は11名である。
コースNo.16が難度3と紹介されていたのを敬遠して2名が参加を見送った。


小田急新宿駅
8時31分発の小田原行き急行電車を待つ。


小田急線車内
全員ゆったりと座れて快適なひと時である。


秦野駅には9時44分に到着。
蓑毛行きバス停には長い行列ができていた。


10時2分発の蓑毛行バスは満席で、途中まで立った状態だった。
途中で地元の高校生一団が降り、座れて一安心。


10時26分、終点の蓑毛バス停に到着。


「関東ふれあいの道」の案内図をカメラに収める皆さん。


この日のコースを確認。
蓑毛バス停はコース15「弘法大師と丹沢へのみち」とコース16「大山参りと蓑毛のみち」の分岐点(合流点)となっている。
この日はコース16「大山参りと蓑毛のみち」を歩くことになる。
コース15は12月に予定している。その時はこの蓑毛バス停がゴールになるのだ。


バスの折り返し場で体調を整えて、準備体操。


10時34分、先ずは大山阿夫利神社の下社に向けて出発だ。
「関東ふれあいの道」の看板もあるが、「東京少年キャンプ連合発祥の地」像を目印にするといいだろう。


最初は緩やかな上りを進む。


途中で道が二手に分かれている。
左側はヤビツ峠への道で、右が下社を経て日向薬師への道となっている。


ヤビツ峠への分岐点を過ぎると杉に囲まれた林道になる。
この辺りはそれほど急な坂道ではない。


この日のコースは難度3とのことなので、ゆっくりと時間をかけて上ることにした。
道は石が敷き詰められており、歩き易い。


舗装された道路を横切って山道が続いている。


次第に上りがきつくなってきた。
『ちょっときついねっ』


再び舗装された道路に出たが、ここからは車は通さないように扉が閉まっている。
『車が通らないのは安心だねっ』


坂道が続く。
この日の最高気温(秦野)は26℃の予想である。
暑くもなく寒くもなくといった気温だが、額に首筋に汗が滲んできた。


杉の木立が美しい。
東京都の「関東ふれあいの道」を想い起こさせる。


11時20分、後続と少し距離が空いたので、ここらで一息入れよう。


10分ほど上ると、大山山頂への分岐点に到着した。
出発してほぼ1時間経とうとしているのに、まだ1.4Kmしか進んでいないのにややがっくりである。


大山阿夫利神社下社への蓑毛越え(裏参道)を進む。
山の面は石垣になっている。
かつては大勢の参詣者が通ったのだろう。


杉木立の中を進む。
道は緩やかになり、おかげで足取りは大分軽くなった。


11時38分、蓑毛越えの峠に到着。
下社まであと1.4Kmの表示に元気付けられる。


ここで一息入れて下社を目指すことにした。
下社へは写真右手を進むことになる。正面奥は大山への登山道だ。


蓑毛越からは道はほぼ平坦になった。
『これなら楽だわねっ』
これまでの遅れを取り戻すためややスピードをアップした。


途中、視界が開けているところもある。


秦野市街方面だろうか?


道はほぼ平坦(水平に歩いている感じ)で、清々しい緑に囲まれた道であったり、


杉の林であったり、


場所によっては、鎖場もあり、退屈しない。


蓑毛越から約40分ほど進んだところで、下社の建物が見えて来た。


12時16分、大山阿夫利神社下社に到着した。
本殿の前にはお参りの長い行列が出来ていた。
お賽銭をあげてお参りをするだけでもかなり時間がかかりそうだ。
お腹も空いてきたので離れたところから手を合せるだけに止めた。
ところで、「関東ふれあいの道」の標識はどこだ???


「関東ふれあいの道」の標識は、本殿の前の石段を下って・・・


ケーブルカー駅の反対側にあった。
見晴台まで1.3Km、『あと少し、頑張ろうっ!』
神社の境内は人が多すぎて弁当を食べるような場所も見当たらない。


二重社二重の滝入口への”見晴台ハイキングコース”を進む。


このコースは、大山山頂を目指す人(大山山頂から戻る人)のコースでもあり、大勢のハイカーとすれ違う。


「関東ふれあいの道」の距離を示す標識に、
『まだ半分も歩いてないねっ』


ゴールの日向薬師バス停まで5.3Kmと表示されている。


大山は、神奈川県の探鳥地五十選に選ばれている。
年間約40種ほどの野鳥を見ることが出来るとのこと。
カワガラス、アオゲラ、アカゲラ、ミソサザイなどは一年中見ることが出来、
秋から冬にかけては、アオジ、ツグミ、ルリビタキ、エゾビタキなどが見られるそうだ。


”見晴台ハイキングコース”入口から7分ほどで、この日の証明写真撮影ポイント、”二重の滝”に到着。
思ったより流れが細い。


滝の近くに二重社の社が建てられている。
滝の真ん前に下りようとしたが、不安定な脚立しかなかったため、
下には下りずに滝をバックに全員の証明写真を撮影した。


”二重の滝”を後に、見晴台を目指した。
時計は12時42分を差していた。お腹も大分空いてきた。


見晴台への道はとにかく人が多い。
狭いところでは、お互いに道を譲る気配りも必要だ。
日本人は本当に素晴らしい!!


眠り込んだ赤ん坊を背負って頑張って歩く母親もいる。


見晴台への最後の杉林を抜けると・・・


13時2分、見晴台に到着してびっくり。
ベンチはたくさんあるのだが、どこも人・人・人でいっぱいだ。
後ろの一段高い山が大山である。
老若男女のハイカーが次から次へと下りて来る。また上って行く。
あらためて大山の人気度を知らされた。


見晴台から見た相模野方面


運良くベンチが空いたので、何とか席を確保し、弁当を広げることに成功。
『良かったねぇ、たまたま眼の前のベンチが空いて』


あらためてベンチを見渡す(大山方面)


こちらは、日向薬師方面。
高尾山に匹敵するほどの込み具合である。


弁当も終わり、後は下るだけだ。
日向薬師バス停(約4.2Km)を目指す。


下りはやはり楽だ。
下り始めて気が付いたが、殆ど人を見かけなくなった。
見晴台のハイカー達は下社からケーブルカーで帰るのが殆どのため、日向薬師方面へ下るのは我々だけのようだ。


下りの先頭は「まゆみの会」会長ベテランのKさん。
快調なペースで進む。


見晴台からの広い坂道がしばらく続いたところに、等身大のお地蔵様が建っていた。
ここから”九十九曲”の難所が始まるようだ。
『ちゃんと歩けますようにっ』


最初は丸太で仕切られた、石を敷き詰めた道だったが、


途中で石ころだらけの急な坂道になった。
右に左に稲妻が走るように折れ曲がった道がしばらく続く。
これが”九十九曲”いわゆる難度3の道なのだろう。
『歩き難いわねぇ』


しばらくすると、また石を敷き詰めた道になった。
坂が急なので、あまり大股で歩くと捻挫する恐れがある。
膝や足首に負担がかからないようにゆっくり・しっかり歩こう。


下り始めて約50分、一休みして行こう。


休憩地点から5分ほど下ると、舗装された林道に出た。
しかし、下りはここで”終わり”ではなかった。


さらに10分ほど曲がりくねった道を下ると、ようやく建物が見えてきた。


「日向ふれあい学習センター」だ。
日帰り・宿泊施設となっていて、バーベキュー場もある、とのこと。
この日は人気は感じられなかった。


沢に架かる小さな橋を渡る。
ここは一人づつ渡るのが安全である。


14時40分、”九十九曲”の終点に到着した。
日向薬師バス停まで残り35分の表示。頑張って歩こう。


ここからは、舗装された道路なので歩き易い。


この辺りは日向渓谷と云われているようだ。


名勝日向渓谷の碑があるが、回りはあまり渓谷のような雰囲気は感じられない。
『林の向こうから水の流れる音が聞こえるわねっ』
途中、何か所かの堰止めダムを見掛けたが、その音かもしれない。


有料の施設でバーベーキューをやっている家族や、


川で釣りを楽しむ人達も。


浄発願寺(じょうほつがんじ)にこの日の無事のお礼参りをして行こう。
日向川に架かる赤い橋を渡る。


浄発願寺は天台宗弾誓派総本山で、無常山一之澤院と号し、
今から400有余年前に木食遊行の開祖弾誓上人により開かれたとのこと。


浄発願寺の立派な三重塔が印象的である。


田んぼの真ん中に巨大な案山子(かかし)が立っていた。
「八重の桜」のヒロイン・新島八重が戊辰戦争でスペンサー銃を構えるポーズをデザインしたもので、
横浜市・川崎市の市民らと地元のNPO法人メンバーや大学生が協力して製作したそうである。
「八重のかかし」と呼ばれている。
収穫祭が開かれる11月上旬まで設置される、とのこと。


道端に湯河原産の温州みかんが売られていた。
やや小ぶりだが、美味しそうだ。


15時13分、日向薬師バス停に到着。
めいめいストレッチ体操などで身体をほぐす。


15時25分発の伊勢原駅行きバスは、ほぼ満席となった。


25分ほどで、終点の伊勢原駅に到着。


伊勢原駅から小田急線新宿行き急行に乗り、帰路に就いた。
『皆さん、今日は大変お疲れ様でしたぁ』


この日のコースは、難度3と紹介されていたこともあり、2名が参加を見送ったのは残念だった。
実際に歩くまで不安でいっぱいだったが、歩いてみてそれほどきついとは感じなかった。
スタート直後からの直登”蓑毛越”がややきつかった程度で、東京都の「関東ふれあいの道」に比べると
かなりましだったように思う。
蓑毛越えの後は下社までの道はほぼ平坦で楽だった。
見晴台から下りの”九十九曲”はゆっくりと時間をかけて下ったのが効果があり、大きな疲れには至らなかった。
参加を見送った方にはもう少し強く誘って一緒に歩くべきだったと少し後悔している。
次回は一都六県「関東ふれあいの道」全160コースのうち、唯一難度4と紹介されている「丹沢山塊東辺のみち」に挑むことになる。
果たして無事歩き終えることができるのか、いまから不安が募るばかりである。

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今度は早すぎた ひたち海浜公園のコキア

2013年10月11日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2013年10月11日(金)


毎週金曜日、主に地元土浦周辺を歩く「健康ウォーキング同好会」が主催する、
平成25年度第22回(2013年第33回)、「ひたち海浜公園散策」ウォーキングに参加した。

この日、第一集合場所の土浦市民会館に集まったのは、21名。
いつもの集合時刻9時を30分繰り上げたのは、通勤割引(ETC)を利用するためである。
少しでも安いに越したことはない。


車4台に分乗し、「ひたち海浜公園」へ。
常磐道・東水戸道を快適に走り、9時28分、「ひたち海浜公園」西駐車場に到着。
8時40分に市民会館を出発したので、50分も掛からなかったことになる。
平日のこの時間はご覧のようにガラガラだ。


西口ゲート”翼”へ。


各々入場料(65歳以上200円)を買い求める。
この日65歳未満(400円)は一人しかいない。差額200円は会費から支出することに。
従って全員が200円の負担ということになり、良かった良かった。


入場


入場して直ぐに記念撮影だ。
記念写真撮影用のマスコットが用意されている。


記念撮影は、会長がカメラと三脚の担当になっている。
『こんなもんで良いかなっ』


10時4分、”みはらしの丘”を目指して出発!


”みはらしの丘”へ行く前に”ひたちなか自然の森”を散策して行くことに。
開園してまだ30分余り、園内の人影はまばらである。


SLを模した園内の乗り物(ガーデントレイン)もまだ出発前だ。


”ひたちなか自然の森”を進む。
赤松や黒松など既存の植生を活かして整備された樹林地だ。
しかし、あちらこちらで松喰い虫によって枯れてしまった松の木をみかける。


観察池端の東屋風のネイチャーセンター


”ひたちなか自然の森”を出た辺りの一角に赤く染まりかけたコキアが植えられていた。
『みはらしの丘もこんな感じなんでしょうかねぇ』


園の中央付近から西池・西口翼ゲート方面を望む。


”みはらしの丘”を目指す。


ベコニアが迎えてくれる。


”みはらしの丘”が見えてきた。
手前にコスモス、その先にコキアが丘の上まで続いている。
手前左側には蕎麦も育てられている。
古民家風の「里の家」でこの蕎麦を食べさせてもらえれば良いのだが・・・


『いやぁ、広くて気持ちが良いなぁ』


ゆるやかな坂道を”みはらしの丘”へ。
『気持ち早かったようね』
『これだけ観れれば良いんじゃないっ?』
4年前(2009年10月23日)は少し遅かったが、今回はちょっと早すぎたようだ。
花?の時期に合わせるのは難しい。


丘の上から後ろを振り返る。
遊園地の大観覧車も見える。


ひたちなか港だ。


遠くに見えるのは常陸那珂火力発電所か?


動画で見てみよう。


みはらしの鐘
鐘の音が絶えない。


”みはらしの丘”頂上(58m)から見たコキアとコスモス
標高58mは、ひたちなか市最高地点である。


丘の頂上で「まゆみの会」のSさん夫妻とKさんの3人連れとばったり。
『いやぁ、こんなところで出遭うとはねぇ』


山頂を極めれば後は下るしかない。


コキアを縫うように下る。


丘の斜面一面に咲いたコスモスが美しい。


ちょうど今が見ごろである。
今年は、濃紅色・濃桃色・桃色・白色の4品種をミックスして植栽しているとのこと。
ひたち海浜公園独自の配合でブレンドしているので、ここでしか観れない景色を楽しめるのだそうだ。


コスモスとコキア


コスモスとコキアをバックにもう一度記念撮影だ。


草原エリアへ向かう。


草原エリアで昼食をと思っていたのだが、時計はまだ11時を少し回ったばかり。
これでは早すぎるし、お腹も空いていない。
もう少し歩こう。


この日の水戸の予想最高気温は29度、まるで真夏に戻ったような暑さである。
草原エリアの風に揺れるパンパスグラスがかろうじて秋を感じさせてくれる。


砂丘エリアへ
砂丘の地形や植生をそのまま残して、厳しい条件下にたくましく生きる海浜性植物が生息している。


ハイネズ
潮風や砂の動きが弱まる砂丘の後方部からクロマツの林内にかけて生息する低木性の海浜植物。
這うように生育することからこの名が付けられた。
雌株には2年間かけて熟す紫黒色の実を付ける。この実を使って作る酒がジン、とのこと。


園内周遊の乗り物とすれ違う。
園内の広い範囲を有料(300円)で走っているが、やはりゆっくり観て回るのは歩くのが一番だ。


とにかく暑いっ!
グラスハウスのシーサイド・カフェで『コーヒーでも飲んで行こうっ』


ガラス張りの室内から青い太平洋が望める。
『ロマンチックな気分よねぇ』


一杯のコーヒー(300円)が美味い。


砂丘ガーデンへの橋を渡る。
砂丘ガーデンは、サンドガーデン、砂礫ガーデン、ロックガーデンなどの小ガーデンからなっている。


砂丘ガーデンの砂礫ガーデンを進み、


林間アスレチック広場を通過すると・・・BBQ広場である。


BBQ広場にはベンチや木陰もあるので、暑さ凌ぎにちょうど良い。
11時56分、ここで弁当にしよう。


弁当風景


昼食後は、プレジャーガーデンエリアへ。
”おもしろチューブ”
童心にかえって中を歩いてみよう。


”おもしろチューブ”は、チューブ内(トンネル)にさまざまな障害物があり、ゴールを目指すようになっている。


『孫といっしょに遊ぶのに良いねぇ』


『しっかり掴まらないと』


チューブ全景
『随分歩いてきたわねっ』


ジェットコースターから悲鳴が上がる。


『まだまだ続いてるぅ』


『やっと出口だぁ』
『意外と面白かったわねっ』
『今度孫と一緒に来てみようかなっ』


乗り物


大観覧車


間もなくハロウィンである。
『小さいけど重いよなぁ』


西口翼ゲートへ向かう。


13時15分、西口翼ゲートに到着。


ひとまず西口翼ゲートを後にし、阿字ヶ浦・平磯経由で大洗「めんたいパーク」に向かうことにした。


お目当てはもちろん「かねふく」の辛明太子である。


『ウォーキングの後で喉が渇いてしようがないよねっ』
ドリンクコーナーにはたちまち行列ができた。
ブラックコーヒーとコーラで喉を潤すことができた。


明太子を試食することにしよう。
なかなか美味い。


ドリンクコーナー、試食コーナーは人が途切れることはない。
(試食コーナーにはこの後3度も並んでしまった)


『土産は何がいいかなっ』


手に手にビニール袋をぶら下げて「めんたいパーク」を後にした。
『今日は、大変ご馳走様でしたぁ』


自身例会では2度目のコキア挑戦だったが、ちょっとだけ早すぎた。
あと1週間後であれば、真っ赤なコキア(箒草)を楽しむことが出来ただろう。
今回はプレジャーガーデンで”おもしろチューブ”に挑戦して一瞬童心に帰ったのが好評だったようだ。
もう一度孫を連れて来ても良いかな、と思った。


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雨に降られなかったは良? 那須茶臼岳ハイキング

2013年10月04日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2013年10月4日(金)


毎週金曜日、主に地元土浦周辺を歩く「健康ウォーキング同好会」が主催する、
平成25年度第21回(2013年第32回)、「那須茶臼岳」ハイキングに参加した。

貸切バスでの「那須茶臼岳ハイキング」ということで、第一集合場所は土浦地区三中地区公民館である。
5時48分、常南交通の貸切バスがやってきた。


突然携帯電話が鳴った。今日が当会の正式会員後初参加となるY子さんからだ。
『車のキーが見つからないのっ、行けないかもしれないっ』、『落ち着いて探してください』ここは待つしかない。
天川団地入口や土浦市民会館で待つ人への連絡に慌しく時が過ぎた。


6時10分過ぎ、再びY子さんから『キーが見つかった』と弾むような声。
6時25分、Y子さんが到着し、ようやく出発となった。
バスは天川団地入口・土浦市民会館と回り、この日の参加者20名全員が乗り込んだ。


朝からのハプニングにお腹が空いたのか、朝食が美味かった。


友部SAで最初の休憩。


常磐道、北関東道とバスは快適に走る。
最初の遅れは容易に取り戻した感じである。
7時15分、北関東道の壬生ハイウェイパークに到着。


いつもは昼食の弁当は常南交通に一任しているが、この日は真岡の駅弁「野立御膳」を特別に注文した。
「野立御膳」は、会員の評価も高いため、これからも何回かに一度は注文したいと思っている。


9時39分、那須RW山麓駅(標高1,390m)に到着。


この場所でこの視界、山頂は全く視界が効かないと容易に推測できる。


先着の一行が那須RW社による記念撮影が行われていた。
同社によれば、20名以上の団体には無料の記念撮影をするとのこと。
後でプリント1枚を貰えるそうだ。


山麓駅内で各自キップ(片道650円)を買い求めた。
記念撮影といきたかったが、9時45分、間もなく改札口が開く時刻、時間がない。
9時48分発に乗り遅れると、次は30分後の10時18分まで待たなければならない。


霧に覆われたRW山麓駅での記念撮影は止めにして、RWへ急いだ。
乗客は予想以上に多く、ゴンドラ内は満員である。


今年の8月始めに来たときの動画
この時は相当視界が悪いと思っていたが、今日よりまだガスってなかったのだ。


RWは数分で山頂駅(1,684m)に着いた。


山頂駅のベランダで先ずは軽~く準備体操をして・・・


10時9分、茶臼岳目指して出発!!
『雨が降っていないだけ良しとしなきゃしようがないねっ』
ここは自らを納得させるしかない。


最初は緩やかな上りの道が続く。
砂礫の道なので砂場を歩いているような感じである。


上り始めて5分、牛ヶ首分岐点に到着。


牛ヶ首分岐を過ぎると、上りが急になる。
次第に息遣いが荒くなってきた。


呼吸を整えるため、一休みだ。
『けっこうきついっ、息が上がるわねぇ』


さらに7分ほど上ると、大岩が見えて来た。
『ゆっくりで良いですよぉ』
先導役をお願いしたMさんは、昨年6月に「まゆみの会」でも歩いており、道は熟知している。
ペース配分に気を遣ってくれるのが嬉しい。


大岩の回りは石も大きい。岩のような石がごろごろしている。
登山道は一段と厳しくなってきた。


岩の間を縫うように進む。
石にベンキで色が付けられているのでそれを目印に登る。


10時47分、那須岳三角点に到着。
標識の後ろに見えている白い棒のようなものが三角点である。
山頂まで残りあと0.2Km、10分。もう少しで山頂だ。


山頂まで残りあと0.1Km辺りを通過。


那須岳神社の鳥居が見えてきた。


10時55分、那須岳神社に到着した。
山頂駅を出発して45分、ほぼ案内どおりである。


茶臼岳の山頂(1,915m)を示す道標の裏に水銀温度計が取り付けてあった。
左と右では表示の最高・最低温度が逆になっている。
どちらも14度を示していた。


那須岳神社をバックに記念撮影だ。


お鉢周りをして峰の茶屋跡(避難小屋)を目指すことにした。


かつての噴火口だが、ガスっててほとんど何も見えない。


黙々と進む。
お鉢の周りが少しだけでも見えればまた気分も違ったものになるだろうに・・・


お釜口
お鉢周りの起点となるポイントのようだが・・・。
しかし、この矢印を見ていると方角が分からなくなってしまう。
下の地図とは真逆の峰の茶屋跡方面から見た方角を示しているためだ。
ガスって周りが何も見えないので、方角が全く分からないのも理由の一つと思う。


お釜口を過ぎると急坂の岩下りが続く。


ポツンと一本だけ赤く色づいた植物が生えていた。名前は分からないが、どうだんつつじだろうか?
岩の間から懸命に生えている姿は可愛らしい。


峰の茶屋跡避難小屋まで0.4Km付近。
大きな岩の下を通過。


少し平な場所に出た。


稜線から下の方を見ると、小さな灌木が赤や黄に色づいているのが見えた。
『秋を感じるねぇ』


尾根の硫黄鉱山跡にテーブルがいくつか並んでいた。
『この辺りで昼食をっ』の声もあったが・・・


『峰の茶屋まであと0.1Kmって書いてあるし、そこでお昼にしましょうよっ』
という声に押され、峰の茶屋跡へ向かった。
雨こそ降っていなかったが、稜線で風も受けるし、この日の昼食には相応しいとは言い難い場所ではある。
天気さえ良ければ最高の昼食ポイントになっただろう。


硫黄鉱山跡から3分で峰の茶屋跡に到着した。


時計はお昼前の11時54分、避難小屋の周辺は既に先客で占められていたが、
さらにその周りに適当な場所を見つけて弁当タイムだ。


真岡駅弁「野立御膳」
リュックの中で横向きになっていたため、ご飯が片寄っていた。
しかし、この日は10日ほど前からの風邪のため食欲は今一つ。1/3ほど残してしまった。
もっと体調の良い時に食べたかったなぁ。


避難小屋の中で食事をする人も。
避難小屋の中は意外と清潔感が感じられた。
今日は肌寒い外よりも小屋の中での弁当が、正解だったかも。


こちらは食後のデザートの最中だ。


今まで深い霧の中のような状態だったのが、急に雲がなくなった。
正面に剣ヶ峰(1,799m)が聳えていた。
しかし、剣ヶ峰の右後方の朝日岳(1,896m)は全く見ることができない。


みんなが並んで三斗小屋方面を観ている。


『真っ赤に紅葉しているよっ』
ほんの一瞬だったが、茶臼岳で紅葉を観ることができた。
『来て良かったわねぇ』 この一言に救われた気持ちになる。


ガスが一瞬途切れた時に見えた下山道。
なだらかな坂道が続いている。


12時26分、下山開始。
再びガスってきた。


周りは全く見えなくなった。
黙々と歩くしかない。


道は石がごろごろしている。


途中に鎖が張られた急斜面の個所もあるが、鎖に捕まって歩くほどではない。


峰の茶屋跡から15分ほど下ると、中の茶屋跡(1,610m)の碑が建てられていた。
峰の茶屋と峠の茶屋のほぼ中間点にあたり、かつてここに中の茶屋があったということだ。


中の茶屋跡を過ぎた辺りから岩だらけだった景色が一変、
紅葉したどうだんつつじなどが目を楽しませてくれるようになった。


しばらくは石畳などが続く。
『石が濡れてるから滑りそうっ』
石畳は有難いが、濡れて滑るので下りはかえって危険を感じる。


山之神の由来
現在の県営駐車場及びみはらし園地周辺は、明治四十五年~昭和二十三年まで那須硫黄鉱山として、硫黄の精錬所があり、
毎日噴火口へ硫黄の採掘に行く鉱夫の安全を守る為に当時の鉱山社長により建てられた。
その後鉱山が閉鎖され、草の中に埋まり、登山者の眼には留らず、平成二十一年九月、那須山岳救助隊員により
登山道の整備と共に修復、再建した。(那須山岳救助隊)


山之神を少し下ると狛犬があった。
赤い毛糸の頭巾が印象的である。


さらに下ると、鳥居があった。
これも那須山岳救助隊の尽力で建てたものなのだろう。
神社にはやはり、鳥居と狛犬と社が似合っている。
どれか一つでも欠けると神社とは云い難い、と思う。


13時5分、峠の茶屋を通過
店は閉まっていた。土日でなければ開けないのだろう。
この茶屋もいずれは峰の茶屋や中の茶屋同様に閉店してしまうことになるのだろうか?


石畳を下って行くと・・・


濃い霧の中にぼんやりと那須RW山麓駅が見えて来た。
(ぼんやりと見えるのは、霧のためなのか、手振れによるものなのかよく分からない)


13時17分、那須RW山麓駅に到着。
『いやぁお茶が美味しいねぇ』


整理体操をして、
『はいっ、皆さん今日は大変お疲れ様でしたぁ』


しかし、この日はこれで終わりではない。
この後、新・日本百名湯のひとつ、奥那須温泉郷「北温泉旅館」へ向かった。
北温泉旅館には、自身5年前に2度訪問したことがある。
13時49分、北温泉旅館の駐車場に到着。


『え~っここを下って行くのぉ』
急な坂道に皆びっくりと云った表情だ。


駐車場から急坂を300mほど下ると、正面に北温泉旅館が見えてきた。


右手に温泉プールがあり、お湯が注がれていた。
金曜日は掃除のためいったんお湯を抜き、入れ替えるのだそうだ。
お湯がいっぱいになるまで一日ほどかかるとのこと。


駐車場から約400m、約7分、北温泉旅館に到着。
『帰る時にまた汗をかきそうだなぁ』


玄関を入って直ぐ左に「足洗い場」があり、お湯が出ていた。
---湯前社に参る者は、この処にて革履を脱ぎ、足を洗い詣すべし---と書かれてあった。
最初はあまり気にも留めなかったが、後で調べたら革履とは革靴のことらしい。


旅館の帳場で入浴券(700円)を購入し、いざ浴室へ。


先ずは”天狗の湯”へ。
旅館の廊下は歴史を感じさせる。


まるで迷路のようだ。


天狗の湯”(男女混浴)
『ちょっと熱いんじゃないっ?』
何度か入ったり出たりしているうちに慣れてきたのか、それほど熱さは感じなくなった。


”天狗の湯”の外にいったん出て左へ進むと、”不動の湯”(打たせ湯)がある。
お湯が二条流れ落ちていた。


”不動の湯”の隣には小さな”ぬる湯”(家族風呂)があった。
二人で入るのにちょうどいい広さである。中から鍵を掛けれるようになっている。
名のとおりぬるめのお湯である。


”ぬる湯”の先にはお不動様が祀ってある。
”不動の湯”はこのお不動様から付けたものらしい。


いったん帳場へ戻り(もちろん服は着て)”河原の湯”(男性専用露天風呂)へ。
”河原の湯”からは正面に世笹川の清流を望むことが出来る。
”河原の湯”は男性専用だけではない、女性専用の”河原の湯”もある。


再び帳場へ戻り、北温泉に別れを告げた。
駐車場へ引き返す途中、左手に”相の湯”の小屋が見えた。
”相の湯”は男性・女性それぞれの内湯となっている。
”相の湯”の先に温泉プール”泳ぎ湯”が見える。


駐車場へ戻る途中の景色
那須町・白河市方面と思われる。


駐車場横に駒ヶ瀧駒止の瀧)の観瀑台があったので覗いてみた。
観瀑台は最近作られたようだ。
説明板によると、
此の所は元文年間(1740年代)「北湯道」と云い、大丸温泉から北温泉を経て湯本からの白河道につながる道路で、
ここを通る旅人は勿論、馬までもこの瀧の華麗さに遂遂足を止めて瀧を眺めたので「駒止めの瀧」とも云われる。
瀧の幅約3m、高さ約20m と案内されている。


バスに戻り、先ずは風呂上がりの一杯。
『かんぱ~いっ』
『みなさ~ん、今日は大変お疲れさまでしたぁ』


当会初めての那須茶臼岳ハイキングは、あいにくの曇り空で周りは何も見えず、ややがっかりといった気持ちではある。
2ヶ月ほど前に個人的に来たときにも雲にすっぽりと覆われて、RWに乗るのを止めた経緯がある。
また、Webでも雨の中の茶臼岳登山の記事がいくつか見られることから、この日は雨に降られなかっただけでも
良しとするべきなのかもしれない。
帰りのバスの中で、『次ぎは朝日岳を目指しますかっ』といった声も聞こえたことから、リベンジも兼ねて検討しようと思う。


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