アイリッシュパブのカウンター 夜1時。
カウンターの上、私の斜め前に、20ユーロ札が残されていた。
『これ、私達にくれる、ってことかな。』 隣に座る相方に尋ねる。
『うーん。 そういうことになるかな。?』
カンヌ映画祭が行われていたある一日。私達は、”24時間滞在”の予定でカンヌ入りした。 午後4時から次の日の午後4時まで。 宿を取るのはやめにした。 映画祭の期間は、カンヌのホテルの料金は倍に膨れ上がる。普段の値段を知ってるだけに、ホテルに泊まる気にはなれない。一晩、どこかをはしごすればいいんじゃないかということになり、まず、バーに入ることにした。
アイリッシュパブの中は、英語が行き交っている。カンヌに来ている英語を話す人たちのたまり場になっていた。 バーテンのお兄さんは一応、フランス語だが、出身はたぶん英語圏の人だろう。 カウンターにすわり、一杯目を飲み始める。 長い時間をかけて、一杯目が終わろうという頃、一人の男性が私の隣に座った。 『Good evenin'。』 英語だ。すらっとしたスーツ姿、なにやら話が進む。 差し出された名刺には、有名IT企業の文字。 彼は、仕事で 映画祭の間カンヌに来ているということだった。 フランス語の地で、一人でホテルに泊まっているようで、たぶん、話相手がほしいんだろうなと思った。
『何か、もう一杯飲めば?』 彼は言った。つまり、おごってくれるということだ。
(『なんか頼んでもいいみたいよ。』)私は小声で相方に言う。
そして、彼は付け加えた。
『 ペントハウスに泊まっているんだ。』
英語が堪能な相方が 後から言ってたとこによると、ペントハウスは、ホテル最上階の高級な部屋をいうそうで、そういう知識はなかった私は飛びつくことなく、その話の表面だけをなぞることに終始した。(知ってたとしても、、、ねぇ。)
結構 長く話していた気がするが、(私達はただ、この一晩の『時間つぶし』を考えて行動していただけだったので、別の登場人物達については、深入りするつもりはなかった。)そんな彼が、立ち去ったあと、カウンターの彼と私の間の位置に残されていたのが、バーテンが彼に出したおつり、”20ユーロ”だったわけだ。 これでも話は省略しているが、流れからして、彼は意識的に20ユーロを置いていき、そして私達に残していったという結論になった。
カチ・カチ・カチ。 バーテンが店の電気を点滅させた。 閉店の合図。
ここを立ち去らなくてはならない。 まだ夜は長い。 たぶん。
そのあと、別の店に移動し、彼の残していった20ユーロを元手に、夜のパニー二とあいなった。
*festival du film Cannes ← カンヌ映画祭オフィシャルサイト
* ”夜のパニー二”とは、深い意味がありそうですが、そのままの意味、”パニー二を食べた”ということです。
タイトルの”チャイナ服”とは、その日私が着ていた服のこと。 自分でデザインして、作ってもらった服で、体に合うように立体裁断で作りました。 紅色のインド綿で ひざ上の長さなので下にはグレーのぴったりしたズボンをはいてました。カンヌのお店やさんの中で、女の人が出会い頭に、その服を見て 『ヮ!カワイイ!』と言われたりしたのもあって、おごってもらえたのも、この服によるものだということになっております。 その後談もあったり、カンヌのときの話は色々ありますが、今回はこのくらいで。