山形の森 保守醒論

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小泉元首相引退で悔まれる、“確かな歴史観”があれば、「東京裁判史観」を覚醒できた

2008-09-26 01:06:03 | Weblog
小泉純一郎元首相が次期総選挙への不出馬を表明した。カラッとした性格から予てより政界引退説も取りざたされてはいたが、またも小泉らしい最後のサプライズである。現在の経済不況を小泉構造改革の失政とばかりに野党・メディアに煽動された世論が溢れている。そもそも構造改革は財政赤字を、これ以上放っておけない財政事情から斬り込んだものであり、(現在で)約800兆円ともなる財政赤字は、小泉内閣発足以前10年余の付け回しを受けたものであることを冷静に振り返って貰いたい。1990の日米構造協議合意で、(当時の)小沢一郎自民党幹事長が経世会支配(金丸信)をカサにアメリカと約束した10年間で430兆円(当初約束は8年で400兆円の50兆円/年の掴み金)に及ぶ内需拡大の公共投資バラマキ策で、結果としてその後の自民党政権は国家財政の付け回しを重ねることとなった。庶民は今日・明日を生きる生活観で現状を捉えているだけに、増税を伴う財政赤字解消策は、先に各省庁全ての構造改革を通して取組まないと国民世論は認めにくいだろう。小泉は小沢がバラマキ策定して、その後阿り続けた国家負債の償還政策を手がけたに過ぎない。国民諸侯には説くと理解して欲しいものなのだが。その後、経世会の権力闘争に敗れ自民離党した小沢が今、過去の自己利権策を棚に上げて自民批判を並べ立てる厚顔無恥さには呆れるばかりだ。2001.4小泉政権が発足したが、先の総裁選挙では8.15の靖国神社参拝を公言した。総裁選直前の01.2に小泉は、森派議員会合の折、鹿児島県知覧町の「知覧特攻平和会館」を訪問している。父純也の出身地でもあり、小泉は溢れる感情の思いに涙したが、歴史を見る理智的な見識を持ち得てたのかは疑わしい?。02.2.18ブッシュ米大統領が訪日、ブッシュサイドから事前に靖國神社表敬参拝申し入れがあったにも係らず、明治神宮参拝にとどまる外務省判断を是認したことは、自身に基本的な国家観・歴史観の希薄さを認めるに等しい判断だったと言わざるを得ない。ブッシュ大統領の一般教書演説で悪の枢軸発言(イラン・イラク・北朝鮮)が、02.1.29になされたことからも“外交の機に不感”の政治家像を見る。いま思い起こせば、この時にブッシュ米大統領の靖国神社参拝に同道して参拝すれば、明治神宮参拝に振替えた外務省の虚飾に塗れた「東京裁判史観」が一気に消え去り、戦後の呪縛を断ち切れたことだろうと悔やまれてならない。小泉純一郎に“ブッシュ米大統領と靖国参拝する”真実に基づいた歴史観があれば、戦後史を再考すべき大きな歴史改革を帯びた政権として名を残したことであったろうと思う。“(首相に)だれがなっても変わりはしない”とのノンポリ発言をよく耳にするが、実際は指導者の器量・見識で大きく変わり、時を経れば国益に大きな傾斜となって現われる。国家の指導者の歴史観でそこには情感溢れる小泉純一郎はあっても、“真実の歴史認識”があれば、「東京裁判史観」を払拭できた最高の機会だったと悔やまれる。グローバル経済社会の中で突きつけられた、黒船経済来航とも言える突きつけられた「平成の開国」圧力が現実にある。しかしながら、国際社会の現状において経済力の前に政治力があり、それに付帯する軍事力の備えが補完力として位置されることは世の中の必然である。

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