山形の森 保守醒論

山形から発信する内外の時評ブログ!

バカ太郎の「ミゾウユウ解散」

2009-07-24 15:11:10 | Weblog
「麻生の取巻きが悪い」との政界内外からの声がある。が、取巻きを引き寄せるのも本人の器量・資質の範疇である。組閣を行えば側近として、身近な気の知れた者を配置することは至極当然でもある。麻生は自身の議員団支援組織「太郎会」の会長鳩山邦夫を総務相、甘利明を行革担当相に任じた。甘利の行革担当相は、人事の玉突きの過程での巡り合わせで、当人も不満のポストであった。渡辺喜美元行革担当相は、麻生内閣の行革後退姿勢に異議を唱え自民離党(09.1)に至ったが、独法改革の象徴的案件として、毎年20億円の赤字を計上し続ける雇用能力開発機構所管「私のしごと館(京都府)」の売却・廃止問題があった。人事の悪妙か、甘利は「労働族議員」であった。結果は廃止の結論先送りとされ、渡辺が担当相として取り組んできた行政改革は、麻生内閣になり改革後退が明らかとなって現われた。鳩山邦夫の奔放発言は数知れないが、「太郎会」会長としての麻生内閣の支柱は何処えやら、更迭されたら守備隊の隊長どころか自らの正当性を訴え、後ろから鉄砲撃ちメディアに向かって連日麻生批判を繰り返す呆れた倒閣隊長に変身。SMAPの草剛に投げ掛けた「最低の人間だ。絶対に許さない!」の発言を、落選した自民党都議はそのまま言い返したいほどだろう。この程度の同志を戴いたのも所詮太郎の器量の内、あらぬ(4.7郵政社長候補の)メモなど渡した報いか。中曽根外相、河村官房長官、細田幹事長、保利政調会長など控え目性格の党・内閣ジミ人事で、お山の麻生大将を目論んだが、大将自ら墓穴掘りっぱなしの連続ではとても立ち行かない。目視できるものさえ正確に読めないのだから、目に見えない国民世論も世間の空気など読めやしない。諫言できる真の同志もいないうえ、素直に聞き入れる謙虚さも持たない。自民党にとってかつて無い、バカ太郎が仕掛けた「ミゾウユウ解散」。「永遠の政界再編論者」と語る弟ポッポが兄ポッポとつるんだ(?KGB仕込みの)狡猾で高度な友愛再編工作とすれば、それはそれで「大した謀略政治家」の評ではあるのだが・・・。ポッポ友愛党もせいぜい「ブリヂストンの輪(和)」程度にしか見込めない保身第一の幼狼の遠吠え。24日の閣僚懇談会で麻生首相は「(衆院選に)一命をささげる覚悟でやる」との決意を示した。1980.6衆院選での大平首相の殉死による自民大勝の例がある。麻生がそこまで期待できる名優にはとても見えない。
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引き際も解らない意固地な宰相・阿呆太郎

2009-07-16 20:50:22 | Weblog
自民党員ながら呆れるほどの党状である。
1955.11の結党以来半世紀余、多くの宰相が誕生した。
政治闘争のなかで計って掴んだ権力、身代わりとして思いがけずに舞い込んだ首相の座。
出来る者、出来ない者とそれぞれであるが、能力不足を自認して能吏を側近として補った宰相もいる。
首相に限るものではないだろうが、器量のない人物が適当なやる気で単独走行することが最も困りものだ。
そのうえ、しっかりとした理念を持ち先読みして言行を進めれば良いのだが、空弁を発してブレブレ、その反省感もなく何度も繰り返す。
麻生は政界歴30年、閣僚・党役員の経験も豊富、そこでなにを学んできたのだろうか。
軽いJC気分のガキ大将で過ごしてきたのだろうか。
就任以降の(党・内閣)支持率低下のほとんどは、麻生首相の(不用意な発言などの)オウンゴールが原因とされる。
自民党は民主党に言われるまでもなく、国家の危機状況として、無能な党総裁(首相)を変えなければならない。
都議会選挙敗北は、客観的にも辞任表明の絶好のタイミングであったのに、引き際も解らない阿呆太郎。
おかげで、党両院議員総会開催の是非を巡って、さらなる混乱を引き起こす事態となっている。
手続きに従って粛々と開けばいいものを、首相の退陣につながるからと要求署名議員の切り崩しに走る党執行部の行動にも呆れ果てる。
(資質)器量のない首相を選んだ製造責任として、恥を忍んでもリコールする義務が課せられる。
引き際も解らない意固地なバカボン首相に、国家運営など任せられない。
マンガばかり読んでると(漢字も読めない)素養の無い薄っぺらな人間になる悪い見本である。
「高級ホテルのバー」通いと、北青山の「テーラー森脇」で洋服選びに精出す首相動静に、国民目線が同調されることはない。
野党提出の内閣不信任を否決(信任)したのは、与党議員として野党の政略意図に乗ることを否定したのであって、その上で首相自らの不徳責任をとることは出処進退の美学の舞台でもあるのだが・・・。
その思いにも至らない(読めない)軽薄さだけが見えてしまう。
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“忘れかけた日本”、国旗(日の丸)が帰趨を分ける選挙区。

2009-07-12 18:21:32 | Weblog
7.12PM3、山形市薬師町の護国神社前の交差点で自民現職・遠藤代議士が通行車両に向かっての街頭演説に出会った。
信号エリアであるために外演模様を確認できるだけで、演説内容などを聞き入ることはできない。
付添人が「たたき上げ!」の幟を手に側に立っているのが解かるだけだ。
何かもの足りない、青信号で幟が無ければ誰であったかも見過ごしてしまうだろう。
先日、古い知合いが幸福実現党の運動に係わっていると知り、山形駅西口での街頭演説(7.4)を聞きに行った。
知り合いに会うのが第一の目的で、次に幸福実現党なる政党(幸福の科学)を、まったく知らない者としてどんなモノかとわずかな関心があったからである。
初めて接した幸福実現党のマニフェストを一見して、ブログ子には非現実的と思える政策があったので深入りするものではないが、政策スローガンの幟とともに、国旗(日の丸)を掲げていたことが象徴的な印象を受けた。
無所属で衆院第一区から出馬予定の伊藤某にも通じることであるが、2~30代の諸派(幸福実現党)、無所属の二候補が、国旗(日の丸)を掲げて選挙運動を展開したならイデオロギーの残滓を背負った自民・民主両候補の隙をついた残票を獲得することも考えられるのではないか。
それが数千票なのかそれ以上なのかは分からないが、当落せめぎ合う両候補の集票に一針となるかも、と頭をよぎる。
敗戦後の結党では、日本自由党・日本民主党・日本社会党・日本共産党とすべて“日本”を冠に置き、イデオロギーは違えど国家を強く意識した政党活動を博した。
いま、漂流政局“忘れかけた日本”の舞台に清新な国旗(日の丸)を掲げた若い候補者たちの獲得票が、全学連・全共闘世代の有力候補の選挙戦の帰趨を分ける結果を導くのでは・・・と、気になる選挙区でもある。
民主党は、左翼リベラル勢力を抱えて、党大会でも国旗(日の丸)を檀上に掲げられない政党である。
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防衛省はいまだに財務省の植民地、自衛隊管理庁から脱却できず。

2009-07-12 11:18:07 | Weblog
防衛省はいまだに財務省の植民地なのだろうか。
次期防衛事務次官に財務省出身の中江公人官房長を充てる内定人事が発表された。
防衛省は、1950.8前身の警察予備隊本部発足から、保安庁、1954.7防衛庁など半世紀超を経て、2007.1に内閣府外局から独立した行政機関として念願の防衛省に昇格移行した。
2000.4には港区赤坂9から新宿区市ヶ谷駐屯地への本庁移転も完了。
旧ソ連の社会主義体制崩壊から東西冷戦構造は終焉を迎えたが、重しが取れたごとく多分化された世界各地の緊張状態は逆に増してきている。
日本の安全保障にとって、北東アジア(朝鮮半島)、中国・台湾海峡問題、中東周辺海域の海賊対策など緊迫する国際情勢のなかにある。
昨年秋の田母神俊雄航空幕僚長の(田母神論文)更迭問題では、内局(背広組)と制服組の防衛意識疎通の乖離が表面化して、国民視線からは防衛省の国防観に大きな危惧を持つこととなった。
今後さらに安全保障を巡る国会論議が増す防衛省の司令塔に、ソロバン勘定する中途出向組の(財務省内の出世競争から脱落した)財務官僚を防衛省文官トップに迎える霞ヶ関論理の人事には驚きと言わざるを得ない。
それを認める首相官邸サイドも同様とあらば、国防に対する見識を疑うもので、本来の国防の使命遂行が期待される今に至っても、相変わらずの“国防認識の欠如”の現れでもあろう。
さらには、次の次官候補(官房長)に、守屋前次官収賄事件で親守屋派として更迭(2008.1)された金沢装備施設本部長を復権させる人事にもなっている。
内定人事に見る防衛省の「国防使命と倫理感」から、これまでも揶揄されてきた“防衛省は自衛隊管理庁”から脱却できずを見る思いだ。
くしくも、朝鮮戦争勃発(1950.6)による国防の緊急対処策から創設された警察予備隊である。
現在最も想定される憂慮事態こそ、「(北朝鮮の)朝鮮半島情勢」であろうことから、浜田防衛相の内定人事に、国民の安寧につながるようには受け取れない。
防衛省はいまだに財務省の植民地、自衛隊管理庁から脱却できず。
(財務省の)ソロバン勘定で国防が達成できるなら、世界各国の先人たちが民族の誇りと生命を賭けた苦労などしない。
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東国原英夫は、史上最強(弁)の知事だ。

2009-07-08 18:57:46 | Weblog
東国原宮崎県知事の自民党からの次期衆院選出馬問題をメディアは追い駆け、世論調査の賛否から、転出反対論が多いことを報道している。
自民党内にも「人気に頼る安易な行動。国民支持には逆効果だ。」との批判の声もある。
戦後初の知事公選制(1947.4、以来延べ8百余名の知事)を経て全国知事会は、前身の1947.10全国地方自治協議会連合会設立に始まり(1950.10現名称に改称)、霞ヶ関官僚による中央集権制度のなかで都道府県政が行われてきた。
その経緯のなかで一貫して全国知事会を始めとする地方6団体は、地方分権の要望を政府・与党に出し続けてきたが、60余年で目に見える進展は得られなかった。
このたびの東国原知事が与党自民党に突き付けた全国知事会が求める「地方分権項目のマニフェスト登載要求」の言行は過去に例を見ない壮挙と快哉を叫びたいほどである。
総選挙を控えた混迷する政治状況下による世論の後押しでもあるが、そこを突いた東国原英夫は史上最強(弁)の知事と言えよう。
人間それぞれの過去履歴を持ち合せるが、東国原知事を一本の政治家と見るか、いまだに、お笑い芸人のタレント知事と見るかの違いであろう。
少なくともメディア利用に長けた発信能力があり、誰もなし得なかった“地方分権推進(霞ヶ関改革)”への道筋をつけようとしていることは、彼の優れた政治タレント性にある。
本県の吉村知事、県議会予算特別委員会で、自民・伊藤重成議員の質問に「(東国原・橋下知事の動きに対する評価を)スター性のあるふたりが地方分権で騒いでいる。」の短絡答弁はないだろう。
長年、型どおりの要望提出で済ましてきた知事会の“地方分権要求”にリスクを背負い一身を投げ打った言行に、知事会の一員として隠れたエールを送ることに間違いはないはずだ。
お笑い知事のパフォーマンスと見る国会議員諸侯こそ、霞ヶ関官僚への口利き利権に精出す程度の理念なき無能族議員の正体を見る思いがする。
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NHKスペ「アジアの“一等国”」は、日本共産党の歴史観“反JAPANデビュー”だった。

2009-07-08 17:25:20 | Weblog
ブログ子も原告の一人として集団訴訟に参加した、4.5NHKスペ「アジアの“一等国”」は、日本共産党に支持された“反JAPANデビュー”だった。6月25日の参院総務委員会で、自民党の世耕弘成議員は「放送された内容は、私が知っている台湾の人々の対日観とあまりにかけ離れている。相当偏った取材をしたのではないかと思う」と番組批判を展開した。一方、共産党の山下芳生議員は「非常にいい番組だった。番組に登場する現在の台湾の人たちの表情を見ると、親日的と言われる台湾の人々の心の奥底にある複雑な思いが伝わった。歴史を直視し、互いに共有し、反省すべきは反省してこそ相互理解とより深い友好関係が構築できると感じた」と述べ、世耕とは正反対の評価を示した。NHKの日向英実・放送総局長も同委員会で、日台戦争・人間動物園などの呼称について「私どもの集めている資料の中では使われている」と殺到している抗議内容に反論した。野球のルール的に解釈すれば、「1センチでもラインをかすればフェアでファールではない。(NHK制作サイドには)そのように見えたので編集権の範囲内である。」と詭弁を弄している姿勢だ。番組取材に協力、出演した(柯徳三さんら)台湾人からの(偏向編集への)抗議に対しても、知らぬ存ぜぬの態度である。このようなメディアの身勝手な対応から見えてきたことは、NHKに限らずマスコミ全般に信頼性を欠く編集権・編成権の乱用が、戦後一貫して行われてきたのではないか?。ネット普及時代を迎えて、やっと、その疑念があからさまになって見えてきたとの思いがする。日本共産党が共感する番組作りが平然と行われてきたことで、長年に亘り蓄積されたメディアコントロール被害はどれほどのものかと、暗澹たる思いに駆られる。すぐにも(共産主義者の)情報侵略から覚醒することが急がれる課題だ。「(取材先)発言の趣旨を十分に反映している。恣意的な編集はしていない」と述べるだけの反日NHKには、“(赤・垢)アカスリ解体の道”しかありえない。NHKスペ「アジアの“一等国”」は、日本共産党の戦後歴史観の捏造につながる“反JAPANデビュー”こそが真相である。
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“ユートピア政治”を掲げてきた「鳩山由紀夫的」には、議員辞職に値する醜態であろう。

2009-07-03 17:20:16 | Weblog
民主党代表鳩山由紀夫の資金管理団体「友愛政経懇話会」が、政治資金収支報告書に個人献金者として、故人や実際には献金していない人を虚偽記載していたことが発覚、鳩山は会計実務担当秘書の個人的行為だったとし、「(自分は)まったく知らなかった」、献金の原資については鳩山本人の資金だと説明している。
1988.6.18の朝日新聞が報じた、川崎市の助役がリクルートコスモス社の未公開株を譲り受け1億円の利益を受けていたとする「リクルート事件」は、中央政界を揺さぶり、竹下政権が倒れる幕開けとなった。
“政治と金”を焦点とした政治家への厳しい国民視線に危機を抱いた鳩山らは、9月2日に、「ユートピア政治研究会(座長に武村正義)」を発足、メンバーは1年生議員ばかり10人。 1ヶ月足らずで20人に膨れあがった。
最初に議論のベースにするために、秘書まかせにしていた議員自身の政治資金をそれぞれ精査することにした。
そして、多い人で年間1億9649万円(鳩山)、少ない人で6587万円、平均1億2654万円との驚きの結果を得た。
この政治資金収支報告の公開踏み切りは、各紙1面トップ報道となり反響を呼び、自民党の金権体質を暴くかたちにもなった。
研究会は、12月16日に連座制の導入や冠婚葬祭の寄付の禁止などの提案を盛り込んだ「政治改革への提言」をまとめ、竹下総理と安倍幹事長に提出した。
この研究会の同志たちが、後に自民離党、(1993.6.21)「新党さきがけ」旗揚げの核となっていく。
“政治とカネ”の問題が党内政治改革論議の契機となり、「企業献金、個人献金、政党助成金の割合が1/3ずつ位になるのが理想ではないか」との結論を導きだして、(小選挙区・政党助成法など)政治改革4法成立へと進展することになる。
小沢一郎前代表の西松献金問題発覚では、「(抜本的解決策には)、企業団体献金の全廃しかない」と法律の不備に責任回避して、鳩山は、個人献金虚偽記載を実務担当秘書Kの個人責任とうそぶく(さらに会計責任者は政策秘書H)。
ならば、政治資金は全部公的助成金(国費)で賄えとでも言い換えるのだろうか。
鳩山は、1986.7の総選挙に引退表明した自民党・三枝三郎の後継指名を受けて旧北海道4区から出馬、初当選を果たし、三枝に仕えていた秘書をも引き継いだ。
こういった事情から政界初年兵の鳩山が多くを精通する秘書に委ねていたことは理解できるが、研究会での調査を通じて政治資金の内情を把握していたことは逃れない事実であろう。
リクルート事件をきっかけに、初当選直後に発足した「ユートピア政治研究会」は、政治家鳩山由紀夫にとっての最も重い存在意義を示すものではないのか。
それだけに、“ユートピア政治”を掲げてきた「鳩山由紀夫的」には、議員辞職に値する醜態であろう。
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