山形の森 保守醒論

山形から発信する内外の時評ブログ!

総裁選の裏真実、中川・麻生新旧幹事長の戦いとナベツネの謀略

2007-09-20 21:27:05 | Weblog
「福田・麻生の自民党総裁選の裏真実」。安倍首相が進退に触れたのは、所信表明後の10日夕で、麻生幹事長を呼び入れ、辞任示唆に対し、慰留したことに始まる。12日の代表質問前、党五役を前に辞任を決断、代表質問を流会し、2時から退任表明会見を行った。この10日夕から12日昼までに、安倍総理は誰と会い、誰と連絡を取ったかが、一夜にしての勝馬早乗り「福田優勢」の流れに繋がる。翌11日に中川前幹事長は、麻生同様の辞意示唆を受け、訪欧中の森元首相(清和会名誉会長)に報告した。予て拠り、7.31・8.27の二度に亙り読売グループの老獪・渡辺恒雄と氏家斎一郎は親中派の山崎・古賀・加藤(さらに森・中川・青木・津島)らを汐留のG議長室に呼び、「福田康夫擁立」の謀議を模索していた。安倍自身の辞任示唆により、企図決行と判断、本命の麻生包囲網の画策に走る。中川前幹事長は麻生幹事長の平沼復党問題などの変更路線は、これまでの自らの政治行動を否定されるものと、復党反対の小泉チルドレンを炊き付け、反麻生(福田支持)へと誘導した。派閥領袖は主流派確保のチャンス到来と行動開始。さらに、小泉・安倍路線で干された中国利権に連なる親中派走狗と、ポスト狙いの中堅議員の合従連衡が、「福田優位」を形成した。麻生外相は、ASEAN訪問前に新人事構想案メモを安倍に手交し、外遊に立った。このメモをTBS(敢えて、ナベ氏家のNTV・ライバルテレ朝・安倍接近のフジ(産経)でなく)に流し、「麻生クーデター説の流布」の格好の材料(一部黒塗りで都合良い解釈)とした。読売は部数では朝日を上回るが、広告料収入では遅れを取っている。財界が日中経済外交を親中福田に期待し、ナベはその産婆役の労を餌に(財界の印籠をかざし)中国貿易企業からの広告料収入増を企んでいる。もともと盟友・中曽根元首相の対中利権を復活し、福田と同県選出参議の中曽根弘文の議長就任を得て、三途の川を渡るまで現世で札付うとしている。元共産党のDNAはスターリン・毛沢東・宮本顕治と変わらないものだ。60年安保の際も朝日新聞は「アンポ反対」を旗印に大キャンペーンを張り、目出度く岸首相退陣に追込んだ。当時デモった田原総一郎も「改定内容など解からず。ただ勢いで、アンポ反対を叫びデモった」と証言している。朝日新聞煽動の「安倍バッシング」は功を奏したが、ナベが漁夫の利を得ることを歯軋りすることだろう。ともあれ、年4%づつ新聞の広告料収入は落ちている。ネット普及・ブロードバンド到来で(編集権・編成権を振り翳す)偏向メディアが淘汰される方向にあることは大歓迎すべきことだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安倍晋三・福田康夫ともに、清和会では別格扱いの王子様

2007-09-20 16:09:10 | Weblog
「福田康夫・多数派閥支持で優勢」とのメディア評。これで、清和会四代続いての自民党総裁誕生か!、と小選挙区制になり「派閥の力は遠くになりにけり」などとは言うものの、いざ総裁選ともなると、派閥の数は最優良の約束手形となる。先物買いと勝ち馬早乗り競走に国会議員は理念そっちのけで、昨年の総裁選と変わらない様相を呈している。安倍晋三・福田康夫ともに清和会(町村派)所属で、それぞれ清和会元会長の二世(秘書経歴もあり)ということで派閥では、秘書時代から「康夫さん・晋三さん」と別格扱いなのだ。腹にあっても悪口が表に出ることなど無い。政治家能力に係らずプリンス(王子)なのである。それだけに、自派閥メンバーは、全員身近な応援団となるが、果して政治生命を共に賭けるほどの援軍が自派清和会内でもどれだけいることか?。(本人の器量に尽きるが)安倍総裁の最後を見れば良く解かる。全派閥とも締付ける拘束力は見かけほど無い、浮遊票(浮動票)が大半なことは明らかである。福田の場合は、あの通りのヒョウヒョウ者ゆえ、清和会のなかでも身近に接している議員は、80名のうち数人と見られる。政策の系譜や、日華懇・日本会議・神道政治連盟などの政治信条から、麻生太郎に流れる票はかなり出ると見られる。それほど、暦年の候補者にとっても政界は伺い知れないものだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「アカ」が書いて「バカ」が読む、朝日新聞

2007-09-20 14:37:34 | Weblog
福田康夫VS麻生太郎の対決となった自民党総裁選挙。 安倍晋三はあまりにも「ヤワなボンボンだった」。
志半ばで倒れるなら、政治家として最後の気力を振り絞り、「(美しい国・戦後レジームからの脱却など)残した後事を誰に託すべきか」を考えるべきなのに、それすらも出来ずに、ただ唐突な退任表明で幕引きとは、掲げた「美しい国づくり」の理念も何処へやらだ。
「美しい」の形容詞だけで、政権目標を表現できると思っていたのだから「甘ちゃん」と呼ばれても仕方ないだろう。
確かに、改正教育基本法・国民投票法・防衛省昇格など、政治史に残る法案を成立させたことは、評価出来るが、後継総裁により、政策が今後どう展開していくかによっては、退任表明状況の悪評価が、何倍にもなって歴史にとどめることになるか解からない。
福田がなれば、清和会(町村派)としては、四代続きの総裁誕生と一貫性があるように捉えるが、実体はそうではない。
もともと清和会は福田赳夫が創設者ではあるが、その淵源は、岸信介・佐藤栄作の流れがあり、親台湾派(蒋介石の国民党)が多数を占める派閥形成である。
対して日中国交正常化を宣言した時の、田中首相(経世会)大平外相(宏池会)は北京政府(毛沢東の中国共産党)とパイプを持つ派閥として対峙する関係にある。
ポスト佐藤の「角福戦争」と相まって、その対立構図は、(米・中が絡む)外交・安全保障政策に色濃く反映されてきた。
そんな中で清和会の福田康夫(まして福田赳夫の子息が)が、なぜ、親中国・北朝鮮宥和策のような発言を続けて来たのか、以前から気になっていたところである。
先の自民党本部での総裁選立候補演説で、麻生太郎は、舞台袖に立て掛けられた国旗に礼をしたが、福田にその動作は無く、リベラルを感じさせる対照的なポーズだった。
麻生は昭和39年からの留学時代に「少年マガジン・少年サンデー」を船便で送って貰い愛読していたそうな。 現在も続く漫画好きのエピソードである。
おそらく、福田の愛読書は「朝日ジャーナル」であったのではなかろうか。
麻生は留学前(2~3ヶ月か?)産経新聞に在籍していたと言うから、新聞は産経を読んでいたろう。 福田は、朝日新聞か。
学習院で学んだ麻生は、国旗に礼をすることは、当然教えられたろう。 学芸大付属の福田は、日教組の教員に礼を学ばなかったのではないか。
そのように考えると、二人の成長環境が育んだ人物像が理解できる。
ちなみに、小泉純一郎前首相の当時の愛読書は「平凡パンチ」に違いないだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする