山形の森 保守醒論

山形から発信する内外の時評ブログ!

行革後退で、“吠える”渡辺喜美元行革相

2008-12-27 09:45:00 | Weblog
麻生内閣発足後の行革後退で、渡辺喜美元行革相が麻生政権批判に繋がる発言・行動を起こし、メディア取材の格好のネタになっている。
彼特有のパフォーマンスのきらいもあるが、経済不況で国民全体が喘いでいるいまこそ行政が率先して身を切らないでどうする、との思いはたしかだ。
小泉内閣以降、聖域なき行政改革を旗印に突き進んできた改革政権の姿勢。愚相福田康夫とて行革ラインは外さなかった。
その象徴として、独法の雇用・能力開発機構が581億円もの巨費を投じながら毎年20億円の赤字を計上してきた「私のしごと館(京都府)」は、有識者会議の廃止決定にも拘わらず看板の掛け替えのような曖昧決着となった。
公務員の天下り禁止措置を求めた内閣府への「官民人材交流センター」設置にあたっても、最終的に首相による(天下り是認の)関与が残された。
現在、自民党行革推進本部長は麻生派座長の中馬弘毅、行革相は麻生シンパの甘利明である。
麻生が指導力を発揮すれば行革推進には格好の布陣であるのだが、首相本人に改革意欲がないから逆に後退する結果となった。
なにせ、甘利行革相は元々“労働族議員”である。 雇用・能力開発機構が運営する「私のしごと館」は手の内にあるようなもので、喜んだのは天下り先を死守できた旧労働省官僚だろう。
麻生太郎は首相を目指し、国民に向けて何をやりたかったのだろう。
杳としてその姿は見えない。祖父吉田茂から学んだことは、バーに通って葉巻をくゆらせるだけの“唯の阿呆太郎”なのだろうか。
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世界的経済不況は、日本にとって歪んだ戦後体制脱却の天祐になる

2008-12-26 19:16:18 | Weblog
世紀に一度とも言われる世界的な経済危機、雇用問題を含め喫緊の緊急対策が求められるところだが、この経済不況が日本にとって歪んだ戦後体制脱却の天祐ではないかと考えたい。
トヨタ・ソニーの大企業といえど、赤字転落も想定せざるを得ない状況で広告宣伝費は削減され、インターネットの普及で新聞購読の停止が急増。
さらには2011.7の国内デジタル放送完全実施で現在の一方的発信情報から受信者選択の双方向情報化社会になる。
大東亜・太平洋戦争敗戦による戦後占領期において、GHQ内のニューディーラー、政治犯釈放による(社会主義諸国と通じた)国内共産主義者の社会主義浸透工作は一気に進んだ。
戦前に(反政府活動で)弾圧された共産主義者はメディアへの浸透レトリックとして、資本・経営・編集(権)が一体とされていたから、政府に阿り戦意高揚を煽り戦争に駆り立てたとして、資本・経営・編集権(編成権)を分離すべきとの論立てから、共産主義者は編集権を掌握する最優先浸透工作を行った。
結果、経営陣と言えど新聞編集権(放送は編集権)は治外法権となってしまった。
今日、(日教組と通じた)教育委員会に対して首長といえど口出しできないシステムを構築されたのと同様である。
政治権力に左右されない独立機関設置とのレトリックを使い逆浸透する便法である。
しかし、あくまでも(新聞・放送)民間会社は存続してこその物だねである。
不況で会社自体が危うくともなればそうは行かずの窮状となる。
マスメディアにおける編集権・編成権の左翼偏向報道は、戦後、長らく積重ねられた膨大なものであり、国民オルグの役割を果たし、清真な国民を煽り誤導させ社会主義国の工作機関にも擬せられた報道を続けてきた。
ひとつの例を示せば、1971~2の悲惨な連合赤軍の総括リンチ事件は、一度も外国に行ったこともない学生達が岩波書店・朝日新聞・NHK・TBSをはじめとする新聞・テレビ・書籍に巣食う社会主義者の社会主義幻想の記述に魅了された故の行動で、純粋無垢な日本人だからこその哀れな行動の想いがする。
いまだにメディア業界では懲りることなく、(人間堕落の)社会主義思想を振り撒き自暴自棄の工作活動に直走る左翼ジャーナリスト活動家を多用している。
このたびの経済不況がこういった反国家活動家の悪性腫瘍組織を致死させる天祐の到来と見る。
麻生内閣の一律特別給付金支給、賛否議論あるところだが、2兆円の支給事務費用だけで800億超かかると言われる。
いっそ、「NHKを民営化する。受信料は払わないで結構」と述べただけでも財政と悪性報道阻止の両徳を得られる。
内閣支持率も確実に上昇するだろう。
景気悪化による失業など派遣・雇用問題での政府・企業批判をしたり顔で報道している(NHK・朝日新聞など)メディア業界こそ、国民のなかで最優良所得者達であることを考えれば、「恥ずかしげもなく、よく言ってるよ!」、と言いたいね。
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曽野綾子・産経オピニオン「貰うから与えるへ」の示唆

2008-12-26 16:17:55 | Weblog
12.26産経新聞・曽野綾子のオピニオン「貰うから与えるへ」のなかの、「人は自分が他人に与える立場にいるという自信を持つ限り、自暴自棄になることはない」「(現在の)日本人の精神の方向性を、貰う期待から与える姿勢に転換すれば、この閉塞的な空気(経済状況など)の重苦しさを解決する場面は多い」とのフレーズから、社会主義施策について考えさせられることがあった。
先日施行された寒河江市長選挙で「中学校給食の実施」が両候補者の公約として掲げられた。
これまで「中学校給食をすすめる会」を設立した市民団体が請願活動を行ってきているという。毎日新聞の取材に対して、会の太田代表(共産党員)は「共働きの家庭は多く、弁当を作るのは大変。ぜひやってほしい」と述べている。正直と言えばまさにそのものなのだろうが。
学校給食の始まりは、1889(明治22)12.24、当時の山形県鶴岡町の私立忠愛小学校で、貧困児童を対象に無料で、おにぎり・漬物・焼き魚を出したのが日本で最初とされている。
戦後も食事情に厳しい1946.12.24にGHQの援助をうけ、副食物として試験的に再開、翌年から全国に実施展開された。
ともに12.24のクリスマスイブであることは偶然であろうが。
いずれにしても、学校給食の基本理念は発育途上の子供たちに不足する栄養補給分を、副次的に与える政策であるべきではなかろうか。
およそ、親が「弁当を作るのが大変」などの理由で実施される施策ではないはずだ。
それでもと言うなら、自分の子供にお金を与えコンビニ弁当でも買ってと言えば済む話だ。
太田代表は共産党県本部幹部の妻君であると聞き及んでいるが、社会主義施策を重ねて共産主義社会を目標とする思想が根本にあるのであろうが、曽野氏が訴えかける「貰うから与えるへ」の本義からすれば、たとえ献立内容はいかほどでも、親が早起きして作ってくれた愛情弁当の味は親子(家族)の絆を量るうえで拭えない終世の記憶として残ることと考える。
最近とみに思うのだが、社会主義施策はある意味で「薬」と言えるのでは、と考えるようになった。
人間は病に罹る。そして老いる。だからこそ「薬」は必要とされるが、加減を間違えれば“良薬も悪薬”に「クスリ」に頼らざる情況に陥り、幾ばくかの延命こそすれ、健常者として復帰することはより難しくなる。
社会主義施策は時限的に範囲も限定して行ってこそ、人間(生物)の生きる天祐の能力を発揮させることができるものだろう。
今日、一律特別給付金に対する賛否が議論されている。
こういった施策発想の理念がどこにあるのか、しっかりと見極め、政治の方向性がどのようにあるのかを国民は判断すべきである。
たとえ財政が豊かであったとしても、野放図に使い道を誤ると人間は“貰う”に慣れて、生きる術を喪失してしまう。
女優三田佳子は息子に月50万の小遣いを与えていた。
学卒初任給で20万程度のいま、(親のバラマキで)それだけで息子は自分で生きる術を見いだせなくなったことだろう。
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秋田県の寺田知事には山形県知事選に出て貰いたい!

2008-12-26 13:16:51 | Weblog
秋田県の寺田知事が、全国学力テストの市町村別正答率の公表に踏み切った。
文部科学省の実施要領に反して公表されたことで、市町村教育委員会関係者から批判が相次いでいるとされる。
ここではっきり言えることは、全国学力テスト実施にあたり、当時の文部省と日教組との間で公表しない旨の密約があったからだ。
それほど教育界はマルクス教師に汚染されてきている。
1958の中ソ対立から、社会党主流派は親中毛沢東路線支持を鮮明にして、1959.3の浅沼書記長訪中で「米帝国主義は日中両国人民の共同の敵」と唱え、日本共産党とともに反日工作の尖兵となる。
時を同じくして創刊された「朝日ジャーナル」は追風を発てる社会主義工作の役回りを始める。
60年安保改定阻止闘争を本格化して、全学連を煽り革命運動を狙った。
1959.6の日教組定期大会の社・共による書記長人事抗争で社会党系が占め、1961.2日教組幹部34人が社会党に集団入党、1962.7の参議院選挙で日教組委員長が社会党全国区で当選(以来日教組議席を現在まで社民党・民主党に拡大・確保)、槇枝元文の書記長就任で社会党内から侵食する日教組のマルクス主義腐敗教育が続くことになる。
マルクス教師による公教育が結果として否定されて私立校への傾斜、公教育で満たされない学力を塾通いで補うなど、修学と経済格差がリンクされるようになってしまった。
平等を標榜するマルクス思想が教師の偏向堕落によって逆に格差社会を生むことになってしまっている。
公費を投じた学テの結果公表で得た課題を共有して、地域・行政が克服すべく取組むことは至極当然のことで、競争という切磋琢磨を児童に教育していくことの使命が(まともな)教育者には必要であろう。
山形県知事選に出馬予定の斉藤・吉村両氏に学テ公表の考えはあるのかを問いたい。「公表する」と言い切れば、それだけで支持票判断をしたいほどだ。
両氏にその気がないならば、寺田知事に山形にお越し頂き、知事選に臨んで貰いたいものだ。
そのときは勇んで勝手連を立ち上げるぞ。
未来ある子供たちが“狂死”しないためにも・・・。
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マンガばかり見てるから、阿呆太郎になる!

2008-12-26 11:31:00 | Weblog
中曽根元首相が衛星放送番組で、麻生首相が私邸住まいと夜のバー通いを続けていることに「首相は夜寝ている時も首相だ。天下、国民を背負っている(との自覚が必要だ)」と苦言を呈した。
麻生は(1996)第二次橋本内閣に経企庁長官で初入閣以来、党・内閣の主要ポストを続けざまに歴任、自民党総裁選挙にも2001年から4度挑戦してようやく射止めた総裁(総理大臣)の椅子である。
400人超の自民党国会議員のなかで、元首相経験者を除けば、これほどの経歴を重ねている政治家は他にいない。
経験充分で、特に小泉政権時には傍にいてワンフレーズポリティックスの効用を、最も知る位置に居たはずであるのに。
中曽根大勲位が呈するように、麻生には日本国総理大臣としての職責に対する自覚(心構え)が見えない。
相変わらずのバー通いも、自腹であるからとか、大した金額でないとか言い訳がましいことを述べているが、国民が観る視線はそんなところではないことが解っていない。
池田勇人元首相は、就任以降、大好きなゴルフと料亭通いを封印して職務に励んだ。
一般人とて目標成就するまでは、酒やタバコを断つなどと自らを律することがある。
秘書官との打合せなどは公邸でやれば警備上も安全だ。
時間を見つけては漢字(日本語)の勉強、魚屋の妻(善幸の娘)から庶民が食する魚の名前をしっかり教えて貰うなりすべきだろう(大衆魚すら知らないから、ホッケの煮付けを食べたなどと言ってしまう)。
繰り返される漢字の誤読などは、国民からすれば漢字が読めない恥しい日本国総理大臣を擁していることである。
マンガばかり見てるから、阿呆太郎になる。
麻生がかつて日本JC山形大会に来県した際、山形駅近くのクラブ「L」を訪れ、山形の夜に浸っていたそうだが、総理在職のいまは一切の欲求を断ちきり国家国民のために精励して欲しい。
どうせ残された時間はそんなに無いのだから。
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“たかが政治家”、“されど政治”の鬱積日々。

2008-12-24 17:09:34 | Weblog
チャーチル英元首相の至言に、「民主主義は最悪の政体であるが、これまで存在したいかなる政治制度よりマシである」との消極的是認の言葉がある。
未曾有の経済危機が叫ばれる現況のなか、政局優先で右往左往する政治家諸氏。
政界再編、離党思惑行動など平然と連日報道されている。
そこには、政治理念など無きに等しい目先の生き残り最優先本能が働いているとしか思えない。
政治家の政治理念の希薄さだけが見えるばかりで、結局、それを許容し続ける国民有権者の判断に尽きるのだが。
昨今、各政党の候補者公募やその選考過程において、候補者本人の政治理念に対する問い(確認)が必要とされていないことが不思議でならない。
思想信条も含めてほとんど無視されているのではないかと感じる。
昨年、自民党山形県連は、長い期間をかけて女性候補者を選んだ。
経緯はさておき、選挙戦前後のマスコミ各社による候補者に対する政策アンケートの回答報道が次々なされた。
国政選挙ゆえに、他党、他選挙区候補者も一斉に掲載されているので、その比較検討は容易である。
山形の自民党候補者は東北地域の全候補者の回答比較(外交・安全保障の基本政策)でも最もリベラルで、民主党候補者と比べてもリベラルに部類される結果であった。
保守政党の候補者擁立が、理念などそっちのけで議員席を獲得するだけの数合わせ、採決要員狙いでしかなくなっている。
(国政選挙との違いはあるが)このたびの山形県知事選挙や首長選挙において、県民党・地域党を名乗る選挙戦術を理解出来ないわけではないが、政策理念を据えなければ公約する実行性に説得力を感じられなく映る。
むしろ、候補者よりも政党の対応自体が政党理念の形骸化を醸し出しているのではないか?、と理念の曖昧さを戦術に終始することに危惧を覚える。
民主主義の本質は、“良い指導者であるかどうかだ!”ではあるが、候補者の政策理念を知らずに選択の決定打はありえない。
人気投票だけでは、チャーチルも嘆く愚衆による民主主義を超えることは出来ない。
“たかが政治家”、“されど政治”の鬱積日々は過ぎて行く。
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田中角栄が永田町に遺した負の遺産、「真紀子と一郎」

2008-12-24 13:57:06 | Weblog
田中角栄元首相が逮捕されるに至ったロッキード事件のコーチャン証言。
そのコーチャン氏が最近死去されたことや、未曾有の経済不況から田中内閣時の経済成長路線の懐かしさなのか、最近、田中角栄を取上げた記事が見られると言う。
政権発足時には“今太閤”と囃された田中内閣、「日本列島改造論」を引っさげた“イケイケドンドン”土建国家成長路線は土地バブル・物価高騰を招き、(中東戦争勃発による)オイルショックと相まって2年余で退陣を余儀なくされた。
昭和40年、自民党本部の幹事長室創設以来、幹事長室長として平成11年に定年退職するまでの35年余、一貫して歴代22人の自民党幹事長に仕え身近に接してきた奥島貞雄氏による政治家の力量・素養からの見立てによると、ナンバーワン幹事長は田中角栄でワーストワンは小沢一郎だと言う。
小沢の問題行動として、二日酔いで(幹事長名の召集ながら)全国幹事長会議をすっぽかしたことなどいくつかのデタラメ勝手行動を書している。
小沢は昭和44年の初当選以来、角栄の秘蔵っ子として田中派(竹下派経世会)を通して日陰知らずの自民党主流畑を歩んできた。
金丸信の引退表明後の(平成4)「経世会」会長(派閥領袖)争いに敗れ、翌年に自民離党、新生党結成に至るわけだが、良くも悪くも角栄政治のDNAを最も引継いでいる政治家と言えよう。
田中真紀子と小沢一郎共通の性格性は「傍若無人」にある。
角栄自身には(目下の相手にも)多様な気配りこそあれ、そのような性格性は決して無いが、自らと対極のような「真紀子と一郎」を遺したのも異人“田中角栄”ゆえのことなのか・・・。
100年に一度招来の経済不況時の今、もし、角栄であったなら対野党・与党であれ、「いまこそ、オールジャパン(全日本)緊急経済対策のときだ!」とばかりに、説諭・行動、政権抗争を棚上げ(政治休戦)して取組んでいるに違いないと考える。
昭和48年のオイルショック後の内閣改造で、政敵福田赳夫に「財政政策の一切を任すから」と蔵相入閣を要請して、自ら進めてきた積極財政から総需要抑制策への政策転換を図りながら乗り切る国民一義の現状対応政治を行った。
ここに、奥島氏見立ての政局最優先の小沢一郎に欠けている政治家素養が窺える。
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