「鳩山政権」のハネムーンの猶予期間(100日)が経過した。
既述してきた通りに鳩山由紀夫の政治家資質の無さ、小沢一郎の人徳欠如をいまさらながらに知る機会となった。
このような詐欺師紛いの政権誕生を望んだ国民有権者がすべての責任を負う羽目になるのだが、この機に政権奪還に向けての戦略が野党自民党にあるのかと問えば、明確な真正保守の旗印が見えてこない状況でもある。
ブログ子は15年前(1993~4)の自民党・与党転落、連立合従過程の渦中にいた。
そこには政治家個人の政策理念を袖にした、ただの生残り策のみを優先する、国民(国益)不在の陣取り合戦(政治抗争)しか見えないことだった。
鳩山首相から「鳩山ブランドと(石橋家から相続した)財力」を抜きにすれば、とても政治家になれる玉ではなく、政治家を志望したことさえ理解できないような体たらくである。
小沢一郎の自民離党は、経世会(竹下派)の跡目相続敗北から(党内に)居場所を失くした末の家出であった。
それだけに自己怨念を持ち続ける政治姿勢にもなっている。鳩山も小沢もリクルート事件・佐川急便事件・ゼネコン汚職と続いた(小沢・鳩山が所属した経世会中心の)「政治とカネ」の問題から逃避する行動でもあったわけだ。
小沢が掲げた「政治改革」とは、選挙制度を変えれば良い政治ができるとばかりに「小選挙区制導入」、企業献金が政業癒着につながるからと、国民の血税による「政党助成金制度」を創設する本質のすり替えであった。
現在、両人ともに政治資金疑惑問題を惹起させていることから、制度改革よりも「政治家個々の意識改革」こそ、早速に求められるものの感がする。
政権交代・政治改革を叫び、無責任な空手形を乱発して国民を愚弄した結果、見えてきた正体は、非民主的で傲慢不遜な餓鬼郎ファシズムの「おバカ内閣」「オザワ政権」だった。
既述してきた通りに鳩山由紀夫の政治家資質の無さ、小沢一郎の人徳欠如をいまさらながらに知る機会となった。
このような詐欺師紛いの政権誕生を望んだ国民有権者がすべての責任を負う羽目になるのだが、この機に政権奪還に向けての戦略が野党自民党にあるのかと問えば、明確な真正保守の旗印が見えてこない状況でもある。
ブログ子は15年前(1993~4)の自民党・与党転落、連立合従過程の渦中にいた。
そこには政治家個人の政策理念を袖にした、ただの生残り策のみを優先する、国民(国益)不在の陣取り合戦(政治抗争)しか見えないことだった。
鳩山首相から「鳩山ブランドと(石橋家から相続した)財力」を抜きにすれば、とても政治家になれる玉ではなく、政治家を志望したことさえ理解できないような体たらくである。
小沢一郎の自民離党は、経世会(竹下派)の跡目相続敗北から(党内に)居場所を失くした末の家出であった。
それだけに自己怨念を持ち続ける政治姿勢にもなっている。鳩山も小沢もリクルート事件・佐川急便事件・ゼネコン汚職と続いた(小沢・鳩山が所属した経世会中心の)「政治とカネ」の問題から逃避する行動でもあったわけだ。
小沢が掲げた「政治改革」とは、選挙制度を変えれば良い政治ができるとばかりに「小選挙区制導入」、企業献金が政業癒着につながるからと、国民の血税による「政党助成金制度」を創設する本質のすり替えであった。
現在、両人ともに政治資金疑惑問題を惹起させていることから、制度改革よりも「政治家個々の意識改革」こそ、早速に求められるものの感がする。
政権交代・政治改革を叫び、無責任な空手形を乱発して国民を愚弄した結果、見えてきた正体は、非民主的で傲慢不遜な餓鬼郎ファシズムの「おバカ内閣」「オザワ政権」だった。