山形の森 保守醒論

山形から発信する内外の時評ブログ!

トランプ大統領の発言と政策執行姿勢は賛同できないが、米国トランプ支持派には共感!。

2017-02-25 20:29:23 | Weblog
トランプ大統領の政策発言と執行姿勢は嫌いだが、米国のトランプ支持派には共感してしまう部分がある。
それは、新聞、テレビのメディアスタンスに対する不信感、拒否反応である。
私自身がいまになって感じることではあるが、かつて、田原総一朗のテレ朝「朝生」は、録画撮りをして欠かさず見ていた。 録画テープが今でもあるが。
今では、まったく見ない。 むしろ見たくないと言った方がよいだろう。
東京MX「ニュース女子」で明らかになった、沖縄基地移設反対闘争で脚光を浴びている辛淑玉・市民団体「のりこえねっと」共同代表は、田原の「朝生」によく出ていた。
「のりこえねっと」集会で発言報告を行った金平茂紀はTBSの元役員・報道局長で、退社後も『報道特集』のメインキャスターは続投している。
TBS「筑紫哲也のNEWS23」では、長らく筑紫とコンビ(番組デスク)を組んでいたのも金平だ。
東京新聞は、「ニュース女子」MCの長谷川幸洋(ジャーナリスト・東京・中日新聞論説副主幹)について、論説主幹による謝罪文掲載、処分異動がなされたようだが、検めて自社の報道スタンスの視聴者無視の奢った正当性を表明したものと受け止める。
それらの積み重ねられた報道姿勢に不信感が鬱積して、併せてインターネット放送普及により、「フェイクニュース(ウソ報道)」として知られることにより、(偏向工作の)既成メディアが淘汰されて行く時代になったものだと歓迎している。
若かりし頃、人生の縁でもあろうが、テレビ局で最も多く足を運んだのはTBS、次いでテレ朝(NET)であったのだが、今では「TBS、テレ朝」の番組と言うだけで、報道の信頼性は割り引かざるを得なくなる気分だ。 
新聞においても、各社において知人がおり、なかには役員クラスもいるが、個人的付き合いは変わらないが、報道内容についてはポリシーとして購読するに至らないものだ。
トランプ米大統領の発言と政策執行姿勢には決して賛同できないが、米国トランプ支持派のメディアスタンス批判には共感してしまう。
ブログ子にとっては、報道メディアに対する失われた信頼度を痛感するこの頃。
奢り堕落した既成メディアの終末期の時代様相かも・・・・。
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「合わせ味噌」の筈が、全部喰えない「糞(クソ化)」した蓮舫民進党の「味噌・糞(ミソ・クソ)」政党論。

2017-02-25 18:48:37 | Weblog
2013年12月に、日本の「和食」がユネスコ無形文化遺産(日本食文化の世界無形遺産登録)に登録された。 
日本人の深みある和食味のひとつに、複数の味噌を使っての「合わせ味噌」がある。
政治の世界では、民主主義のルールに沿って、論議を通して多数形成派に決定した後は、それに従う(同化)方法であるのだが・・・。
民進党結党が、選挙対策上だけの国民をバカにした(非自民)合流パフォーマンスだけの野合結集だから、「和食」には通じない論理となる。
民進党議員の中には、良質の一級議員(味噌)も見受けられるのだが、ほんの僅かでも糞(クソ議員)を合せれば、すべての味噌が喰えなくなるのである。
数合わせの野合政党でも、素材(出自)、流通過程を含めて、しっかり吟味しなければならないものだ。
委員会審議のテレビ中継も、質問に立つのは腐臭漂う不明な病原菌を持った、糞(クソ議員)が多いので見る気も失せてくる。
ウソツキ三昧のバナナガール代表を始めとして、帰化在日、極左過激派暴力系、北朝鮮マンセー派、共産除名派、社民転住派、抗日特亜工作議員等々、よくも入り込んだものである。
これこそ、多種多様な病原菌満載の糞(クソ)取り交ぜの喰えない腐臭政治集団が、現在の「糞(クソ化)」した蓮舫民進党の姿である。
連合も「2030年原発廃止問題」を機に、民間労組系と官公労組系に分離する、絶好の機会がやってきた。
「糞(クソ化)」を分離しないと、病原菌満載の喰えない「悪臭菌一味噌」のままで、日本の和食味にとって世界無形文化遺産どころではない。
連合の分離、民進党の解体は、日本人の未来にとって喫緊の「天の時」到来でもある。
「合わせ味噌」の筈が、全部喰えない「糞(クソ化)」した、蓮舫民進党の「味噌・糞(ミソ・クソ)」政党論。
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港区六本木3丁目にあったレストラン「パティオ ドンルーチョ」で遭遇した有名人の死去。

2017-02-17 19:26:17 | Weblog
前世紀の遠い過去のことになるが、六本木3丁目にあったレストラン「パティオ ドンルーチョ」で遭遇した有名人が、この頃相次いで死去されたので想起してみた。
オーナーの黒岩夫妻は、御主人が南米ペルーとの係わりから、ペルー料理のレストランを開いたとされる。
夫人は、松竹歌劇団出身で芸能関係者に知己が多く、実兄が「SM縛り(作家)の団鬼六氏」であった。
場所は、(当時)ディスコ全盛時代をつくった六本木スクエアビル、瀬里奈六本木店から奥に入ったマンションの一階、絨毯パブ「最期の20セント」の右側にあった。
歌手の青山ミチ氏は、現役を引退したあとで太り気味ではあったが、いかにも歌唱力のパワフルさを感じさせる肉感的な豊満体格が印象的だった。
水泳の山中毅選手は、当時(出身地輪島)輪島塗の取引を生業としていたと聞いた。 成人男性の二倍ほどあろうかと思える胸板の厚さには驚いた。
作曲家・船村徹氏は、構想充電中の期間だと伺った頃だ。 (休養蓄積)明けからヒット曲を連発し、後年、船村徹の名を知らしめることになる。
今、跡地は、商業ビルと化しているが、昔の良き六本木時代で、現在の都会の雑踏からはチョッと違っていたものだ。
今では政治家・芸能人などが通う有名店となって馳せる焼肉「叙々苑」が、旧防衛庁前のビルに最初に開店した頃。  叙々苑で「タン塩」を始めて食した。
港区六本木3丁目にあったレストラン「パティオ ドンルーチョ」で遭遇した有名人の相次ぐ死去に御冥福合掌。
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