toty日記

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ジャムの瓶で、二年がかりで

2015-06-02 18:53:45 | 瑞西・仏・英旅行
親戚の集まり。

以前は年に一回、夫の親戚で集まる会があり、
幹事もちまわりで、開催していた。

会場は東京ステーションホテルをつかっていたので
そこの工事が始まった時に、じゃ、次は工事が終わったらという雰囲気で
しばらく開いていなかった。

そうこうするうちに、10年ほどがたち、
一回集まろうということになって、

なんといっても我が家が本家なので、いいだしっぺになって
Kを会場におかりして、会を開いた。

この10年の間に、亡くなられた方、
結婚した方、子供が増えた方、
住所録を整備するのもしばらくかかったが
5月30日の昼間に集まった。

今回、それぞれの間柄がよくわかるように、
家系図を用意した。
(これがエクセルで、延人数すごい人物が登場する、
作製に、かなりかかった!)

以前、書いたことがあるが、
ロンドンの郊外で見つかった福岡守人さんのお墓の話と、

その繋がる人をずっと探していたのだが、
やっと見つかって連絡がとれたという話も
スライドショーで説明しながらご紹介した。


その、繋がる人を
探した話というのは…


福岡家の本家(家老職)福岡宮内孝茂の次男が福岡守人さん。

守人さんは、福岡家の本家(家老職)を継ぐ立場だったが
ロンドンで病死して、そのロンドンのお墓のことがその繋がる方々に伝わっていない。

次男孝英は、会津の戊辰戦争で戦死、
三男孝廉のご子孫が継いでいるはず。

維新の頃の功績により、孝弟の方が有名になったが、
本来の御本家。

2年前のこと、5月頃に、守人さんの髪塚というものを夫がみつけた。
沢山のお墓と一緒に集められ、それらを集めた方の
散逸していたお墓を集めて、こういう形にしたという碑がたっていた。

それをなさった方の名前をたよりに、いろんな方にもお尋ねし、
繋がる方を探したが、みつからなかった。

助言して下さる方があって、
お墓の前に密封式のジャムの瓶を置き
その中に、守人さんのお墓がロンドンで見つかって、

我々がお墓参りをしたいきさつ等を書いて、
連絡をくれるように書いておいた。

枯れかけたお花がお墓にあがっていたので、
きっと、4月ごろにはどなたかが、見えるだろうと

期待していたのだが、
一回、留守電に名乗られているメッセージが入ったのだが
以降、電話は鳴らなかった。

これは、かなりたって、分かったのだが
我が家の電話はこの時期、電柱にあった接続器の中で断線がおき、

通じていない時期があった。(今は携帯でほぼ用が足りてしまうので
電話が通じてないことが、しばらくわからなかったせいもある)

そして、ちょうど2週間ほど前、連絡が入り、
守人さんと繋がる人がわかった。

わかったが、説明を聞くと、守人さんの弟さんの子孫で、
子供がいなかったので、養子に迎えられた人だそうだ。、

お墓のお守を頼まれたが、その家の仔細は余りご存じないようだった。
今は神戸にお住まいなので、
命日に、年に一回のお墓参りをして、その時にジャムの瓶を見つけてくださった。


でも、とにもかくにも繋がる方と連絡がとれたことは、よかった。


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ロンドン、別行動

2013-09-23 22:08:29 | 瑞西・仏・英旅行
大英博物館で、私とmetalくんが展示物を見ている間、
夫と学生のOさんは、P教授と大英博物館の中で会っていました。

同じ研究をしているライバル同士。

せっかくイギリスにいくなら、会いたいとメールを送ったところ
その期間は、Field Tripに出ていて、
ウェールズ地方にある大学にはいないが

よかったらロンドンで会おうかという話になったもの。

約束は、大英博物館前に、1時ということだけきまっていて
そこで、Oさんは自分の研究実績を、P教授に知らせるため
ちょっとした論文発表に近いプレゼンをすることになっていた。

旅行の間中、夫とOさんは、そのプレゼン用の資料をまとめたり
英語の推敲をしたり。

スイスの山奥でも、パリの宿でも
夜になると、パソコン片手にああでもない、こうでもないと
やりあって、完成したのがロンドン到着後。

Oさんにとっては、海外の学会にこれから出かける機会も増えるだろうし
貴重な体験だった様子。

3時間ほどのディスカッションのあと、
私たちと合流した彼女は、すぐ、資料に鉛筆を入れ、

覚えているうちに全て記録しておかなくてはと、
今回のディスカッションの内容を書き込んでいた。

彼女にとっては、今回の旅のメーンイベント。
ちょっと高揚した風で、頼もしく感じたことだった。

夫は、「英語が堪能な方のみ」のディナーパーティーがあり
我々は、今回すべてを取り仕切ってくださった正行寺さんの関係者の集まりに参加。

そこでは、日本から正行寺さんの方々がいらしたことに
感激した現地の信者さんたちのお話があり、
門外漢の我々も、神妙に話を伺った。

宗教のもつ団結力、救われたという方々の体験談、
今まで、余り触れたことのない世界に異国における、異体験。


余談だが、今回、焼きそばの格上げに感心した。
というのは、スイス航空の機内食に、ソース焼きそば。

日本大使館のレセプションにも、ソース焼きそば、
一応名のあるホテルの、夕食のビュッフェにも、ソース焼きそば。

一昔前には、お祭りの屋台とかで食べるものだったのにと、
焼きそばの格上げに、驚いた。


余談2として、今回の式に列席した正行寺の雅楽の演奏家の方たちと
バスで同行して、

その衣装を身近にみたこと、
演奏前に火鉢で温めて温度を調整すること、

ザックバランにおしゃべりなさっている中で

ロンドン大学の副学長はプロ並みのオーボエ吹きで
篳篥にことのほか関心を示してるそうで、

演奏の時、緊張しちゃうな~などと、お互いが話し合っていた。

いろんな世界があるものだと、これも異体験。


今回の旅をまとめて、Oさんが
「先生の元気さに疲れました!」は、
うまく言い表してくれたものだと思った。

行ったのは10日間なのに、ブログ上では3か月かかってしまったが
これで、今回の旅行の記録を終了いたします。お付き合いくださってありがとうございます。


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大英博物館見学

2013-09-14 10:35:56 | 瑞西・仏・英旅行
まだ、旅の記録の続きです。

午前中に式があって、その後は簡単な昼食、ビュッフェ形式。

歩いても行かれる距離にある大英博物館にバスで移動。
中に入って、すぐのところで、博物館の案内をしてくれるガイドの人数人を前に

いっぱいみたい人、
そこそこ見たい人、
お土産中心で、余り動きたくない人、

なる班分けがされ、

上から、10か所見たい人
5か所見たい人
3か所でいい人
に、分かれた。

私はどこへ?

読んでくださっている方は想像なさったとおり、
10か所を見る班に。

9名が一緒になって、ガイドさんについて移動する。
このガイドさんは、きっとガイド歴が長いのだろう。

簡潔で、的を得ていて、興味をどんどん膨らませてくれる方で、
プロ!と思わす方だった。

まず、初めに一所に集められ、
私は大きな声を出しません。皆が大きな声で説明すると

まわりに反響して、ワンワンとすごいことになります。

必ず、重要なことは、事前に集まっていただいてお話しますので
その時は、さっと集まって話を聴いてください。

皆が見たいものは、人が集中しますから
その前でくだくだ言いません。
手前で言いますから、しっかり頭にいれてください。

これだけ人がいると、スリもいます。
特に人が狭い所ですれ違う場所は注意です。
鞄をおさえてと言いますので、各自気をつけてください。

そして、短い時間ながら、10か所を見学。

歯切れよく、でも小さな声でそれぞれの説明をしてくれる。

その中で、印象に残ったのは、
「どの民族が優秀とか、そういうのはありません。
ただ、波があるということです。
文明が起こり、熟成し、廃れていく。

どの文明も良く見ると、素晴らしい。
それを感じ取ってください。」という説明。

女性の方で、説明のために、すっごく勉強していることがわかる。

移動の間にちょっと話をしたのだが、
好奇心が旺盛で、まず、ご自分が対象物にほれ込んでいることがわかる。

博物館の見方を教わった気がした。

お土産どころで、エプロンが気に入ったので購入。
博物館のお土産売り場は、ちょっとした穴場。

博物館では、metal君と一緒に行動。
夫とOさんは、の話は続く。


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日英学術交流150年記念式典

2013-09-05 00:16:01 | 瑞西・仏・英旅行
7月2日は、ウィリアムソン教授顕彰碑の除幕式があったが、
その夜は、日本大使館で関係者のレセプションがあった。

日本大使館は、地下鉄のグリーンパークに近く、
考えてみれば、前日の自然史博物館とも、そう遠くない場所。

前日に地下鉄でうろうろしたので、
ようやく頭に地図が出来てきたところだった。

これが、バスに乗って連れて行ってもらうだけだったら、
位置がなかなかわからなかっただろう。

前もって、地図をかなり読み込んでいたので
守人さんが昔住んでいた場所も地図上では確認してあり、

いつか、ゆっくりと訪れた際には、
行ってみたいところである。




話は、日本大使館に戻る。
このときは、バスで到着、

入り口でパスポートを見せ、
バッグも飛行場のような検査があり、
ここは、国境のような扱いなのだと、改めて知る。


入る前に、大使館内では写真撮影をしないように、
何回も言われていたので、写真はないが、
多くの人々が集まっての会。

林大使から、これまでのいきさつが語られた。

今回のお世話をしてくださった正行寺の関係者だけでも
60人近く、みなちょっと高揚して話している。

特に、ロンドン在住の日本人の方々と話せたことは貴重だった。

20年以上前、ロンドン郊外に、日本人のものらしいお墓があるという情報が伝えられてから
現地に見に行き、草に覆われてどこに何があるかもわからない状態から

草を刈り、お墓を磨き(最初は文字も読み取れず、白い墓石も真っ黒だった由)
私たちが今回お参りしたお墓の状態になるまでのご苦労を教えてもらえたのだ。

それらは、皆、お仕事のかたわらだったりで
今回、こうやってそれぞれのお墓の子孫が墓参りできるようになるまで

多くの方の手を経たことを思うと、感謝に絶えない。
埋葬された方々の子孫が来てくれて、よかったと、
みなさんもとても喜んでくださった。


次の朝は、8時半ホテル前集合とのことで、
集まると、関係者がバタバタとしている。

実は、この時期、ロンドンはウィンブルドンでテニスの試合が行われていて
ホテルがヒースロー空港近くにしかとれなかったとのことで
われわれはヒースロー空港のそばのホテルに居た。

何事かと思ったら、
予約しておいたバスが故障で来られず、10時になるという。

10時には式典の行われる場所についていなければならず、
急遽、現地のことがわかる人が引率して、地下鉄でいくことになる。

バス二台分の人が動くのに、地下鉄に変更とは
引率してくださる人は、大変。

まず、地下鉄の切符を買うまでが大変。
前日同様、おつりが出ない機械の前に長蛇の列。

わけのわからないおのぼりさんが(われわれ以外の外国人も含む)
いっぱいいるのが、その日のヒースロー空港駅。

10人ずつのグループにわかれて、
地下鉄でロンドン大学まで。

地下鉄の乗り換えがあるので、
しょっちゅう、人数を確認したり、
ようよう、大学に全員が集合したが
お世話下さった方は、本当にご苦労様だった。


大学の構内に入ったら、長州ファイブの写真の幕が張られていた。



ロンドン大学の中庭で日英学術交流150年記念式典が行われ、
グラント学長からの挨拶、林大使の話、

現地に留学中の日本人学生の話等のあと

今回のスポンサーが話をする。
そういえば、前日のお墓にもいた方。



かえってきて、どんな会社かと調べたら、
なんと、長州が軍艦を買った際の商社であることがわかった。

なんと、その会社の横浜支社長は、吉田茂の父だと説明にあった。
密航した留学生の仲立ちも果たした会社であった。

ロンドン大学が、なぜ彼ら留学生を引き受けたかの話をきいていると、

まず、イギリスの階級制度、宗教とが関係したことがわかった。

イギリスの大学といえば、オックスフォード、ケンブリッジなどが
あげられるが、それらは、限られた階級の子弟、イギリス国教会の信徒でなければ
入学出来なかったそうだ。

そして、ロンドン大学は人種、宗教などにこだわらず
広く門戸を開いた大学だったので、日本の留学生も入ることができたのだそうだ。
さらにいえば、女性に対して門戸を開いたのも
ロンドン大学が早かったとのこと。

イギリスでの階級制度は、現在ではかなり変わっているようだが
当時はかなりのものであった由。



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お墓参り

2013-08-30 23:52:28 | 瑞西・仏・英旅行
やっと、メインの目的のお墓参りになりました。

今回の旅行の第一の目的は、
福岡守人さんのお墓参りをすることと、

一緒に埋葬されている4人の留学生の関係者が
お世話になったウィリアムソン教授への顕彰碑を建立、
その除幕式に参加することでした。

以前も、少し触れましたが、
維新のころ、ロンドンに留学したものの、
病気になって現地で亡くなった4人の留学生がいました。

当時、ロンドン大学でウィリアムソン教授という方が、
長州ファイブと称される留学生や、薩摩藩からの留学生など、
その後日本の近代化の先鞭となった学生の公私にわたって、世話をしてくれました。

たまたま、ウィリアムソン教授は化学者であったので
彼らが最初に参加した授業は、分析化学だったそうで

彼の研究室を使うことで、現地での生活習慣、ことばの習得など、
全てにわたって援助をしてくれたそうです。

彼らには、家庭教師がつき、
家族ぐるみのつきあいがあったようです。

前述の4人の留学生が亡くなった後も
お墓を作り、
自身もそのそばのお墓に眠っているのです。


20年ほど前、ロンドン大学内に日本の製薬会社が研究所を作る時、
当時の副学長ホワイト教授が、その企業の現地責任者と懇意になったことから、
今回の顕彰碑の話に発展しました。

たまたま、研究所の建設予定地に大きな木があって
その木の撤去をめぐって、大きな木は残したいということでお二人は意見があい、

その後、その生き物を大切にする心はどこからということから
仏教徒であった責任者と、日本の美術や文学に詳しいホワイト教授が意気投合したところに
ロンドン郊外で見つかったお墓のことが取り上げられたという。

現地でみつかった日本人の4つのお墓の子孫を見つけ出し、
現地にお墓があることを知らせたいというホワイト教授の熱心なよびかけに
日本の関係者が動き、

長州藩士 山崎小五郎には、萩市の野村市長さん
佐賀藩士 袋久平には、子孫である古賀節子さん、高野栄子さん
土佐藩士 福岡守人には、我々親子、
徳山藩士 有福次郎には、山口大学学長

が、墓前に参ることとなった。

今回の除幕式には、林駐英大使も参加し、
安部首相の感謝状も披露された。


すべてのお世話は、正行寺(九州二日市にある)の関係者のおかげで
滞りなく行われ、我々はその計画してくださったスケジュールに乗っていればよかった。



1日目(7月2日)は、その正行寺の現地での支所、三輪精舎というところで
日本庭園(石庭)をみたり、関係者とお話したり、そして
ブルックウッド墓地で、顕彰碑の除幕式がありました。



今回の旅の前に、九州でお会いしたホワイト教授と再会し、
お墓の細かい説明も受けました。



高齢にもかかわらず、精力的に今回のお世話をしてくださった
ホワイト教授には、とても感謝です。


除幕式のあとは、5分ほど歩いて、ウィリアムソン教授のお墓に皆で詣でました。
現ロンドン大学学長のグラント教授が、お参りしている写真。



同行のOさんも化学者ということで、お墓の前でパチリ。


その有様は、帰国後、ネットからニュースを見つけました。
もう一つ、我々も写っていたバージョンも見つけたのですが

一週間後には、消えていて、それはちょっと残念。



二日目に続く。


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ロンドンにて、地下鉄で自然史博物館

2013-08-21 17:47:14 | 瑞西・仏・英旅行
ユーロスターでロンドン着。
地下鉄に乗り換え、パディントン駅へ。

地下鉄の切符を購入するまでも、またまたモタモタ。
券売機の前で、

まず、日の丸マークの日本語を選び、
行き先のゾーンを選び、

大人か子供かと、人数を選び、
ピーク時か、オフピーク時かを選ぶ(←これが何時がオフピークかがわからず、モタモタする)

合計金額が出たところで、
お金を入れると、

そこで、止まってしまう。

え? なんで?といっていると、遠くから見ている夫が
カード! カード!と叫んでいる。


後から知ったのだが、券売機の上の方に、
「No Change given」と表示されていて
お釣りが無いよ、とのこと。

目の前のパネルばっかり見ているから、上のほうなど、気づきもしない。

夫は、Oさんがこれから一人でも旅行できるようにと
Oさんに切符を買う練習といって、

かなり後方から見ているだけなので
上の文字が目に入って、クレジットカードと叫んでいたのである。

カードといっているのに、
上の方に注意書きが出てるのに、

どうしてわからないんだというが、そんなこと、
一生懸命やっている我々には通じない。

だいたい、お釣りがないなんてと、ロンドンの地下鉄に文句をいいつつ、
クレジットカードで、切符を買って、パディントン駅まで。

ここは、駅構内にあるヒルトンホテルに予約してあったので、
まずは、チェックイン。

夕食時には、チベット人のウェイターがにこやかに会話してくれて
とても、感じがよかった。




翌日は、やはり、地下鉄(写真)を使って、一日ロンドン見物。
まず、夫の希望で自然史博物館に。





自然史博物館では、学校行事で来ている子供たちがいっぱいいた。
この後姿の子供たちもそうで、この制服がとてもかわいい。

出会っただけでも、数十校のグループがいて
それぞれの校風が垣間見られて楽しかった。

先生のいうことを全然聞かないグループ。

すごく、お行儀のいいグループ。

陳列棚の間を、鬼ごっこしているかのようなグループ。

先生の叱り方もいろいろ。

集合して、説明されるときは、皆地面にペタンと座っているのは
日本と同じ。

お土産店では、皆真剣な表情で品定め、
かわいい小銭入れから、支払う。

小口の買い物ながら、係りの人も大人と同じ応対をして
ちょっと誇らしげな子供の買い物風景。

おかげで、こちらは、かなり待たされたのだけどね。



入場料は無料なので、これはとてもいい。
募金箱があって、心ある人はそれなりに、お金を入れていく。

入っての正面には、ダーウィンさんがにらみをきかせていて、



Oさんが、ある位置に立つと、目があっちゃったなんていっていた。

一階に、ペトリファイド・ウッド(珪化木)の大きな切り株。
アメリカに居た時にまわった旅行で、

ペトリファイド・パークで見たねなんて話していたら
そこで採れたという説明がついていた。



子供たちが、キャッキャといいながら、見ていた。
ちょっと説明してあげたくなったが…。

ダーウィンの右手の階段を上がって
ミネラルの部屋へ。これが入り口のところ。



ここに3時間余りいることになる!



前回のウィーンの時と同じで、
自然史博物館に入って、ミネラルの部屋は私にとっては鬼門。

夫とOさんは、実に丹念に、隅々までを見て回る。

私も観念して、きれいな鉱物を写真にとってまわったが
写真をここに載せるには、手間なので、二つだけ。



これはかわいいから。

次は、日本のものだから



帰ってきて、そんな話を友人にしたら、
その時間、あなたは他のところに回ったらよかったのに、には
後から、それもそうだと思ったものの。

まあ、亭主の好きな赤烏帽子ということで。

もう、終わりかと思ったら、
地球という部屋へエスカレーターで登っていって、ここでまた長時間。



やっと外に出た時は、夕方近く!




最後に駆け足で、ロンドンブリッジ駅へ。
ロンドンブリッジって、普通の橋で、

これは、タワーブリッジ。ちょっと歩いて観ただけ。



地下鉄の乗り換え駅、ベーカーズ・ストリートで
壁のタイルは、ホームズさんだらけ。
レオさんはここでホームズ博物館にいったんだなと、思い出す。



最初の写真は、ビッグベンをみたウェストミンスター駅で。
奥の男性は腰かけているのだが、夫はよっかかっている。
日本人は小さいなという写真。


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ユーロスターに乗り遅れるの巻

2013-08-17 14:33:39 | 瑞西・仏・英旅行

今回の旅で、日本から予約してあったのは、
飛行機と、宿と、ユーロスターだった。


前回、凱旋門を見に行ったために、
予定外の行動であとで後悔すると書いたのだが、

凱旋門近くから地下鉄に乗り、宿に帰って、
チェックアウトのあと、預けてあった大きなスーツケースを
受け取り、

頼んだタクシーを待っていたのだが
そのタクシーが、なかなか来ない。

フロントの人が「ノープロブレム、マダーム」とにこにこしていうので
そんなものかと思っていたら、時間は刻々とすぎ、

三時半のユーロスターに乗るのだがと、
再度いうと、急にあわてた風でタクシー会社に催促して、

それからは、あっという間にタクシーが来たが、
駅には3時に少し遅れて到着。

国をまたいでいるので、通関とかチェックがあって
最低30分かかるというが、ちょっと遅れただけだから
大丈夫かと思っていたら、

入り口に行ったら、もう乗車はおわった、
次のキャンセルを待てとのこと。

夫と、凱旋門に行ったから、いや、タクシーの頼み方がいい加減だったんだと
口論しつつ、キャンセル待ちする。

指定の時間に行ったら、キャンセルがあったとのことで、
駅員に案内されて、この車両と言われて、あわただしく、乗車。



シート番号42にいったら、すでにお客さんが座っていて、
ここは、14号車で、手書きのメモには4号車と書いてあるといわれる。

駅員が間違えたんだ!

もう発車しているので、
10両分の狭い通路をリュックをしょって、スーツケースをごろごろ転がしていくのかと
うんざりしていたら、

隣の車両が食堂車で、そこの売店のおじさんが、見ていてあげるから、
到着の10分前に戻ってくればいいよと、スーツケースを三人分預かってくれたので
ちょっと、ほっとする。

それにしても、揺れる車内を、10両分歩いて4号車にたどり着いたら
そこもすでに誰かが座っていて、

車掌さんに切符を見せて尋ねると、
調べてくるから、ここにいろと、

コンパートメントのドアを開けてくれた。

三人用の小部屋で、
とにもかくにも座れたので、ほっと安心。

いつ、車掌さんが来るかと思いながら待ったのだが
とうとう、現れず、ロンドンについてしまった。

間には、2~3回、飲み物はどうか?とサービスの人が来て
ジュースなど飲ませてくれて、

かえって、得しちゃった!



窓から、すれ違ったユーロスターを撮る。



車内のようす。

最初の写真は、ロンドンについたところの写真。
やっと、旅もなかば。(続く)


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パリにて

2013-08-16 00:25:53 | 瑞西・仏・英旅行
遅々として進まないけど。

パリ二日目は、朝早く起きて近所を散歩。
ビュット・ショーモン公園には、犬の散歩や、ジョギング等の人がいた。
公園の中にあった眼鏡橋?



この日は、セーヌ川の船に乗って、川からパリ見物。
旅の疲れもでてきたので、それだけ。

船は、1000人位乗れる大きなもので、甲板に椅子がだ~~っと並んでいる。
どんどん人が乗り込んで炎天下びっしり。

運の悪いことに、前に中国人らしきカップル二組が座り、
女性はパラソルをさして、立ったり座ったり、



女優であるかのように、
ポーズを作って同伴の男性に写真を撮らせる。
この男性たちが、女性のいうなり。

撮影会なら、貸切のボートでやって頂戴と思うほど、
こちらがまわりの風景を撮ろうと思うと、彼らのお尻が写ったり

ポーズをとって過度な笑みを振りまいてるところが入ってしまったり
Oさんと、写真撮れないよねと、こぼしていたら

夫は、そういう時はちゃんといえばいいんだというのだが、
それが言えない気の弱さ(笑)

途中で、空いた席をみつけ、席を替わってからは両岸の風景を撮ることに専念できたが
最初は、かなりイライラした。

で、あまりにもいっぱい写真を撮ったので、ごく一部だけ。



宿のそばの風景。




河岸で、踊っている女性たち、一番躍動的な時は取れなかったが、
笑顔で、手を振っていた。


船乗り場。



エッフェル塔のそばから、乗り込んだ。





のり終わって、角のレストランで昼食。
エッフェル塔を真正面に、
通る人を眺めながら…



もう疲れてるから、早々に帰ろうと予定していたのだが
凱旋門を見ようという夫の提案に、渋々ついていく。

予定外の行動は、時間的にあとで後悔することになるのだが。

まあ、パリの有名どころだから。シャンゼリゼ通り。



歩道が広いのね。



凱旋門の上には、行かれるんですって、よく見ると人がいるのがわかる。



回り込んで横から。



ということで、今日はここまで。

しつこくまた続きます。


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ルツェルンからチューリッヒ、パリ

2013-08-10 22:30:13 | 瑞西・仏・英旅行
ルツェルンから列車でチューリッヒへ。
この列車、自転車を載せるところがある様子。

なお、車内禁煙なので、乗るまで吸っていた煙草を
捨てる人がいるらしく、足元を撮った写真。
こんなところは、余りスイスらしくないね~なんて、話していた画像。



駅の風景



これに乗りました。



二階建てで、車内はこんな。



チューリッヒから飛行機でパリに。
パリの飛行場では、自動小銃を持った兵隊さんが警備をしている。
ちょっと、怖い感じ。

列車でパリ北駅につく。
この駅付近は、かなり治安が悪いと旅行案内にあったのだが、
たしかに目つきの鋭い人が多いし、得体のしれない人も多い。

緊張しながらタクシーを探し、宿へ。

この宿は、アパート形式で、自炊もできる。
長逗留だったら、いい感じ。

早速、市内観光に出かける。
今回は、地下鉄のマップをしょっちゅう見て、
どういったら、乗り換えが少なくて済むか、あれこれ検討。

地下鉄ののり方を、案内書で読んでいたが
いざ、券売機の前に立つと、どこをどうしたらよいかわからない。

まごまごしていると、後ろに人が並んでしまって、気がひけて
ゆずったりしていたら、通りがかりの人がここはこうすると、教えてくれた。

券売機の画面に、選ぶ項目がならんでいるのだが
どこをいじったら、選べるかわからなかったら、

ダイヤルのようなもの(マウスの真ん中のようなギザギザつき)を、
クルクルやると項目が選べることがやっとわかって解決。

Jourdain → Belleville → Anvers → サクレクール聖堂 






同行のOさんが行きたいとのことで、モンマルトルのあたりを散歩。

まさしく観光地。人があふれている。
似顔絵を描く人が集まっているところをうろうろしたのち、
お土産を買ったり、お菓子を買ったり、





ブドウの木があったり、



あてもなく、坂道をくだり、いくつかのレストランを覗いて
何件目かでやっと夕食。

ウェイターやウェイトレスがきびきび動いていて、気持ちがいい。
白いブラウスに黒いエプロンの女性、姿勢がよくて、
愛想がよくて、気軽にまわりと声をかけてあっている。

お店としては当たりだった。

帰りの地下鉄は、Lamarck Caulaincourt → Pigalle → Belleville → Jourdain と
戻ってきた。書いておかないと、忘れそうなので。

パリの印象は、いたずら書きが多くて汚い、
列車にしろ、地下鉄にしろ、気を許せない人が多い。

飛行場からパリ市街に向かった列車では、カラオケセットみたいなのを
持ち込んで、やおらマイクでシャンソンを歌い。
歌い終わると、帽子をもって、お金を集めにくる。

まわりの人はみんな無視しているのだが、
慣れない我々のような旅行者は、無視することにドギマギする。

地下鉄では、中国人らしき女性が、中国っぽい歌を歌って
また瓶をもって、お金を集めにまわっている。

帰ってきてそんな話をしたら、そういえば、昔は傷痍軍人がいたわよね
なんて話になった。


どちらにしろ、夫はスリにやられそうになったし、余りいい印象ではなかった。
他の国からの移民が多く、なかなか難しい国なのかもしれない。


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ルツェルンの街で

2013-08-08 21:31:45 | 瑞西・仏・英旅行
28日の夕方、列車でルツェルンの街につく。
宿を予約するとき、駅から近いところを選んだので

駅から2~3分、スイスの花散歩や山の上に比べると
街である。

夕食は、やっとホテルの食事にありついて
ちょっとアルコールなぞ入れて、食後は街に出てみる。

夜遅めだったので、ショーウィンドウを覗いていると
子供服のお店の反対側に、女性を縄でしばったようなお店のウィンドウがある。

日本には、ないよね、などと話しながら、
通り過ぎたものの、カメラはむけられなかった。



ホテルから川をはさんで駅の方を見る。
手前の屋根のある木の橋、カペル橋は、古いもので花が飾られて趣がある。

街のシンボルともいえるもので、ホテルの真ん前。

夕食後の散歩で、わたってみる。



梁に飾られている絵は、スイスの歴史や聖人が描かれているのだそうです。



朝目覚めれば、ホテルの川側には朝市がたっており
地元の人たちも買い物をしている。






われわれも果物を買い込み、ちょっと歩いて
折しも開かれていたルツェルン祭にちなんだバンド演奏など聞いてみる。



街の風景をもう少し。




この八角形の貯水塔も街のシンボルだそうです。





駅の手前にある船着き場。
ここから、ルツェルン湖を渡る船に乗ることができる。

113.6 km2もある大きなルツェルン湖の反対側には、前回の旅(主にその3,4,6)で泊まった
ブルンネンの街があり、船でいくこともできるが、今回はカット。

チューリッヒの飛行場出発が早かったので、ルツェルンでは朝早くのみ動き、
チューリッヒまで列車で。

それは、また続きで。


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牛と登山電車と

2013-08-07 21:38:41 | 瑞西・仏・英旅行
クライネシャイデックからの散歩も終わりに近づき、
草地の中には牛が出てきました。

その中を歩き続けると、登山電車が次々と通ります。
アイガーを右手に見ながら歩いていると、

牛や電車の写真を撮っていたOさんが悲鳴を。

牛の糞をふんでしまったらしく、
貴重な体験よとといってはみたものの、
自分は気をつけて踏まないように(笑)

臭いとともに個人の好き嫌いはあるとしてもね。





















切符の行先を変更しなければならないのだが、
たどり着いた小さな駅は、駅員さんが不在のため、いろいろを聴くことができない。
でも、来た電車に乗って、行先変更を車掌さんに聞いたら、このままでOKという。
なんて、アバウトな!

グリンデルワルドまでいって、
一時間ほど時間調整。

そして、ルツェルンへ。
その夜の宿は、とても古いが川に面していて、遠くピラティスを望めるホテル。

詳しくは、続く。


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花、花、花

2013-08-07 21:30:28 | 瑞西・仏・英旅行
そろそろお花も終わりになります。

では、今日もお花で。







































本当に百花繚乱でした。


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しつこく花の散歩3

2013-08-05 18:42:56 | 瑞西・仏・英旅行
実は、今回の旅行から帰ってきてちょうど一か月たつ。

涼しいところから帰ってきて、余りの猛暑に
写真を加工したり、ブログにアップする気力もうせ、
遅々として話が進まない。

その間、山吹の里のボランティアが15年を迎えた記念の会をしたり
その時に配ったカレンダーを作ったり、
仕事だけはこなしていたが、その他のことはおせおせになっていた。

先週末、御殿場に行き、涼しい所で寝たら、
なんと夜8時から翌日朝の8時までぐっすりできた。

少し息を吹き返したので、
旅の続きを、殆ど備忘録として、アップしておく。
出発して、まだ二日目の花の散歩で、手間取っているのだが

いい季節にいきあって、
花だけでもいっぱい写真を撮ったので、しばらくお付き合いください。

今回、こんなの初めて見たと思ったのがこの植物。
帰ってきて調べてみたら、蕾の状態で、
フィテウマ・オルビクラレという花らしい。咲いたところに興味ある方は検索してみてください。



もう少し離れて撮ったものが、







こんな風景の中、しゃがんだり、立ったり。
たかだか、2~3時間のことなのですが…。

なかなか進まない旅行話。

なお、最初の画像はエンツィアン。この花の色も独特なもので、
アルプスの三大植物の一つにあげられているそうな。
(続く)


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花の散歩2

2013-07-28 00:56:52 | 瑞西・仏・英旅行
前回に引き続き、花の散歩。
まだ、名前を調べてないので、今回は写真のみ。

花の写真を撮るときは、しゃがんで、立っての連続なので、
荷物は少ないとはいえ、リュックをしょいながらスクワットをしているよう。

歩き終えた時は、膝が疲れたのが本当のところ。





















































最後に、今回の旅行でお世話になったホワイト教授のことが
朝日に出ていたので。ここに載せておきます。

(花の散歩、続く)


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クライネ・シャイデックから花の中の散歩

2013-07-25 22:54:26 | 瑞西・仏・英旅行


高い山からおりてきて、



行きあう電車に、挨拶し、





クライネ・シャイデックで下車。

近くのレストランで昼食。
ここも、窓際のいい席は、予約済み。



注文したものがくるまで、ナイフやフォークの入っていた袋が
恰好の暇つぶし。左右の絵の間違いさがし。
結構、夢中になって競ってやってみる。



そのうちに出てきたスープ。
パンをくりぬいた中に入っているのは、ボリューム満点。



三人でわけようと注文したのだが、それにしても大きくて、
一人でだったら、こんなもの食べきれない。

あとで、ウェイトレスさんが下げているお皿をみたら、
殆どの人が、パンを残していた。

容器のパンまで全部食べていたのは、私たち位。
でも、残すことに罪悪感がおきる我々世代は…。

食事を終え、レストランを出ると、窓の外にエーデルワイスの鉢。
自然に生えているものではないのだが、他で見られる可能性は少ないのでパチリ。



さて、これからグリンデルワルドに向かう道を歩いたのだが、
その前に、クライネ・シャイデック駅のそばにある新田次郎の記念碑を探す。

ちょっと丘に向かって登った所に発見。
日本人はみなここをさがしているようだった。
メガネと万年筆が埋められているという話を、そばに通りかかった人がしていた。



記念碑のあたりから、昼食をとったレストランを望む。



遠景でみると、こんな。



氷河が流れた跡というのは、U字形の谷というが、
まさしく、こんな谷を下に歩く。雄大!(冒頭の写真)


そして、一面の花畑。



一つ一つは小さな花だが、自然にはえているところがいい。















こうして、のんびりと歩くのは、今回のスイスのハイライト!

(続く)


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