toty日記

toty日記です。感想などいただけたら、喜びます。最近mixiに参加、気軽に声をかけてください。

数学者の発想

2015-06-30 22:21:07 | グループホームについて
入居なさった方、
それぞれにその方なりの発想の素晴らしさがある。


日に一回は皆でやる体操で、
1,2,3,4と掛け声をかけてやることがある。

ある時、足踏みをするのに
100から、99、98と逆に声をかけてもらった。

「0(ゼロ)」で終わりになるかと思ったら
「マイナスもやりませんか!」との数学の先生の提案に

「-1、-2、-3!」

グループホーム多しといえど、
マイナスで体操するところは、そうはないのでは?

写真は昔撮ったものだが、平らな花菖蒲。


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講演

2015-06-21 02:08:43 | 日常のあれこれ
21日、夫が講演をします。ご興味ある方はって、名古屋ですが。

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百歳の旅-その5

2015-06-16 01:43:26 | 舅の話
さんけんを後にし、そろそろ時間も気になるので
疲れた時を想定して借りて持って行った車椅子を薦めると

「そんなのに乗ったら、200歳に思われちゃう。」との拒否で、
相変わらず、ゆっくりと歩む。

こちらは、時々しゃがみ込んでお花の写真を撮ってても
遅れる恐れがないので、しごくいい調子なのだが。

そして、梓川の着た時とは反対の岸辺の道を行く。



ベニバナイチヤクソウ。
この花がいっぱいあって、興奮して写真をとっていたら
シャッター音がならない。

なんで、電池がきれかかってるのか?などと思いながらも
写真が撮れないならと、夫のカメラを借りて写したりしていた。

ふと気づくと、カメラのモードが動画になっている。
わかってみると、2~3秒の動画がいっぱい取れていた。

動画には手をだしたことがないので、
これをどうしようかと思ったが、

パソコンで動画を動かし、いい所でストップをかけ、
その画面をPrtScrで取り込み、ペイントにはりつけ、
加工して作ったのが、これからの写真。

もっと簡単なやり方もあるかもしれないが、
急遽考えたやり方。











かわったきのこ。



傘と手荷物を載せた車椅子。舅がのることはなかった。



お昼頃宿を出て、また宿に戻ったのは6時ごろ。
あちこちで休んだとはいえ、私たちもお疲れ。

コーヒーを飲みながら
喋るのもおっくうだと言っていたが、舅の万歩計は1万歩を超えていた。
こちらも、驚いた。続く。


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百歳の旅-その4

2015-06-14 18:53:24 | 舅の話
小梨平の入り口で渡る小川。

規模といい、橋のかんじといい、昔の一匡邑を思い出す。
水清く、イワナや魚も見えた。流れの感じがでてないが。



河童橋に戻ってくると、ちょっと前にみかけたウェディング姿の二人が撮影中。
おめでたいからと、100歳も一緒に。



河童橋から帰るのかと思ったら、
「さんけん」に寄るとのこと。



さんけんとは、山岳会の上高地山岳研究所。

上高地の交通は、現在一般の車は乗り入れ禁止だが、
もう一段厳しい規制があって、
山小屋やそれらに関連した人たちしか入れない道路への関所がある。

その関所のそぐそばにあった。



最近管理人さんが交代しているらしいが、
昔、舅が散策していた時、大雨になって
そこで傘を借りたことがあるとのことに、

寄ってみた。

夫は、一応会員。

階段は、結構傾斜がきつい。



そして、玄関を入って、
「こんにちは!」と声をかけたら



新しい管理人さん(女性)が登場。

まあ、お茶でもとの声に、あがらせてもらうと
「あ、それ!」と、私が持っていたビジターセンターで買ったポスターに注目。
この写真の右下にちょっとだけ写っている。



なんと、彼女が以前ビジターセンターに勤めていた折り、
お仲間と企画して作ったポスターなのだそうで、

気に入って買ったもの製作者に会えてお互い話が進む。

昨日も載せた写真だが、



タイトルに、「WILDFLOWERS in and aound KAMIKOCHI」とあるが、
上高地だけでなく、稜線付近の植物もとりあげたので、「around」と
名付けた由。

楽しい話になった。
ビジターセンターの上に宿舎があるとか、
(そうだよな、麓からは通えないよね)

会員の家族なら格安で泊まれるので、いつか、来てみたいという気持ちにもなった。
ただし、自炊。

続く。


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百歳の旅-その3

2015-06-13 23:29:42 | 舅の話
昼食を終え、小梨平のズミが咲いてるはずと
行ってみると、ほとんどズミ(小梨)はおわっていたが
ビジターセンターがあるので、中に入って見る。

入り口に、昔の河童橋が展示されている。
もちろん、大きさは小さいが(最初の写真)。

その説明。



展示されている河童橋の奥の石垣に、こんな表示。
小さくてきっと気づく人はすくないだろうが、
ちょっとおしゃれ。



中で、展示を見たり、焼岳と大正池のビデオを見る。

展示の中に、野生動物を見たら
どこで、何を、いつ、誰がを申告すると、

その動物の絵が入ったシールを上高地の地図に張れる展示があった。
参加できて、面白いなと思った。

最終日の帰りのタクシーで、
10匹ぐらいのサルが道路上でふざけ合っているのをみたので
これが、帰りじゃなかったら、申告できたのにねなんて、思った。

ビジターセンターで、上高地で見られる野生の花のポスターが気に入ったので購入、
100の花が印刷されたもので、あとで、写真の花と照らし合わせるのにいいなと
思ったのだった。



ビジターセンターを振り返ると、



小梨平のキャンプ場の看板。



この右側の文章があとから、参考になる。



小さな花々の写真を撮ったりして過ごす。
マイズルソウ



その群生。



黄色い花はなんだろう?



人懐っこいキジバト。



とても小さい花、名前はわからない。



そのアップ写真



これも、名前がわからないが



すると、キャンプ場の中で
ウェディング姿のカップル。
何かの撮影中か?



奥の方に、不思議なテント。



ちょっと怪しげ。



でも、お花を写真に収めていたら
いつのまにか、夫がそのテントの主と話している。

テントの主曰く、
「ホームレスの絵描き」
「55年間上高地を描き続けている」

父も加わっての会話が続く。



「いや~、百歳なんて、驚いたよ、
百歳に見えないね、色艶もいいし。

歩いてここまでくる百歳には初めてあったよ。
元気でいる秘訣を教えてよ。

それから、絵がうまくなる薬があったら、教えてね。」

これ、もらってくれる?
とくれたのが、山の絵と自己紹介のDVD。



以前は千葉で板金の仕事をしていたが、
子供にゆずって、今は春と夏はテント生活で、
山の絵を描き続けているそう。

上高地の名物男らしく、
以前、旅番組で取り上げられて以来、

「長野県松本市上高地 渡辺画伯」で郵便も届くのだそうだ。
手紙頂戴ねと、何回も言っていた。


小梨平で引き返し、河童橋にいくまで、ずっと前後して歩いてきて、
行きかう人に、「この人、百歳なんだよ」と、話し続け、
陽気で、楽しい人だった。

いろんな人生があるもんだねと、三人で話す。

続く。


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百歳の旅-その2

2015-06-13 11:20:36 | 舅の話
2日目の午前中は雨が降っていたのですが
お昼近くになって、やんできたので、出発。

近くを散策するつもりで、でかけました。
ユキザサがあちこちに。



ホテルを出ると、木道。
鳥の声がいっぱい聞こえてきます。



道しるべ



マップでは5分のところを、ゆっくりと歩いて
バスターミナルに到着。



インフォメーションセンターにある模型で、
ここからこう行ったとか、ここにテント張ったとか
それぞれが昔を思い出して。



梓川に沿った道にでると、ヘリコプターの轟音が。
それを見ている舅。





河童橋に近づく。



お土産屋さんの上にある食堂で昼食をとる。
2階にあるその食堂からの眺め。





小梨平にむかって行く。
雲が切れると穂高の山が覗く。



続く。


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百歳の旅-その1

2015-06-13 01:25:06 | 舅の話
まだ冬のうち、上高地のホテルから先行予約の手紙がきた。
なぜきたかというと、以前ヨーデルを聴きに行って
泊まったことがあったからだ。

で、舅が山好きということもあって
新緑の頃、連れて行ってあげようかと、夫と話し合った。

先行予約受付開始の日を数日過ぎてから電話をかけたら
いい部屋は、予約開始のその日かその翌日には
全部埋まってしまうという話にへぇ~と思いながら

平日ならと予約できたのが、今回の旅行。

東京からのドライブ、時間的にかなり疲れるかなとも思ったが
今のところ、大丈夫そうだったので

2泊3日で、実現した。


ちょっと前、民生委員の方から
「おたっしゃ訪問」なるものをしたいからとの連絡が入ったが

あいにく、その日は留守なのでと、日にちを変更してもらって
三人ででかけた。

まあ、今年の一番のイベントになる旅だった。
ついて、ベランダでくつろぐ舅。



最初の写真は穂高を臨む。



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ひと月があっという間に過ぎる

2015-06-06 00:01:39 | 日常のあれこれ
今日も、コーヒーを飲みにでかけ、
こんな話をした。

「月1の行事が、あっという間にやってくる。」

舅は、
定期検診、
月初めの定例午餐会
歯医者の検診、

夫は
山岳会のある委員会の例会
月1の通院が2つ
高校時代の山の仲間の会
山の関係の編集委員会


私は、
山吹の里のコンサート
ハレルヤ会の練習
もう一つのコーラスの練習
以上が月1

+舅の行くところに同行

月2で、山吹の里のコーラス
水曜のコーラス

週2で仕事

何もない日がほとんどない。
いいのか、悪いのか。


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まないたを削ってもらった話

2015-06-04 22:05:19 | 日常のあれこれ
もう一月半程前なのだが、
思い立って、まな板を削ってもらった。

一枚は、結婚してすぐアメリカに行った時、
現地で帰国を前にした日本人家族から、

家具什器一切を格安で譲ってもらった時のまないた。
かれこれ40年使い続けていて、

表も裏も(どっちが表か裏かわからないのだが)
真ん中が凹んでしまって、とても切りづらくなっていたもの。

もう一枚は、そのアメリカ滞在の3年を終えて
帰国した時、亡くなってしまった祖母の家の台所用品をひきうけて 
手に入ったもの。

どちらも、特に高級なものでなく、ありふれた木製のまないた。
でも、愛着がある。

ネットでまな板を削ってくれるところを探して、
申し込んだ。

まな板は、最近ではプラスチックもあるのだが
包丁が木に当たるときの感触が好きで、ずっと使い続けていた。

木製が好きなのは、音も関係するかもしれない。
実家の母は、泡だて器を使うのを嫌がって
菜箸を何本も使って、泡立てていた。

金属と金属があたる音が嫌いだったのだ。

私も同様な気持ちで、木のへらや、木の箸や、木のまな板を好んで使っている。

で、削って送り届けられたまな板、
白木のまっさらなまな板として、蘇った。

しごく気分よく使っている。


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メシか車か置いていけ!

2015-06-03 21:05:32 | 日常のあれこれ
夫が定年で退職するまでは、車を2台もっていた。
退職してからは、そうそう2台必要でないだろうと、
一台にまとめた。

ところがである。


私が仕事に行くとき、車で行くと最短10分で着いてしまうが
バスの乗り継ぎ、あるいは電車の乗り継ぎだと
小一時間かかってしまうので、夫が車を必要としない限り、
車ででかける。

昼食の用意がないと、夫は舅と一緒に外食にでかけるのに
車が必要となるので、
「メシか車か置いていけ!」となる。

朝6時にでかけるのに、その前に昼食を作り置くのは
ちょっと大変で、時に手抜きもある。


ところで、夫が車で山登りに出かけた時などは、
しょうがないので、最近はカーシェアリングを使うようにした。

これが、15分で200円という値段で、結構便利なのだ。

パソコンから予約して、近くにデポされている車を使うと
舅との行動が気楽にできる。

以前ほどの距離は歩けなくなってきた舅だが
外に出ることは好きなので、家の車がなくても、
気楽に外出できる。通院や、ちょっとした用足しにも使っている。

逆に、夫にも会員になるよう手続きをしたのだが
夫は、余り使いたがらない。自分の車に愛着があるのだ。


で、5月の末になって、家のすぐ近くにこのデポが出来た。
杉並ナンバーの新車が配置され、我が家の車の如く使えそうで
これまた、便利になったものだと、喜んでいる。

この設置されている駐車場が、なんと環七の中なのに、
一日800円の価格設定で、格安。

近隣は、一日1800円や1500円なのだから
画期的なことで、喜んでいたら、

これらが、一斉に値下げされた。800円になったのである。
すごい動きだ。面白いものだ。


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ジャムの瓶で、二年がかりで

2015-06-02 18:53:45 | 瑞西・仏・英旅行
親戚の集まり。

以前は年に一回、夫の親戚で集まる会があり、
幹事もちまわりで、開催していた。

会場は東京ステーションホテルをつかっていたので
そこの工事が始まった時に、じゃ、次は工事が終わったらという雰囲気で
しばらく開いていなかった。

そうこうするうちに、10年ほどがたち、
一回集まろうということになって、

なんといっても我が家が本家なので、いいだしっぺになって
Kを会場におかりして、会を開いた。

この10年の間に、亡くなられた方、
結婚した方、子供が増えた方、
住所録を整備するのもしばらくかかったが
5月30日の昼間に集まった。

今回、それぞれの間柄がよくわかるように、
家系図を用意した。
(これがエクセルで、延人数すごい人物が登場する、
作製に、かなりかかった!)

以前、書いたことがあるが、
ロンドンの郊外で見つかった福岡守人さんのお墓の話と、

その繋がる人をずっと探していたのだが、
やっと見つかって連絡がとれたという話も
スライドショーで説明しながらご紹介した。


その、繋がる人を
探した話というのは…


福岡家の本家(家老職)福岡宮内孝茂の次男が福岡守人さん。

守人さんは、福岡家の本家(家老職)を継ぐ立場だったが
ロンドンで病死して、そのロンドンのお墓のことがその繋がる方々に伝わっていない。

次男孝英は、会津の戊辰戦争で戦死、
三男孝廉のご子孫が継いでいるはず。

維新の頃の功績により、孝弟の方が有名になったが、
本来の御本家。

2年前のこと、5月頃に、守人さんの髪塚というものを夫がみつけた。
沢山のお墓と一緒に集められ、それらを集めた方の
散逸していたお墓を集めて、こういう形にしたという碑がたっていた。

それをなさった方の名前をたよりに、いろんな方にもお尋ねし、
繋がる方を探したが、みつからなかった。

助言して下さる方があって、
お墓の前に密封式のジャムの瓶を置き
その中に、守人さんのお墓がロンドンで見つかって、

我々がお墓参りをしたいきさつ等を書いて、
連絡をくれるように書いておいた。

枯れかけたお花がお墓にあがっていたので、
きっと、4月ごろにはどなたかが、見えるだろうと

期待していたのだが、
一回、留守電に名乗られているメッセージが入ったのだが
以降、電話は鳴らなかった。

これは、かなりたって、分かったのだが
我が家の電話はこの時期、電柱にあった接続器の中で断線がおき、

通じていない時期があった。(今は携帯でほぼ用が足りてしまうので
電話が通じてないことが、しばらくわからなかったせいもある)

そして、ちょうど2週間ほど前、連絡が入り、
守人さんと繋がる人がわかった。

わかったが、説明を聞くと、守人さんの弟さんの子孫で、
子供がいなかったので、養子に迎えられた人だそうだ。、

お墓のお守を頼まれたが、その家の仔細は余りご存じないようだった。
今は神戸にお住まいなので、
命日に、年に一回のお墓参りをして、その時にジャムの瓶を見つけてくださった。


でも、とにもかくにも繋がる方と連絡がとれたことは、よかった。


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