toty日記

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誕生日プレゼント、おおはるかるた

2018-11-15 22:50:16 | おおはる話(母のこと)
数日前、誕生日プレゼントの話題が出てたので、
そういえば、と思い出した「おおはるかるた」

入院していた母が、90歳の誕生日を迎える時、
福岡に住んでいる姪の家族から届いたもの。

家族全員の母に寄せる思いが伝わってきて、
いつ見ても楽しくて、感激物。


自分のブログの中を、「おおはるかるた」で検索したので、
前半は、他の話題もありますが、一番最後から読んでいただくと
じゅんばんになります。

おおはるさんの名前の由来もでてきます。

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1989.9.抜粋より「システム設計はお手のもの」

2017-02-07 18:33:14 | おおはる話(母のこと)
書類を整理していたら、
母が小学校時代の同窓会に寄せた文が出てきた。

文集には、皆さんが最近の様子を書かれている中、
母は取材していただいた内容を投稿した様子。

亡くなったころ、さえちゃんが下さった文集だったが
つい最近まで、よく読んでいなかった。

おおはるさん(実家の母)は、
いとこのさえちゃんの母上とは、同級生で、
言ってみれば、同級生がお兄さんのお嫁さんになったわけであり、

小学校からずっと、一緒に学んだ間柄なので
この文集を見せてくださったのだ。
長文だが、以下に載せておく。


タイトルは、「システム設計はお手のもの」
 日本電気コンピュータシステム㈱広報誌に取材されたものより


東京の郊外、緑の森に囲まれた玉川学園で、
5万人を超える卒業生のために
同窓会事務局を仕切っているのが米沢治さん。

65歳を過ぎてからパソコンに挑戦、
プログラムを工夫し、

ゲームソフト「ロードランナー」は
150面全面クリアーというすご腕で、
同窓会のコンピュータ化はこれからと意欲的。

ゲーム少年も「SE35歳定年説」も真っ青(?!)の元気印である。

「おばあちゃんですから。たいしたことはしていませんが、
それでよろしければ。」

失礼ながらお年からして、本誌の概要から取材趣旨の説明、
お分かりいただくのに時間がかかるのではと

覚悟していたのに、最初の手短な説明だけでこの簡潔な答えである。
電話は基本料金の範囲で終わってしまった。

凛とした感じからすると、長く教職にいた方か、
または矍鑠たる理事長タイプか。

イヤ、どうも違う。
あの声は、ビジネスの分かった声だ。

勝手な想像をしながら米沢治さんを訪ねた。
65歳を過ぎてパソコンをマスターし、

事務局の仕事に「PC-9800」を使っている人である。

玉川学園の正門から緑深い樹々の中を目指す事務局へ向かうのは
ちょっとした公園を散歩する気分である。

事務局のドアを開けると、小柄なひとが「米沢です」とニッコリ。
白髪のショートカットとピンクの花柄のブラウス、
それにスラックスが軽快な感じでよく似合う。

構えない、さっぱりとした印象、ひとなっこい笑顔。

米沢治さん、69歳。昭和12年玉川学園を卒業して
基本的には主婦業。

37年ごろから事務局の手伝いを、そして7年前に
事務局長のポストに就き、机一つで始めた事務局の仕事も

卒業生の増加とともに拡大し、
今では職員20名の所帯となった。

米沢さんが成城から玉川に移ったのは、
昭和初期小原先生をしたっての転校であった。

現在の玉川学園駅は、電車をとめてもらうために
小田急に創始者が寄付した駅である。

そのころ、米沢さんは港区の飯倉に住み、
森村、成城、玉川学園とお嬢さんコースを辿ったが
どんな家のでなのだろう。

何気なく伺ってびっくりした。
父君は白石基礎工事の創始者、
おばあ様がなんと故吉田茂元首相のお姉さまとか。

「お正月などよくおばあ様の所に挨拶に見えてました。
嫁ぎ先の姉に挨拶に来る方が偉い人になれるとは、思ってもいませんでした。
なにしろ土佐ですから、私は大雑把で…」

<パソコン誌を熟読してソフト研究>
パソコンとの出会いも実にフレンドリーである。
最初に目を付けたのが5年前、仕事にプラスになるのでは、

漠とした思いから自宅に1台買い込んだ。
電気屋がゲームを付けてくれた。

「そのゲームがね、15度刻みの角度で敵機を撃ち落とすの。
今は妹の孫にあげたけど、
あの後あんな面白いゲームには出会ってないわ」

こんなだから、パソコンにアレルギーがあろう筈がない。
折よく近所に開設されたパソコン塾にも通っている。

中学生に交じりソフト会社のスピンアウト組らしき先生に
個人教授の形で「BASIC」を習った。

「BASIC」で円を描いたり色を付けたりと進むうち、
本格的な「PC-88」を買い込む。

漢字ワープロなる本を購入、40ページほどのプログラムを
「PC-88」に4か月位毎日毎日入力。

「そしたら本に校正ミスがあってね、考えてこうかなって
勘で「BASIC」を訂正、RUN出来たりするの。結構面白かった」

これだけの努力の結果は「名前を住所を書いて一回印刷したらおしまい。」

で、「BASIC」でプログラムを書いていたのでは
仕事にならないと考え、市販のソフト選びの重要性を痛感。
パソコン誌を買い込み何冊も読破。

一方、ビジネス利用を考えて、
一年間家で同窓会の会計を試してみた。

出来は上々。それで「PC-9800」を家に購入。

『「PC-9800」にして嬉しかったな。
「88」ではトッ、トッ、トッが、トゥルルルって早いこと』

<システム設計にただならぬ才能>
次の年、事務局に「PC-9800」を入れてもらい、OA化に着手し始める。
卒業生は幼稚園から大学院まで、約5万3000人。

毎年2000人増える。
仕事は会報の発行、名簿作成、役員会・理事会の開催、
会計処理と多岐にわたっている。

これらの業務の会計処理、名簿管理の一部が
米沢さんの手でパソコンに載っている。

米沢さんが自宅で朝な夕な入力のデータベースは1万人を超える。
その成果は着実に見え始めた。

会計処理では日計表から決算が数分で出せる。

「会計の秘密をご紹介しましょうか。」
見せてくれたのが、オリジナル辞書だった。

「A0現金前期繰越」「A1本会計前期繰越」…と費目がコード化され、
決算表を作成する際にこれで費目がピタッと並ぶ。

さらに〝ゲゼA0現金前期繰越”とあり、
これが辞書登録されているので、費目の入力は
すべてカタカナ2文字で済んでしまう。

「特に習ったわけじゃない、米沢式簿記と称しています」と
笑う米沢さん。

システム設計のただならぬ才能があるようだ。

その好例がマークシート方式の会員カードである。
現在使用しているカードは、12年前の設計。

氏名・旧姓、職業、募金、郵便番号、地方区分、部別、科別、
卒業年度、幼・小・中・高、転科…と巧みな組み合わせで

コンパクトなマトリックスが
見事に1枚のカードに収まっている。

「ただラクをしたいから、趣味でアレコレ考えてるんですよ。ウフフ。」
と茶目っ気を見せ笑う米沢さんだが、大雑把どころか大した緻密さだ。

いずれはオフコン・クラスのマシンを入れてと、
描く構想の実現に若い人への期待は大きい。

「今、事務局の唯一の男性が昨年の工学部卒業ですが、
コンピュータ関係に先輩がいますから」

ゲーム少年も35歳SE定年説も真っ青の熟年SEは
まだまだ健在である。


今のコンピュータから考えると
ワープロのプログラムを入力していたのだから、
初期も初期なので、こんな広報誌に取り上げていただいたのだと思う。

自宅で、辞書登録した都道府県や大きな市町村の対比表を左に掲げ
いつもいつも名簿入力等していた姿が目に浮かぶ。

本当に趣味はパソコンだったんだと、懐かしく思う文集の記事だった。
さえちゃん、改めてありがとう。

他に、小学生時代の「かくれんぼ」という文もはさんであって
それはそれで、母のほかの一面を見た気がした。



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富士霊園へ

2016-05-11 11:37:59 | おおはる話(母のこと)
連休中、富士霊園にある実家のお墓にお参りした。

我が家は御殿場に時々行くが、
これは、夫も舅も昔から使っていたところ。

昔、母が恩師の小原先生のお墓参りに行って、
そこでお墓を新規に売り出していたので、そのまま購入してきたのが

たまたま、御殿場に近かったので、
頻繁に、お墓参りができる。

富士霊園のお墓は、同じ規格で揃っているので
明るくて気持ちがいい。



滅多にないことなのだが、今回は富士山も良く見え、



お花もいろいろ咲いていて、今までで一番きれいな風景だった。



ちょっと、母を思い出しながら
ブログを読み返していたら、こんな日記がみつかった。

パソコン好きだった母の書いたものと一緒に、宜しかったらお読みください。
ekkoさんから頂いた、コメントも懐かしいです。



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それでは英語でという発想がすごい!

2012-09-21 23:48:47 | おおはる話(母のこと)
おおはるさんのカレンダーに登場するのだが、
おおはるさんの同級生で、

75歳の時にアラスカにキャンプに連れていってくださった
Kさんにおおはるカレンダーを送ったところ、
丁重なお手紙と共に、CDが2枚送られてきた。

Kさんは、ロスに住むご子息の家を起点に
定年後は約2か月をキャンプしながらの一人旅を毎年続けておられたそうで
行く先々で、キャンプ仲間を見つけたり

インフォメーションセンターの係りの人と仲良くなったり
そして、特に気にいった宿では、毎年訪れては親交を深めたりと
とても楽しそうな旅。

80歳になったのをきっかけに、今度はその記録をパソコンで作成なさったそうだ。
パソコンも、80を過ぎての独学とのこと。

高齢もあって、思うように文を綴るには目の調子が悪くなり
そこで、友人のヒントも得て、
英語で入力することにしたとあった。

つまり、日本語は変換の確認に目を酷使するが
英語なら、その必要がないので、
ミスタイプがなければ、そのまま文章になるというのだ。

一年かけて一年分の旅行記を作り、
十何年分が完成したと、
母との旅行の部分前後を、送って下さった。

多少大きな文字だが
250ページのその労作を読むと几帳面な性格がよくわかるし、
記録としても素晴らしい。

母と同級生ということは、93歳。
書かれたキャンプサイトが、我々が昔アメリカに居た時に
よく行ったエリアなので、余計興味を持って読んだ。


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頂いた言葉から

2012-08-22 00:35:30 | おおはる話(母のこと)
21日が命日だったが、ちょっと早目の12日に偲ぶ会を催した。

その時、頂いた言葉から。

何人もの方がおっしゃってくださったのは、
「自分の母親とは全く違う女性だった。」ということ。


こういう考え方をするのか!と、新鮮に感じたということ。

人生の岐路で、おおはるさんだったらどうするだろうと考えるようになった。

あるいは、深いところで影響を受けた。等々。

それぞれの方のおっしゃっている場面が想像され、
いろんな相談をうけていたんだなとか、思った。

出席してくださった方のかなりの方にお話をしてもらったので
それぞれの方と、おおはるさんの関係が、私のしらないところで
いろいろとあっただろうと、想像された。


カレンダーの表紙は、こんな写真を使った。
結婚前のものらしく、Sおじがいっぱいとってくれた写真の中の一枚。

とても、感じがでていて、アルバムを見ていったとき、
あ、これいいな、と強く感じた写真。

何人かに、これはいい写真だと言っていただいたので
同じ感性の方がいらして、嬉しかった。


偲ぶ会で、最後に「歌を歌う」という私が作った歌を披露してしまった。

ここらへんが、「自己主張の強い家族」
といわれるあたりなのだろうが、

ハレルヤ会で、何回か歌ったところ、
M坊が、これを歌うとおおはるさんを思いだして「うるうるしちゃう」と
言ってくれたのを思い出したので、
手書きの楽譜をくばって、会場の皆さんに歌ってもらった。

今あちこちで歌っているのは、
玉川学園という歌を大事にする学校にいれてくれたこと、
ピアノを習わせてくれて、楽譜が読めるようになったこと、
「歌う喜びおしえてくれた」という歌詞に、思い当たるところなのだ。


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NHKのクイズ番組

2012-08-17 09:22:32 | おおはる話(母のこと)
おおはるさんのカレンダーに使った写真。

昔、NHKのクイズ番組「それは私です」に出演した時のもの。
この番組は「ほんもの」と「にせもの」二人がでて、「ほんもの」を当てる番組。
真ん中の方が「ほんもの」さん。

解答者の江利チエミが母に入れたのを覚えています。

左がおおはるさん、右が親友だったNさん。
他にも、2枚同じような写真があったのですが、
よくみると、スタジオがチャチな作りなこと、
テレビカメラも初期でシンプルだなとか、面白いです。

今日の梅ちゃん先生には、初めてのテレビにジェスチャーが登場したので
今日はこの写真にしました。


月曜から御殿場にきていたのですが、
パソコンを夫が独占していたので、久々のアップ。


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お得意の恰好

2012-08-11 11:02:47 | おおはる話(母のこと)
おおはるさんの写真をいろいろ見ていると
お得意の恰好がある。

「キャップを逆さにかぶり、手をズボンのポケットに入れて」

若いころの山での写真、手をズボンのポケットに入れているし、
アラスカでのキャンプ・ツアーも、そんな恰好。

この写真も、なかなか面白い。

日付が入っているし、
コメントは自分で入力したものを出力しているし、
お得意のキャップ逆かぶりだし。


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背景と光

2012-08-07 15:17:13 | おおはる話(母のこと)
おおはるさんの一年祭を前に、以前姑に作ったカレンダーと同様のものを
作ろうと思い、色々な写真を撮ったり、集めたりした。

表は、おおはるさんの木彫りの作品、
裏に思い出となる写真。

この木彫りの写真をとるのに、
壁の前においたり、背景にいろいろな布をおいてみたりしたが
しっくりこず、手に持って外でとってみたら、
思いのほかいい感じに撮れたので、

幾つかは、外で木の緑の前で撮ってみた。

太陽の光の具合でも、
表情が変わる。

特に、こういう顔は光の当たり方で
怖い顔になったり、穏やかな顔になったり、面白い。
自己満足ながら、作っているときは楽しい。

日曜日、月曜日の夜に作成して
今朝、一番で印刷屋さんに届けてきた。

完成するのが楽しみ。
ご縁のあった方で、ご興味ある方はお知らせください。
お送りしますよ。


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お香典がわりなんですって

2012-05-22 22:45:05 | おおはる話(母のこと)
以前住んでいたアパートで仲良くしていたじゅんこさんから電話をもらい、
「美味しいもの食べにいこう」と、誘われて、
今日は二人で一緒に食事に行ってきました。

前もっての電話でいくつか美味しい店をあげながら
ここもなかなかいいとの説明に、
恵比寿にあるジョエルロブションというお店を選びました。

なんか、服装も余りラフじゃいけないみたいと言われたので
ちょっと緊張しながら。

じゅんこさんいわく、
「レストランのディズニーランドみたいなんだ」の通り
ゆっくりできるお店で、それなのに余り堅苦しくなくて、
十分時間をかけてお料理を楽しめました。

最後のお勘定になって、
「今日は、誘ったんだから、お香典がわりなんだから。」に
変に納得して、御馳走になってしまいました。

お葬式に伺えなくても、
少し時間が経った頃にこういう流儀もいいなと思いました。

時々、話題にあげていた「吾妻橋の母ちゃん」がじゅんこさん。
お互いにブログを続けているので、お互いの動静はよくわかっているので
話もすぐ核心に入れるのが、ブログのいいところ。

彼女も精神病者の社会復帰のための
グループホーム立ち上げの仕事を終えたばかりで
軌道にのせるまでの大変な作業を考えると、本当に頭がさがる人です。


また、おおはるさんが倒れて以来の私のブログを読んでいてくれて
開口一番、「あなたのおかあさんはその時代には稀有な人だったね。」といってくれた。

15年間、目白のアパートに居た時、一番仲良くて、気が合った人で
その頃からの、折りにふれてのおおはるさんの話を覚えてくれていて、

考えてみたら、
じゅんこさんもおおはるさんと似通ったところが多い人なのだった。

一つ質問があるんだけど、いわれたのは
「一人で自立している人だけど、施設に入ったのはどうして?」

今の彼女は最後まで一人で気ままに生きていきたいと、思っているらしく
どうしておおはるさんは、制約が多いだろう施設に入ったのかな、と
思ったらしい。

答えになったかどうかはわからないが
三食作らないで出てくるのよ、とか
病気になった時、有難いのよと、おおはるさんが言っていた言葉を伝えた。

まあ、「本当の自由は不自由の中にある」と昨夜聞いたばかりの話をしたり、
うん、精神の自由だよねと、話は進む。

彼女は定年を過ぎて、70代は旅行をしたい、
それも南米やアフリカやと話す。

80代になったら、温泉やね~。
そんな旅を夢見て、バリバリ仕事をなさっている。

今日のこと、じゅんこさんも早速ブログに食事の写真入りでアップなさっているので
是非、ご覧ください。ほんと、御馳走だったのよ。


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クリスマス礼拝での不意打ち

2011-12-13 21:00:06 | おおはる話(母のこと)
10日の土曜日は、ハレルヤ会で練習、
そして、11日の日曜日は、クリスマス礼拝(myumyuさんのブログでも紹介されています)で
「ハレルヤ」と、「天なる神には」を合唱した。
二日続きで、ハレルヤ会だった。

天なる…のほうは、前奏や間奏がとてもかわいい編曲で
そのあたりを聞くのが好きだった。

ソロも入り、かなり練習した曲だが、
うまくいくか心配だった。

歌は、自己満足かもしれないが、
うまく歌えたと、思う。

全体で歌うクリスマスの讃美歌も
大きな声で歌えて、気持ちよかった。

特に、そばにいた方がテノールのパートを大きな声で歌っていらしたので
負けじと歌って、ちょっと、大人げなかったかなというほどの声で歌った。


今年は、昔から使っていた礼拝堂を使っての会だったので
前日からその会場を使っての練習をした。

式の始まるまえ、同窓会の会長さんから
今年、震災で亡くなった方の話とともに、
2代目の哲郎先生の亡くなられたこと、
おおはるさんが亡くなったことも話してくださり、

思いもかけぬところでおおはるさんの話がでて、
びっくりした。
その場で、みなさんが黙祷してくださり、
不意打ちのようで、涙がでてしまった。


終わって、現役の学生さんのサックスの演奏があり、
これも、とてもよかった。

ハレルヤ会の打ち上げでは、駅前のお店で
みんな晴れ晴れと、おおいに食べ、飲み、語った。

こうして、充実した時間が持てるのも、
ありがたいことである。


日曜日の朝、ちょっと贅沢して、
ロマンスカーで行ったのだが
なんと、新松田でオートバイとの接触事故があったそうで
和泉多摩川あたりで、ずっと停車して、
しばらく、車内ですごすはめになった。

私は、町田でおりて、一駅戻るつもりだったので
たいした影響はなかったのだが、

近くに乗り合わせていた人たちは、
箱根への一泊旅行の出鼻をくじかれたようだった。

新宿で乗ったとたん、ビールをあけ
宴会がはじまっていたのに
全員町田で降ろされて、

江ノ島線で藤沢、そして小田原と乗り換えでいくしかないそうで
とんだことだった。

車内に缶詰めになった時に、
隣の人に聞いたのだが

新宿の飲み屋さんで出会ったお客さん同士での旅だそうで
とても楽しそうなグループだった。

隣の人は、服装からみて、一見落語家のようでもあり、
話が進んだら、三代続いた車屋さんとのこと、

車談義になって、
舅の昔乗っていたアドラーなんて、知ってます?と聞いたら
知ってる! という話で盛り上がった。

機会があったら、お舅さんと話してみたいといわれ
お店の名前をお聞きした。

新宿御苑のそばで、やっているとのこと、
帰って、舅に話したら、ちょっと興味ありそうだった。



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顎と膝にタコって!

2011-11-19 09:46:44 | おおはる話(母のこと)
相続の手続きの最初の段階、やっと風呂敷ができたところといわれたのだが
その風呂敷包みをかかえて、姪や甥のところに出かけた折、

おおはるさんの生まれた時の戸籍をみながら
おおはるさんのおばあさん、「おきくおばあさん」の話を思い出した。

このおばあさん、かなり長寿だったと聞いているのだが
年取ってからの楽しみが、一人トランプ。

それをあきもせず、ずっとやっていたらしい。
そしてその時は、片膝たてて顎をその膝に乗せて、

そのため顎と膝にタコができてたって、おおはるさんが言っていた。

ふと、マウスダコのできた自分の手をみつめ、
20年間し続けたという、
また、白内障の手術の時もゲームボーイを隠して病院に持ち込んでいた
おおはるさんを思い、

もし「おきくおばあさん」が生きていたら、ゲーマーになっていたかも、などと
思うと面白い。

彼女は、吉田茂の妹だそうだ。


ちなみに、最近私がはまっているのが、MIXIのアプリで「はじめようマイキングダム」の
ブロック崩し。魔法石をくれると、嬉しいです。


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「最初は」があって、よかった。

2011-10-29 03:00:20 | おおはる話(母のこと)
おおはるさんの話が入っているカセットテープの話を書いた。

そのなかで
「ご主人はどんなかたでしたか?」という質問に、

「いい人でした。疑うということを知らない、いい人でした。
最初は、物足りないほど、いい人でした。」

というくだりがあって、
子供としては、微妙な気持ちになるが、
「最初に」ということばが、あって良かったとちょっと、ほっとした。

でも、母と父をよく知っていらっしゃる方には
なんとなく、頷ける言葉だと思うのです。


続けて、「下の方に恵まれて、職場でも上のほうにいくことができ
おかげで、遺族年金を十分いただいてます。」ですって。

そうなのよね、おかげで、子供は経済的な心配をしないですんだのですから、
すべてに感謝しなくてはならないです。


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音のプレゼント

2011-10-14 01:55:15 | おおはる話(母のこと)
10日に納骨をした際、
K牧師さんから、カセットテープをいただいた。

数年前、おおはるさんが自分の一生をみなさんにお話したことが
あったそうで、大きな出来事を振り返って、話している。

それを聞いていると、今まで知らなかったこともあるし、
知ってはいても、直接おおはるさんから聞いたことはなかったな、
ということもあるし、なかなか面白い。

話のきっかけは、信仰を得た経緯を話すためのようだったが、
そこはさっぱりとしていて、そのあと「おおはるの歴史」として
A4にポイント7くらいでびっちり書き込まれた資料を見ながら
話している。

十代後半に臭かる草軽電鉄からおっこちた話、
大怪我をして入院した病院で

無意識に
「この薮医者、殺す気か!」と大声をあげて
あとで、伯父に恥ずかしかったといわれた話。

そのとき、あおい草原で、気持ちのいい風にふかれて
ずっとそこにいたかったのに、引き戻された話。


同窓会で、コンピュータを購入することになった時、
四トントラックで届けるといわれて、
どんなに大きなものが届くかと心配した話、


同じく、同窓会で事務局長をしていた頃、OBから寄付を募って、
「一億円集めました」と、かなり自慢げなようす。
ただし、小原国芳が生きていたころですから、と
カリスマの存在を言っていること。


東京大空襲の時の、ようす。
そして疎開先である北軽井沢には、

海軍のしょうこん部隊(戦闘機の燃料にと松の根から油をとっていた)がいたこと
幼年学校も疎開していたこと、

とんがっていた鍬が丸くなるほど開墾したこと
大豆や、小豆や、お米がいっぱいとれたこと。


教会の方々が、
「まぁ~~~」とか
「へぇ~~~」とか
大笑いしていたりとか、

その場の雰囲気も伝わり、何回も聞いている。

最後に、好きな聖書のことばがあげられ、
そのあとに、渡辺和子さんの言葉が入ったテープを紹介していて

その中に
「死のリハーサル」ということばと
「小さな死」をつみかさねて、死の準備をするといった話が語られる。


たまたま、今日Aさんとゆっくり話す時間があったので
このテープの話をして、いいものをプレゼントされたといわれた。

彼女は、10年程前になくされたご主人の姿、形、手、後姿等はいつでも
目に浮かぶのだが、
声が思い出せないというのだ。

確かに、大人になってからの話をテープにとるということは
なかなかしないし、人生を振り返っての話など、なかなか残ることは少ない。
本当に貴重な音のプレゼントをいただいたと、K牧師に感謝する次第である。


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いく所があることは、いいことだ

2011-09-15 22:51:42 | おおはる話(母のこと)
おおはるさんは、晩年、教会に熱心に通っていた。
古淵の教会に行くときは、行きはタクシー、
そして帰りは牧師さんの車で送ってもらっていたという。

その間、家族のこと、若いころの話、
政治の話から趣味の話、
幅広い話ができたので、それも楽しかったようだ。

姉が早くに亡くなり、
私も長男に嫁ぎ、夫の両親と同居していたので
自分の身は自分でと、早々と老人ホームに入ったのだが

入居した後で、ちょっと早まったなといっていたのは
まともな話のできる相手がホームにはいないという事実に気づいたからだった。

そこで、教会に通うことや、H叔母が入院してからは
その見舞いに毎日通っていたのは、
話し相手を見つけようとのこととも、考えられた。

曽野綾子が「いくところがあることは、いいことだ」と言っていると
しきりと言っていた。

そういう目で、勤め先を見ると、
それぞれに合った会話ができているか、
なかなか難しい。

介護度とは別に、会話が成り立つような、関心の持ち方、
通り一遍でない関心の持ち方。
人間の力がためされる。


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涙腺の問題

2011-09-01 10:01:06 | おおはる話(母のこと)
おおはるさんがなくなった当日、
山吹の里から病院に向かいながら

これは、ティッシュが足りなくなると
途中のコンビニで箱入りのティッシュと、ポケットティッシュと
タオルを買い込んだ。

これだけ用意すれば,大丈夫。

というのは、私の涙腺は異常にもろく、
つまらないドラマを見ていても涙がでてきてしまうことがあって、
どうにも始末に困ることが多いからだ。

でも、そのわりに、山吹の里での「東京ブギウギ」のリズムが出てきたり
不思議な感情の交錯があったりした。

山吹をでるとき、S叔母に電話したら、
動転しているはずだから、運転気をつけてといわれたが

涙腺の問題に気づくあたり、
まだ冷静かなと自分で思ったりしていたのでもある。


病院についてからは、
すぐに葬儀社に連絡をと言われ、
携帯に入っていた「葬儀社」に電話を掛け、

これこれしかじかで、ちょっと遠いが病院に迎えにきてくれるかと
きいたところで、念のため、家のあたりの地名をいって、
そこにあるんですよねというと、「練馬です」との答え。

よく考えたら、おばがなくなった時、献体をするので
棺の世話になった葬儀社だった。

姑の時にお世話になった葬儀社は名前で携帯に登録されていたのに
あわてているとみつからず、

はなちゃんが「地名・葬儀社」と携帯のインターネットでさがしてくれて
やっとみつかった。

あわてていると、ろくなことはない。
が、やっぱりあわてていたのである。


病院の手続きや全て終わって、
葬儀社の車と、乗鞍から駆けつけた夫と、私と
三台の車で連なって、家に帰った。

家での準備等を子供達に伝えていたら
携帯の電池が切れ、画面が真っ黒になってしまった。

その晩一晩充電しても、画面の真っ黒は変わらない。
あちこちいじっても、直らないので、
これは、修理のところへいって、なおしてもらわないと

これからの連絡等困ると、
次の朝一番に坂上まででかけ、サービスに事情を話すと
電源スイッチを、5秒押せばと、あっという間に元にもどってしまった。

あまりにも、あっけなく
得てして、こういう時は滑稽なことが起こるものだと
自分ながらおかしかった。


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