toty日記

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あらららら!

2014-11-29 09:15:37 | 山吹の里では
検索していたら…の話です。

ご存じ、ドンピシャで当たって、親になったので
待ってましたと出題した今回のお題「カタカナ+漢字」の名前といえば
(ヒントは、ジョニー大倉のような)

で出題したのですが、
この人についてもう少し調べようと

名前を入れて検索して、
Wikipediaに顔が無かったので
再確認のため、画像検索したら、

なんと、なんと、自分の顔が出てきてしまった!

話題としてとりあげても、画像検索に出てきてしまうんですね。

で、感想。自分が若い!(笑)


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19歳君

2014-11-28 15:20:11 | グループホームについて
勤め先に、実習生がやってきた。
なんと、19歳の男性である。

9時から5時で、10日間だから、
かなりの時間数をグループホームで過ごした。

職員のメンバーそれぞれが、ことある度に声をかけて
この10日間は、それまでの彼の人生で遭遇しなかったことが
かなりあったのではと思う。

介護に対する、それぞれの職員の意見もお互いに聞けて、
それなりに、意義あることだった。

Aさんの言葉。
介護は何よりも信頼関係です、

コミュニケーションの極意が語られた。
改めて、再認識。

彼の年齢の五倍生きているのがNさんと、紹介する。

あと、学校で習った歌の違いに驚く。
好きなのは、ミスチルに、そこまではついていけて
NHKのSONGSでやってたね!

彼の人生に何かが残る日々であったことを。


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故郷の空

2014-11-27 17:36:46 | 山吹の里では
山吹コーラス隊の11月の歌として、

故郷の空・野菊・東京行進曲
の3曲を選んで、歌った。

この、故郷の空、
「誰かさんと誰かさんと麦畑」で始まる歌詞があり、
意味としては、原詩に近い訳。
ドリフターズが替え歌的に歌ったが
実際はこの方が、原詩に近い。

おまけに、中学頃だったか、英語の歌詞も教わっていたので
連想するものが多くなる。

ところで、今放映中の朝ドラの最初の画面は麦畑なので

故郷の空を歌いながら、
これらのことを連想して、頭の中はいろんな場面が行きかう。


16日のライブの時にも歌ったし、

23日に行われた山吹祭の時も、
この3曲に四曲足して(東京ラプソディー・東京音頭・焚き火)をたして

(秋の歌)+(「東京」がつく歌)として、またまた歌った。


この間、高倉健がなくなって、
彼の好きだっただろう音楽を思っていた。

まず、浮かんだのは「テネシーワルツ」だった。
どこかに、映画の中に流れていたという話を読んだことがあるから。


ももさんが、故郷の空をハモニカで高倉健が吹いた話を書いていらした。

ももさんの話はいつも、世の中の動きと音楽にからめて、書かれているので、
今回しばらく更新がなかったので、

きっと次回は、高倉健のことに触れるのではないかと
期待していたので、興味深く読ませて頂いた。

今月、故郷の空を取り上げたのと、
たまたま、高倉健のハモニカの話が重なって
なぜか、うんうんとうなずいたのであった。


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強羅公園でエンツィアン

2014-11-24 19:23:14 | 歌・コンサートなど
先日書いた、11月16日の強羅公園でのエンツィアンのヨーデルコンサートの写真です。

最初の写真は、父の横顔とエンツィアン。
聴きながら、父が足でリズムをとっているところ。



会場を上からみたところ



カウベルでエーデルワイス。



息のあったお二人(姉妹です)





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世界の川から、インド国歌

2014-11-20 10:19:38 | 歌・コンサートなど
読んでくださっている方にはもうおなじみ、ドンピシャというゲーム

先日のお題が、世界で長い川だった。

最初はおもいつくまま、アマゾン川とかナイル川とか答えていたが、
もう思いつかなくなると、検索して、世界の川の長さ順に並んだサイトをみつけ、

100位あたりに並んでいる川を答えていった。
そして、ヤムナー川と入力したところで、

この言葉にどこか記憶があると思い、つらつら考えた。

そうだ、「ヤムナーガンガ」だ、
インド国歌に出てくる言葉だと思い出した。

小学生の頃、通っていた学校には外国からのお客様がよくいらした。
そして、大事なお客様の時は、歓迎の意味でその国の国歌を皆で覚えて歌った。

後で先生に伺ったところ、先生がそれぞれの大使館に行って教わってきて
それを教えてくれたという貴重な体験だった。

イラン、インドネシア、インド、メキシコ等々、普通は知らないだろうという国歌を
丸覚えで覚えた。

今でも、その頃の友人と会うと、今でも歌えると歌いだし、
周りの人のあっけにとられた表情を楽しむときがある。


で、インド国歌を検索して見たら、
「ラクダ隊商パインズクラブ」さんのサイトに

インド国歌を歌おうというブログが見つかった。
インド国歌は、かのタゴールがベンガル語で作詞したものだそうで、

日本語の訳もこの方が記して下さっているので
ヤムナーガンガが海にながれいくということが、理解できる。

小学校からご一緒だった方は、感慨深くお読みいただけるかな。

ということで、ドンピシャから深い話になった。
しつこく、ドンピシャは面白いですよ~~! と誘っておく。


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備忘録

2014-11-18 21:42:43 | 日常のあれこれ
11月10日、勤め先のバスハイク。
全員で22名。

当初は昭和記念公園に行ってバーベキューの予定だったが
悪天の場合、外にずっといると寒いのではと、

急遽行き先変更、NHKスタジオパーク見学(昼食)→外苑の銀杏並木でお散歩
→椎名町の金剛院の喫茶でお茶、というコースで無事終了。
9時半出発、4時半帰園というスケジュールだったが、平均年齢からすると
かなり頑張った!

大型バスに乗ってます♪という歌を知っている人が数名いた。
懐かしく歌う。


11月15日、勤め先の文化祭。
山吹のボランティア仲間も大勢参加してくれて、盛況。

全部で60名近くのお客様。

バザーに模擬店、最後に利用者さんのカップ・ミュージック(皆が真剣で好評でした)
そして、歌は、四季の歌・いきいき生きる・花は咲く
アンコールを得て、「〇〇〇〇でラララ」とこれも好評で、賑やかに幕。

飛んで家に帰り、御殿場へ。
翌日、強羅公園でのヨーデルコンサートを鑑賞。

本当は、山吹ライブの予定だったが
勤めや山吹の用事で、夫の誘いを断ることが多く

次第にご機嫌が険悪になりつつあったので、
Aさんに事情を話して、今回は欠席させてもらう。

舅も一緒にヨーデルを楽しむ。
この前後、ケーブルカーの急な階段を上ったり下りたり、

私でさえハーハーいうところを、ゆっくりながら上り下り。
帰りは、富士屋ホテルに寄り、前回品切れで食べられなかったシュークリームを
ジョンレノンが座ったという席で食べる。

家に帰り着いて8時半。それから夕食を作って、翌日は6時に家をでて、また仕事。

そして家に帰ろうとしたところ、当日の夜勤の人が体調悪く
帰ることになって、

園長が夜中の2時まで、近くのKさんが2時から7時まで
その後、私が出かけて行って、夜勤の穴を埋める。

こうして、パソコンにゆっくり向かうのも、久しぶり。
ということで、備忘録。


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街歩き、続き

2014-11-13 00:41:26 | 日常のあれこれ
街歩き、これで終わりです。

豪徳寺を出て、松陰神社に向かいます。
途中、住宅街を歩いていると、遊歩道を横切りました。

遊歩道のところどころに、猫の像があります。
(でも、余りかわいくない)





昔は無かった品種なのか、11月でも朝顔が咲いてます。



吉田松陰のお墓がある松陰神社。



お墓です。余り豪華ではありません。
小塚原からお骨を拾ってきて、供養したとのことです。

この日の街歩き、豪徳寺の井伊直弼と、ここの吉田松陰は因縁浅からぬ仲、
その二人が祭られているお墓がこんなに近いのですねと、Iさんの説明。



私たちがお参りしている時、
女子中学生か、高校生か、30人くらいの女学生の集団が
お参りを済ませて歩いてきました。

その学校の先生のお墓の前に、お花が飾られていたので、
何か式が行われたあとなのか

彼女たちは、みな一様にまっすぐ前を見、
両手を前で揃え、私語一つなく、整然と2列で歩いていました。

見とれてしまうほど、厳かな風景でした。


通っていた学校は、吉田松陰の銅像があり、
小田急線をまたいで架けられた橋が、松陰橋というくらい

創立者は吉田松陰の教育を一つの理想としていたので、
通った学校を思い出しながら、お参りしました。

松下村塾を模した建物もあったような気がします。


最後に、いつもは400円の抹茶セットが300円とのことで、
お茶を頂きました。

お天気も良く、のどかな時間。



これまたのどかな電車、東急世田谷線(昔は玉電といっていた)に乗って
三軒茶屋で降り、駅からすぐの目青不動。



さざんかが。







そして、三軒茶屋駅に戻り、
人参色のキャロットタワー(26階)の最上階にのぼり、お昼。

眺めも良く、あ! 東京タワー、あ! スカイツリー、あ!池袋
あ、あっちは今行った豪徳寺の方等、賑やかに。

そして、そこで解散となったのでした。

おわり。


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もう少し詳しく、街歩き

2014-11-09 11:08:29 | 日常のあれこれ
一昨日書いた街歩きを、もう少し詳しく。

ここ豪徳寺は、井伊直弼の墓所。ふ~ん、都の史跡なんだ、と写真をいじっていて気づく。



保育園の子供らしき一団がいて、
敷居(手前)をふんではいけない、跨がなくてはいけないと教えられたようで、

律儀に守っている子、
ぼうっと通っていて、のっかっちゃって、律儀な子に注意されている子、
そんな風景も微笑ましい。



要所要所で、ここで写真撮りましょとIさんの声がかかり、
記念写真をとる。全員に同意を得てないので、ここは省略。

今回初めてご一緒した方は、ボランティアではなくご家族。
とても機敏に動いて、記念撮影には、この安定感ある姿勢で
写真を撮ってくださる。



お線香の煙を、頭に向けて手であおいで
ぼけませんようにと祈り、さあ、もう大丈夫!



ピカピカ立派なこの常香炉(名前が分からなくて、線香・お寺で検索したら
わかった)を支える餓鬼、そして寄進した人の名前。



この額はどこにあったか失念。たぶん、本堂かな。
何と読むかも、はじめはわからず。

弐という字の下左が、二ではなくて三になっている
だから、三世仏なのかしら?



左に進みます。



左手に、三重塔



よく見ると、こんな飾り猫が三重塔に。



そして、右手には井戸の向こうに招き猫のお堂。



この写真は、先日もお見せしたもの。



左手にまわると、猫、猫、猫



大小さまざまな招き猫。この台の端に乗っている猫と同じものを
帰りに購入。マメ猫、300円也。

この井戸は、出るのかしら?
誰かがすぐやってみる。出る出る! 説明を後でみつけたら
災害時用の水になるそうです。



道に戻り、なおも奥へ。そこは墓所になっていて、石を積まれた仏様。
青森出身の方から、恐山を思い出したとか、山にもケルンがつまれているとか。



六地蔵が、二つ。



こちらには、それぞれに黄色い菊の花がさしてあった。



一番奥に、井伊家の墓所があり、そのまた奥に井伊直弼の墓。



帰り道、ツワブキの黄色が新鮮。



紅葉も。





最後に、またお話を伺っている。



で、豪徳寺はおわり。


(追記:ここで、調べたら、こんなサイトが見つかりました、いろんな疑問がとけます)


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街歩きで、小室さんに手を振る

2014-11-08 10:52:42 | 日常のあれこれ
山吹の里のボランティア仲間で、
街歩きをした。

以前ご紹介したIさんに、お不動様めぐりをお願いしていて
今回は、「目青」。

最初は豪徳寺へ。
実家に近いのに来たことがなかった。随分広いところだった。
招き猫でも有名です。



松陰神社へ行き、昔玉電と呼んでいた世田谷線に乗り、目青不動へ。


で、一番最後についたキャロットタワーなるビルの最上階にある
FM世田谷のブースに、小室等さんを発見。

手を振ったけど、覚えていらっしゃって手を振りかえしてくれたのか
それは、不明。

さがゆきさんのライブで良くお目にかかったり、おしゃべりしたけど。


今日の写真は、お賽銭を投げ入れる窓口。
これでは、賽銭泥棒はできません。

中の仏様を覗くお二人。



もう一枚、手の位置が面白い。




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今の平和をありがたいと思う、池田武邦氏の話から

2014-11-05 18:25:02 | 日常のあれこれ
11月4日、舅にお供しての講演会。

今回は、池田武邦氏の話。

現在90歳という氏のわかりやすく、しっかりした口調は
話の内容と共に、とても印象的でした。

最初に示されたタイトルは、
「太平洋戦争と日本の超高層建築ーグループダイナミックスー」
だったが、そのほとんどは戦中戦後の話だった。

氏は海軍兵学校を2年9か月で卒業。佐世保の造船所に配属され
巡洋艦矢矧(ヤハギ)の建造中から携わった。
船の完成とともに、その性能テスト等をなし、正式に乗組員となる。

海軍なのに、最初の航海で船酔いし、それでは示しがつかないと
ゴム引きの洗面袋をいっぱい隠し持ち、処理したとか
ネルソン提督も最初は船酔いしたと聞かされ、これはなれで解決するとか。

昭和20年4月6日には、キングシップ(戦艦大和)、巡洋艦矢矧、駆逐艦8隻からなる船団は、
沖縄特攻として、出撃命令が下りる。

が、その時点ですでに、米軍の潜水艦に動静がキャッチされ、
生電で本国に通報されていた。

動静が全部筒抜けで、沖縄特攻は全滅。

船と飛行機の関係は、宮本武蔵が機関銃と戦っているようなももので、
勝ち目はない。

大和も矢矧も沈み、氏も爆風で顔面に大やけど、
海で泳いでいる無抵抗な所に、機銃照射された。

幸い、流れ出した重油がやけどにとっては重症化を遅らせたので、
助けられて佐世保に。重油の臭いは一か月たっても消えなかったというが
これで、命を長らえたという。

600人の卒業生のうち、残ったのは270名だったという。

乗る船がなくなって、潜水学校の教官を命じられ、
大竹というところで、予備学生を特殊潜航艇で特攻にというということで
教える。

そこに、広島に原爆が落とされ、
30キロ離れたところから、水路で被害者救助に向かう。

被爆者の被爆したところの蛆虫を割り箸でとるという、悲惨な状況。

終戦の詔勅の時は、
「もう殺されない」という気持ちで、ほっとしたという。

終戦後は、復員船のサカワ(矢矧の同型で、大砲を取り除き、蚕棚を作った)の乗組員として
函館の炭鉱の朝鮮から連れてこられた労働者を釜山に運ぶ作業。

横須賀港につけた時、その船はビキニ環礁の原爆実験のために使うと
接収される。
その後は、復員された方のお世話等をしていたという。


東京の焼け野原に立ち、何をするか
やむを得ず、大学に入ったという。

建築科を選び、その後霞が関の超高層ビルや、京王プラザの建築に携わる。
ハウステンボスやオランダ村にも携わる。

超高層のビル建設の理論は、戦前からあったが
地震に対する計算が膨大で、これは計算機の発達のおかげで

その計算が瞬時に出来ることによって、可能となったと
計算尺を扱う手つき入りで、手での計算からコンピューターの功績を
語っていらしたのが印象的だった。


心から思うのは
「人類から戦争をなくさなくてはならない。」

戦後しばらくは、朝起きて、ああ今は平和なんだと、毎日思っていたとのこと。
今の若い人は平和が当たり前だが、どんなに有難いことかを思って欲しい

・殺されないですむという思い


・快適さを求めすぎない
・常に、原点にたって自分を律しなくてはならない

戦争と平和は、永遠の課題であり、
アフリカの人々は気の毒だと思っている。

などと、締めくくられた。

徳川時代のポリシー、発明・工夫はご法度というのも
一つの考え方だと思うとのことだった。

最後まで、緊張を保ちながら聴くことのできる
有益な話だった。


お年ゆえの重複箇所が数か所あったが
気にはならなかった。

一緒に聞いていらした92歳の女性は
近く講演をなさるのだが

私も同じことを言ってしまうかしらと、心配しておられたが
90歳にしてこの元気と思うと、恐れ入るばかりだった。


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それでも女は捨てない! ですって…

2014-11-04 02:27:52 | 日常のあれこれ
以前住んでいた所の、子育て真っ最中の頃に仲良くしていた友人二人と合った。

以前、彼女たちの創作刺繍の作品展で会ったのは、ついこの間と思っても、もう4年前だ。

実は、お一人に木彫りのバッグを見本としてお貸ししていたのだった。
(私は、お貸ししたことさえ忘れていたのだが)

この4年の間に、大病をなされ長期入院、リハビリと
生命の危険に出会って、借りていたものを返さなくてはと思われて
今回お会いすることになった。

ちょうど、創作刺繍の展覧会をやっているので、
その場でお会いするということになったのだ。

今も週三回リハビリに通い、手の力が余り入らないとのこと。
大変な思いをなさったのだと思った。

そして、もう一人の方は、
歩道橋の一番上から下まで、転がり落ちて救急車に乗ったのだそうで、

歩道橋の一番上に立っていた記憶のあとは、
病院でストレッチャーに乗せられ、

「ここはどこ?」と言っている場面だったそうだ。

顔のおでこと顎のあたりに大きなあざが出来(階段の段差分の間があいているんだそうだ)、
腕の骨が縦に横に折れたとのこと、

よくサスペンスドラマで、階段を突き落されて転げるシーンがあるが
そんな状態だったらしい。

その彼女は、我々の同年代には珍しいヒールの高いおしゃれな靴をはいている。
会った日もそういうおしゃれな靴をはいて、颯爽となさっていたが

それだけの大怪我をなさったあとに、その靴はこわくない?
と尋ねてみたが、「やっぱり女は捨てられないじゃない!」
とのお返事に、はは~~と恐れ入ったのだった。

とっくに女を捨てている身にとっては、凄いなと思ったことだった。

彼女は20年続けた刺繍のお教室を今回で終了という話だった。

刺繍の領域を広げた、
額を作る方とのコラボともいえる作品群、
これからは気ままに作られるのではないかな。



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S叔母を訪ねて、柿をいただく

2014-11-02 22:50:34 | 日常のあれこれ
10月31日、S叔母を訪ねて、柿をいただいた。

このところ、毎年この季節になると、お訪ねして
柿を高枝切りばさみで切って、いっぱい頂くのが恒例になっていて

今年も厚かましく頂いてきた。

おおはるさん(私の母)が病院に入院中は
一週間に一度くらい一緒に、病院へ面会に出かけていて

頻繁にお会いしていたのに、最近はめっきりご無沙汰してしまい
お元気かなと、気になっていたので
相変わらずのお元気な叔母に会えてよかった。

ずっと続けていらしたコーラスは、一応解散ということだったが
その先生が、お宅の近くで始めた歌の会に誘われて
今でもそれにはでかけておられるとのこと。

でも、そこでの歌では満足でなく、
これまでずっとご一緒だった90になる方と、
カラオケに行って、二人ではもって気持ちよく歌ってくるのだそうだ。

「よしこちゃん、カラオケって面白いわよ」には
じゃ、今度ご一緒しましょうかと答えて帰ってきた。

まだまだすべてのことに現役で
暫くお話してきた。

柿は段ボールに2箱頂いて、楽しんでいる。

で、叔父の命日なのでと、お米を頂いた。
この八郎潟の干拓のお仕事だったので。



いろいろお喋りした中で、
先日放送された、「妻たちの新幹線」に登場した島一家の話となり、

叔母の嫁ぎ先の義妹にあたる南果歩扮する「妻」のどのあたりは
似ていたとか、ここは物足りないとか、いろいろ話した。



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月下美人、おはぎにマニアックな音楽

2014-11-01 14:22:51 | グループホームについて
勤め先は、グループホームである。

で、ご近所の方にも色々ご理解をいただけるように
開設以来、いわゆるご近所づきあいをしてきた。

挨拶はもちろん、月に一回はご近所の方々をお誘いしての
地域交流会。

5年がったてみると、様々な場面でいい関係が出来つつある。

先日も、お隣さんから
今夜は月下美人が咲きそうだからと

人の背ほどもある月下美人の鉢植えが持ち込まれ

夕食のあと、蕾がほどけて大輪の花が咲くところを
間近でみることができた。

全員が、月下美人の前で写真をとり、
こういう写真はご家族にも送られる。


秋のお彼岸には、皆でおはぎを作った。
そして、お向かいさん、お隣さんに
利用者さんと一緒にお届けした。

まさに、とんとんとんからりんの隣組♪の世界。

もう一軒のお隣さんは、いつかご紹介したが
聖歌隊のメンバーで、歌には詳しい。

園長がお聞きしたところ、
時々聞こえる歌の中に、かなりマニアックな音楽が聞こえますねと
おっしゃっていたとのこと。


何で、こんなことを書くかというと、
先日、テレビで保育園を作る計画に対して

騒音が出る、自転車での送り迎えで
危なくなると、反対運動が起きている話があったから。

見ず知らずなら、歌も騒音扱いされかねないが、
親しくお付き合いできれば、微笑ましく聴いて頂けるのかな。


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