toty日記

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驚き桃の木山椒の木、しつこく第九

2017-02-26 02:06:19 | 歌・コンサートなど
二回続けて、第九について書いてきた。
玉川学園に通っていると、第九の洗礼を受けると書いた。

昨年の年末、近くのコーヒー屋さんの
お店の人が変わって、再開したと書いた。

それから、定休日を外せばほぼ毎日
舅の散歩のためと称して、コーヒーを飲みに出かけている。

Laudate Dominusを先日の水曜のコーラスで練習した。

この3つの、出来事があったことを前提として。



今日、夕方に毎日日課のコーヒー屋さんを訪問すると
Laudate Dominumがかかっていた。

いつもかかっている音楽が、クラシックの
それもなじんだ曲がかかっているので、不思議に思っていたので

たまたま他にお客さんもいないので
こういう歌、お好きなんですか?と尋ねてみた。

ええ、好きなんです、との答え。

じゃあと思って、実はねと、この間の日曜には
第九に参加してきたと話すと、

僕も高校の時に歌いました。強制だったものでとのこと

え?もしかして、玉川ですか?
はい!との答え。


実は、どちらかというと口の重いご主人に
どんな話を持ちかけたら、話がはずむかと
ずっと思っていたので、びっくりした。

というのも、玉川のイメージとちょっと違っていたから。

シリコンバレーで仕事をしていたと
チラッと聞いていたので、そっちの系統と想像していたのだが

なんとなんと、工学部卒業の同窓生。
急に話がはずんだ。
舅は、にこにこして話を聞いている。

強制的に歌わされたけど、考えてみると
こういう音楽が好きになったきっかけなんです。

この年になって、
あの時、第九を歌ったことが良かったなと思います、とのこと。

つい先日、NIKOさんにこのコーヒー屋さんの話をしたばかりなので、
今までの印象がいかに違ったかを、訂正しておきます。

それにしても、縁は異なもの、乙なもの。

帰りには、姉が作ったのですがと、マーマレードを頂戴した。
ありがとうというと、「先輩ですから!」との答え。

急に、「!」がつく口調になった。



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第九といえば、(続)

2017-02-23 21:38:03 | 歌・コンサートなど
大言壮語すれば、
下野竜也氏の指揮で歌ったのです。

国技館2階のそれも、上の方から
豆粒ほどの指揮者を必死に見つめ、
テンポに遅れてならじと、必死でした。

パート構成は、女性ではアルトが圧倒的に多いので、
ソプラノの方たちの上に、お余りのように並んだアルトなので

アルトがきっかけを担当する、
「ザーイトゥムシュルンゲン」でも、

指揮者は右手のアルトパートに向かってきっかけを与えます。
あれが、こっちにむいていたらな~と思いながら歌います。

気になったのは、マイクで説明する方が早口だと
共鳴して、半分も意味が聞き取れないこと。

本番になって、司会の方が話していらっしゃるときは
よく、聞き取れたので、

活舌のいい、そして共鳴しても聞き取れる速さのお話は
いいのですが、

解散式の、指揮者、ソリスト等の挨拶
たぶん楽しいお話があったのでしょうが、
ほとんど聞こえませんでした。

お相撲用なので、そこまで要求するのは
贅沢なのでしょうが、

話している方の、大写しがあるとかだと、
わかりやすかったかなと、思ったのでした。


マエストロ、ほぼ10年前の年末の
マラソンオーケストラの感想で触れていました。
http://blog.goo.ne.jp/toty_2005/e/111ebe7a33f9d62f91cb0307daf0007a

ベートーベンの一番から九番までを一挙に演奏するという
コンサートで、一番を指揮されていました。

指揮者の順は年齢の若い順とのことで、
お若かったのですね。

自分の感想の中で、1、4、7が良かったと書いてあるので
この時、有望な方だと思ったのだと思います。(偉そうに…ですが)



もう一つ、第九といえば、
歌舞伎座で第九が、ありました。

中央区の第九を歌う会のコンサートにまつわるエトセトラが
あったのですが、

先ほど検索してみたら、そのグループも
それ以来、継続して活動なさっているとのこと。

母が元気だったころのことを、思い出し
あれも、デッドな会場だったなと、懐かしく思っております。

今回のプログラムをよくよく見ると、
33回の歴史も記されており、とても興味深く読みました。

これは、保存しておくことにしようと思います。

もう一つ、
今回購入した楽譜は、このコンサートのために作られているようで
監修が小山章三先生。

このお名前も、懐かしく様々な場面でお目にかかているので
最近はお元気なのかしら、と思いました。

なんか、第九といえば、話はつきないのですが、今日はここで。



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第九といえば、

2017-02-22 00:12:19 | 歌・コンサートなど
昨年の夏、ハレルヤ会に最近時々おみえになる大先輩が
第九といえば、玉川ということを何か表したいと、

お誘い頂いたのが、墨田区主催の五千人の第九
19日に国技館で行われた。


今回参加してみて、思うところが多々あった。

まず、このコンサートだが
33年前、国技館が新装なったときに、
墨田区が中心となって催されたのだそうだが

内心、人数が多ければいいってもんじゃないとか、
それだけの人数で合わせることって、できるのか?
などと、ちょっと引き気味だった。

今回思ったのは、継続ということは凄い力だということ。

6月ごろから、初心者向けの練習が組まれ、
9月からは、場所も時間も様々に、
練習が始まる。

参加の最低条件としては、暗譜すること、
本番前日のリハーサルと、当日午前のゲネプロ及び本番に参加すること。

会費は個人で9500円。
五人以上のグループだと、7500円。

ハレルヤ会での有志で今回グループを組み参加したのだが、
練習場の熱気は思った以上だった。

そして、ボイストレーナーに従った発声にはじまり
みっちりと、そして効率よく練習が進む。

周りの人に聞くと、
15回目の参加とか、10回目の参加とか
皆さん、年季が入っている。

今回、下野竜也氏の指揮なのだが
今までの指揮者と違った解釈で、後半のテンポがかなり速く、
それへの対応を中心に練習が行われた。

前日のリハーサルで一番印象的だったのは
杖をつき、やっと歩いているような人も含まれていること。

国技館の通路の階段はかなり急で、
そこの手すりにしがみつくように上っている人も

合唱が始まる時に全員が立ち上がる場面では、
スッと揃って立ち上がっていたこと。

決して音響的に恵まれた会場ではないのに、
音が収斂していたこと。

音楽の専門家から言わせれば、
さまざまな欠点もあるだろうが、5千人が一つになる素晴らしさは
やはり、立ち会うことで感じるものだろう。


本番の日は、朝10時までに集合、
栗友会のアカペラの合唱と、
アイーダの演奏。

そして後半に、第九の演奏。
終わっての解散式が楽しかった。

まず、参加者の都道府県別の数が読み上げられる。

例えば、
「北海道、20名」と呼ばれると、
該当者が立ち上がり、大きく手を振る。

他の人たちは、良く来られましたねの意をこめ、
拍手が送られる。

用意のいいところは、揃いの布を振って
自分たちをアピールする。

東京都は2741名だそうで、ひときわ声が高まる。
0のところは、たった6県。

都道府県が終わると、「イギリス1名」のアナウンスに
ユニオンジャックの旗を振って、一人のご婦人が立ち上がる。

スイス、韓国、中国、ドイツと続き、
なんかいい雰囲気だった。

以前、インスブルックで経験した
ヨーデルのコンサートの終了後の、国名を読んで
該当者が立ち上がり、その国の歌を歌うという場面を思い出した。


そうそう、いくつかの追記を。

休憩時、目の前を通った男性に見覚えがあり
声をかけようか、ご本人じゃなかったらかっこ悪いなどと思ったのだが

プログラムの名簿を見たら(5千人の名前が記されている!)
やはりご当人が参加の様子なので、

メールを送って、
スキー部の後輩、Tのてっちゃんに会えたこと。



練習の時、同期生ともあったから
やっぱり、第九といえば、血が騒ぐ玉川っ子は多いんだと思う。

本来なら、玉川で音楽専門の方たちや、
クラブで合唱をやっていた方や、
もっとかかわっている方が多いのだろうが、

歌好きにしてもらったこと、
そして、第九に触れたことのあるということがきっかけで
このような体験ができて、とても満足だった。

係わっておられるスタッフの方々の手際のよさも書いておきたい。
きっとこれが33年という期間続けたからの賜物だろう。


仕事柄、介護予防の最たるもんだとも思った。

一番風景として残っているのは、
白いブラウスに黒いロングスカートのおばあさんが
階段をよじ登っている姿だ。

一年間を練習に費やし、晴れの舞台に参加できるって、
いつまでたっても、いいものだと思うのだ。

お弁当とお茶とプログラムが支給されて
参加費が、7500円(団体扱い)だったのだから。



写真は、どれも前日のリハーサルの日のもの。
国技館は、やはりお相撲するところ。
で、お相撲さんの額が見守っている。



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備忘録

2017-02-18 21:46:23 | 歌・コンサートなど
17日、N響定期
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:諏訪内晶子

シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
ショスタコーヴィチ/交響曲 第10番 ホ短調 作品93

前の席の人が、座高が高くて、
普通に座っていると前が見えない。
右から覗いたり、左から覗いたりで、疲れた。

右隣の人は曲の始まる寸前まで、
耳にさわる声で話し続けていたし

斜め後ろの人は、紙をごそごそいじっていて
その音も気になった。

めったにこういうことはないのだが、
曲に集中できなかった。



テレビで、車窓から
今週ずっと、アルツカンマーグートをやっていた。
おお、行った行ったと、見ていたのだが

いかんせん、短く、あっという間に終わる。
次は明日という感じだが、

そのチャンネルのその時間見るのを忘れて
頂上が見られなかった。残念!

ブログでは、ここあたりに、書いてある。


今朝のテレビで
セドナをやっていた、

40年前行ったことがあるのだが、
あの時と同じピンクのジープが出てきた。

これも、ああ行った行ったと
騒いだ。


今日の昼間は、第九のリハーサル、於国技館。
明日がいよいよ本番。

日馬富士の優勝額の下あたりの席。



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忘れていたな、心に太陽を

2017-02-18 21:05:56 | 日常のあれこれ
赤倉へのバスの中、
今回初参加の兄弟がありました。

もうすぐ中学生になるという男の子が
紙を一枚、バスのミニテーブルに載せていた。

ゲームにあきると、その紙に書かれた詩を
読んで、暗唱しようとしている。
なんでも、宿題なのだそうだ。

「心に太陽を持て」

心に太陽を持て。
あらしが ふこうと、
ふぶきが こようと、
天には黒くも、
地には争いが絶えなかろうと、
いつも、心に太陽を持て。

くちびるに歌を持て、
軽く、ほがらかに。
自分のつとめ、
自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと、
いつも、くちびるに歌を持て。

苦しんでいる人、
なやんでいる人には、
こう、はげましてやろう。
「勇気を失うな。
くちびるに歌を持て。
心に太陽を持て。

---フライシュレンによる---  編訳:山本有三

その子が口に出して、一生懸命覚えようとしていると
そばにいた大人が、

〇〇が抜けたよ、などと指摘して、
だんだん、彼は覚えていったのだが、

なんか、詩を耳で聞くのっていいな、
この詩を勤め先でも、使ってみようかな
思ったのだった。


親の仕事でロンドンに3年半いたとのことだったので、
今は日本語と英語とでは、英語のほうが出やすいと言っていた。

ことばに敏感な感じがした。



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兼高かおるのお母さん

2017-02-16 22:29:59 | 日常のあれこれ
まだまだ外国旅行が一般化されていないころ、
世界を駆け巡り、リポートした番組「兼高かおる世界の旅」は
毎回楽しみに見ていた番組だ。

才色兼備とはこの人を形容するためにあるような
そんな彼女が、先日の徹子の部屋に出ていて、
とても懐かしく拝見した。

その中で、彼女がお母さまを世界の旅に誘って
帰り路、何が一番よかった?と尋ねたら

毎日食事を作らなくて良かったこととの返事に
世界の珍しいところを沢山見せたのに、この答?
とがっかりした話をしていた。

でも、主婦だったら、この食事を作らないですむというのは
本当に心からの感想だと思う。

今回のスキー旅行もこの思いは強かった。
特に、今回のメンバーのご実家が宿だったので

それはそれは食事が素晴らしくて、堪能した。

気遣いもあって、
毎食、こういう言葉が印刷された紙が食事にかぶせてある。

メニューも
1日目



2日目



帰る前の昼食には、



兼高かおるさんのお母様の気分だったのである。



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赤倉へスキーに

2017-02-16 00:11:36 | 日常のあれこれ
11日から13日まで、赤倉温泉にスキーに行ってきました。
このところの恒例、30人の団体です。

今回は、雪がずっと降っていて
雪はとても滑りやすかったのですが

時々ガスって、斜面が見えずらくなることもありました。

アカカン(赤倉観光ホテル)コースの
一番上の斜面あたりで滑っていたのですが

昼食にと入ったレストランは、
半分ぐらいがオーストラリア人。

どこもかしこも外国人でスキー場は持っているようです。

彼らは、素泊まりで食事は外食。
最近では彼らに合わせたお店も出来ているとか。

一つ気づいたのは、
彼らはひげを生やしている人が多い。殆どの男性がそう。

というか、そらない方が自然なのかもね、
などと夫と話しました。

今回も、夫の弟が留守番に来てくれました。



年に一回のスキー。

思いっきり滑りました。
筋肉痛はないものの、何でもないところで転ぶと
立ち上がるのに、腹筋背筋がないことに我ながら驚くほど。

帰って鍛えなければと、思ったことでした。



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今日の子供たち

2017-02-09 00:29:41 | 日常のあれこれ
勤め先の同僚には、保育園に子供を預けている人が数名いる。

いつだったか、暮れの夕方、
利用者さんと職員で、

ささやかな年忘れの会をしたとき、 
それぞれの子供たちも一緒に参加した。

その時、「今日の子供たち」と題してホワイトボードに

〇〇くん 5才
△△くん 7才
のように、名前が書かれていた。

子供たちは子供たちで一つのテーブルを囲み、
お行儀よくご飯を食べていた。


日曜など、お父さんとお母さんの連係プレーの合間に
訪れて、一人遊びしていたり、お年寄りと接したり、
なんとなく、みんなで可愛がっているのだが

その一人のお子さんが通っている保育園が
インフルエンザで休園になったそうで
お母さんは、潜伏期間を考えると、出勤停止。

で、急遽私の出番となった。

小さな子供を育てながら、仕事を続けている同僚には
いつも頭が下がる思いがする。

みんな、頑張っている。いかんせん、給与は安い。



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1989.9.抜粋より「システム設計はお手のもの」

2017-02-07 18:33:14 | おおはる話(母のこと)
書類を整理していたら、
母が小学校時代の同窓会に寄せた文が出てきた。

文集には、皆さんが最近の様子を書かれている中、
母は取材していただいた内容を投稿した様子。

亡くなったころ、さえちゃんが下さった文集だったが
つい最近まで、よく読んでいなかった。

おおはるさん(実家の母)は、
いとこのさえちゃんの母上とは、同級生で、
言ってみれば、同級生がお兄さんのお嫁さんになったわけであり、

小学校からずっと、一緒に学んだ間柄なので
この文集を見せてくださったのだ。
長文だが、以下に載せておく。


タイトルは、「システム設計はお手のもの」
 日本電気コンピュータシステム㈱広報誌に取材されたものより


東京の郊外、緑の森に囲まれた玉川学園で、
5万人を超える卒業生のために
同窓会事務局を仕切っているのが米沢治さん。

65歳を過ぎてからパソコンに挑戦、
プログラムを工夫し、

ゲームソフト「ロードランナー」は
150面全面クリアーというすご腕で、
同窓会のコンピュータ化はこれからと意欲的。

ゲーム少年も「SE35歳定年説」も真っ青(?!)の元気印である。

「おばあちゃんですから。たいしたことはしていませんが、
それでよろしければ。」

失礼ながらお年からして、本誌の概要から取材趣旨の説明、
お分かりいただくのに時間がかかるのではと

覚悟していたのに、最初の手短な説明だけでこの簡潔な答えである。
電話は基本料金の範囲で終わってしまった。

凛とした感じからすると、長く教職にいた方か、
または矍鑠たる理事長タイプか。

イヤ、どうも違う。
あの声は、ビジネスの分かった声だ。

勝手な想像をしながら米沢治さんを訪ねた。
65歳を過ぎてパソコンをマスターし、

事務局の仕事に「PC-9800」を使っている人である。

玉川学園の正門から緑深い樹々の中を目指す事務局へ向かうのは
ちょっとした公園を散歩する気分である。

事務局のドアを開けると、小柄なひとが「米沢です」とニッコリ。
白髪のショートカットとピンクの花柄のブラウス、
それにスラックスが軽快な感じでよく似合う。

構えない、さっぱりとした印象、ひとなっこい笑顔。

米沢治さん、69歳。昭和12年玉川学園を卒業して
基本的には主婦業。

37年ごろから事務局の手伝いを、そして7年前に
事務局長のポストに就き、机一つで始めた事務局の仕事も

卒業生の増加とともに拡大し、
今では職員20名の所帯となった。

米沢さんが成城から玉川に移ったのは、
昭和初期小原先生をしたっての転校であった。

現在の玉川学園駅は、電車をとめてもらうために
小田急に創始者が寄付した駅である。

そのころ、米沢さんは港区の飯倉に住み、
森村、成城、玉川学園とお嬢さんコースを辿ったが
どんな家のでなのだろう。

何気なく伺ってびっくりした。
父君は白石基礎工事の創始者、
おばあ様がなんと故吉田茂元首相のお姉さまとか。

「お正月などよくおばあ様の所に挨拶に見えてました。
嫁ぎ先の姉に挨拶に来る方が偉い人になれるとは、思ってもいませんでした。
なにしろ土佐ですから、私は大雑把で…」

<パソコン誌を熟読してソフト研究>
パソコンとの出会いも実にフレンドリーである。
最初に目を付けたのが5年前、仕事にプラスになるのでは、

漠とした思いから自宅に1台買い込んだ。
電気屋がゲームを付けてくれた。

「そのゲームがね、15度刻みの角度で敵機を撃ち落とすの。
今は妹の孫にあげたけど、
あの後あんな面白いゲームには出会ってないわ」

こんなだから、パソコンにアレルギーがあろう筈がない。
折よく近所に開設されたパソコン塾にも通っている。

中学生に交じりソフト会社のスピンアウト組らしき先生に
個人教授の形で「BASIC」を習った。

「BASIC」で円を描いたり色を付けたりと進むうち、
本格的な「PC-88」を買い込む。

漢字ワープロなる本を購入、40ページほどのプログラムを
「PC-88」に4か月位毎日毎日入力。

「そしたら本に校正ミスがあってね、考えてこうかなって
勘で「BASIC」を訂正、RUN出来たりするの。結構面白かった」

これだけの努力の結果は「名前を住所を書いて一回印刷したらおしまい。」

で、「BASIC」でプログラムを書いていたのでは
仕事にならないと考え、市販のソフト選びの重要性を痛感。
パソコン誌を買い込み何冊も読破。

一方、ビジネス利用を考えて、
一年間家で同窓会の会計を試してみた。

出来は上々。それで「PC-9800」を家に購入。

『「PC-9800」にして嬉しかったな。
「88」ではトッ、トッ、トッが、トゥルルルって早いこと』

<システム設計にただならぬ才能>
次の年、事務局に「PC-9800」を入れてもらい、OA化に着手し始める。
卒業生は幼稚園から大学院まで、約5万3000人。

毎年2000人増える。
仕事は会報の発行、名簿作成、役員会・理事会の開催、
会計処理と多岐にわたっている。

これらの業務の会計処理、名簿管理の一部が
米沢さんの手でパソコンに載っている。

米沢さんが自宅で朝な夕な入力のデータベースは1万人を超える。
その成果は着実に見え始めた。

会計処理では日計表から決算が数分で出せる。

「会計の秘密をご紹介しましょうか。」
見せてくれたのが、オリジナル辞書だった。

「A0現金前期繰越」「A1本会計前期繰越」…と費目がコード化され、
決算表を作成する際にこれで費目がピタッと並ぶ。

さらに〝ゲゼA0現金前期繰越”とあり、
これが辞書登録されているので、費目の入力は
すべてカタカナ2文字で済んでしまう。

「特に習ったわけじゃない、米沢式簿記と称しています」と
笑う米沢さん。

システム設計のただならぬ才能があるようだ。

その好例がマークシート方式の会員カードである。
現在使用しているカードは、12年前の設計。

氏名・旧姓、職業、募金、郵便番号、地方区分、部別、科別、
卒業年度、幼・小・中・高、転科…と巧みな組み合わせで

コンパクトなマトリックスが
見事に1枚のカードに収まっている。

「ただラクをしたいから、趣味でアレコレ考えてるんですよ。ウフフ。」
と茶目っ気を見せ笑う米沢さんだが、大雑把どころか大した緻密さだ。

いずれはオフコン・クラスのマシンを入れてと、
描く構想の実現に若い人への期待は大きい。

「今、事務局の唯一の男性が昨年の工学部卒業ですが、
コンピュータ関係に先輩がいますから」

ゲーム少年も35歳SE定年説も真っ青の熟年SEは
まだまだ健在である。


今のコンピュータから考えると
ワープロのプログラムを入力していたのだから、
初期も初期なので、こんな広報誌に取り上げていただいたのだと思う。

自宅で、辞書登録した都道府県や大きな市町村の対比表を左に掲げ
いつもいつも名簿入力等していた姿が目に浮かぶ。

本当に趣味はパソコンだったんだと、懐かしく思う文集の記事だった。
さえちゃん、改めてありがとう。

他に、小学生時代の「かくれんぼ」という文もはさんであって
それはそれで、母のほかの一面を見た気がした。



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太巻き15本!

2017-02-04 00:47:39 | グループホームについて
今日は節分。
ということで、勤め先では太巻きを15本作りました。

中身は、高野豆腐、人参、ほうれん草、卵、椎茸、干瓢。
それぞれに煮たり焼いたりしたのち、

昨年までは、利用者さんごとに具と海苔と酢飯に巻きすをそろえ、
巻いてもらいましたが、

それぞれの手のかかり方が変わってきているので
今年は、こちらで巻きました。

最近、自宅で巻くこともなかったのですが、
まあまあうまく巻けました。


午後は鬼の面を作って、
それぞれのお部屋で豆まき。

カメラにお面をかぶった図を収め、
節分の行事は終わりました。

今日の勤務は3人体制。

入浴もあったので、
料理は一人で担当、

帰ってきて行ったコーヒー店で
知らぬ間にうつらうつらしていました。



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夜空を見上げると

2017-02-02 22:12:07 | 日常のあれこれ
このところ、夜空を見上げると
くっきりと冴えた月と、右下に星。

昨日の夕方遅めに見上げた時は、
頭上に30くらいの星を数えることができた。

東京の空にこんなにたくさんの星をみることができるのは、
驚きだ。


先日、富士山が良く見えたり、
星が見えるのは、

東京がアスファルトで固められ
以前あった土や緑からの蒸気の発生が少なくなったからと
説明していた。

空がきれいになったのは、
以前だったら、公害が減ったからと説明されたのだろうが

なんだ、そうだったのかと、ちょっとがっかりした。


近所のコーヒー屋さんに出かけ頃は、夕焼け。
帰る頃は真っ暗になるので、
帰りに空を見上げることが増えた。



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