toty日記

toty日記です。感想などいただけたら、喜びます。最近mixiに参加、気軽に声をかけてください。

東京でいろいろと

2021-03-18 10:57:20 | 日常のあれこれ


昨日は、職場でPCR検査。
唾を小さな容器にため引かれた線までたまったら蓋をして提出。
一緒にやっていた同僚がなかなかたまらないと言っていたが、
私は難なくおわり、唾の出やすい出にくいは、どこが違うのだろう?なんて考えていた。

その後、いつもの病院で軽い診察を受け、血圧の薬をもらい、
S叔母を訪ねマーマレードを届け、しばしおしゃべり。叔母は95歳だった、
前書いたのは私の勘違い。

3時過ぎに歯医者にいき歯石の掃除をしてもらう。
夕方、御殿場に帰ってきました。


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昨年の十大ニュース

2021-03-18 10:37:38 | 日常のあれこれ
FBに投稿した記事から、主だったものを転載します。

毎年、年末に今年の十大ニュースを書いていたのだが、
少し遅くなったが書いてみます。(備忘録として)

1 次男の結婚 https://blog.goo.ne.jp/.../1bb2ed56b17673546ffcafc003.../...
2 コロナ騒ぎで御殿場中心の生活
3 御殿場にいると、蝶、蜘蛛、花など生物が気になるように
4 伸び放題だった木を切ってもらい、働く車に驚く!
  それに附随して、木を切ったり薪割り機に嬉々としたり。
5 スマホを手に入れ、写真、検索、これも楽しんでいる。
6 ちょっと足をのばすと、山歩きになり、長尾峠など歩く。秋には焼岳に。
7 夕方になると、コーヒー屋さんに出かけ、常連さんとの会話を楽しむ。
  夫と二人だけだと煮詰まりそうになるが、いいガス抜きにもなる。
8 仕事は集中的にシフトを組んでもらい、細々ながら続けている。
9 富士山を毎日見る生活で、四季の富士山を楽しんでいる。
10 昨年までは、四つもコーラスグループに入り忙しくしていたのに、
  これが一切なくなり、これは残念で堪らない。zoomで顔を会わせたり、配信での練習があるが。

以上、昨年の10大ニュース。


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入れました

2021-03-14 12:12:29 | 日常のあれこれ
昨年の7月にスマホを手に入れ、そちらでFaceBookでの投稿をするようになってから、
このgooブログを使うことが減っていたら、
ある時から自分のブログにログインできなくなってしまいました。

長文はやっぱり、パソコンからの方が楽で、
やっと復活出来ました。

自分の備忘録の意味もあり、大事なことはここに書いておきたいと思いますので、
ご無沙汰しましたが、またよろしくお願いします。


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まっぴょんとヨネコCD

2020-10-23 19:49:02 | 歌・コンサートなど
学校に通っていた頃は、旧姓が米沢だったので、
ヨネコと呼ばれていた。

よく高齢の林間学校で一緒になるまっぴょんとの話
以前書いた。

いつだったか、バイオリンをまた始めたんだと、
タイスの瞑想曲をネットで送ってくれた。

バイオリンをまた弾いたらいいのにといったのもあって、
頑張ってとメールを返したのだが、

その時に、私も勤め先で幾つか歌を作って、
CDを作ったんだと、お知らせしたら、
聞きたいと言ってくれて、送らせてもらった。

そうしたら、まっぴょんのお友達に、こういう人がいて
CDを聞いたら良かったと伝えてくれて、
何人かに送ってあげてと依頼があった。

多分にお世辞もあったのだと思うが、
いわれるままに、何人かに送ったところ、
皆さんから感想を頂いた。

CDを作ったのは昨年の母の日、次男がアレンジしてくれて
できあがったのだが、それから一年以上たって、
私の中ではもう済んだことに思っていたのだが、

ヘルパーをやっている方が、「こういう所で働きたかった。」と
書いてくださったり、

この歌のこの部分が好きとか、感想を頂くと嬉しくなった。

特に、まっぴょんのいとこさんが、
全ての歌詞に感想を加えてくださり、
お人柄もつたわってきた。

また、娘さんが玉川学園に行っている方がいて、
まっぴょんいわく「ヨネコCD」はその娘さんの友達に回っているんだとのこと。

まっぴょんのおかげで、嬉しいことが増えた。有難いことです。


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ショパン展

2020-10-05 18:23:59 | 日常のあれこれ
9月21日、静岡市美術館で開かれていた、ショパン展に行ってきました。

御殿場にいると、テレビで静岡限定のニュースが流れます。
コマーシャルも然り、天気予報も然り。

かなり前から、コマーシャルでショパン展のお知らせが流れ、
時には、天気予報の背景がショパン展だったり、
ニュースでもショパン展を扱っていて、とても気になっていました。

コロナ以前だったら、月に2~3回はコンサートに行ったりしていたので
自然の中の生活も悪くはないものの、
急に行ってみたくなり、20日に夫と行ってみようかと話が決まり、
車も考えたのですが、電車で行くことにして出かけました。

御殿場線は、単線で、一時間に一本か二本しか本数がなく、
時刻表でしっかり乗り換えも考え、予定を立てました。

10時に家を出て沼津乗り換え、12時少し前に静岡駅に着きました。
駅から3分。あっという間に会場へ。

入場料を支払う時、「ショパンと言えば?」と聞かれ
「ピアノの詩人」と答えると、カンバッヂが貰えました。

注意書きがあって、会場では黙っていること、
咳が続くようなら、退場を勧告しますとのことで、
会場内は、異様な静けさに包まれていました。

入ってすぐは、ショパンの作品から連想したイメージを描いたシリーズ。

そのあとは、ショパンの肖像画。
肖像画というと、同時代の人の作品と思っていたのですが、
現在に至る作品が並びます。
写真や絵や作品から想像した、様々なショパンの肖像画が並びます。

そして、ショパンコンクールのポスターが並ぶ。
これも、選考があったのだろう、様々なデザイン。

ショパンの一生の説明があったり、住んだ場所の風景やエピソード、
39歳で亡くなるまでの、彼の生活を偲ぶ。

日本にピアノというものが普及するまでの、ピアニストの紹介があり、
瓜生繁子という女性が、岩倉使節団とともに渡米(津田梅子や、大山捨松と一緒に)
ピアノを習得したという話は初めて知った。

10歳で渡米とあったが、こんな小さい時に
渡米して現地の大学を卒業、帰国の後、音楽取調係に着任。
日本の音楽教育の最初にこういう女性がいたのだ!

親戚に瓜生姓のピアニストが居るのだが、関係あるのだろうか。

日本でショパンが初めて弾かれた頃の話もあって、
展示されたプログラムに、鉛筆の書入れで、点数があったり、
辛辣な感想があったのが目を引いた。

ポーランドのワルシャワ、フランスのパリと、
居を移したショパンは、遺言で自分の心臓を
故郷のポーランドの教会に埋めるよう願ったという。

説明を読んでいて、心臓の字が飛び込んでくる。
当時の埋葬の方法がどんなのか、よく知らなかったが

遺体から心臓を取り出し、アルコールに漬けて移動する。
ちょっとびっくりした。

ショパンの自筆の楽譜が並び、
彼は、余り推敲することなく、初めから完成した形で記譜したらしい。

ごく少しの変更部分だけ、書き直したのが分かった。

ショパンと言うと、繊細で、女性的な印象が持たれているが、
曲はそうであっても、人物はかなり男性的で

自筆の手紙には、かなり下品な冗談も書かれていた、
との説明には、へえ~~!だった。

終りの方には、ショパンコンクールの歴代入賞者の名前や、
その入賞者に送られるメダル。

島根さんのご縁で最近コンサートで聴くことのあった
川口さんの写真には、ちょっと嬉しくなった。

一番最後は、NHKで放送された「ピアノの森」の展示に、
その原作者の言葉。

ショパンに関する様々な角度からの収集品は、
とても楽しめるものだった。

とても念入りに集められた品々から、
ショパンが近くに感じられた展覧会だった。


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古今和歌集のその後

2020-09-10 21:58:16 | 和歌集
先日、勅撰和歌集のことを書いたあと、
先生から詳しいご説明を頂きました。
頂いたメールから、ここにご紹介しておきます。

私が、詳しく理解していなかった部分で、
先生のご見解です。

「あらためて、貴重な点を申し上げます。

古今和歌集・後撰和歌集・拾遺和歌集の三代集と、
藤原俊成撰の千載和歌、俊成の子息定家撰の新古今和歌集・新勅撰和歌集、
俊成の孫為家撰の続後撰和歌集の4つの勅撰和歌集の撰者となった、
冷泉家の家祖3代の撰者の組み合わせです。

このような勅撰集を拝見したのは初めてです。
江戸時代中期頃の書写になるもので、

定家周辺を尊重していたことがよくわかる写本として貴重なものと思います。」

以上です。冷泉家の家祖3代の撰者というところが
他と違うことが良くわかりました。


その後、御殿場に夫の研究上の先生をお迎えしたことがあるのですが
高齢のため、ご家族が三人同行なさっていらしたのですが、

その中のお一人は、文化財を扱うお仕事をなさっており、
手にとってご覧になりながら
先生が素手で感覚を大事になさった話に、うなづいておられました。

また、娘さんのご主人が、
古楽をなさってらっしゃって、

西洋の古い楽譜も、
紙に入った透かしで、製作された年代が分かる話、

バッハの楽譜を研究した日本の学者さんが
バッハの楽譜を年代別に整理したことで
かけがえのない年代帖のようなものが作成されている話を伺いました。

古楽をやっておりますとの言葉に
懇意にしている島根さんのお名前を出したら

よくご存じとのことで、豊洲のコンサートも行きました、には、
我々も行きました、と話がつながったことに
驚きました。

惜しむらくは、お名前を聞き逃したこと。
いつか、またお話を伺えればと思ったことでした。

今日の写真は、和歌集の表紙の裏の絵。


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グンゼのナイロン靴下の♪

2020-09-07 22:19:31 | 思い出の歌
楽譜があると、まずは歌ってみるクセがある。

昨日夫の伯母の荷物を片付けていたら、こんな箱があった。
グンゼの靴下の入っていた箱。伯母が好きだった蛙のイラストが、張ってある。

箱を開けると、ふたの裏側に楽譜が印刷されている。



途中から聞き慣れたフレーズが。

サトーハチロー作詞、加藤三夫作曲、歌は雪村いずみ!
すっかり(グーンゼのナイロン靴下の♪)の世界にひたる。

伯母らしいのは、可愛い飾りと一緒に元素周期表が入っていたこと。





もう一つ、気になったのは、
箱の右下にあるアトムの絵があるseal。



伯母が身の回りの世話を頼んでいた方が、
虫プロに勤めていたことと関係あるのかな。

この「想い出の靴下」という歌で検索したら、
このブログに行き当たった。

この方の場合は、お母様の新品のストッキングのようで
その説明書もついている。

このころのストッキングは高価なもので、
シームが入っている。

パンティストッキングが出てきたのは
随分後のことで、この頃はガーターベルトや、
コルセットについたクリップみたいなので引っ張っていた。

ストッキングをはくというのは、大人になったような気がしたし、
伝線といって、縦に糸がほどけると、
それを有料で直してくれるお店があった。

ザ・ピーナッツの歌に「振り向かないで」というのがあったが、
その歌詞に、「今ね、靴下なおしてるのよ
あなたの好きな黒い靴下」というのがあって、

ストッキングがズルズルとたるんでしまうという現象があった。
今は昔の話。

箱の裏に印刷された楽譜の作詞はサトーハチロー、作曲は加藤三夫とあったが、
Wikiなどでは、サトウハチロー、加藤光夫が良く使われているようで、
コマーシャルソングだからか、それとも余り深い訳がないのか
名前の使い分けをしていたのか?謎でもある。

サトウハチローのCMソングには、森永製菓の
「誰もいないと思っていても、どこかでどこかで
エンジェルが♪」というのもある。

テレビっ子だったので、これも最後までそらで歌えるが
大した自慢にはならない。

と、そんなことをつらつら考えた。私も暇だ。


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所さん!大変ですよ

2020-08-26 23:08:43 | 御殿場生活
8月10日、乙女峠に登った時、帰りのバス停で
反対側にあった、ノウゼンカズラの写真を撮ったところ、

周りの木が紅葉している?と思ったのですが
どうも、枯れているらしいと気づきました。

その後、近所の人と話していたら、
どうも、楢の木が枯れているらしい。

そう思ってみてみると、御殿場から箱根の山を望んでいると
所々、この枯れた部分が見られる。

にこさんと出かけた箱根湿性花園の中で、見かけたのがこれ。



木の根元におがくずのようなものが(この場合、赤い)積もっている。


昨日、家の木を眺めていたら、
この木の根元にも、おがくず状のものがぐるりとある。



木の幹にも、おがくず状のものがいっぱい降りかかっている。



そして、見上げるとこの木の葉は、すっかり枯れてしまっている。



驚いて、以前木をきってもらったところに連絡したら
この二週間ぐらいで、楢の木が枯れているという報告がいっぱいあって、

とても小さな虫が幹に入り、楢の仲間の木が一斉にやられているらしい。

40年を超えた老木が特に被害にあうらしく、
若い木は虫を寄せ付けない力があるが

大きな木はやられているとのこと。

なんでも、日本海側の木々は、数年前からやられていて、
今年に入って、太平洋側の木々に広がっているとのこと。

切って燃やすか、薬で燻蒸しないとどこまでも広がってしまうとのこと。
早速切ってもらう手筈を依頼。

業者さんの話では、御殿場のキャンプ場、樹空の森、秩父宮記念公園近く、
ゴルフ場内等、軒並み枯れているそうだ。

カシノナガキクイムシという虫が、菌を媒介してひろがっているそうで、
それこそ、ブナ系の林にとって、大変なことが起きているらしい。

「ブナ枯れ」で検索すると、各都道府県のホームページで警告を発している。
以前、マツクイムシが広がった時のようなものだそうだ。


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古今和歌集の写本

2020-08-25 22:26:44 | 和歌集
7月にスマホを手に入れてから、
スマホから投稿することが増えたのですが、

まとまったことを書きたいときには、やはりキーボードで入力し、
編集機能が使える、ほかに参考になる画面を開くなどが

スムーズにできるパソコンでの入力と投稿がやりやすいと感じ、
この二か月間にFacebookに投稿したものを、重複しますが、アップします。

特に、Facebookは以前アカウントを乗っ取られたことがあり、
それまでの記録がなくなってしまったので、
保険の意味も含めて、ブログも続けることにしました。


ということで、古今和歌集の写本です。

夫の伯母の遺品を整理していて、箱に入った古い書物が出てきました。
箱と書物の写真を載せて、これはなんでしょう?どうしたらいいでしょう?
と、Facebookに投げかけてみたら、

早速、俊介さんから、
源氏物語の若紫が見つかった経緯もあり、

その時の鑑定にあたった方を大河内様から紹介してもらったらと
ご提案いただき、あれよあれよという間に

大河内様からの連絡、先生からの連絡が続き、
16日(日)には、東京の家にお出でいただくことになりました。

その際頂いたメールには、八代集と思われること、
写本ですか?版本ですか?奥付はありますか?
と、記されていたが、それらの言葉のきちんとした定義も知らず、
ネットで俄か勉強して、先生のお出でを待ちました。


16日は、暑さ最高潮の一日、
汗をふきふきお出でいただいた藤本先生は、
お出しした飲み物もちょっと口をつけられただけで、
早速、古今和歌集などの古書をご覧になり始めました。

カバンから、布製の筆箱をおだしになり、
そこから調べる時の七つ道具、
へら、
懐中電灯、
鏡、
目打ち等々が出現します。

鑑定というと、白い手袋を連想するのですが、
このようなものを鑑定するときは、素手の感触がとても大事で、

まず、写本か、版本かは、素手でさわってみると
写本の墨は、盛り上がって感じるし、
版本は、溝が感じられるとのこと。

私は、余りにもきれいに揃っていて、凹凸も感じられなかったので
版本と勝手に思っていたのですが、写本ですとのこと。

時代的な考証は、紙の質による。
江戸以前は、紙を漉くとき座っていたので、
均質にはなりにくく、厚みも凸凹も感じられるそうだが、

江戸以降は、立って紙すきをするようになったので、
より薄く、均質に平滑に漉けるようになったので

よって、今回のものは、江戸中期の写本だろうとのこと。
紙の材料については、紙を懐中電灯で裏から照らし、
透けたところをよくみることで、およその予想がつくとのこと。

八代集とは、勅撰和歌集を年代順に数えて八つを集めたものという意味だそうだが、
今回のものは、7冊。

でも、入っていた箱にぴたりと入っていたので、
一冊がなくなっているというわけではない。次の写真は、入っていた箱、及び金具。





端から、へらを使ってページをめくっていらした先生は、
そうか、そういうわけかと、何回もつぶやきながら、
7冊全部に目を通された。

八代集は、①古今和歌集、②後撰和歌集、③拾遺和歌集、④後拾遺和歌集、
⑤金葉和歌集、⑥詞花和歌集、⑦千載和歌集、⑧新古今和歌集の八冊を指すが、

今回のものは、④~⑥が抜けていて、
⑨新勅撰和歌集、⑩続後撰和歌集が加わっての7冊だった。

これは、これを写本した方の何かの思いがあってのことで、
選者のつながりを大事になさったのかもしれない、というようなことだった。

そもそも昔の本は、今とは比較にならないほど貴重なもので、
内容を伝えるには、写本か版本(版木を掘って摺る)しか方法はなく、

写本の際には、誤字脱字もありうるし、
版本は頑張っても200部くらいしか擦れない。(版木が擦り切れて不鮮明になってしまうから)

とてつもなく時間と手間のかかるもので、
地位やお金のある人が、祐筆という書き写すことに秀でた人を使って
写本をする。

今回のものは、質の良い紙をつかっているので、
思い入れがこもったもので、作るときにかなりの力を注ぎこんでいる。

全体がとても綺麗で、
ページをめくった形跡が余りみられないことから、

このようなものを作り、手元に置けることで
満足していたのではなかろうかとの、ご意見だった。

どちらにしても、これをどうしたらいいでしょう?の質問には、
売るとしたら、一冊1万円とかで業者は買い、
それを20万、30万で売る商売ですからと、

言外に売っても大したものではないということをおっしゃったのかと感じたが、
我が家にあるよりは、こういうことを研究する方の目に触れるようにするには、
と、いくつかの研究機関をご紹介いただいた。

しばらくは、眺めていようかと思うが、将来的には
それらの研究機関の中から選んで、寄贈するのが良いのかと思っている。

どちらにしても、夫は理系人間で、余り関心を示していなかったが
私が俄か勉強の結果を知人に話すのを聞きながら、
へぇーといった感じである。

他に順不同で、
その時のメモから、覚えとして書いておく。

写本のやり方、ばらした紙の上に糸をはり、
それをガイドに、上から転写する。

写本・版本でどちらにも優劣はない、
版本をもとに写本を作ることもある。

へらは職人さんの手作り。使い勝手のいいものを腕のいい職人さんが
ボランティアで作ってくれる。研究を志す人にあげている。

他に、参考となるサイトを。

源氏物語の若紫が出現したときのもの。
このリンク先の写真に、へらが写っています

鑑定という仕組みの中に、古筆家が果たす役割の話。
たまたま、同級生に古筆さんがいること、
その縁で面白い話があることを、お知らせした。

先生の紹介(Wiki)

最後に、先生からコロナで外出する機会が減り、
こうして外出でき、資料を拝見できるのは嬉しいことですとおっしゃって頂き、
良い先生をご紹介して頂いたと、繋いで頂いた方々に感謝しております。
そうそう、繋いでくださった方々は、コーラス仲間です。


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喫茶コーナー

2020-07-26 10:36:08 | 山吹の里では
金曜日の午後、22年続けてきた、
山吹の里の喫茶コーナーについて話し合いが持たれました。

地域の方々に声をかけ、
日曜以外は11時半から3時半まで
老人ホームの玄関に開いていた喫茶コーナー、
コロナ発生以来お休みだったのですが、
一度集まって話し合おうとのことでした。

曜日ごとにグループをきめ、
総数にすれば何十人ものボランティアが関わっていたこの取り組みも
老人施設にウィルスを持ち込まないように
ということのために、ずっとお休みだったのです。

話し合いの提案があった時は、
現況を考えれば、これでおしまいになるのかなと
考えたりしましたが、

施設の方々からは、今までのノウハウをいかして、
施設改修の後には、再開してほしいとの言葉をいただきました。

コロナと改修とでしばらくはお休みしますが
再開の可能性を希望として、準備するということです。

取り敢えず、什器類の片付け、
会計報告の作成、ボランティア仲間への報告等
いくつかの作業を考えましょう。

書類の断捨離もありますね。
頭の中でシュミレーションしております。

久しぶりにお仲間に会えて、それも嬉しかったです。

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アシダカグモ

2020-07-16 21:34:00 | 御殿場生活
御殿場のここは人が住んでいる地域のはしっこで、
奥は森林なので、よくいえば自然がいっぱい、
逆にいえば虫だらけ。家の中にも虫が入り込む。

で、この蜘蛛、日に必ず数回は現れる。
小さなのもいれば足を含めばこぶし大のもいる。

どうも蜘蛛の巣を作ることはないようだ。
ただただ現れて走り去るので、迷惑なこともない。

先日、台所の壁に現れて
触角のようなものを
左右すりあわせるようなしぐさを続けていた。

そのうち、8本の足全部を身繕いするかのように
口の前でいじっていた。

その間、約30分。
見ていた私も暇人だが、この蜘蛛の身繕いは
随分丁寧だ。

昨夜、写真を見ながら名前をさがしたら
アシダカグモらしい。

説明によれば、自分の体より大きなゴキブリを
食べる益虫だそうだ。

これがいれば、家からゴキブリがいなくなるほど
大食漢ということ。

そして、身繕いは餌になる虫をやっつける液体を
体に塗る動作らしい。

色々検索したら、これを飼っている人もあるそうで
なかなか面白かった。


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彩雲

2020-07-11 09:41:31 | 御殿場生活


通帳を預かっているある会の会計報告のため
たった47円の利子記帳の為、小田原まで。

東京にいると、どこにでもあるいわゆる都市銀行の支店って、
地方に行くと、本当に少ないのだと実感。

三井住友銀行の支店で、静岡県内だと、一番近いのが小田原。
ということで、小田原まででかけ、ついでに漁港によって

地魚のチラシ丼を食べた。
太刀魚が入っていて、生の太刀魚って初めてだったが
プリプリして美味しかった。

お店で「キズモノ」と書かれた格安の干物を手に入れ
気分上々になった。

その帰り、箱根に向かって車を走らせていたところ
ずっと雨だった空に、ぽっかりと青空が見え、

其処に小さな上下が反転した虹が見えた。
あそこに虹!と夫に言うと、

あれは彩雲(さいうん)といって、
そう珍しいものではないという。

でも、私は初めて見たので
写真がとれたらよかったと、そんな会話をしていたら

突然、かかっていたラジオで
「○○さんから、彩雲の写真が届きました。」

NHKの午後ラジ、武内陶子の番組で
余りのタイミングの良さに、ぴっくり!

さっきのを見た人がほかにも居たんだ!
と、ちょっと嬉しかった。

先程、彩雲を調べていたら、
昨日見たのは、「環水平アーク」に近いと思った。

私は、初めて見たのでテンションがあがったのだが
夫は、「そんなのしょっちゅうある」という言い方。

それには、テンションが下げられた。
物の言い方が、どうもひっかかる。

よく山に行く、自然現象をいつも気にかけている、
飛行機に乗っても窓側で外を見ている、
そういう人は、しょっちゅう見るんだろうが。

最初の写真には、彩雲はありません。イメージ写真です。

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急がば回れ、森山道を歩く

2020-07-06 22:35:13 | 御殿場生活
御殿場にいると、散歩コースは数限りなくある。

雨が降ってなければ、なるべく歩くようにしているのだが、
近くの病院入り口付近に、「森山道」という看板をみつけて、そこから歩きだしてみた。





説明には、2.5キロで駿河台に至るとある。
実はこの道にからんで、三回目の山歩き。

第一回目はは、病院入り口から登りだし、
途中、林道に出会って、あとは林道から西二の岡に出て
普段車で通る道を歩いた。約二時間。

二回目は、乙女峠に向かう道から、前回の林道に入り、
前回登った坂を下りての行程。

その時の様子は、「何の木なのだろう?」で、少し書いていた。


今回(6月中頃)は、家の裏から登りだし、
林道にでて、最終の駿河台に出るコース。

鹿やイノシシが出るので、わなに注意のお知らせ。
干支は猪だが、罠にかかったらまずいので、細心の注意を払う。



誰かの居住跡らしく、お庭として整備されてたらしい場所。
紫陽花も咲いていた。





どういう意味があるのか、「中」と書かれた木が続くところを通り、





ふ~~ん、手入れをしたあとね。



何回目かの林道を歩く。

緑に目が行く。





去年の台風で壊れた道が、直されていた。(前回は工事の真っ最中だった)





林道から入るところがわかりにくかったのだが、
多分こことあたりを付けて登りだした。

その坂を上からみたところ。



途中、富士山を遠望できる素敵な場所があったり、
(肉眼でははうっすらと見えたが写真にはうつってない)



私有地らしいが人の気配のない所を通ったり、











どうも、途中で森山道をそれてしまったらしいのだが、
また、道標に出会う。



かろうじてついた道を探りながら登って、
駿河台に到達した。

駿河台と言う場所は、
御殿場から長尾峠に向かう自動車道の途中、

以前お汁粉屋さんがあった場所で、
この日は見えなかったが、駿河湾を臨める場所で、駿河台。





そこから同じ道を戻るよりはと、自動車道を歩くことにして暫く行ったところ、



二人が優に歩ける幅の道があったので、
近道かと思い込んでそっちに行ってみた。

暫く快調な下り道が続いており、
その道にずっと、10メートルおき位に赤い布がつけられていて

道しるべのようになっていたので、
その赤い布をたよりに、暫く進んだ。

そうこうしていたら、赤い布を見失った。
私が先を歩いていて、夫がこれでいいのかな?といいながら
周りを確かめていたら
私の目の前5メートルくらいの所を、

大きな鹿が、右から左にすごい迫力で走って横切った。
けっこう、密に木があるのだが、

それらをものともせず、全速力だった。
大きくて、馬かと思うほどだった。

ちょっと度肝を抜かれて、夫の所に戻り、
道がだんだん細くなってきたこと、
鹿の生息地なこと、いろいろ考えたが
やはり、方向的にはあっているのだと思って、
歩き続けた。

そのうちに、視界にガードレールがある広めの道が見えた。
ああ、よかった。ちゃんと通じているんだと、

崖状態の2~3メートルの部分をどうにかおりて、
広い道を歩き出した。

道には、タイヤのあともあり、確信をもってすす進んでいたら
なんと、その道が行き止まり!
その先にはけもの道もなく、藪状態。

先には川があるようす。

下れば本道に出るかと、下り道を選んだのだが
「道に迷ったら元に戻るのが原則だよね」といいながら
もと来た道を逆戻り。

このタイヤ跡はなんだったんだ?というのには
多分、オートバイで好き勝手に走らせたい人の跡かもね、などと言いあう。



よく見ると、この道は、ガードレールがあるとはいえ、
それが埋まって見えるような部分もあり、
きちんと手入れはされていない様子。

だんだん、日暮れも近づき、
久しぶりの冒険になってきた。





途中、キイチゴやグミをつまんだり、桑の実を食べたり、
遭難しても食べるものはあるなどと、気休めを言い合い、
一時間ほど、くねくねと巾だけはしっかりある道を登る。

突然、左にあった林の木がとぎれ、
御殿場方面の風景が展望できる場所にでた。



位置的には近いが、どうも、かなり上ってから元の道にでるようす。

この道の出口(入口か?)には、こんな障害物が置かれ、
入らないようになっていた。



自動車道に出た時には、夕暮れに富士山が浮かび上がる風景に出会った。





勿論、ここを通るバスは最終が行ったあとで、
家まで自動車道を歩くはめに。

家に着いた時は8時を超えていた。
おなかもすいていたので、一番近いレストランで食べることを

ずっと考えていたのだが、やっているはずなのに、
その日に限っての休業日。がっくり力がつきた。

でも、家の前、50メートル位のところで
蛍が飛んでいる所をみられたのは、ラッキーだった。

急がば回れ、そして鹿、蛍と、話題満載の山歩きだった。


帰ってから、「森山道」でぐぐったけど、
余り情報はなくて、

一つ、この情報が出てきた。
この方は、箱根の丸岳に登られたようで、
ぜも、前半の説明は全く同じ。

林道から駿河台を目指す入り口がわかりにくいことは
やはり書かれていた。

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讃美歌の話

2020-07-01 21:58:05 | 歌・コンサートなど


小学校から大学まで通った玉川学園という学校は
ずーっと「礼拝」という時間が週一回、
時間割で言うと二コマ続いてあった。

その中で讃美歌をたくさん歌ったが
その中に、玉川の先生が作られた讃美歌があった。


「行けども行けどもただ砂原」ではじまる、讃美歌244番。
小山章三先生の作で、讃美歌の楽譜の左上に、
Shozo Koyamaとあるのが、ちょっと誇らしかった。
今使われている讃美歌では、470番。

メロディーが物寂しく、日本的に感じていて
他の讃美歌とは趣を異にしていた。

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-470.htm

「全ての人に述べ伝えよ」で始まる、讃美歌は
玉川学園の校歌を作曲なさった岡本敏明先生の作。

玉川に居た頃は、歌った記憶がないのだが、
年月がたち、姉が岡本家の長男と結婚することになり

様々な場面でこの曲が歌われた。
特に、姉の葬儀のおりは、これが歌われ
お墓参りの時にも、墓前で歌ったという歌なので思い入れがある。

岡本先生は、讃美歌編成にも携っておられ、
弓町本郷教会の聖歌隊を指導なさっておられた。

たまたま祖母が弓町本郷教会に通っていて
(岡本先生を通じて通うようになったのかもしれない)
聖歌隊の合宿が祖母の北軽井沢の家を使って催された。

我々孫一同、その合宿に加わらせていただき、
合宿最終日に、軽井沢での教会でのコンサートを鑑賞した覚えがある。

http://www.its.rgr.jp/data/sanbika21/Lyric/21-405.htm

讃美歌は、四部合唱が多く、
和声とか知らなくても、ハモる基礎が身についたと思う。

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訃報

2020-06-30 21:44:04 | 日常のあれこれ


昨夜、友人からメールが入った。
高校時代のスキー部の仲間が亡くなったとの知らせだった。

かなり前から病を得て、でも頑張っていたのだが
とうとう亡くなった。

昼間にAさんから電話が入り、詳しいことがわかった。
最後に会ったのは、スウェーデンからタミエが帰国した折
昨年の暮れだった。

その前、タミエが帰国した時に集まった仲間ではねもちんが
帰らぬ人となった。(2012年)

なんか、みんなで集まると誰かが亡くなるんだよねと、
Aさんがぼそっと言っていた。

癌だったので、最後は病院でなすこともなく、
お家でお嬢さんに看護してもらっての死だったので

このコロナ騒ぎで、入院していたら面会もかなわない世の中
最後までご家族と過ごせてよかったねと話した。

若い頃から盆栽が好きで、
かっこよかったけど、ひょうきんで
自分をねたに、皆を笑わす人で

友人と集まるのが大好きで、周りに人が集まる人だった。
70歳代での死は、まだまだ早すぎる。

最初の写真で、連絡の取れる同期の男性は
次郎さんと明二だけになってしまった。

とても残念だ。悔しい。


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