toty日記

toty日記です。感想などいただけたら、喜びます。最近mixiに参加、気軽に声をかけてください。

たのぶさんの訃報

2018-10-21 10:14:24 | 日常のあれこれ
ネットを開けたら、たのぶさんの訃報があった。

玉川学園の演劇でずっと重鎮として活躍なさった田中信夫さん。
コンバットのサンダース軍曹のふきかえで、活躍。

なかなか渋い演技を、えっこさんが関係する朗読劇でも拝見していた。

えっこさんを通じて、山吹の里のコンサートにも出て頂いたが
その時は、「たのぶやたのすけ」という名で、落語を語って頂いた。

山吹の里のコンサートでは、
会場の皆さんと歌ったり、踊ったりすることがあるのだが、
その場で一緒に楽しんでくれたことが、思い出させる。

こんなYouTubeがあったので、ご参考までに。
昔の吹き替え事情など、面白い話がありました。

自分のブログを探したら、山吹の里のコンサートに出て頂いた時のものがでてきました。
懐かしいし、よくご出演頂けたと思います。

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当事者が集まる会

2018-10-19 23:19:36 | グループホームについて
同じ区内のグループホームが集まる会に、
利用者さんと一緒に出掛けました。

この仕事についてから、毎年、この行事には私が参加しているので、
この10年を振り返ってみました。

グループホームは、少人数で家庭的な雰囲気の中で
認知症とはいえ、その持っている能力を大事にと
家事を一緒にやったり、生活を楽しめるようにしています。

この会、最初の頃は、それぞれのグループホームが
歌を歌ったり、寸劇をしたりして、発表する形でしたが

でも、実際は職員が走り回って、
当の利用者さんたちは、主体的に関わることにはなっていませんでした。

なんのための会なのか、
何か他の形はないかと、思ったものでした。

でも、だんだん、そこに集まった者たちが楽しめるように、
各グループホームが、見ている人に呼び掛けて、
一緒に歌うとか、会場が一体になる工夫がされるようになり、

昨日も、みなさんが笑顔で一生懸命歌っている風景をみて、
まず、認知症の人が施設や、運営主体の違いにかかわらず、
これだけ集まって、一つのことをやっている状態は、凄いことだと
思ったのです。

もしかして、当事者がこれだけ和気あいあいと過ごす場はないのじゃないから。

最後に、ボランティアの方が音頭をとって

みかんの花咲く丘
里の秋
りんごの唄

を歌ったのですが、
しゃしゃり出て伴奏をやりながら、かなり心を動かされました。


この会に行くときも、
利用者懇談会と称して、

吾がグループホームは、どんな歌を歌うか相談して、
認知症の方々で決めたのでした。

決めた三曲は、

どんぐりころころ
柿のうた
桃太郎体操

会場の方にも一緒にやってもらって、なかなか良かったと自己満足しています。


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みんなの合唱団の紹介HP

2018-10-18 19:53:23 | 日常のあれこれ
みんなの合唱団の紹介記事が、ありました。

様子がよくわかるのと、素敵な写真があるので、
ここに、載せておきます。仲間がみな、素敵なのです。

ちなみに、私は手の指で出演しています!


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笑顔があふれた!

2018-10-15 22:55:31 | 山吹の里では
以前は、月に一回、ボランティアだけで行っていたライブコンサート。
諸般の事情で、お休みとなっていたのですが、

年に数回はやりたいねと、
14日の午後、ミニ・ライブと称して久しぶりに開催しました。

四階の会議室に舞台を設営して、
今回は、日本舞踊のみなさん。

3歳のお子さん二人、幼稚園のお子さん二人、
小学生が一人、男の子もいて、

大人では、男の子のお母さんと、完璧に踊る女性。

それぞれの年齢にあった踊りの振りつけは、
それはかわいらしくて、

幼稚園のお子さんでも
手の先までピッと神経が行き届き、
きっとこの子は、よ~く先生の仕草を見ていたんだろうなと思わせる。

存在だけでもかわいいのに、踊り終わって、扇子を前に置き、
「ありがとうございました。」ときちんと挨拶すると、

会場の皆さんも、笑顔で「ありがとうね。」とか
「お上手でしたね。」と声をかける。


やっぱり、踊りは舞台の上でやらないとと
舞台を設置してよかったね、とAさんと。

司会はAさん、テープの扱いは私と、
以前のように催すことができました。
撤収も少ない人数で、どうにか終えました。

踊りの先生のご主人や、踊ったお子さんのお父さんまで一緒に手伝ってくれて
手作りのコンサートでした。

会が始まるまでは、みんなで時間があるだけ歌を歌い、
久しぶりに全員がぐっとこっちを見ているという状況に
やっぱり、またやろうねと、思ったことでした。

次回は、クリスマスコンサートとして、アンサンブルフリージアさんに
お願いしてあります。

職員さんたちも、一緒に楽しんでくれて、
そのあたりが、結構大事だと思うのです。

かわいかったのに、写真をとってなくて、残念です。

終わってから、喫茶コーナーでお茶やアイスクリームを食べていただいて、
そのあと、これからのことを、職員のKさんを交えて話し合い、

喫茶開設20年の行事を何か考えようということになりました。
また、いろいろ考えましょう。

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高橋正典さんのコンサート

2018-10-14 01:05:58 | 歌・コンサートなど
みんなの合唱団で教えて頂いている
高橋正典さんのバースデーコンサートに行ってきました。

CDの発売記念なので、サインもして頂き、
帰ってきてからずっと聞いてます。
前半はクラシック、後半はカバー曲(選曲がいいです)

もしお店に並べるとしたら、何処に置くのかきっと混乱するでしょう。
ジャンルを超えた歌なので、
高橋正典コーナーでも作らなくてはならないと、おっしゃってました。


誰か友達と一緒に行こうと、まずは2枚チケットを買ったのですが、
上野の野外音楽堂で我々コーラスが初めて出場した時

詳細にブログに書いてくれた「吾妻橋の母ちゃん」に
1枚、チケットを送りました。

コーラスの先生のコンサートと伝えたつもりだったのですが、
彼女は、以前の溝の口劇場でやったコンサートみたいに、
我々が出るのかと勘違いしたらしく

会場で顔をあわせたとたん、貴方が出るのかと思っていた、
出演者に渡して下さいって、差し入れを預けたそうな。

しばらくたって、やっぱりとりかえしてくるわ!
と、緑の紙袋をもってきて、京都のお漬物と、自家製のリンゴジャムを
頂きました。もしかしたら、正典さんが、受け取っていたかもと思うとおかしいです。

席は、中央あたりで、我々二人の右側に、一曲ごとにブラボーと叫ぶ方がいて
休憩時間に、いっぱいお話させてもらいました。

実は、ピアノの鬼武さんのコンサートで正典さんを知り、
それ以来、コンサートにくるようになったとのこと。

しきりと、正典さんを誉めていました。


音楽家が生きていく道は様々ですが
高橋さんは、遠くを見つめているという感じがします。

心に響く音楽を、そのために、いい仲間と出会っている。
そんな感じです。共演者がみなさん素晴らしい。
お互いが楽しみながら、心打ち解けて、演奏している真剣勝負。


会場は、大いに盛り上がりました。
一緒に行った潤子さんも、いい先生に巡り合ったね、
なかなかこういう人はいないよね、と。

いっそセレナーデ
黄昏のビギン

このあたり、私も大好きなのですが、たっぷりきかせてくれました。
全曲終わった時は、見ていて感極まっている表情に見えました。
といっても、老眼ですので、よく見えていなくて、想像かもしれません。

準備も大変だったでしょうし、きっとお疲れのことと思います。
今夜は私も、興奮さめやらずです。

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サトウハチローの詩

2018-10-14 00:40:49 | ことば
ことばはやさしく美しくひびきよく…

                  サトウハチロー
美しいことばは
相手にキモチよくつたわる
ひびきのよいことばは
相手のキモチをなごやかにする

ことばで 語り
ことばで 受け答える
ことばで はげまし
ことばで 礼をいう

よくわかることばほど
うれしいものはない
やさしいことば使いは
おたがいの心をむすびつける

ことばがすらすらと出た日は
一日たのしい
ことばがつかえた日は
夜までくるしい

(中略)

おはようからおやすみまで ことば
外でも家でも ことば
ともだちとも ことば
買物も ことば

ことばは
いつもいっしょにいる
ことばが足ぶみしないで
唇から出るようになればしめたものだ
ことばで 動き
ことばで よろこぶ
ことばで 嘆き
ことばで うなだれる

美しいことばは
相手にキモチよくつたわる
ひびきのよいことばは
相手のキモチをなごやかにする


昨年だったか、NHKのテレビドラマで、
朗読の会に男性が入って最初は余り乗り気でなかったのに

ことばの力ににひきこまれていき、
発表会で朗読するという設定の中で、先生が朗読していた詩。

心に残ったので、プリントし、勤め先でみんなで読んでみた。
読んだ皆さんから、いい詩ねと、声があがって、
何回かみんなで読んだことがあったのだが

先日、ボランティアの方がこの詩を見つけて、
読んでみましょうと、とりあげてくれた。


そうだ、時々はこの詩を味わうと良いなと、思い出したので、書いてみた。


サトーハチローの詩は、言葉は簡単だが、とても伝わってくるものがある。
これを声にだすと、とても気持ちがよい。


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高齢の林間学校2018ーおまけ

2018-10-13 00:15:52 | 高齢の林間学校
今年は、日程的に都合のつかない人が多くて、こじんまりした会。
でも、じっくりと、深い話しも出来ました。


二つの印象に残る話。

健ちゃんが教えてくれた、人生のターニングポイント。

小学部から大学までともに学び、一緒に卒業したと思っていたのだが、
大学の途中でお父様が亡くなられ、大学を中退せざるを得なかったこと。

その後通信教育で、学んでいたが、
今一つ集中できなくて過ごしていた中、
玉川の本部で、母と出会ったそうな。

高校の頃、バザーの係りになって、その関係で母と話したことがあって、
それで母の記憶にあったのか、
「健ちゃんじゃない?」と母が声をかけたのだそうだ。

そこで、私の消息を尋ねたら
「良いご縁に恵まれて、嫁ぎました。」と母が答えたのだそうだ。

それを聞いた時、同期生の中には、もう結婚している人がいるのかと
ショックで、自分の生き方を反省し、

それから猛勉強し、通大も卒業、そして特殊教育の道をずっと歩んだ。
だから、あの時、私の母と出会ってなかったら、
また違う人生になっていたかのように、話してくれた。

私が、ボランティアのことを書いたホームページを立ち上げて以来、
連絡をくれて、いろいろ感想を寄せてくれ、

在学中はそんなに親しく話すことはなかったのに
心強い仲間と感じていたのは、そういう経緯があったのかと、
初めて知った。

今回の合宿の中でも、「ダウン症の子がね、リズム感がいいんだよ」、
とか、照れないで踊っているのは、そういう子供たちとバンド活動をしたりの
影響かなと思いながら見ていた。

卒業以来、50年近くたって、こんな話が出来たことも、嬉しかった。



もう一つは、まっぴょんの話。

母の話がでたところで、
自由研究展で、戦争のことに触れた展示の前で
母は、母の兄が経験した戦争の話をしたんだそうだ。

それを覚えていてくれたまっぴょんには、きっと印象的だったんだろうなと
今回そんな話題を思い出してくれたことが、不思議だった。

いろいろ、昔の話になり、
まっぴょんがバイオリンで活躍していたこと、

日比谷の公会堂で演奏したこと、

NHKの番組にも出たこと、その時、音楽の迫先生が
テレビ局の人に挨拶をする場面を見て、

学校の先生は偉いと思っていたのに、その先生が深くおじぎをして
話している人はもっと偉いんだと思った話とか、

それから、テレビの「私の秘密」に出たこと、等々、
面白おかしく説明してくれた。

バイオリンのS教則本の冒頭に、彼の写っている写真があって
俺だけ、カメラ目線なんだよ!には、

昨日、買い物ついでに楽器屋さんにより、
くだんの写真を確かめてきちゃった。

あの写真は、確かに面白い。ちょっとぼやけているけど
まっぴょんが、バイオリンをやっていた証拠だ。


まっぴょんは、中学2年で転校して、
その後は一緒になったことはなかった。

その頃、玉川で男子が進む大学の学部は限られていて
中学2年は、進学を目指す人には、選択を迫られる時だった。

確か、神奈川県の公立学校の試験のシステムが、
中二の成績だったか、テストを受けるかの手段を踏まないと
高校進学につながらなかったのだったと思う。


で、高校になってエレキギターを始めたので
バイオリンはやめちゃったのだそうだ。

バイオリンって、自転車と同じで、きっと身体が覚えているんじゃないかと
みんなで、また弾けばいいのにと、話したことだった。

なんか、楽しい話しだった。


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高齢の林間学校2018

2018-10-12 00:03:40 | 高齢の林間学校
ためさんは、大人の林間学校と名付けていたけど、
やはり、高齢の林間学校。(案内のメールに、恒例のと書いたつもりが、高齢と打たれてしまった)
今年は、2日~3日の一泊でした。

8時に東京を出発、

釈迦堂パーキングエリアにて。
ここでは、後ろに釈迦堂遺跡博物館があったが、前日は台風の影響で建物修理中、
この日は、定休日とのことだった。

高速の休憩がてら見られる博物館に、
いつか寄ってみようと思った。



境の金網に、野葡萄の実、色が様々あってきれいだったが、
狙った画像は、ピンボケだった、ちょっとしょぼい実のなり方だが。



野葡萄がからんでいた金網には、細かく揺れる細工がしてあって、
何でも知っているためさんが、ほらこうやって揺れるんだよと、
教えてくれた。へえ~~!



昼食の場所で全員集合。このところは、お昼がここに定まっている。
ここ小須田牧場COUNTRY KITCHEN ROBINはテンガロンハットをかぶっていくと
ドリンクサービス、で、いつも数人が用意してくれて、皆で恩恵をこうむる。

200gのステーキ定食を、
ごはんだけちょっと少なめにしてもらってぺろり。
ごはんをしっかり食べられるのは元気な証拠。


この日は台風一過の晴天。
全ての景色が、生き生きと感じられる。







店先にあったパセリ。



がっしりした椅子。



宿の駐車場あたりで、散策。



はじまったばかりの紅葉。



やまははこ





とりかぶと


夜は、GGBBバンドのお披露目。



女性陣のコーラスも、なかなかのもの。



いつも田口君が集合写真をとってくれる。
そこ、もっと寄ってとか、指示を出すカメラマン。






夜が明けて、
解散の前にも、全員集合。


帰る日も、晴天。
山が近くに見える。







景色に恵まれ、楽しい旅でした。


寝ようとしたとき、幾つか聴こえたことばから
・これでお湯が出たらいいんだけど
・あら、コンタクトが後ろにまわっちゃった


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やっと、お休み。

2018-10-11 17:45:07 | 日常のあれこれ
ブログを書く気力と時間が不足し、しばらく書けませんでしたが。

このところの日程が

仕事
仕事
一泊旅行(八ヶ岳)
仕事
仕事
一泊旅行(三浦海岸)、その足で御殿場へ、
次の日忘れ物を取りに、御殿場から東京往復。
翌日、東京へ。
昨日は、午前はコーラスと、午後ボランティアの会計で監査を受ける。

やっと、一日空いている日がきました。
一応、元気に過ごしています。


写真は、御殿場でみかけたゆるキャラ。

10月8日は、第十四回ごてんばせんまつりだそうで、
ホームにいたら、機関車の警笛が鳴り続けていました。

このゆるキャラたちが改札前で挨拶していましたが、
会場の富士山側にいくため、階段を降りるところに遭遇しました。

可愛そうなぐらい、足元が見えないゆるキャラちゃんたちに
介添え人二人が 両側で手をつなぎ、
右、左と声をかけて、ゆっくりゆっくり降りていました。

これが見られたから、「忘れ物をとりに東京往復」も結果的にはOKとしました。
人生に無駄はない!

ゆるキャラ名。
御殿場こしひかりの、「ごてんばこめこ」。

蒸気機関車の名前は「でごにぃ」、
やはり蒸気機関車がおかれている山北のゆるキャラ。

もう一つは、富士山にちなむもののようです、調査中。

通りには、さわやかウォーキングに参加した沢山の人が歩いていました。


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隠岐の旅9-知夫里島から中の島

2018-09-29 11:06:48 | 隠岐の旅
知夫里島の後半。

人口600人たらずのところなのに、

一の宮神社(天佐志比古命神社)

古くから大事に保存されている所がいっぱいある。
それぞれに、皇室ゆかりの方が訪れていて、
こういう方々は、それでなくても忙しいのに、
大変だなとの感想を持った。





























知夫里島から中の島へ船で。

菱浦港(島前・中ノ島/海士町)着10:50

海士町(あまちょう)
面積:33.4平方キロ
周囲:89.1キロ
人口:2317人
牛:約600頭



ここでのガイドさんは、若い男性で、いろいろと資料を見せながら
マイクを付けての説明。

ガイドになって日が浅いのか、見守り役の男性がついていた。
一生懸命さが、あふれていた。



御火葬塚/行在所跡/隠岐神社(後鳥羽上皇を祀る神社)11:15/12:20













狛犬、出雲式。
お尻があがっている。





ここにも、土俵。
隠岐は、何処に行っても土俵があって、
奉納相撲が、年中行事として自然に行われている。

お相撲さんも多く輩出している。

この鳥居についても、何か説明があったのだけど、
思い出せない。



隠岐神社前のバス停。
しゃもじ。

隠岐民謡「キンニャモニャ」にあわせて
2本のしゃもじを打ちながらの踊りが有名とのこと。



マンホール(模様)、やはりキンニャモニャ踊りを図案化している。



金光寺山(146m)(昼食・弁当支給)12:30/13:00~金光寺13:02/15

ここでのガイドは、NPO法人隠岐しぜんむらの方。

この組織の詳しい説明はなかったが、

・子供を預かる施設がある。
 (道中、この近くに子供たちがいるんですが
  今は多分お昼寝中です、の説明があった)

・お弁当もここで作ってくれたのか?

・ガイドさんは、ここが気にいって、居付いてしまったようで
 他県の出身者だった。

今、こうして思い出して旅の記録を書きながら
隠岐しぜんむらのHPを拝見していたら

ユニークな活動をされているようで、
ガイドしてもらっている時、こういうことを話題にできたら
面白かっただろうなと、思う。(森のようちえんとか。)


島の中を案内してもらっている時、
新しい住宅がいっぱいあった。

この町は、一回は財政破綻寸前で、将来が危ぶまれたのに、
今では、移住してくる人が増えて、

様々な場面で「まちづくり」の画期的な施策がなされ
人口の2割近くが増えたそうだ。

そのまちづくりに携わった人の話は、心躍る。

旅行前に、隠岐高校が島の外からの留学生が増えて、
活性化している文章を読んでいたので、
(前川喜平・寺脇研ーこれからの日本、これからの教育)

町が活気づくしかけが、あるんだろうと朧げに感じていたので、
廉価で住める住宅を目の当たりにし、とても興味を持った。





金光寺
















明星(あきや)海岸。
入り口にキャンプ場があって、奥にハート岩がある。





(ハート岩)見学13:30/50
見る角度によって、ハート型の穴が見える。

こういう、ただの岩に何か意味を込めて、名所にしてしまうのは、
よくあることだが、写真などにおさめれば、それはそれで旅の思い出かな。

奥右手に見えるのが、ハート岩のある岩。



良く見える場所まで、近づくためには、
時々波で洗われる小径を行かなければならない。

振り返るとこんな道。



で、しょっちゅう水がかぶるので、こんな虫がいる。
フナ虫。



私が先頭を歩いていたら、
百匹をこえるフナ虫が、一足ごとに石の陰から現れて、右往左往。

写真のような数センチの大きいのから、
数ミリの小さいのまで、びっくりするほどの数。
ちょっとした見ものだった。

(フナ虫を検索したら、ゴキブリみたいと形容している人がいたが
ゴキブリにキャ―という人は、いやかもしれない。)



明星(あきや)海岸入り口に戻り、
写した写真を確かめようと、カメラをいじっていたら

手がすべって、カメラがコンクリートの上に落ちた。
慌てて拾ったものの、形がひしゃげて、
ビスがはずれたりして、悲惨。

一瞬頭をよぎったのは、何か衝撃でメモリーカードの中味が
消滅したんじゃないかという不安。
ここ数年の画像が全部なくなってしまう恐怖。


帰って、早速カメラをチェックしてもらいに行ったら
メモリーは大丈夫とのことで、ほっと安心。

カメラは修理不能と言われ、同じような機能のあるものを購入。

菱浦港14:10/15:15=(汽船)

七類港(松江)着17:55=(バス)

米子空港(夕食)発19:00/20:25 

ANA390便=羽田空港着22:00。

ーーーー 完 -----

隠岐
・手つかずの自然(海・緑・ジオパーク)
・古から伝わる、信仰と結びついた慣習
  (流人が貴人であったことからの、文化的遺産)
・海の幸のおいしさ
・牛との共存
魅力あふれる隠岐を堪能した旅でした。
出会ったガイドの方々もそれぞれに、素敵な方々でした。
同行した方からの、旅行記がA4にして30枚ほど届いており、
それはまだ半分だそうです。
この方は、文化的な歴史を織り交ぜて書いていらっしゃいます。

もし、隠岐にいらっしゃる方がいらしたら、それらの資料を
お見せしたいと思いますので、どうぞ、お声かけを。


長々お付き合い有難うございました。


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隠岐の旅8ー知夫里島

2018-09-25 22:37:56 | 隠岐の旅
隠岐の旅7では、西の島の別府港へついたところまでだったが、
そこに、こんな銅像があった。

文字を拡大。



焼火神社を案内してくれた方と同じ名字なので
ご先祖ですか?と尋ねたら、4代上ですとおっしゃった。

こんな銅像になったからには、地元で有名な方かと思い、
帰ってきて、調べてみた。

隠岐と本土との間に、私財をなげうって
蒸気船を運航することに尽力した焼火神社の神官とのこと。

くわしくは、ここに。
明治16年に提案したとあったから、随分先見の明があったのだ。



知夫里(ちぶり)島へついた。
この島が一番ひなびていて、のどかな島だとあった。

面積:13.69平方キロ
周囲:27キロ
人口:629人(2016年)
牛:600頭
馬:10頭
たぬき:2000匹

人とほぼ同数の牛と、2000匹のたぬき!
そして、地名がアカハゲだのウスゲだの。

泊まったホテル知夫の里の窓からは、
夜のイカ釣り漁船のあかりが、瞬いていた。

朝起きて、外を見ると、女性陣が朝のお散歩を終えて
庭にいた。(出遅れた)





この日も7時過ぎから行動、
島唯一のタクシーに乗って、

赤ハゲ山展望台へ。
牛が放牧されていて、のんびりしたところ。



山頂付近で、キャンピングカーの横でくつろぐ家族を見る。
ナンバーを見ると、川越!長い旅をしているんだな!



この島の四方が見渡せて、ゆったりできる。
これは展望台。



そして、周囲の風景。





ほら、アカハゲ山。



そして地図も。



車の最後部に乗っていたので、写真を撮ることはできなかったが、
道の真ん中に、牛がいても、ゆっくりと近づいて、

阿吽の呼吸でどいてくれるのを待つ。

時に、放牧された牛が、たぬきと一緒に過ごしている風景の中、
なんか、メルヘンの世界に来たような気がする。

車の後ろの窓から後ろを振り返ると、
牛とたぬきが、一緒にずっと、我々を見続けている。



とんぼ、なんという名前かな?









少し南に移動し、赤壁を見る。

赤壁は、火山の噴火の跡が生々しくみえるところで、
火山研究者である夫は、嬉々として皆様に説明。







凄い崖の上なので、がけっぷちに行こうとする数名に
そんなに端に行ったらアブナイ!という声が飛ぶ。

みんな、子供みたい。





海に、ちょうど遊覧船がきて、手を振る人がいたので
我々も、大きく手を振る。カメラをズームしたので大きく見えるが
実際は、豆粒みたいな人。







車のある道路まで戻る時、
凄い音がして、飛行機が飛んできた。

山すれすれで、ぶつかりそうに見えた。
たぶん、自衛隊機。





隠岐は、国境離島と呼ばれて、
最近では、かなり防衛費が落ちているらしい。

なんか、現実の世界とメルヘンとを同時に味わう。

後一回で終わるかと思いますが、続く。
(あとで、横になっている写真は訂正します)



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隠岐の旅7ー焼火(たくひ)神社

2018-09-23 21:01:29 | 隠岐の旅
隠岐に出かけたのは、八月のはじめだったのでしたが
後半のことを書いてなかったので、改めて続きを。

隠岐に行ったと話したら、
行ったことのある人が三人現れました。

Aさん、もっぱら釣りで過ごしたそうで、
針をいれれば、くいついてくると、いっていたような。
実家が神戸なので、関西だと近く感じるのでしょうか。

もう一人は、ブログでつながっている
もと同じアパートに住んでいて、子育て時代を一緒にすごした
「吾妻橋の母ちゃん」

やはり、関西出身、京都に住んでいて、学生時代に行ったとか、
感想はなんもないとこ、だそうです。

もう一人は、勤め先の同僚。
松江が実家で、つきあっていた彼の家が隠岐で、
泊まりにいったことがある(←??、泊まった?)

やはり、何もないところ、
信号もないから、彼は本土に来て、信号を始めてみたと言っていた等々
話をしてくれた。

そこで、これは、同僚に見せようと撮った普通に信号がある風景。


その6では、午前中、牛や馬のいるハイキングコースを歩いたところまででした。

ハイキングの後半、海のそばまで降りてきて、
そそり立つ岸壁を横から見る。



自然が作ったトンネル状の所を上から、


海面近くに降りてきて、トンネルの向こうに船が見える。



空は良く晴れて





岩にはいろいろ名前がつけられている。
このとんがったのは、見る角度によって観音像に見える。

ほら



通天橋/天上界の観音塔見学
国賀遊歩道経由 → 国賀駐車場

由良比女神社により、



お参り、



いかの飾り物、



もう一つ、木をいかにみたてたもの



街に降りてきて、地元の人が普通にいく食堂(あすか食堂)でお昼を食べてから午後の行程。


焼火(たくひ)神社入口でガイドの松浦さんと合流、
そして焼火神社まで坂をのぼる。

松浦さんは焼火神社の宮司さんで、
観光協会の会長さんと、他のガイドさんから聞いていた。

めったに松浦さんがガイドしてくれることはないそうだが、
我々はラッキー!

足取りも軽くどんどん坂をのぼっていく松浦さん、
学校へ行く前は、その神社に住まっていたという。

道中、「隠岐の文化財」のことを尋ねた方に
お父様が、教育委員会でその編纂をなさったということだった。

そういうことを質問する人がいると、やはり
いろいろ詳しく教えてくださる。

かなり歩いて着いた神社は、まるでお城のような土台。





途中には、廃仏棄却の時に、頭をおとされたお地蔵さんとか、
神仏混淆の後が見られる。







隠岐の島は、北前船の航路にあって、四国の金毘羅神社とならんで
航海の安全を祈るために、皆が立ち寄った場所だそうで、

灯りがともっていると、
灯台の役目も果たしたそうだ。

北前船の盛んだったころには、このあたりは、大いににぎわったのだそうだ。



岸壁に食い込むように建てられた神社は、幾層にもなっている。







ちょっと休憩してから焼火山(452m)の頂上展望台まで歩いていく。
展望台からの眺め。







林の中の道だが、やはり山登りに近い。





広重の浮世絵にも登場し、
その図を、社務所の中で見せてもらった。

神社の入り口から外を望むと、海が見える。
眺望のよいことこのうえなし。



2階にあげていただいて、お抹茶をいただく。
手慣れた手つきで、お菓子は松江の有名なところからとのこと。

なんか、とても素敵なおもてなしを受け。
帰路につく。



神社入り口に戻ったところ、
頼んであった車の運転手さんが、すごくあわてている。

集合写真でも撮ろうかと思っていたのに、
あと5分、あと5分と、怖い声で言う。

なんだかよくわからないが、車に飛び乗り、
港へ。

すると、本土に向けてのフェリーの出発時間。

いやいや、我々は今夜は島前・知夫里島に行くと言ったら
運転手さんは、今日は終わりの日と勘違いして

もう間に合わないと、気が気じゃなかったらしい。
みなさんの荷物は、宿にいってもう積んであります、と
早手回しに、荷物ものせて待っていてくれたらしい。

それなのに、我々はのんびりやっていて、かなり気をもんだらしい。

それからしばらくは、「あと5分」がキーワードになって、随分話題になっていた。

別府港(内航船)から来居(くりい)港まで行き、その夜の宿は、ホテル知夫の里。

続く。


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フランス人?

2018-09-22 00:13:59 | グループホームについて
今日、勤め先での会話。

「おねえさん、きれいね。フランス人?」
「いいえ、日本人です。」

みなさん、職員のことを呼ぶときは、
「おねえさん」と呼ぶことが多い。

真剣な顔で、きれいとほめてもらったので
そういってもらえると、嬉しいわと、答えたが。

「フランス人?」に、どうしてと、他の職員に聴いたら、

どうも、髪の毛が黒以外の人に、そういうみたいよ、とのこと。
染めていたり、私のように白髪の人に、「フランス人?」というらしい。

不思議な会話が時にある。


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久しぶりの街歩きー東京ジャーミィと新宿御苑2

2018-09-20 22:53:09 | 日常のあれこれ
東京ジャーミィの見学を終わって、
さてどうしようというとき、神宿御苑に萩がさいているらしいと

Aさんの言葉に、じゃ行ってみようかと話がまとまり、
代々木上原駅に近い、美味しいパン屋さんでお昼を調達、
みんなが同じパン屋さんの袋をぶらさげながら、新宿駅へ。

この日は、久しぶりにさらっとした空気で、
日向は暑いものの、日陰に入るとほっとする。

御苑に入ってすぐの椅子とテーブルがあるところで、
昼食とする。

皆サンドイッチと何か一品買ってあって、
5人でわけて、一口ずつ。

ウィンナが入った、細長いパン(最初の写真)
ピロシキ、ブルーベリーやナッツが入ったもの。



そういえば、5人でテーブルを囲んでいたのだが、
すぐそばにあるベンチに座った若者が、

まるでその輪の中に入ってしまうかのように、近くで、
何回か目があってしまい、なんか一緒のグループみたいに感じない?
などと、声をかけたら、にやにやしていた。



食べながら、モスクでの感想が飛び出す。

しきりと、祈る時は平等ですと言っていたが
まず、男女平等でない。

改宗が認められない。

生まれた時からこういう生活だったら、
当たり前のこととして何の不思議も感じないのかもしれないが、

やはり、私たちは余りにも知らないということを自覚したほうがいいかもしれない。
世界には、16億人の信者が居て、彼らなりの価値基準で生きているのだろうが。

萩の花が、青空に映えていた。
小学生の頃のクラス名が、萩組だったなどと話していたら

花の名前や、山の名前がクラス名にで、
共通の話題になった。



お彼岸前で、ヒガンバナもあちこちで見かけた。



秋だ、ススキだ。



そして、この雲は、なんともメルヘンだ。



こういう時間は、貴重だ。いつも企画してくださる方に感謝。




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久しぶりの街歩きー東京ジャーミィと新宿御苑

2018-09-19 21:35:34 | 日常のあれこれ
山吹の里のボランティア仲間で、月に一回の割で街歩きをしている。
いつも、水曜コーラスと重なっていて、なかなか参加できなかったのだが、

今回は、重なっていなかったので、参加。

東京ジャーミィが今回の行き先。

井の頭通りに面してあるイスラム教の寺院(モスク)。
井の頭通りのこのあたりは、日本ではないような風景なのだが
今回初めて見学することになった。

集合は世々木上原駅に10時15分。
女性はスカーフを用意のことという連絡だった。

見学はご自由にと書いてあったが、階段を登っていくと、
ちょうどミッション系の女子高校生らしき団体が
ちょうど、入り口でスカーフをかぶり、入っていくところだった。

我々も準備してきたスカーフをかぶり、パチリ。
これはIさんが撮ってくれた写真。



入ると、会場いっぱいに座った学生さんたち+少数の見学者に
説明がされていた。



しばらく、一緒に話を聞く。

ここは、礼拝をする場所で、
日に5回、特に金曜日の礼拝には多くの方が集まる。

この寺院の役目は、
どっちがメッカであるかを、示している。↓の写真の中央が、メッカの方向。



お祈りの時は、耳の横に手のひらを上げ、
一切のものを振り切り、それからお腹の前で手を組む。

絨毯に手と額と鼻がつくように頭を下げ祈る、そして顔を上げ手をお腹の前で組む。

この一連の動作を繰り返す。

額や鼻を床につけるので、絨毯はいつもきれいに掃除されている。
絨毯の赤い模様は、横一列に並ぶときの目安。



どんなに偉い人でも、身分の低い人でも、横一列にならぶ、とのこと。

女性は、後ろに見える二階で祈るそうで、
二階への登り口は脇にあって、とても狭い螺旋階段。
男子は禁制だそうだ。写真は二階にのぼった我々。



上を見上げると、ドーム状の天井。



横の壁の上の方はこんなステンドグラス。



その下には、デザイン化された文字。コーランの一節がかかれているそうだ。
偶像崇拝は禁じられているので、キリスト教の教会のように、像はない。



説明の終わり近く、声の立派な方(ここのセンター長)が、朗々と歌のようなお祈りを語る。

これはなんだかわからないが、なんか偉い人が入って上で何かするのかもしれない。



これは女性の祈りの場所から、下を見下ろしたところ。



異次元に迷い込んだような、珍しい体験でした。

その後の話は、また続く。

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