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犬の力


ドン・ウィンズロウ   東江一紀訳   角川書店

 麻薬戦争版「仁義なき戦い」メキシコ死闘編、といったところか。30年におよぶラテンアメリカの麻薬をめぐる物語である。われわれ日本人には理解できないことだが、ラテンアメリカでは麻薬は重要な「通貨」なのだ。現実は知らないが、この小説の世界では麻薬抜きではラテンアメリカの経済は成り立たない。主人公の一人DEA(アメリカ麻薬取締局)特別捜査官アート・ケラーは、メキシコ国境を越えてアメリカに流れ込む大量の麻薬をくい止めるべく、死闘を繰り広げる。それはあたかも蟷螂の斧のごとし。
 30年にわたる大河小説である。血と暴力、裏切りと陰謀に満ちた30年。その物語を駆動する人物は多岐にわたる。主人公はとりあえずアートだが、読者が感情移入できる人物は複数いる。
 メキシコ麻薬密売組織のボス、アダン・バレーラ。物語の冒頭でアートはアダンと知り合い、友情を感じる。アートは後になって、この時、アダンを撃ち殺しておけば良かったと後悔したとの記述がある。そう、この二人の対決、麻薬密売組織とDEA、二つの組織の戦いが物語を貫く1本の串となっている。その串に複雑に多くの人物がからみ、ねじれ、殺し合い、愛し合い、協力し、敵対する。この二人以外の主要な登場人物は・・・。
 ニューヨークの貧民街ヘルズ・キッチン。アイルランド人の不良少年ショーン・カラン。カランは地元の顔役の手の者を殺害する。度胸を見込まれマフィアの構成員となりプロの殺し屋に。
 美少女ノーラ・ヘイディン。置屋〈白の館〉の女将に見込まれ娼婦に。美貌を武器にのしあがる。実力者の愛人となり「組織」に奥深くくい込む。
 ノーラと友情で結ばれた(肉体関係はない。男女の関係ではない、純粋な友情)高貴な魂を持つ老司祭ファン・パラーダ。
 アダンの弟で組織の武闘派ラウル。
 これらの人物の戦いと葛藤を描く血の絵巻物。麻薬密売組織と麻薬供給源のラテンアメリカの反政府左翼ゲリラ。このゲリラと果てしない殺し合いを行う政府軍と極右組織。そしてラテンアメリカの共産化を阻止するべく暗躍するアメリカCIA。ゲリラに武器を売りつける中国人民解放軍。
 複数のストーリーが並行して進行し、疾走する物語から振り払われるように死んでいく登場人物たち。
 悪とは正義とは、読者に重く問いかけてくる。

 蛇足

犬の力 東映版
監督 深作欣二
出演 アート・ケラー 菅原文太
   アダン・バレーラ 松方弘樹
   ショーン・カラン 北大路欣也
   ノーラ・ヘイディン 大竹しのぶ
   ファン・パラーダ 東野英治郎
   ラウル・バレーラ 千葉真一
   ミゲル・バレーラ(アダン、ラウル兄弟の伯父) 金子信雄
   黄毛色メンデス(アダンと敵対する組織のボス) 名和宏
   ジミー・ピッコーネ(マフィアの幹部) 田中邦衛
   サル・スカーチ(米軍特殊部隊大佐)   成田三樹夫
   ジョン。ホッブス(CIA中米地域司令官) 梅宮辰夫  

犬の力 東宝版
監督 黒澤明
出演 アート・ケラー 三船敏郎
   アダン・バレーラ 仲代達也
   ショーン・カラン 加山雄三 
   ノーラ・ヘイディン 上原美佐
   ファン・パラーダ 笠智衆
   ラウル・バレーラ 佐藤允
   ミゲル・バレーラ(アダン、ラウル兄弟の伯父)志村喬 
   黄毛色メンデス(アダンと敵対する組織のボス) 伊藤雄之助
   ジミー・ピッコーネ(マフィアの幹部) 稲葉義雄
   サル・スカーチ(米軍特殊部隊大佐)   藤田進
   ジョン。ホッブス(CIA中米地域司令官) 宮口清二  

犬の力 ハリウッド版
監督 サム・ペキンパー
出演 アート・ケラー スティーブ・マックィーン
   アダン・バレーラ ポール・ニューマン
   ショーン・カラン ロバート・レッドフォード 
   ノーラ・ヘイディン ナタリー・ポートマン
   ファン・パラーダ モーガン・フリーマン
   ラウル・バレーラ ウォーレン・オーツ
   ミゲル・バレーラ(アダン、ラウル兄弟の伯父) ヘンリー・フォンダ 
   黄毛色メンデス(アダンと敵対する組織のボス) ジーン・ハックマン
   ジミー・ピッコーネ(マフィアの幹部) アーネスト・ボーグナイン
   サル・スカーチ(米軍特殊部隊大佐)  リー・マービン
   ジョン。ホッブス(CIA中米地域司令官) ロバート・ライアン 
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