あれは4月の初め頃のことだ。ある省庁で震災に関する冊子を制作のための打ち合わせがあった。
被災地のライフラインはいっこうに復旧されず、避難所への食料供給も満足な状態ではなかった。福島原発については放射性物質は放出され続けていたし、汚染水も垂れ流されたままだった。
震災号を発行すると言っても問題は山積みだった、少なくとも私たち外部の制作者にとっては。
官庁が発行する冊子であるから、どういう内容になるかはすぐ分かるでしょうけど、イスから転げ落ちるほど驚いたのが、その省に企業から出向していた人の言葉だった。
「自分は原子力関係には少し詳しい」と言った出向者が笑いながら言った。
「そもそも建屋は吹き飛ぶように作られている。みんな分かっているはずなのに、吹き飛んだからと言って、何を騒いでいるのかなあ」
福島の農家さんからすでに、放射能汚染を苦にして自殺者が出た後のことである。
自分はよく知っていると言わんばかりに、ものすごくニコニコ顔で笑いながらそう語ったのだ。私は思わず彼に向って「じゃあ、想定外じゃなかったわけですね」と言ったが、あの笑い顔、私は一生忘れないと思う。
もう1人、菓子メーカーから出向している40代の女性がいた。彼女が言った。
「避難所で生活している人達の栄養が偏っています。『それに注意しましょう』という記事を掲載するのはどうでしょうか」
避難所にいる人達は食べる物を選べる状態ではない。満足に食料が届いていない地域もたくさんある中で、誰に向かって「注意せよ」と言うのか。あのしたり顔、私は一生忘れないと思う。
この2人の想像力の無さに愕然とした。外部企業から出向してくるようなエリートさんの、この無機質な発言は何なのかと思った。官庁にお勤めの方々って、心の在り様がどうも一般市民と違うみたい。
未だ厳しい状況の福島原発、遅々として進まぬ復旧、永田町や霞が関の人々の欲深いオペレッタ……。福島原発で作業している人のツイートを読んでいたら、ふと思い出したのである、あの2人の「笑い顔」と「したり顔」を。そして「一生忘れないだろうな」と、やけに執念深く思ったのであった。
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