<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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「私の記憶力はすごい。絶対正しいから」
と自信満々に言った上司が、つぎの瞬間、
「で、あの契約書類はもう社長の判子、貰ったよな」
と私に訊いてきたから、
「あれ、確か◯◯◯研究所のKさんが文面確認してから直接うちの総務に送ります、っていってましたけど。部長もいましたよ、その時」
と指摘した。
すると上司は首をかしげて、
「ん?.........そうだったけ」
と答えたのだった。

このように、人の記憶というものは曖昧なものだ。
以前、私が言った話をさも自分の経験のように話した友達がいたので、
「それ、俺が前に言うた話やで」
と指摘したら、
「え?そうやったっけ?」
とちんぷんかんぷんな表情をしたことがある。

私も最近は睡眠時間が短い上に仕事も忙しいので、ときどき自分の経験が「実際にあったこと」なのか「夢で見たこと」なのか区別がつかないことがある。
京急線に乗っていても、難波駅で降りることを考えていたりするのだ。
もしかすると気が触れてきたのかな、それとも高齢者の仲間入りをしたのかな、と40代後半になって悲しくなってくることがある。

こんなことは従来なかったので、よほど疲れているのかも知れないと思っていたが、実際に人間の記憶というのはかなり曖昧なんだそうである。
一安心。
記憶だけではなく、今現在見ていることさえ見落としてしまうようなことも簡単に起こしてしまうのだという。

クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ共著「錯覚の科学」(文藝春秋社)は様々な実例をあげながら人間の認識力や記憶力にはいかに多くの間違いや見落とし、改ざんがあるかを一般の読者にも分かりやすく書かれている科学ノンフィクション。
例えばバスケットボールのパスの回数を数える実験を例にとりながら(これはイグノーベル賞受賞の面白い実験)、あの「えひめ丸事件」を例に取り、事故を起こした原子力潜水艦の船長にはえひめ丸が見えていたのに、なぜぶつかってしまったのかという「見落とし」についてのメカニズムが述べられており、初めから好奇心をグイグイと刺激される。
今この目で見ているものでも、それを意識しなければ簡単に見落としてしまうこともあるというのだ。

また別の例では、交差点で右折するとき、自動車ばかりに注意を取られてバイクとぶつかってしまうのは「運転者はバイクを見るという意識に欠けているため、見えているのに認識しないので事故に至るのだ」というようなことが書かれていた。

これを読んだ時、私は高校生の時に経験したある出来事を瞬時に思い出した。

その日、私は放課後、友達と話しをしながら駅の改札口をくぐった。そこで反対方向から歩いてきた中年のオバハンにぶつかったのだ。
「あ、すいません。」
と謝った。
大きな男子高校生が中年のオバハンにぶつかってケガでもされては大変だと思ったのだ。
「大丈夫ですか?」
と言ったら、
「あんた、母親の顔も分からへんのか」
と怒られた。
私がぶつかった中年のオバハンは私のオカンなのであった。
友達と話すことに夢中になって、相手の顔を見ているはずであったのに、ぶつかってしまい、しかも、それが自分の母親であることにも気づかなかったのだった。

このような出来事は、はるか高校生の時だけではない。

つい最近のこと。
私は嫁さんを連れて、ある交流会に出かけた。
某大学で行われた交流会では10分程度の小さなセミナーが20余り開催され、そのプログラムによって自分の聞きたい会場へ足を運ぶというものだった。
ある地域活性化とマスコミの役割についてのセミナーで立ち見していた私は隣に知人が立っているのを見つけ挨拶をした。
なかなか面白い話で知人とは挨拶だけでプレゼンターの説明に耳を傾けていたのであったが、
「これはうちの〇〇子に聞かせてやりたいな」
と嫁さんの姿を探した。
もしかすると他の会場にいるのかも知れない。
残念だ。
と思っているうちにセミナーが終了。
つぎの会場に移ろうとした瞬間、知人の立っているのとは反対側の隣から、誰かが私の袖を強く引っ張ってきた。
「何すんねん」
と思って隣を見たら、嫁さんが立っていた。
「お!〇〇子やないか!いつからここにおんねん?」
「何回も、横におるでって指で突っついてるのに気づけへんねん。アホちゃうか、と思って見てたんや」
これも目に入っているのに、突っつかれているのに、気づかない認識の欠如のひとつなのであった。

ともかく最近は「〇〇の科学」という書籍が多いが、ハズレがなく、面白いものが多い。
本書も最初から最後まで退屈することなく読める楽しい科学本なのであった。

なお、本書とは全く関係ありませんけど「〇〇の科学」という出版社や団体には注意したほうが良いかも。


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