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19.6.8 発明の新規性の喪失の例外

2007-06-08 19:17:03 | Weblog
【発明の新規性の喪失の例外】

1.特許法30条1項の適用の要件

(1)特許を受ける権利を有する者がした行為であること。
 30条1項の行為をした時点においてその行為者がその発明について特許を受ける権利を有していることが必要である(30条1項)。

(A)発明者甲が、その発明についての特許を受ける権利を乙に譲渡した後に、甲が当該発明を刊行物に発表した場合
 刊行物に発表した時点においては甲はその発明について特許を受ける権利を有していないため、特許を受ける権利を承継した乙は、30条1項の適用を受けることはできない。
 ただし、甲が乙会社の従業員であった場合には、甲は乙会社の代表として当該発明を発表したという場合があり得るので、この場合は、乙会社の発表であるとして30条1項の適用を認めることができる。
 一方、乙が出願する前に甲が乙に無断で当該発明を刊行物に発表した場合には、乙が当該発明を秘密にしようとした意思に反する行為であると解される。この場合は、乙は、30条2項の適用を受けることができるものと解される。
 なお、甲乙間の契約において当該発明を秘密にすることを約束していた場合には、乙の意に反して甲が刊行物に発表したことを確実に立証することができる。

(B)発明者甲がその発明を刊行物に発表した後、その発明についての特許を受ける権利を乙に譲渡した場合
 刊行物に発表した時点においては甲はその発明について特許を受ける権利を有しているため、その後にその発明についての特許を受ける権利を承継した乙は、30条1項の適用を受けることができる。30条1項の「その者がした特許出願」の「その者」とは、特許を受ける権利を承継した者も含まれると解されるからである。

(2)30条1項に規定する所定の行為であること。
 30条1項の適用があるのは、(a)試験を行ったこと、(b)刊行物に発表したこと、(c)電気通信回線を通じて発表したこと、(d)特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもって発表したこと、のいずれかに該当する行為により、29条1項各号のいずれかに該当した場合である。

(A)最高裁判決平成1年11月10日(昭和61年(行ツ)160)
 特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願した結果、その発明が公開特許公報に掲載されることは、30条1項にいう「刊行物に発表」することには該当しないものと解するのが相当である。けだし、29条1項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である30条1項にいう「刊行物に発表」するとは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ、公開特許公報は、特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより、特許庁長官が手続の一環として64条の規定に基づき出願に係る発明を掲載して刊行するものであるから、これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。そして、この理は、外国における公開特許公報であっても異なるところはない。

(B)指定学術団体の研究集会において手持ち原稿に基づいて口頭により発表したが、その文書(手持ち原稿)は配布しなかった。この場合でも「文書をもって発表」したものと認められる。文書(手持ち原稿)に基づいた発表であれば、必ずしも文書を配布する必要はない。この場合、文書(手持ち原稿)に表現されている発明の内容を明示するものとして、文書(手持ち原稿)の複写物を「証明する書面」の一部として提出すればよい。

(C)指定学術団体が後援している研究集会は、「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」と認められない。すなわち、指定学術団体による「後援」は「開催」にはあたらない。

(D)指定学術団体が外国で開催する研究集会で文書をもって発表した場合にも30条1項の適用を受けることが必要である。平成11年の一部改正により29条1項1号が改正され、「外国において公然知られた発明」についても新規性を失ったものと扱われることになったため、特許庁長官が指定する学術団体が外国で開催する研究集会において、特許を受ける権利を有する者が文書をもって発表した場合についても、30条1項の適用を受けなければ新規性を失ったものと扱われる。

(E)指定学術団体の研究集会において文書をもって発表した後に発表内容を知らない第三者が発表発明と同じ内容を特許出願し、その後に発表者が遅れて特許出願をした場合には、30条1項の適用を受けたとしても、発表者の出願は第三者の出願により拒絶される。たとえ30条1項の適用を受けても、出願日が遡及することはないので、第三者がした先の出願が出願公開されたときは、29条の2により拒絶される。
 なお、第三者の出願は、発表発明を引用して新規性がないとして拒絶され、拒絶が確定すると39条1項の先願の地位が遡及的に消滅する(39条5項)。

(E)指定学術団体の研究集会において文書をもって発表した後、30条4項に規定する手続をして出願をした。ところが、発表を見た参加者が発表発明を盗用し、発表発明と同じ内容を発表者より先に出願していた(冒認出願)。この場合であっても、発表者の出願は参加者がした出願により拒絶されることはない。参加者がした出願が冒認出願であることが証明され、49条7号または 123条1項6号の規定に基づいて冒認出願であることが確定すれば、参加者がした出願を引用して39条1項又は29条の2により拒絶されることはない。ただし、冒認出願であることの証明がされない場合には、拒絶されることとなる。

2.分割・変更に係る出願の場合
 もとの特許出願において30条1項の適用を受けていなかった場合には、その特許出願を分割して新たな特許出願をした場合において、分割の時期が刊行物に発表した日から6月以内であるときは、分割出願において30条1項の適用を受けることができるか、という論点がある。
 特許庁の審査基準では、適用は受けられないとしている。その理由は、次のとおりである。分割、変更に係る新たな出願についての新規性喪失の例外の規定の適用を受けるための手続についての基準時は、分割、変更の時である(44条2項ただし書)。これは、もとの出願の時を基準とすると適用の申請ができなくなり、分割、変更による新たな出願についてその利益を享受できなくなる不都合があるためである。しかし、この規定はもとの出願が新規性喪失の例外の規定の適用を受けている場合に、その分割、変更に係る新たな出願についてもその利益を享受できるようにしようとするものであるから、もとの出願がその利益を受けていないときは、適用されない。したがって、この場合、分割、変更の時期にかかわらず、30条1項の規定の適用を受けることができない。

3.国内優先権を主張する場合
 甲が先の出願Aをした後に、甲が先の出願Aに係る発明イを刊行物に発表した。その後、甲は、発明イの改良発明ロを完成したので、先の出願Aに基づく国内優先権を主張して発明イ及びロについて後の出願Bをした。この場合、後の出願Bにおいて発明イについて30条1項の適用を受けることができるか、という論点がある。
 後の出願Bに係る発明ロについては国内優先権の利益が認められないため、発明ロの新規性や進歩性の判断は後の出願Bの出願時を基準として行われる。もし、後の出願Bにおいて30条1項の適用を受けることができなければ、後の出願Bの出願前の刊行物発表により発明ロの進歩性が否定されるおそれがある。したがって、このような場合には、後の出願Bにおいて30条1項の適用を認めるべきであると解される。
 そこで、条文の適用を検討すると、発明ロについては国内優先権の利益が認められないため41条2項は適用されない。そうすると、30条1項の「6月以内」の要件については、発明イを刊行物に発表した日から6月以内に後の出願Bをしていれば、満たすこととなる。30条4項の手続については、後の出願Bの出願と同時に意思表示の書面を提出し、後の出願Bの出願日から30日以内に所定の証明書面を提出すればよいこととなる。
 以上より、趣旨からしても、条文の文理からしても、この場合は、30条1項の適用を受けることができると解される。

4.複数回の公知行為を行った場合

(1)特許を受ける権利を有する者が、特許出願前に出願に係る発明を複数回にわたって公開した場合において、それらの公開行為について、30条1項又は3項の適用を受けるための手続が適法になされた場合には、その適用がすべて認められる(審査便覧42.45 A)。
 なお、「該当するに至った日から6月以内にその者が特許出願したとき」における6月以内の基準日である該当するに至った日は、最先の公開の日である。
 ただし、一の公開と密接不可分の関係にある他の公開は一の公開として取り扱われる。その際、他の公開についての30条4項に規定された手続において、他の公開に関する「証明する書面」の提出は省略可能である(審査便覧10.38A) 。
 ここでいう「一の公開と密接不可分の関係にある他の公開」とは、他の公開が公開者の意思によっては律し切れないものであって、一の公開と互いに密接不可分の関係にあるような他の公開をいい、たとえば、「数日にわたらざるを得ない試験、試験とその当日配布される説明書、刊行物の初版と再版、予稿集と学会発表、学会発表とその講演集、同一学会の巡回的講演、博覧会出品と出品物に関するカタログ」等がそれに当たる。

(2)30条1項又は3項の「該当するに至った日」と特許出願の間に第三者が「該当するに至った発明」と同一の発明を公開した場合において、その公開が「該当するに至った発明」の公開に基づく場合には、その特許出願に係る発明は第三者の公開によって29条1項各号の一に該当するに至らなかったものとされる。
 ここで、「第三者の公開が該当するに至った発明の公開に基づく場合」とは、例えば、「第三者による刊行物への転載」のような場合をいう。
 特許出願人(発明者)自身の意思によっては律し切れない公開があった場合に30条1項又は3項の適用が受けられないものとすると、同条の立法の趣旨が生かされないこととなってしまうので、上記のように取り扱われる。