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5日の富田林〝じないまち〟続きⅣ 町の風景 その1

2009-05-09 17:48:26 | 学 び
 午後には気温上昇一転夏日 旧暦4月小15日 
 ↓「じないまち交流館」
 内町の歴史や文化などの情報提供や来訪者の休憩の場所。この前に喫茶・軽食の店がある。



 「寺内町センター」(商いの道具や店の看板などを展示)に展示されていた「鬼 瓦」



 「虫 籠 窓(むしこまど)」について 
 この家の前の84歳の女性が雨が降っていたので家に招き入れてくれて色々と「虫籠窓」についてや町の歴史を教えてくれた。その親切を忘れないためにも記載しておく。嘗て町の案内ボランティアをされていたとのことだった。

 ↑右の家の「虫籠窓」は大正時代のもの  左の家の「虫籠窓」は幕末のもの

 ↓右の家の「虫籠窓」は明治時代のもの  左の家の青い壁は昭和8年のもの、銅板製のため時代を経て緑青が


    ↓南北の「城之門筋」に「日本の道百選顕彰碑」  
     

 「あてまげ」
 道筋には半間ほど道をずらして見通しをわざと悪くしている、敵の侵入を妨ぐための戦国時代の名残

  
 *後1回お付き合いを

5日の富田林〝じないまち〟続きⅢ 勝間家住宅

2009-05-08 10:46:35 | 学 び
時々 旧暦4月小14日
 〝勝間家住宅〟は江戸時代末期、仲村家により建てられ明治7年同町の杉山長一郎氏が買い受け南杉山と呼ばれていた。その後明治43年に勝間家が買い取り現在に至る。
 家人は現住せず他に管理を任せている、公開は土日祝。
 座敷で素敵な布製のコースターを使ってお茶を接待されたのには感激した。

 ↑入  口


 ↑微かに「金剛山」が窺える
 *石上露子は此処で詩歌を楽しみ、此処から続く九十九折の小道を下ったあたりに小川や水車があり水車の流れに架けられた橋で夕暮れに恋人を待ち続ける心情を詠んだ「小板橋」は「明星」等に発表され高い芸術性を賞賛された。


 ↑中  庭


 ↑茶  室

       


 室内には明治から昭和にかけて実際に使われていた昔懐かしい調度品が多数展示されている(一部掲載)
 
↓長持や衣桁、櫓コタツ等が見られる 嫁入り道具か


        
 ↓左は薬箱  右は氷式冷蔵庫

      ↓昔こんな手洗い器具があった
     

5日・富田林〝じないまち〟続きⅡ 石上 露子

2009-05-07 13:31:22 | 学 び

 旧暦4月13日
 富田林駅近くの寺内町に向かう途中の「本町公園」には「石上 露子歌碑」、「織田作之助記念碑」が見られる。
           以下「石上露子歌碑」より


 ↑石上露子歌碑

 ↑歌碑左の記事

 ↑歌碑右の記事
        
「みいくさにこよひ誰が死ぬさびしみと髪ふく風の行方見まもる」
  
日露戦争の反戦歌、与謝野晶子と通底するところがある
 


5日の富田林〝じないまち〟続きⅠ

2009-05-06 22:14:05 | 学 び
時々 稍々肌寒し 旧暦4月小12日 
 
今回は寺内町随一の旧家、昭和58年重要文化財に指定された〝杉 山 家〟を紹介する。(現在・市が管理している)
         


 ↑明りとりと風通しの「虫籠窓(むしこまど)」「格子」が見える
 
 


 ↑塀は「焼き板塀」上には防犯用の「忍返し」


 ↑左上の屋根には竈の煙を外に出す「煙り出し」

 

   
   ↑鬼瓦がある「4層の大屋根」


 ↑座敷から外を見ると2っの蔵が  
 左奥の蔵には露子ゆかりの遺品や一時期当市で過ごした織田作之助の絶筆となった作品「土曜夫人」の原稿等の資料が展示されている


 ↑玄関を入って直ぐの部屋、左「格子の間」、右は台所


 「格子の間」


 ↑1737(元文2)年作られた薩摩杉を用いた菊の模様の透かし彫が施された「欄 間」


 ↑「大床の間(おおとこのま)」障壁画は文化文政の頃、狩野杏山守明により描かれた


 ↑街角で見かける
 石上 露子(いそのかみ つゆこ)
 明星派歌人・
本名、杉山タカ[1882(明治15)年~1959(昭和34)年]
 早くから和歌や芸能に秀で18歳の時半年ほど東京に滞在。その時高等商業(現・一橋大学)の学生と惹かれ合う仲になるが、双方とも家督相続者であったため恋は成就しなかった。
 21歳で彼への思慕に満ちた短歌を与謝野鉄幹が発刊する「明星」に発表。以後も同誌に寄稿し続けて高い評価を得たが1908年忽然と文芸界から消息を絶ってしまう。
 その前年家を継ぐため、意に添わぬ婿養子を迎えたが夫の意向により別居するまでの約20年断筆。
 50歳で作歌を再開したが、長男(京大卒)、夫の病死、次男(東大卒)の自殺と不幸が続く。
 1959年10月8日、奥座敷で虫干しのために広げた衣類に埋もれて人知れず脳内出血で世を去った、享年77。
 自死はしなかったが何処か「
金子みすず」に似た境遇を思う。
    
 ↑ハイカラな露子が作らせたという「螺旋階段」


 ↑数奇屋作りの「奥座敷」1734(享保19)年増築された、露子も好んで使用したという 向うに見えるのは「茶 室」


 ↑竈は黒漆喰作り
 
*続きは後日掲載します

富田林市〝じないまち〟を訪ねて

2009-05-05 21:45:29 | 学 び
一時 旧暦4月小11日 こどもの日 端午 立夏
 昨年、同じような古い町並みを保存する「奈良県橿原市今井町」を訪ねたが、富田林も古い町並み・「じないまち」が保存されており、また当地出身の明星派歌人〝石上 露子(いそのかみ つゆこ)[1882(明治15)年~1959(昭和34)年]〟の生家が公開されていることを知って富田林市を訪問した。

 ↑近鉄「富田林駅」


 ↑町 並 み の 1 


 ↑某家で見かけた武者人形


 ↑街角の鯉幟
 
*詳細は後日紹介したい

去る2月7日訪れた〝西宮の酒蔵〟

2009-02-13 12:58:10 | 学 び

時々 旧暦正月大19日
 7日「西宮大谷記念美術館」を訪れたが、近くで何処か見学しようと思いついたのが「酒 蔵」だった。
 酒蔵は京都3箇所と伊丹など方々を訪れたが、それぞれに工夫を凝らした展示を試みていて興味深い。
 レストランや売店は伊丹のK酒造(JR伊丹駅近く)がよかった。


  '95,01,17の阪神淡路大震災による此処の被害の状況
           


 




  ↓記 念 館 
 ここには91年の生涯の大半を日本古来の山桜や里桜などの保護育成のために捧げた笹部新太郎関連の貴重な資料が展示されている。
 笹部新太郎をモデルにした小説「櫻 守」が1969年水上勉により書かれて出版された。

 ↑


新聞社見学

2008-09-18 20:24:39 | 学 び
夜半から朝方 旧暦8月小19日
 午後、朝日新聞社(フェスティバル・ホール西)を見学した。
 一般の見学者は我々夫婦1組のみ、もっと大勢の参加があるものと思っていたので意外だった。
 最初に記念の写真撮影、その後新聞作成過程の説明と案内、最後に新聞社の活動状況のビデオを見て終了、約1時間かかる。大変勉強になった。若い女性の案内で楽しい1時を過ごさせていただき〝ありがとう〟
 我々知っていることはほんの針の先で突いたほど、知らぬことは無限大、誰でも驕ることなく絶えず学ぶことが大切だとつくづく思う。
 我々以外に小学生2組の見学が別途あった。これから好シーズンを迎え児童・生徒の見学会が増えるとのこと。
 事前に申込すれば平日見学可。

  
                花いっぱい

6/6の続き・〝尼信博物館〟と〝世界の貯金箱博物館〟等

2008-06-09 13:46:02 | 学 び

 旧暦5月小6日

              阪神尼崎駅北・「高架連絡公園
 

                     〝尼 信 博 物 館〟
 
 尼崎藩城下町、武具、朝鮮通信使、古貨幣など興味深い貴重な展示多数あり

                   〝世界の貯金箱博物館〟
 

        

        

       

  
   

  

  
                     この他多くの展示あり

                     阪神尼崎駅近くで 
  
 
     


過日の〝鴻池新田会所〟の紹介

2008-02-29 20:52:18 | 学 び

 寒気去り稍々温暖  旧暦正月大23日
 先日訪れた〝鴻池新田会所〟ついて簡単にまとめてみた。もつと掲載したかったが思い切って割愛した。

                   表 長 屋 門


                 住    宅(後方のビルが目障り) 

                    蔵 が 並 ぶ

                    船 着 場(屋敷の裏手)


                       庭    園


          


                  はかる
 てらす

                        あたためる
    はこぶ

         駕籠の後ろには背もたれがあり、前には書見台が
  川     船


鴻池新田会所〝民 具 展〟

2008-02-27 17:59:48 | 学 び
一時時々 冷え込む  旧暦正月大21日 
 鴻池新田会所では29日まで〝むかしの道具いろいろ〟と銘うって「鴻池家寄贈民具展」が開催されている。
 訪問したのは12時半頃、丁度雨がパラツキ始め見学している間づっと小雨が降り続いた。平日で寒いせいか他に訪問者なし。
 帰路、学研都市線「鴻池新田駅」で電車に乗り4っ目の「京橋駅」に着く頃には皮肉にも雨は止んでいた。 
 [詳細は後日掲載します]