安倍政権は長期的に見た日本の将来の危機にやっと気がついた様で、人口減少の対策と、地方創生の課題に向かい合うコトにした。
それでは、短期的、中期的には適切な政策を打ってきたのであろうか。
1990年代以降の自民党政権の流れでは、ほとんどの面で失政の連続であった。
それはあとで触れるとして、まずは安倍政権の2013年以後を評価してみよう。
「アベノミクス戦略」は、1年半の成果としては、完全に期待外れと言える。
それは、4月~6月での経済成長の大幅な失速によって、マスメディアの論調も、後追いで変化している。
日本はかなりの期間において、世界の経済大国として2位の地位を保持して、世界中に影響力を広げていた。
しかし、2014年6月末の年率換算名目GDPでは、中国の10兆ドルに対して、4.8兆ドルに低下して、すでに半分以下になっている。
中国の名目GDPに抜かれたのは、2010年末で、中国約6兆ドルに対し、日本は約5.5兆ドルに低下し、リーマンショックの影響を受けたことも大きい。
しかし、それからわずか3年半で、半分以下にまで落ち込んでしまった責任の大半は【安倍政権の失政】にあることは明らかである。
この失政の多くは、鳴り物入りで始めた「超金融緩和政策」であることは、今さら説明の必要もないだろう。
2012年の総選挙で、自民党は【日本を取り戻す】と声高に叫び、安倍総裁は「日本銀行に輪転機をフル稼働してもらい、お札を無制限に発行する」と約束した。
政権交代後の2013年4月には、未曾有の超金融緩和によって、円安が加速して、今では、1ドル108円を突破する。
しかし、一部の大企業と富裕層が儲けただけで、日本全体としては経済停滞のママ、都市部と地方の格差はさらに拡大した。
「日本を取り戻す」との勇ましい叫び声で、突進してきた揚句、【日本をぶち壊す】方向に進んでいることに気がついた。
慌てて、人口減少対策や地方創生に、重点政策を切り替えている。
この転換は正しいが、それでは、今までの誤りを認めているかと言えば、まったく逃げの説明ばかりをしている。
【自民党をぶっ壊す】と叫んで政権についた小泉元首相は、任期中に自民党の守旧派、癒着議員たちを追放して、こう着状態を破壊して取り戻している。(続)