穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

ハメットの文体

2015-05-11 07:39:45 | ハードボイルド

前回の様にハメットを数パラグラフで片付けては(決めつけては)大ハメット(ファン)には申し訳ない。そこで少々思いついたままに追加。 

というわけで買った。前に読んだ本はとっくに処分したのでvintage crime版を購った。最初の二、三章は快調だが読み進むうちに訳の分からない文章が出てくる。この版の誤植ということはないだろうか。前に読んだのは別の出版社のものだったのだろうか。ペンギンだとか。

ハメットの文体はハードボイルドの典型といわれるが、はなはだHB的でない文章が出てくる。大分前に短編を含めてかなりの作品を読んだ。その記憶も大分薄れているが、チャンドラーと違い、ハメットには様々な文体がある。ま、それが彼の作家修行の過程を表しているのだろうが。意外に思うかも知れないが、鼻持ちのならない美文調の作品もある。気取った文章もある。

前回マルタの鷹は完成品だと書いたが訂正する。比較の問題だが、彼の場合、完成品と言えるのは「ガラスの鍵」と「the shin man」だろう。余談だが後作を「影なき男」と訳すのはどういうセンスだろうか。

たしか、マルタの鷹では結末でオーショネシーという女依頼人が探偵スペードの相棒を闇討ちした、と判明することになっていたと記憶する。そこでそこへのハメットの持って行き方を注意して読んでいる。

 

手だれで尾行も専門の相棒が簡単に闇討ちされるとは考えられない、とスペードは最初から疑っていたわけである。したがって尾行している相手から返り討ちにあったとは考えられない。とすると尾行を知っているのは尾行を依頼した女しかありえない。しかし、それはあまりにも突拍子もない考えだ、とハナから金髪の悪魔スペードは女を疑っていたのであるが証拠がない。

この気迷いを三人称視点で仕草や表情で外面的に描くハメットの手腕が作品のキモとなる。でそこを第一章から注目して読んでいる。なるほどね、と思ってね。

なかなか考えてるな、と感心しているのだが、そのうちに誤植としか思えない文章が出てくる。前に読んだ時には気が付かなかった(と記憶している)のだが。 

ハメット自身の言葉として、一番気に入っている、つまりうまく書けた作品は「ガラスの鍵」だというのがある。たしかにヒントのばらまき方だとか「回収」の仕方など齟齬はないようだった。しかし、いかにも地味な作品である。

女(上院議員の娘だったかな)と探偵役のヤクザ(仕事師)との関係もステレオタイプで地味すぎる。一般受けはするまい。それに比べるとマルタの鷹のキャラ建ては受けるだろう。「ダイナマイト」であり「ワイルドキャット」でもあるオーショネシーなど独創的だ。

Thin Manはコメデイタッチでこれはハメット作品の中ではアメリカで一番売れた作品らしいが、連続大衆テレビ番組の脚本みたいな所があり、ハードボイルドの犯罪小説とは言えない。もっとも当時テレビは無かったがブロードウェイで上演されて大当たりをとったという。

マルタの鷹は完成品としては瑕疵があるが、HBのクライムノベルとしては限られたマニアのあいだでは一番好まれる作品なのだろう。

日本でもだれかマルタの鷹の新訳を工夫してくれないかな、翻訳ではなくても翻案でもいい、うまくいけば人気が出るかも知れない。

 


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