穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

アップデート要求55:殿下フンドシを求める

2021-04-29 08:06:37 | 小説みたいなもの

 まずフロントで宿泊の五日間の延期を予約した。天馬ペガサスが23世紀から迎えに来るまではここに滞在することにしたのである。今度は懐には両替した金がタンマリあるから悠々として一朱さつを三枚出した。釣りはプリペイドカードにしてもらった。

 外に出ると廊下に設置された案内板を子細に眺めた。フンドシ屋という店はないようだ。次に下着屋で調べたがそういうカテゴリーの店はやはりない。これはやはり洋服屋かな、と昨日言った店に行こうかな、と思ったが、ふと気が付いてドラッグストアはどうだろうと案内板の入力ボードを引っ叩いてみた。営業品目をみるとフンドシがある。そうだな、あれは紫外線除けのクリームと同じで医療用品なのだ。

 彼は無料館内バスを呼んだ。待つほどもなく遊園地にあるような可愛らしい無人操縦の車が彼の前にピタリと止まった。薬屋は六階だがどういう風にバスはエレベーターに乗るのかな、と思っているとバスは建物の真ん中あたりにあるループになった斜面に入り上に昇った。薬屋の前にバスが止まると、彼は降りて店内に入った。

 店はなかなか広い。これでは自分で探すのは大変だ。彼は陳列棚で棚卸をしていたおいしそうな足をした年若い女性に声をかけた。彼女は親切にフンドシ売り場まで彼を誘導してくれた。いろいろな色がある。真っ赤なのや、ピンクのがある。これは女性用だろう。真っ黒でいかにも威圧的なものもある。これはスジ者用だろう。彼は鼠色の無難なものを選んだ。

 店員は彼の下腹部に目をやるとサイズはどうなさいますか、と聞いた。たしかにいろいろなサイズのものがならべてある。体格に合ったものを選べるようになっているのだろう。そういわれても彼には答えようがない。ウェストは一メートルだけど、というと店員はポカンとした顔をしている。

 「私が使うんですけど、はかってもらえますか」と言ってみた。

彼女はぎょっとした表情を浮かべた。

「Lサイズにされたらどうですか、長すぎれば切ればいいですから」

というので彼はドブネズミ色のLサイズに決めた。

「これはどうやって使うんですかね」

彼女はすこし顔を赤くして、「なかに説明書がはいっていますので」と逃げた。

 彼は支払いを済ませるとホテルの部屋に戻った。箱から取り出して、中にある使用説明書をよんだが、よくわからない。何度か説明書のとおりにやってみたが旨く行かない。長い帯のようなものが彼のまわりの床の上に散らばって収集がつかなくなった。

 彼はあきらめてテレスクリーンの前に行くと本日の気象情報を引っ張り出した。「くもりで放射能の濃度はレベル3でやや危険」となっている。午後中ウワバミのように床にとぐろを巻いているフンドシと格闘している余裕はない。いっそ、なにもつけずに外出するか、と考えた。彼の生殖細胞が放射能で破壊されたとして、30世紀から23世紀に戻った時にも汚染が残っているのだろうか、30世紀で受けた影響は後を引かないと考えるのが妥当ではないのか、とも彼は思案した。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アップデート要求54:従来型のの出産

2021-04-27 08:56:28 | 小説みたいなもの

 昨日の国会の分科会では従来型の膣からの出産にどのような刑罰を科すべきかということが議論されていた。国会議員と言うのは細かい屁理屈を言うのがうまいらしい。ある議員は言葉の定義の問題で政府案にいちゃもんを付けていた。月満ちて十月十日で妊婦の下腹部から顔を(あるいは足を)出した赤ん坊だけを禁止するのでいいのか、というのである。帝王切開で取り出した場合はどうなのか、はたまた未熟児あるいは超未熟児で取り出した場合はどう扱うかと言うのである。

 また、放射能の汚染から種の保存をはかっているのは日本だけではない。他国の政策も参考にすべきである、という議論もあった。胎児の段階で発覚したら即堕胎するという国もある。また、関係者すなわち父母と幇助した医師などであるが、死罪にしている国もある。関係ほう助した医師も同罪としている。

 関係者を終身刑に処している国も多い。一番多いのは不定期刑を課して懲役、禁固に処しているケースである。日本ではこれにすべきではないか、という意見が多いらしい。その場合、日本では刑務所の数が足りない。今でも収容可能人数を超えている。新設する為の経済的な余裕もない。

 ある議員は奇抜な案を提案している。廃船となった大型タンカーを改造して収容所とするというのである。相当のキャパシテイが作れる。それを日本から遠く離れたマリアナ海域沖に停留させるというのだ。警戒監視が容易であるというのである。サメがうようよしている海域では脱獄は容易ではない。また、障害物が全くない大洋上では不審船の接近は容易に発見できるから監視は容易である。

 台風が多い海域だが台風が来たらどうしますか、なんて心配して質問している議員がある。提案者によると台風が予想される場合は予想海域から一時的に船を退避させるそうである。

 奇想の連続に殿下は思わず引き入れられて審議の続きを二ページ目、三ページ目とプリントアウトして読みながら時間のたつのも忘れてしまった。天頂に移動した太陽で日差しが陰り客室は薄暗くなったのに気が付いた彼は今日は市中見物の予定を立てていたのを思い出した。その前にフンドシを館内の店で買っていかなけらばならない。彼は身支度をして部屋を出た。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アップデート要求53:人口調節庁の創設

2021-04-23 07:11:35 | 小説みたいなもの

 モーニングサービスで運ばせた朝食を平らげコーヒーをポットが空になるまで飲み干すと殿下の気分はすこし落ち着いてきた。資料の咀嚼検討から解放されて気持ちにゆとりが出来ると昨夜から気になっていた客室に備え付けてある大型デスプレイを検分した。23世紀風に言うと50インチの液晶テレビなのだが、30世紀になってもテレビなどと言うものが生き残っているものだろうか。マーケティングの専門家である彼は興味を持って正体不明の機器をながめた。 

 これはなんだ? 監視用のモニターかもしれないと思ったものだから昨夜調べ物をした時にはスクリーンの上にジャケットをかけておいたのだ。ジャケットを取り除けるとスクリーンの前に在る操作盤のようなキーボードを検討した。やはり何らかの受像機らしい。彼は電源ボタンと思われるものを押してみた。いきなり画面に流れるように文章があふれ出して画面一杯になると流れが停止した。読んでみるとどうもニュースサービスらしい。昨日の国会中継がどうのこうのとある。画面の下にダウンロードボタンというのがある。そのメニュの一つに携帯端末とある。そうかスマホなんかに落としてゆっくり読めるということか。彼は自分のスマホを取り出したが、気が付いて苦笑した。23世紀のスマホでダウンロードできるはずがないだろう。第一コネクターが合わない。無線ではつながるのかもしれないが、当然通信規格も100Gくらいになっているだろうから機能するはずもないだろう。

 どうしたもんだべか、と思案していると、操作盤にプリントというボタンがある。物は試しだ、とそのボタンを押してみた。するとカタカタ音がしたかと思うとデスプレイの下からプリントアウトが出てきた。それを引きちぎってソファに戻ると読んでみた。昨日の国会中継の議事録である。まだ国会と言うものがあるらしい。世の中と言うものはナカナカ進歩しないものだ。もっとも日本語の文章もあまり変わっていない。ただ内容は相当に23世紀離れしているので、誤読しないように彼はゆっくりと二回読み返した。

 昨日の議題は人口調節庁の新設の是非であった。過ぐる(スグル)核大戦によって、日本民族も種無しスイカになる危険性があるのだが、どうすべきかと言うのである。基本的には星人の勧告するように、まだ汚染されていない精子と卵子のプールをつくり、人為的に健康な一卵性多胎児を増産することだ。

 その場合、多くの問題が発生する。家族制度をどうするか、多胎児の出産までの措置をどうするか、出産後の保育、教育をどうするか、など画期的(破壊的)な社会制度の変更が必要となる。

 星人の勧告は家族制度の廃止である。また、野合や結婚による従来型の出産を禁止しなければならないが、違反者にどのような罰を科すべきか、という問題も厄介で大きな問題である。検討すべき範囲は膨大である。国会は昨年からこの問題の議論で空転しているのそうである。プリントアウトはそう告げていた。

 

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アップデート要求52:オホーツク海から東シナ海まで電磁シールドのカーテンを下ろす

2021-04-21 13:07:35 | 小説みたいなもの

 国家間のイデオロギー対立の温度が37.5度に達すると宇宙船団から多数の無人ロボット衛星が発射される。それらはオホーツク海から日本海を経て東シナ海に至る高度100キロメートルの海上に整列する。有事発生を予測感知すると、これらのロボットが作動して海上まで電磁シールドをおろす。この壁は来襲するミサイルを跳ね返すので、この近くまで西方から来たミサイルはUターンして発射地に向かうか推力を失って海上に墜落する。電磁装置であるから極性がある。西方からのミサイルには強力な反発力が発生するが、東からくるミサイルはシールドを透過する。

 おかけで日本はミサイルに直撃されることは無かったが、日本海の真ん中に落下して爆発した核爆弾の間接的な影響を受けることになった。またユーラシア大陸に逆戻りしてそこで爆発したおびただしい数の原爆、水爆によって放出された放射能は偏西風に乗って日本上空を汚染してるという状況らしい。

 もちろんユーラシア大陸東部は壊滅し、二十億人を超えた人口は二百万人しか生き残れなかった。それも全員が放射能で生殖細胞を破壊されたので、遠からず一世代から二世代後には全員が死に絶える運命にあった。

 日本は直撃は免れたものの、偏西風や黄砂に付着して飛来する放射能で遠からず大陸同様に種の絶滅の危険にさらされた。星人はこの事態に緊急勧告を発出して種の保存策として出産の国家管理すなわち家族制度の廃止を改めて提案したのである。つまり汚染を免れた精子と卵子の一元的管理体制を勧告したのである。

 こうして考案されたのが健康な精子の採取計画である。健康な精子を供出した人間は甲種合格者として相応の代価が与えられ表彰される。政府の中央管理を経ないで私的な家族制度や野合によって膣から出産することは厳重に取り締まられることになったのである。殿下が目的地に到達したのはそういう精子採取、検査病室であった。その月の甲種合格者は氏名が官報に掲載される。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アップデート要求51:古人間学とは何ぞや

2021-04-19 07:38:40 | 小説みたいなもの

 殿下はテーブルの上の一冊の本を取り上げた。タイトルは「古人間学について」とある。著者は尿露理新左エ門である。この著者は新進の星人研究者であると裏表紙の折り返しに紹介がある。帯の惹句には彼は星人で本名は『ヌルヌルニョロニョロテカテカ』というそうである。星人の地球政策を理解するためには必読の書であるとうたってある。

 どうも意味が分からん、と殿下は呟いた。タイトルはどこで切れるのか。古い人間についての学説あるいは学問なのか。はたまた、古い時代遅れの人間学というか人類学についての紹介と言うか批判なのか。「はっきりしないな」と戸惑いながら中を読んでみると、『古い人類』についての研究らしい。古い人類とは文明の発達過程において星人に五百万年遅れている地球人のことらしいのである。

 彼らは学者としてのジレンマを抱えている。たとえば古代建築の研究者なら古い建物はそのまま保存していじくりまわさないほうがいいと思だろう。一方古くて地震や風水害によわく、不衛生で不便な建築物は壊して近代的で衛生的な団地などに再開発したほうがいいと主張する連中がいる。

 再開発派は星人の民政局の連中である。保存派は現状維持派で古生物である人間社会を研究したいのである。星人の地球政策はどうもこの二つの考えの間を揺れ動いているらしい。その折衷案として民政局の指導は勧告と言う強制力のない性質を有しているのだ。

 民政局は勿論自由主義体制を進めたいのだが、古色蒼然とした独裁体制国家、圧政国家、全体主義的国家を武力で崩壊させようとまではしない。つまり星人の勧告を拒むなら強制はしない。なるほど、と殿下はうなずいた。どうりでいまでも独裁国家、非人道的圧政国家がいくつも残っているわけなのだ。

 国連を通じて全世界の向かって出された星人の勧告は数百に達しているが、非自由主義国家はこれらの勧告をことごとく拒否しているではないか。

 星人の研究者はこのようなドグマ、イデオロギーの異なる社会、経済体制の雑居する並立並存は必然的に地球規模の核戦争につながると警告している。そして、と殿下は納得した。その結果、近過去にも大規模な核戦争があったらしい。それで日本列島にも放射能の雨が降り注ぎ、男女すべてが褌をしているわけが分かったのである。

 星人はそのようなカタストロフィーの必然性を予期しながら手をこまねいていたのか。それへの対策として星人が日本などの先進的な国家に提供したのがミサイルや核攻撃に対する完全防御システムであるということらしい。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

村上訳のチャンドラー「ロンググッドバイ」

2021-04-16 08:25:18 | チャンドラー

 自分でもちょっとしつこいというかトリヴィアルなんだが、前回の内容をもうすこし詳しくというが例示的に触れる。

1:いいな、と思う余計な追加

具体的にページをあげておく。村上はハヤカワ文庫のページ、LGBはVintage版のページである。

村上・・10p 「・・トイレのしつけはできているから、おおむね」

Vintage・・5p(He’s housebrokenーーmore or less)

原文にはトイレのしつけ云々はない。だが村上の補足訳は面白い。

2:あきらかな日本語の誤り

村上・・560p 「一路当地に向かっているはずだ。」

Vintage・・(He’s on his way to Nevada....)

当地というと自分のいる土地、つまりLAということだろう。Nevadaなら「むこう」「あちら」などというべきだろう。しかもこの繰り返しのフレーズは原文にはない。あきらかに日本語が間違っている。

次回は回収しない伏線を読む

*訂正 上記1は間違っていたようです。昨日本屋で清水訳のLGBの回答箇所を立ち読みしたら、村上と同じように「トイレのしつけ云々」と訳してあるので、おやまちがえたのかなと調べました。housebrokenと言うのは「赤ん坊やペットが排便などのしつけがなされている」という意味がアメリカ英語ではあるらしい。

英語(イギリス英語)ではhousetrainedと言うらしい。この言葉なら私も間違えなかったのでしょうが。チャンドラーはイギリスで教育を受けたがアメリカ口語で小説を書いたそうですからこの言葉を使ったのでしょう。

どうしてhousetrainedがhousebrokenになったのか。経緯はどうなんでしょうね。どうもスラング臭いけどどうなのかな。

もっともbreakには動物を慣らすという意味がある。私の辞書では第十二番目の語釈にある。以上言い訳おわり。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

N読チャンドリラ 

2021-04-14 08:13:27 | チャンドラー

 精神がアイドリング状態のときに、精神の真空状態を埋める作業を消暇作業と言うが、そういう時にチャンドラーをちょこっと読み返すことがある。ソフィスティケイドなモダンジャズを聞く時もある。ドニゼッテイのルチアを聞くときもある。デキシーランドジャズを聴くときもある。プレスリーの性的絶叫を聞くときもある。どうもそれらはその時の精神状態を反映しているらしい。だからプレスリーを聞くときにはドニゼッテイは受け付けない。

 てな具合でチャンドラーも抵抗なく読めるときとそうでも無い時がある。最近珍しくチャンドラーモードになって「ロンググッドバイ」(LGB)をちびちびやっている。十日ほどかかり、ようやく残り100ページあまりとなった。村上訳である。

 LGBについてはこのブログでも何回か書いて、ラストの謎解きがチャンドラーにしては良いと書いてきたが、今回読み返してみると繋がらないところが多すぎる。全体としては上手くできたラストなんだが、細部にこだわると、分からないこと、つまり説得力がないことが、多すぎるのである。

  これで思い出したが、清水俊二訳には省略が多いというが、そういう所もあるのだろうが、もともとの版が違うこともあるのではないか。あるいは清水訳では繋がらないところは訳していないのではないか。清水訳は現在でも売っているようだから買って比較したいと思っている。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

50:一晩で五千ページを読みこんだハーバード時代

2021-04-09 09:44:02 | 小説みたいなもの

 購入した書籍は一冊当たり3-400ページくらいとすると三十冊で一万ページを超えるかな、と彼は肚の中で計算した。二日もあれば読めるだろう。彼はハーバード大学ビジネススクールでは三千ページもある資料を渡されて一日でレポートを書かされたことなど何回もあった。勿論英文であったが。最近はそんなこともなかったが、まあ、まだ一万ページなら二日もあれば今でも十分だろうとふんだ。

 天馬ペガサスは一週間後に迎えに来ることになっている。あと五日あまりある。資料の処理が予定通りに進めば、いよいよキンタマ袋を入手して放射能の降り注ぐ屋外の探訪に行くことにした。

 彼は持ち帰った分の三冊に目を通してレジメを作った頃に本屋が残りの書籍を届けてきた。彼は目次を眺めて書籍を読む順番を按配するとテーブルの上にいくつかの山を作った。館内電話でルームサービスを呼び出して、夕食を注文した。サーロインステーキを500グラムと注文しかけたが、徹夜の作業中に眠くなるといけないので考え直してレアで300グラムにした。それと濃く入れたコーヒーを二ットル持ってくるように命じた。

 食事が運ばれてくると彼はステーキをたいらげコーヒーを五杯ほど飲んだのち作業に拍車をかけて資料の分析(分解、咀嚼)に没頭した。翌朝の午前四時ごろには七割がたの作業を終わっていた。

 彼はベッドに入り仮眠をとった。午前七時に起きると残りの書籍を分解、分析して全体のレジュメを作成した。全部手書きであるからまとめ終わったときには手がしびれた。彼はパソコン(今いる世紀でもパソコンというものがあったとしてだが)を持っていないし、osだってマシンだって最新式の使用法を理解し習熟するための時間的余裕はないことはあきらかであった。

 ます理解しなければならなかったことは、なぜ放射能汚染が深刻な問題になっているかであった。天変のせいか。昨日からの体感的経験によるとそうでもなさそうだ。日が昇り日が沈むのは、つまり一日の長さはやはり24時間前後のようだ。資料の渉猟で見当をつけたところでは、どうも近過去に世界的な核戦争があったらしいのだ。

 第三ミレニアムの後半に第N次冷戦がとうとう沸騰したらしい。その結果ユーラシア大陸の東半分は完全に破壊されたらしい。我々のいる世紀からそのころまでには核兵器技術も長足の進歩をしていて、ようするに格段にイヤラシイ兵器になっていたらしいのだ。この辺は原子核物理学の知識のないアリャアリャにはよく分からなかったが、ようするに被爆地の放射能汚染は今(二十二世紀)よりはるかに長期間にわたって続くらしい。それも人体の生殖細胞を狙って破壊するものがあるらしい。源平合戦と同じだ。平家が勝った時には源氏の血を根絶やしにした。源氏が勝った時には平家の血を根絶やしにしようとしたではないか。それと同じ発想であろう。

 日本も偏西風に乗ってユーラシア大陸から放射能が漂流して降下する状態がいまだに続いているらしいのだ。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一万倍以上に強化されたコロナ・ウィールスのバージョンアップ版

2021-04-08 07:00:26 | 書評

 「赤死病」はジャック・ロンドンが1910年に書いた中編小説である。舞台は2013年に発生した赤死病という細菌病の話である。百年後の未来小説だが、この細菌がものすごい感染力と致死率を持っていた。あっという間に世界の人口が数十億人から数百人になってしまった。数百人に減ってしまった世界人口は原始時代の狩猟生活に戻った。どうも小説の記述から見ると農業もまだ知られていない時代だ。

 そこで、赤死病以前のアメリカを知っている生き残りの元大学教授の爺さんが十代のガキたちにそのころの話をして聞かせるという趣向なのである。作者は細菌病として語っているが、そのころはウィールスなんて知られていなかっただろうから、細菌ではなくてウィールスとしたほうが現代ではとおりがいいかもしれない。

  現代のコロナウィールスがTNT火薬とすると、赤死病の威力は水爆級なのである。コロナも発生源にはいろいろな説がある。人工説が有力だと思うが、生物学、分子生物学が進歩してコロナウィ-ルスにもう少し手を加えると赤死病なみの物が出来そうだ。

 テーマと言うかアイデアは面白いのだが、叙述はきわめてdullである。もっともこれは翻訳のせいが多分にあるかもしれない。私がこれまでに読んだロンドンの小説は「荒野の叫び声」と「白い牙」である。これはアラスカ極北の地での犬と狼と人間の物語で非常に生き生きとした文章で面白かった。これに比べると「赤死病」はアイデア負けの作品である。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

49:着替える

2021-04-07 08:14:59 | 小説みたいなもの

「そうだ、大きなバッグかいるな、ここにありますか」と女店員に聞くと、

ここにはないが、数軒先にかばん屋があると教えてくれた。かれは支払いをすますと店を出てかばん屋に行き、出来るだけ大きなショルダーバッグをあがなったのである。

 再び彼は案内板でバスを呼んだ。「〇×ホテルへ2人」と入力した。帰りは今買った衣類などが大荷物になっていたので、2人乗りでも相客がいたら荷物の置き場が無くなるのを恐れて2人と指示したのであった。待つほどもなく遊園地のメリーゴラウンドにあるような可愛らしい無人バスが迎えに来た。彼は乗り込むと隣の座席に大きな荷物を置いた。

 ホテルに入ると彼は九十九階の自室に戻り、下着から背広まですべて脱ぎ捨てて、

シャワーをあびて千年の旅の垢を洗い流すと、今買ってきた新調のものに着替えた。脱ぎ捨てた衣類はランドリー袋に入れたが、ワイシャツだけはうっかり投げ込みそうになって気が付いた。ワイシャツのボタンは全部小粒のダイヤなのであった。小粒だが現金化できるものは不時の出費に備えて別にしておいたほうが安全だと気が付いたのである。彼は脱ぎ捨てたワイシャツをまるめて、さっき買ったショルダーバッグにしまった。ほかにカフスボタンもダイヤモンドだったしネクタイピンにもダイヤモンドが付いている。それらをまとめて上着の内ポケットに入れた。

 身支度を整えると彼は部屋を出て館内の書店を検索した。さっきの店員の話では屋外の放射能汚染がひどいらしいのでキンタマ袋を買うまでは危険を避けて買い物は構内の店で済ますことにしたのである。

 大きな書店だった。延べ面積は池袋のジュンク堂の九階までの床面積を合計した広さの二十倍以上あった。東京ドームくらいの広さはあるだろう。大書店大好き人間のアリャアリャはうれしくなってしまった。じっくり時間をかけて店舗のレイアウトを飲み込むと彼は時事問題や歴史のコーナーをつぶさに点検した。ピックアップした書籍は三十冊くらいになった。レジへ持って行って清算すると早くもプリペイドカードの残高は無くなってしまった。店ではカードの発行もするというので新たにカードを作ってもらった。

 店員が「お届けもできますが」と気を利かせて聞いた。

「同じ建物の中にあるマルバツ・ホテルなんだけどね」というと

「それなら無料でお届けできます」という。

「すぐに読むんだけど、どのくらい時間がかかりますか」

「はい、すぐにお届けにあがります」というので配達を頼んだ。彼はカウンターの上に積み上げた書籍の山から最初に目を通したいと思っていた数冊をより分けると残りの配達を頼んだのである。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

48:館内の歩き方から勉強する

2021-04-06 08:47:04 | 小説みたいなもの

 ホテルを出ると同じ施設内に洋服屋はあるかとプロムナードに設置されている案内版を見る。洋服屋というボタンを押すとまず三階の平面図が表示された。彼は三階に下りてもう一度案内版を表示させた。洋服屋は何軒かあるがこの階にあるのは建物の一番遠い端にある。広い廊下を透かして見ると向こう側はかすんでいて見えない。このビルはおそらく東京競馬場ぐらいの広さがあるようだ。

 彼はとことこと歩きだしたが、十分間あるいても建物の端が見えない。丁度通りかかった老婆を捕まえで店まで何分ぐらいかかりますかとた尋ねた。彼女は驚いたように彼のそもそも異世紀的な珍妙な服装をこわごわと見たが、びっくりしたように「そこまで歩いていくんですか」と問い返したのである。

「はっ」と彼が戸惑うと、彼女はこのエイリアン的服装のおとこをよほどの田舎者と思ったのか親切に教えてくれた。「館内バスを呼ぶんですよ」

「・・・」

「ほら案内版の横にバスを呼ぶパネルがあるでしょ。そこで行き先を指示するとバスが迎えに来ます」

彼は老婆に厚く礼を言った。「なるほど、バスか」

彼は次に見つけた案内板の前に立ち、改めてよく見ると確かにバスを呼ぶパネルがある。そこには行き先と人数を入力すボタンがある。彼は「凸凹洋服店、一人」と入力した。そうすると、優しい女性の声で「かしこまりました、しばらくお待ちください」と案内された。

 待つほどもなる座席が二つしかない無蓋の乗り物がどこからともなく現れて、ピタリと彼の前にとまると「どうぞ、ご乗車ください」と人工音声が伝えた。運転手はいない。かれが座席の一つに座ると、ソレは音もなく走りだし、十分後に建物の端にある洋服屋の前にとまった。「注意してお降りください」という人工音声に促されてバスを降りると彼は洋服屋の店に入った。広い店だった。ここで彼は一時間ほどかけて上着からシャツや下着、そして靴まですべて新調した。

 彼にアテンドしたのは學校を出たばかりと言う感じの初々しい女性であった。

「ところであの褌はここでも売っているのですか」と聞いた。

「ふんどし??」とかわいい首を傾げたのであった。

彼は身振りで腰から下半身あたりに布を巻くジェスチュアをしてみせた。

「ああ、キンタマ袋のことでございますね。こざいます。あまり種類はございませんが」

と音楽的な声で答えた。

.「わたしは外国から着いたばかりでよくわからないのだが、あれは日本のファッションなんですか」

彼女は信じられないという様な表情に変わった。

「外国と言うと?」

「中東方面ですが」

「するとあちらでは何もしていないのですか」

かれはまずいな、と思ったが平気を装って「ええ」と答えた。

「あちらでは放射能の被害はないのですか。先の大戦では世界中が放射能に汚染されたのかと思いましたが」

フムフムと彼はこの新歴史的知識を頭にしまった。後で図書館で調べなくちゃ、と頭にメモした。

 

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

47:殿下ホテルにチェックインする

2021-04-04 08:49:19 | 小説みたいなもの

*210417訂正* 

 殿下が黙って考えていると、相手は承諾したものと考えて「金種はどうしましょう」と聞いてきた。「一分札二枚にしますか、とれとも全部一朱札にしますか」

どうにもしょうがない、と彼はあきらめた。ほかに「イマ、ココ」で使える金を入手できるあてもない身の上である。

「一朱札にしてください」

「全部ですか。小銭はいりませんか」

「そうですね、コインもいくらか。一朱にすると八枚になるわけですね」と考えながら確認した。「そうすると一朱分はコインにするか」

「250個になります。かさばりますがいいですか。プリペイドカードも作れますが」と男は確認してきた。。

「それではカードのほうがいいな。カードはどんなことに使えるのですか」

「たいていの商品の購入に使えます」

それじゃと彼は考えると「二朱分のカードはありますか」

「出来ます。二朱カードならかなり使い出がありますよ」

「それでは一朱札六枚と二朱分のカードにしましょうか」

「賢明な選択ですな」と男は心得顔に請け負った。

 店を出ると五階のホテルに引き返した。フロントに行くとさっきのもやしのような男がまだいたので彼に一朱札を一枚を彼の前に置いた。彼はびっくりしたように殿下を見たが、慌てて端末をいじりだした。どうやら彼が戻ってくるとは思っていなかったらしい。予約を取り消してしまったようだ。改めて空室を確認しているらしい。アリャアリャは出された用紙に氏名を記入した。住所は日本のにすると問題が起こりそうなので、何しろ千年も前の住所は町名変更でなくなっているかもしれないので、父親のドバイの住所を記入した。

 フロント係は入室用の磁気カードを渡して、「9901号室です。荷物は?」と聞いたのである。「荷物はありません」というと驚いたような顔をしたがベルボーイに合図した。ボーイに先導されてエレベーターに乗り99階まであっという間に上った。不思議なことに耳がキューンともしなかった。部屋にはいると

ついてきたボーイにチップをやったものかどうか迷った。二十二世紀の日本ではまだノーチップの美風が残っていたが三十世紀ではどうなのだろうか。しかし、いずれにしてもポケットには小銭がない。まさかプリペイドカードでチップは払いようがない。ボーイが部屋の設備の説明が終わってもぐずぐずしているところを見るとチップを待っているらしい。彼はなにも与えずに「ありがとう」といってボーイを追い出した。

 彼は部屋の中にある冷蔵庫を開けてみた。何しろ昨日からなにも食べていない。ビールらしき缶とおつまみの袋を二つ取り出すと、あっという間に二袋を胃の中に収め、アルコール飲料を飲み干した。一呼吸置いて胃の中が落ち着くと、かれは必要なものを買いに外に出た。

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アップデート要求46:貴金属商にて

2021-04-02 08:09:37 | 小説みたいなもの

 店の中に入ると接客用のカウンターがあって若年増が一人座っていた。年のころなら二十五をちょいと越えた見当の女だ。茶色に染めた長い髪を後ろで高く結わえて肩のあたりまで垂らしている。かなり化粧をした努力の跡が残っていた。「ダイヤモンドの指輪を売りたいのだが、扱っていますか」

女は疑わしそうな視線を上目使いに前に立っている彼の上に走査すると、「はい、どんなものでしょうか」と硬い声で答えた。

 疲れ切ったアラブ人の大男で目はほとんど寝ていないので血走っている。洋服は公園の繁みで付いた土や落ち葉で汚れている。歩道のベンチにじかに横になって寝たためによれよれになっている。女の疑わしそうな眼ももっともだな、と彼は思った。誰だってこんな男がダイヤモンドを売りに来るとは思わないだろう。持っていれば盗品だろうと見当をつけられてもしょうがない。あるいは密輸品と思うだろう、と彼は思った。

 彼は女の前に座ると右手の中指から大粒のダイヤのついた指輪を引き抜いた。これなんですがね、というと女は一瞬ひるんだように身を引いた。明らかにガラス玉と思っているのだ。

「私には鑑定できませんから係りを呼びます。ちょっとお待ちください」と断って電話機を取り上げるとどこかに連絡した。中老の男が奥から出てきた。チョッキ姿でワイシャツの袖を二つ折りにしてまくり上げている。男は女の横に腰を落ち着けると「拝見しましょう」といって指輪をつまみあげた。チョッキのポケットから柄のついていないレンズを取り出すと右の眼窩にはめ込んだ。彼は柔らかい布で指輪の表面を拭くといろいろ角度を変えて覗き込んでいる。

「珍しいカットですな。どこでお求めになられましたか」

「ドバイです」

「ははあ」と彼は不審をぬぐいきれないように呟いた。

「たしかにダイヤモンドのようですな」

殿下は失礼な男の物言いにむっとしたが、我慢した。

「それで」とその鑑定士は聞いた。「いくらご入用ですか」

「一両でお願いしたい」

それを聞いて、男はぎょっとしたようにのけぞった。どうも、演技でも駆け引きでもないらしいな、と殿下は踏んだ。本当に驚いたようだ。

「それではお引き取りできませんね。申し訳ありません」

「幾らならいいのですか」

「そうですね、一分ですね」

今度はアリャアリャがのけぞる番であった。

「三分でお願いできませんか」

男は相手を見てしばらく考えていたが、「二分ですな」と伝えたのである。

 

 

 

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする