穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

黒い天使、コーネル・ウールリッチ

2010-08-22 10:36:56 | ミステリー書評

羊に食わせようと段ボールに入れていたなかからタイトル本を引っ張り出した。前回「幻の女」が一応再読に耐えたので、何かほかにあったかな、というわけ。ちなみに、コーネル・ウールリッチはウィリアム・アイリシュの別ペンネーム。

例によって巻末の解説氏を読むと、幻の女がベストだが、ウールリッチ名義の作品では本書がベストだそうだ。また、全作品を通しても黒衣の天使を幻の女の上に置く人も多い、とある。

ところが200ページあたりで読めなくなった。例の手を使いだしたからだ。彼の手なのだろう。エピソードのビーズ玉で引っ張っていこうというのだ。幻の女もそうだったが、まだ被疑者の供述と捜査のギャップを埋めていこうと言うのでエピソードもそれぞれ目先が変わっていて最後までだまされて読んだ。

ところが黒衣の天使はアンコの部分をこれだけで引っ張っていこうという意図が明白、しかも被害者のアドレスブックにある名前に次つぎとコンタクトしていうというメリハリのないパターン。これじゃ途中で放り出す。前回読んだ時も辟易したらしくそんな注が書きこんであった。

両書ともだが、出だしはうまい。70ページほどまでは幻の女より上かもしれない。ここだけとれば両書は甲乙つけがたい。

似たエピソードを挟んで紙員を稼ぐのは作家の常とう手段ではある。チャンドラーのロンググッドバイにもあるが、程度問題である。審美眼の問題といってもいい。

最初の70-100ページ当たりのレベルが最後まで保てれば両書とも素晴らしい作品になっただろう。

彼の弁護のために付け加えれば、個々のエピソードのサスペンスの盛り上げ方はうまい。短編で完結していればそれでいいが、クライマックスを、つまり同じ高さのだが、いくつも続けるのは逆効果である。

短時間の間に排出(小用だが)を繰り返すのはかえって興ざめなものである。

& 一晩に13回もした、青春の思い出だ、なんて威張っても、種馬じゃあるまいし、面白い話ではない。

それもエピソードの間に工夫があって口直しでも入っていればまだなんとか格好がつくのだろうが、こうベタで並列されるとね。感興が湧出されるヒマがない。


幻の女

2010-08-19 11:11:15 | ミステリー書評

ひと月足らずのご無沙汰でした。徒然(トゼンと読んでほしい)に耐えかね、書棚から取りだしたる一冊、ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」。

70年前のミステリーだ。加えて小生は書評でオマンマを食っているわけではないので結末から入っても差し支えあるまい。

記述者(ワトソン役)が犯人というので、おきて破りだと細かいことをいう書評家に難癖をつけられたのはクリスティのアクロイド殺しだったか。幻の女は探偵が犯人という趣向。探偵役というのは素人でえん罪で捕まっている男の親友である。本当は友人に罪をかぶせようとする男。途中から探偵役をかって出るのは、今後新しい証拠が出ないように証人になる可能性のある人間を殺していくため。

いったん捜査で有罪証拠を固めた刑事が、やり残した捜査をその男にやらせる。いったん警察でケースクローズになったケースは自分では扱えないから。

(捜査では十分な証拠がそろえば、被告人の証言の全ポイントを洗わなくてもいい、という「盲点」を蒸し返す、ということで一応筋はとおる)

そして、刑事と冤罪男の愛人が協力して「親友」が「真犯人」であることを突き止める。それが死刑執行日という段取り。

少し長過ぎる難がある。ミステリーはせいぜい日本語で300ページまでだ。それ以上のものはよほど技量がいる。まずそういう作者はいないとみてよい。そうすると、最近の日本の(外国もその傾向があるが)はミステリー作家の腕があがったのか。

否である。読者の質が下がっているのである。編集者、書評家の質が低下しているのである。

最近はミステリーはあまり読まない。たまに読むのは大昔読んだ本を読み返すくらいだ。最近は最初を30ページほど読む。それから最後の30ページを読む。そして作者の状況設定と落とし所を見たうえで、真ん中のアンコを読む。どう料理してあるかな、構成はしっかりしているかな、不自然さはどう処理してあるかな、緊迫感は平均値かな、てなところを「観賞あるいは罵倒」する。

幸いなことに前に読んだことは全く覚えていないから、新しく買って読むのと同じなのはありがたい。

早川文庫巻末の解説によるとアイリッシュは抜群の筆力とある。抜群というのは躊躇する。日本語で読んでるしね。最初のほうはたしかに「エンターテインメント」としての資格はある。

もう少し全体を縮めたらピリッとしてくるだろう。なべて言えば平均値をかなり超えていることは間違いない。

昭和17年の作品である。