穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

5:警察幹部の報告一

2020-12-29 08:54:24 | 小説みたいなもの

 本部長は甲のほうを向いて、「それではこれまでにまとめた調査結果の報告をしてもらおうか。犯人たちをクラスター分け出来るような特徴のようなものは把握できたかね。君たちの用語で言うと犯人のプロファイルというのかな」

甲は指名を受けて顔を紅潮させた。といってもよりどす黒くなっただけであるが、午前中に大慌てで部下に纏めさせたレポートを取り上げた。

 エヘンと咳払いしてから甲は手元の報告書を読み上げた。

「まず、犯人の男女別の内訳でありますが、男性が50パーセントで女性は四十パーセントであります。年齢別に見ますと10代から90歳代までそれほどのばらつきはありません」というと甲は一座を見渡した。みんな彼を睨みつけている。甲はますます上がってしまってしどろもどろになりながら、「報告書のコピーは皆さまのお手元にございますのでご覧ください」と言って出席者の疑い深い視線が自分に集中するのを避けようとした。

 早速質問が飛んだ。男性が50パーセントで女性が40パーセントと言うと残りの10パーセントはなんですか、中性ですか」

「いや、それは遺体がばらばらになってしまって性別が特定できなかったのであります。と申しますのは次に申し上げる『通り魔』の犯行方法が様々でありまして、たとえば、飛行自動車で上空から群集に突っ込んだ場合などは燃料が爆発して遺体が燃えて無くなってしまう場合があるのです」

「遺体が無くなるというのは適切な表現ではないな。人体の残存物として識別できなるなるということだね」と司法長官が確認した。

「さようであります」と甲は死刑判決を受けたかのように委縮してしまった。

「それにしても年齢層が若年層から90歳代までまんべんなく相当あるというのは驚きだね。それでは犯行方法の特徴はあるのかね」と司法長官は聞いた。

「大別しますと、刃物によるものと、車によるものが多い。だから一件当たりの被害者の数はそんなに多くないのであります」

「そうだろうな、刃物なんかじゃ数は稼げないからな」と誰かが不謹慎な発言をした。

「そうです、一件当たりの死傷者は刃物の場合はせいぜい数人です。車を使った場合は状況によってマチマチですが、十人以上になりますね。被害者がもっとも出た事件では百五十人の死者が出ました」

「どうしてだ」

燃料を満載した大型空中バスを高度二百メートルから渋谷のスクランブル交差点に墜落させた事件であります」

「ああ、あの事件か」

「銃器や爆発物を使用することはないのですか」

「ご案内のように人間に対しては銃器の所持を厳しく禁じております。爆発物の携行も許していません。その辺はわが警察が厳重に監視しております」と甲はここぞとばかりに胸を張ったのである。

 

 

 

 

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4:様々な仮説

2020-12-26 08:33:11 | 小説みたいなもの

 フム、と言うと本部長は思案に暮れたようにタコ頭をぴしゃぴしゃと叩いた。しかし、良い考えは叩いても頭から飛び出してこなかったらしく、彼はだれかいい知恵を出さないかなと円卓の一座を見渡した。彼の視線は髭を装飾庭園のように妙な形に刈り込んだ初老の男の上にとまった。

「教授、貴方のご意見は?」

「かたじけなくも本部長閣下の御指名にあずかりまして不肖己が考えまするに、この問題には多方面から検討を加えるべきではないかと愚考いたします」

「フム、それで」

「さればでござる、賢明なる本部長がまずご指摘されたようにアヘンの供給上のイレギュラリティが発生していないかは調べる必要があります」

厚生大臣が落ち着きなく体を動かした。

教授は続けた。「言うまでもなくアヘンは地球人が余計なことを考えて、不満を持たないように与えるものでありますが、病理学的に申し上げますと人間にアヘンに対する耐性が形成されつつあるのかもしれません」

「そんなことが考えられるのですか」と本部長が聞いた。

「さあどうですか。なにしろ二千年の長きにわたって与え続けているのですからそういう可能性もございますでしょう。アル中も大量に長年飲みすぎるといくら飲んでも酔えなくなりますからね」

それだけでも大仕事だな、と誰かが呟いた。

「しかしアヘンの耐性の問題だけに絞るのも危険です。我々は人間をその基板、OSそしてアプリケイションで完全に再構築し掌握したのでありますが、何らかの外的要因によって、それが効かなくなっている可能性もあります。なにしろ二千年ですからな、いろいろなことがあります。環境も変化しますしね。そういうわけで今一度、その人間システム、我々が大昔に構築したシステムを細部にわたって再点検する必要もあるでしょう」

かれはテーブルの上のペットボトルからニンジン茶を一口飲んだ。

「外的要因と言うと、どんな?」

「いろいろあるでしょう。それが特定できないのが問題でしてね。だからそれを特定しようというわけですが」と教授は禅問答のようなことを言った。

「何千回となく、遺伝情報のコピーをしているうちに、コピー・ミスもあるでしょうし、外的な要因で遺伝情報が破壊、あるいは変更されることがある」

「ふーん、たとえば、」

%「今年の新型コロナ・ウイールスが遺伝子を破壊することが報告されています。また、我々が有害であるとして前にマスクをかけた遺伝子配列が急にアクティブになることがあるでしょう」

本部長は思い出したように「待てよ、コロナはとうの昔に根絶されたのではないか。我々が地球人に強力な医薬を提供したはずだ。この効果に瞠目した人間が我々に対する認識を改めた契機になったのではないか」

「仰せのとおりですが、近年新種のコロナの変異種が蔓延しまして」

「うん、そうだったね。しかし、これも我々の医学で抑え込んだんじゃないか」

「その通りですが、一部に後遺症が残りまして、と言うよりか遺伝子に変化を与えている可能性があるのです」%

「そうして、今年のような一連の暴発を引き起こすと」

「そうですね」

 本部長は思いついて確認するように甲に聞いた。「今年に入ってから通り魔による大量殺人事件はどのくらい発生しているのだね」

甲は起立すると「お答えいたします、本年はこれまでに五百三十八件発生しております」

「月に百件ちかくだな。それで犠牲者の数は」

「八千二百十八人であります」と甲は用意した報告書を確認しながら答弁した。

「この数字は日本だけですね、世界中ではどのくらいかわかりますか」

「国連の報告によると犠牲者は五十万人を超えております」

 

 

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3:予測できない必然性 ?

2020-12-24 08:17:04 | 小説みたいなもの

 国会議事堂上空十五キロに停泊している巨大な宇宙船のなかにある統合管理本部(General Headquaters、GHQ)の大会議室の円卓のまわりには30人の星人と20人の日本人の高級官僚が着席して、対策本部長の入室を待機していた。

 奥の入り口に本部長の姿が現れると一座は私語をやめた。彼は六本の足で磨きこまれた床の上を擦るようにして入ってくると正面の席に近づいた。着席すると秘書官が背後から介添えのために静かに近づき、マイクの高さと口向きを慎重に調節してから日本語翻訳用の装置をオンにした。本部長の丁(テイ)は自分の前におかれている報告書を取り上げると瞥見した。ガサゴソと言う音がマイクを通して会議室に流れた。彼はおもむろにキンキンと咳払いすると口を開いた。日本人の出席者は同時通訳用のヘッドフォンを装着した。

「諸君がご承知のように今年に入ってから理解に苦しむような事態が連続して発生した。日本人は何と言ったかね、そうそう通り魔事件というのだね。ご承知とおもうが、、」と彼は日本人の高級官僚たちを見て語りかけた。「地球人馴致計画は%一千年前に完成している。ご存じのとおりだ。これは自慢するわけではないが、ほぼ完ぺきな出来栄えなのだ。人間は畜群として考えられる最高のユーフォリアをエンジョイしているはずだ。しかるに、最近の事案はこれを否定するがごとき由々しきものである。もちろん、我々のプログラムには小さなバグ(プログラム上の瑕疵)はある。これは、こういってよければ、いわば(遊び)のようなものである。しかし、最近の連発する事案はシステムに棲むというか許された遊びの範疇を超えている、どうだね」と彼は首席補佐官の戌に問いかけた。

「仰せの通りでありますな」と彼は重々しく答えた。

「どうしてなのだろう、システムに経年疲労が出てきたのだろうか。それともなにか突然変異と言ったものだろうか。どうだろうか」と彼は思いついたように厚生大臣に問いかけた。

「アヘンの配給には手落ちがなかろうね」

いきなり質問を振られた厚労相は慌てふためいて立ち上がると目の前に積まれた書類を誤って床の上にまき散らした。

「とんでもございません、本部長。今年はケシの花が大豊作でありまして、備蓄も数年分ありますし」

「しかし、薬には適量ということもある。やりすぎても逆効果だ。まさか配給量が多すぎたということはないかね」

濡れ衣を着せられたかのように厚生大臣は両手を振り回した。

 本部長はその有様を見て眉を顰めると、甲のほうをむいて「捜査はどうなっているかね、身柄は確保してあるのだったな」

「はい、確保して取り調べ中であります」

「犯人は逃げなかったのかね」

「いずれの事件の犯人も現場から逃走するという意思はまったくなかったようであります」

「それも妙な話だ。動機は何なのだね」

「それが雲をつかむような話でして。SNSで仲間外れにされたから、というのであります」

「なに、なんのことだ」

本部長はSNSなどという言葉は知らないのである。

日本人の出席者の間にもざわめきが起こった。彼らも初めて聞いた話らしい。

 

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アップデート要求 2:首席補佐官助手

2020-12-21 09:26:14 | 小説みたいなもの

 

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 電話の受話器が1センチほど跳ね上がると着信の黄色いランプが目をむいて甲を睨みつけた。発信者の番号を確かめると、日本地区総支配人室からだ。彼はまず受信音をオフにするとイヤフォンを被った。受話音量を最小にすると、ボタンを押してフックを外した。

 支配人室の補佐官助手の丙が甲高い声で喚いた。「何をやっているんだ。はやく電話に出ろ」と怒鳴りつけた。「今何時だと思っているんだ」

彼は腕時計で確認してから「東部日本時間で午前八時五十五分です」と落ち着き払って馬鹿丁寧に答えた。

「ばかやろう、一般職は九時までに出勤すればいいが、お前は日本地区の情報部門責任者だろう。お前たちは七時までには出社しろ。自宅にも何度も電話したんだぞ。携帯端末は二十四時間オンにすることになっているがどうしたんだ」

「どうも、このごろ具合が悪くて。オンにしておりましたが気が付きませんでした」と嘘をついた。ここ三十年間ほど日本の統治は平穏で夜間に緊急事態など起こったことが無かったのである。だから事務所を出ると携帯をオフにしているのである。

「秋葉原の事件はどこまで調べた。報告しろ」

「まだ何も分からないんです」

実際なにも調べていないし、夜間当直の担当者からの報告もまだ受けていないのである。

 甲は地球植民者の三世である。半分地球人化している。丙は昨年地球に着任したばかりでやたらに張り切っている。甲は仕事中は九割がた現地人と話して過ごす。それで現地人の発声の周波数に聴覚がチューニングされていて、本星人の甲高い日本人の可聴域を超えた話し言葉に長い間注意していけない。彼らは地球人にはほとんど聞き取れない高周波で会話するのである。

 長々と喚き散らす感情的な丙の言っていることが今では理解できなくなっている。ただヒューヒューと高い梢を吹き渡る強風のような音が聞こえるばかりである。

「聞いているのか」と突然甲の耳にオクターブ落とした声が飛び込んでいた。はっと我にか言った甲は「はいはい、すぐに調べます」と答えた。

「この秋葉原事件のニュースは本星でも重大な関心を持っているのだ。至急適切な対処をしなければならない。本日の三時に対策会議を開催する。それまでに調べとけ」と一方的に命令すると彼は電話を切った。

 

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アップデート要求:1

2020-12-17 08:01:28 | 小説みたいなもの

新連載開始、

登場人物

甲 警察幹部 地球植民三世

乙 同秘書  地球植民四世

丙 首席補佐官助手 星人

丁 日本地区本部長 星人

戌 首席補佐官   星人

山野井明      トップ屋、ノンフィクション作家

河野太郎      北国製薬研究開発部長

徳川虎之介     葵生物科学研究所代表

岸         国防省動員課係長

田村        厚生省薬事課課長補佐

勝五郎       内閣府人口調整庁係長

 

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甲は事務所に着くとデスクの一番上に置いてある書類のタイトルを一瞥して眉をひそめた。またか、とうんざりしたような顔になった。茶色い革張りの回転いすに腰を落とすと試すように前後左右に少しづつ動かして最適点を決めると、改めて深く座りなおした。

 やれやれとため息を漏らすと一番上の報告書を取り上げた。タイトルは「日本国東京都秋葉原における大型貨物運搬車の暴走による大量殺傷事件」とある。一昨日は茨城県土浦市で同様の事件があった。先週にはフランスのニースでやはり大型クレーンを積んだトラックが群集の中に突っ込んで百人近くの死傷者を出した。

 「よく続くもんだよ」と甲はうんざりしたように呟いた。「やはり死霊は空を奔るのかもしれないな。成層圏では空気抵抗もないからな」と独り言ちながら書類を取り上げた。大分前のことだが、世界各地で旅客機の墜落事故が短い期間に半ダースほど続いたことがあるのを甲は思い出した。

 「厄介なことになりそうだ」と思っていると、ドアを開けて乙が入ってきた。小笠原流に音がしないように注意してドアを閉めると「本部から、お出でになる前に連絡がありまして至急連続大量殺傷事件の原因を調べよ、と指令がございました」と薄ら笑いを浮かべながら報告した。

 彼女は緑色の髪を乳房と肩甲骨の下まで前後に振り分け垂らしている秘書である。乙は金色の右目を上司に向かってウインクした。「どうもこの女はすこし馴れ馴れしくなったようだ」と甲は先週の乱交パーティはまずかったな、と彼女のガラスの義眼のように見開いたままの紫色の左目を見ながらチクと反省した。

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安部公房の短編小説

2020-12-09 07:59:44 | 書評

 ポール・オースターのいわゆるニューヨーク三部作を柴田元幸氏の翻訳で再読した。たいして理由があったわけではないが、ちょっと口さみしい時期だったのである。その後の彼の作品もいくつか読んでいるが、どうも上手くはなっているが、あるいは小説らしくはなっているがムンムン度は薄れているようだ。今度三部作を読み返して改めて感じた。

 それで原文で読んでみようかと思って「幽霊たち(Ghosts)」を探して洋書をそろえている店を二、三軒回ってみたが、最近の作品はあるが、初期の作品はおいていない。ようやくある店で[Newyork Trilogy]というタイトルで三冊をまとめている本があった。立ち読みしてみると、これが超微細な活字で組んである。学生時代と違って目に優しくない活字は敬遠しているのでパスしたのである。オースターは意外と多作で、初期の作品は一番彼らしいのに、いまでは隅に追いやられた感じである。

 訳者があとがきでオースターの先行者として、ベケットとか安部公房をあげていた。安部については大昔に二、三の作品を手に取ったことがある。しかし完読したのは「燃え尽きた地図」のみである。そして面白くはなかった。ほかには壁、砂の女、箱男があるが、いずれも最後まで読む我慢が続かなかった。柴田氏の指摘が無学な私には意外だったので、再度安部公房を読んでみることにした。

 過去の経験から中編あるいは長編はどうも途中で続かなくなりそうなので彼の短編を探してみた。文庫で何冊かあるようだ。現在三つほど読んでみたが、「夢の兵士」という冬山で訓練中に脱走した兵士の話がある。これが比較的読みやすかった。といっても、感銘を受けたというより、「うまいな」と感心したのである。

 大体において彼の作品は読み返さないと意味がとれない。そういう風にできているようだ。長編だと、読み返すのが大変だが、短編だとその辺は楽である。全部一応読んでから読み返しても大して*手間*がかからない。

 

 

 

 

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