穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

アップデート要求30:不意打ち

2021-02-26 06:25:46 | 小説みたいなもの

ここで山野井氏は不意打ちを食らわせた。

Y: 一説にはあなたと宇宙船団と関係があるという噂も聞きましたが。

T: ・・・・・

 相手は息をのまれたように無言であった。息をのまれたなんて見たような実況放送をしているが、メールのやり取りでも相手の様子が肉眼で見るように感得できることがある。また、そのくらい感度がないとなかなか真相に迫るルポルタージュは書けないものだ、と山野井氏は得意げに書いている。

 山野井氏は先日会った天文学者の金田一光太郎博士との会話からこのヒントを得たのである。この人物は有名な実績のある学者ではあるが、いわゆる「とんでも発言」でしばしばマスコミをにぎわすことで有名な人物である。三日後に関東大震災が起こる可能性が80パーセントあるとか、宇宙人はそこら中にうじゃうじゃいる。昔からしょっちゅう地球に来ているといった説をマスコミに発表している人物なのである。彼は言うのである。

「どう見たって今度の新薬は地球の研究者や科学者が出来ることではない。人類よりもはるかに高い文明をもった生物が作ったものだよ。最初から結論が分かっていたに違いない。いうなれば演繹だな。知っている高度の知識を応用したのだ。普通科学と言うのは帰納という方法でやっとこさと法則を発見する。今度の新薬と比較される二十世紀のペニシリンだって、演繹的に作られたものではない。メクラ滅法、行き当たりばったりにあれこれ試しているうちに、苔だかカビの中から見つけたものだろう。今度のは最初から分かっていたに違いない。ようするに一直線だな。地球の近辺で人間よりはるかに高度の文化、技術を持ったものと言えば宇宙船の住人しかいない。どういう理由で我々の上空に滞留しているのかよく分からないがね。たぶん人間が苦しんでいるのを見てかわいそうになったんじゃないかな」と金田一博士は言うのである。一理はあると思った山野井はこのあぶなっかしい隠し玉を徳川寅之助に浴びせたのである。

その日、メールは帰ってこなかった。翌日出先で取材をしていた山野井のスマホにパソコンが受信した徳川のメールが転送されてきた。

T: いや、お見事でしたな。さすがです。ところで書いておられる記事はいつ発表するのですか。

Y:さあ、来月の十日あたりでしょうか。どうしてですか。

T:その予定を先様にも伝えておかないとね。不意打ちはいけません。

Y: 念のために確認させていただきますが、あなたは、そうすると宇宙船に乗り組んでおられるおひとりですか」

T: うーん、何といいましょうか。地球における宇宙船団の総代理人事務所のものというところでしょうか。

Y:そうすると記事の取り扱いですが、発表までは極秘にしておきますが、来月雑誌発売後は日本政府もワクチンのアイデアはあなた方のものだと肯定する用意があるということですね。

T:そのはずです。

Y:どうも長い間ありがとうございました。

T: どういたしまして。今度ともよろしく。

 

 

 

 


アップデート要求29:その出現の衝撃はペニシリンに匹敵する

2021-02-24 09:02:59 | 小説みたいなもの

 コロナバスターと命名された新製品の出荷は順調に進んだ。なかでも治療薬の効果は目を見張るもので出荷後一週間で日本国内で投与された患者が次々と回復して病院から退院した。やがて重症者の病床はカラになった。死者数もゼロの日が続いている。

 ワクチンのほうはもう少し経過を観察しなければならないが、副作用の報告は一件もなく、予備的な調査でも効果は確認されつつある。殺到する要求に応じて海外への出荷も始まった。その衝撃は二十世紀中葉に出現したペニシリンの衝撃に勝るとも劣らないと言われている。

 そんな時に文化春秋という日本国内で発行部数第一位をしめる総合雑誌の巻頭に山野井明による葵研究所代表の徳川虎之介氏とのインタビュー記事が掲載された。取材は徳川虎之介氏とのメールによる応答で、ある部分ではチャットのやり取りのように即時性の簡明なやり取りもあり、また徳川氏が考え込んで時間をおいて返答することもあった。場合によっては質問の翌日に回答してくる場合もあったのである。そんな次第であるから、山野井氏の記事もそうであるように、そのままやり取りを採録するのが一番よさそうである。以下Yは山野井、Tは徳川の発言である。

Y: 今回の薬品は徳川氏が北国製薬に計画を持ち込まれて、製品化されたものと言われていますが、間違いありませんか?

T: そうですね。アイデアを持ち込んだというほうがいいかもしれません。こちらでは実験もなにもしていないので。

Y: それが北国製薬で試験してみたら何の改変も加えることもなく種々の検査もパスしてあっという間に製品が出来上がったということですか。こういう経緯は極めてまれだそうですが、ご自身でも意外だったのではありませんか

T: まあそうですね。

Y: ところで気になる情報があるのですが、貴方は北国製薬のほかに日本政府の上層部とも関係があると言われていますが、どうですか。

これに対してはしばらく返事が返ってこなかった。

T: どこからお聞きになりましたか?

Y:いろいろと。こちらにも取材網がありますので。一応確認させていただきたいのです。

T:それは直接的にですか、それとも間接的なものですか。つまり憶測と言うか推測と言うか。

 ここで山野井氏は地の文章で補足している。 『この辺はお互いに腹の探り合いの様相であった。徳川氏の回答は翌日まで無かった。言下に否定しなかったことでこの質問はソフトスポットをヒットしたという感触を得た』

 翌日おそく回答があった。

T: ご返事が遅れまして申し訳ありません。相手方に確認して了承を得る必要がありましたので遅くなりました。いずれ明らかになることですが、先方の了承を得なければなりませんから、、

 

 


アップデート要求 28:プレスリリース

2021-02-22 07:55:33 | 小説みたいなもの

 山野井に電話しようと手を伸ばすと同時に先取使用権を争うように電話が喚きだした。広報室長の原田からだった。

「出荷に合わせてプレスリリースを出そうと思うんだが、一、二確認したいことがあってね。今ちょっといいかい」

「ああ、何だい」

「出荷予定を具体的に入れたいんだが、もう決まっているんだろう。具体的な日時とか出荷先や数量を入れたほうがインパクトがあると思うんだがね。教えてくれるか」

「うーん、予定はあくまでも予定だからな、あんまりコミットするようなことは発表したくないな」

「そうか、分かった。それともう一つ例の葵研究所との提携のことだがどう書いたものだろう?」

一瞬わき腹にきついフックを食らったように息が詰まった。「それはやめたほうがいい。まず徳川さんに報告して了解を得ないといけないだろう。なかなか連絡のつかない人だからな。了解もなしに一方的に発表すると苦情を言われるかもしれない」

「そうか、じゃあ彼の了解を取ってくれよ。それまで待っているから」

「連絡を取ってみるよ。プレスリリースは何時出すの」

「今週の金曜日の午前中の予定だ」

 原田との電話を切ると徳川氏の電話番号をプッシュした。珍しくすぐに応答があった。ざらざらした老人のような声だったので彼は別人かと思い「徳川さんでいらっしゃいますか」とまず確認した。電話の反対側で「そうです、どちら様ですか」とむせるような咳の間に苦しそうに答えた。

「北国製薬の河野でございます。お風邪ですか」と聞いた。風邪ならいいがこの頃は時節がら咳をするとすぐにコロナを連想してしまう。コロナ薬の開発者がコロナにかかってしまっては笑い話にもならないと河野はちょっと心配した。

「いえ、忙しかったものですから。それにあちこちしていましたのでちょっと体調をくずしました」と慌てて弁解した。

「そうですか、お大事に。一二、ご相談したいことがありまして今よろしいですか」と相手の体調を気遣って聞いた。

「大丈夫です、何でしょう」

「実はご報告が遅れましたが、いよいよ来週から出荷できるようになりました」

「そうでしたね」と相手はすでに知っているようだった。今日の国会中継を彼も見ていたのかもしれない。

「それで、今週末にマスコミに発表するのですが、御社のお名前も発表してよいでしょうか」

電話の向こうでひとしきり咳き込む気配がしてから「そうですね、どうお書きになるのですか」と心配そうに確認した。

「御社のアイデアをいただいて実験、生産したといったことですが」

「そうですね、しょうがないことでしょうね。あんまりマスコミが押しかけてこないようなご配慮をお願いしますよ」

それで、彼は山野井の要求を思い出した。

「今のことに関係しますが、別件なんですけど山野井氏と言うフリーのジャーナリストが何回も御社を取材したいから住所を教えてくれと言っているのですが、どうしましょう。住所は私共も知らないのですが、山野井氏にそちらの電話番号や、あるいはメールアドレスを教えて構わないでしょうか」と恐る恐るお伺いを立てた。

「ああ、山野井さんね」と相手は名前をすでに知っているように答えた。

「直接相手に会って取材を受けるというのが煩わしければ電話取材という手もありますし、メールで取材を受けることも出来るかと思います。それならそんなに煩わされることもなさそうですが、、」

「なるほど、そうですね。メールアドレスは教えてもいいです。しかし、山野井さんにだけですよ」と彼は応諾した。

「それでは、その旨相手に連絡します。風邪をお大事に」

「有難うございます」

また、苦しそうに咳き込みだした相手を労わるかのように彼はそっと受話器を置いた。

 


アップデート要求 27:ワクチン出荷予定

2021-02-20 16:17:06 | 小説みたいなもの

 最後に質問に立ったのは与党の橋本百合子議員である。

「各国はワクチンの開発にしのぎをげずっている現状でありますが、我が国においても北国製薬が極めて効果の高いワクチンや治療薬を開発していると報道されております。心強い限りであります。報道などによりますと我が国のワクチンは他国に先駆けて近々医療機関に出荷されるようですが、供給のスケジュールはどうなっているのでしょうか」

「厚生大臣」

「お答えいたします。問題のワクチンは治験をすでに終えて審査の最終段階に来ております。今週中にも認可の予定であります。メーカーの供給体制もすでに整っているようで、承認され次第、直ちに大規模な出荷が可能と言うことであります。来週からは国内関係機関向けに出荷されるものと承知いたしております。なお、この薬の画期的な著効は海外でも知られておりまして国内供給が一段落した段階で海外への供給も始めると聞いております」

 ふたたび、橋本議員が立って質問を続けた。「私共素人が見ていても今回の開発は異例の速さで、また治験に要した期間も非常に短いようですが、副作用とかの問題は充分に調べているのでしょうか」

「おっしゃる通り、すべてが異例の速さで進んでおりますが、それは開発がきわめてスムースに行われたということで、確かに通常のワクチンや治療薬の開発に要する期間に比べて大幅に短縮されていますが、高い効果が実証されておりますし、副作用の問題も開発段階では一例も報告されていません。これも異例のことであります。安心して使用していただけます」

 今日明日にも承認されそうなのか、と広報室長が河野に聞いた。

「うん、そう聞いているがね」

「それで例の葵研究所の徳川さんだっけが、テレビを見ろと言ってきたのかな」

「そうかも知れないね」

「しかし、彼は予算委員会で出る質問をあらかじめ知る立場にいるのかな」

「どうかな。政界にバックグラウンドでもあるのかな。たしかにちょっと得体のしれないところのある人だよ」

「純然たる研究者タイプじゃないのか」

「さあ、どうかな。突然住所不明になったり連絡不能になったりとか、とにかく神出鬼没な人だね」と言いながら彼は徳川氏のズバ抜けた巨躯を思い浮かべた。それでいながらギリシャ彫刻のように均整がとれている体躯で、大理石を思わせる冷たい光沢のある皮膚を思い浮かべた。

 広報室を出て研究開発部に戻ると秘書が「山野井様から電話がございました」と報告した。

またかよ、と彼はうんざりした。「それで、なんだっていうんだね」

「後で電話するということでした」

ヤレヤレと彼はため息をついた。

 


26:排泄物処理 

2021-02-17 08:44:14 | 小説みたいなもの

全国の男性を奮い立たせる会の白井点詩でこざいます、と次の質問者の野太い女性の声が委員会室に響き渡った。質問に立ったのは自称第一看護師会会長で衆議院「全国の男性を奮い立たせる会」総裁の白井議員である。年のころなら六十くらいの固太りの巨漢、いや巨婢というべきか。大きな鼻柱から精力が脂となってにじみ出てくるような女性である。鼻の上に乗った金縁の眼鏡の奥には威圧するような目が二つある。

「首相、まず確認したいんですがね、宇宙船の乗組員は有機物なんですか」

「有機物というのはどういうことですか」と首相は反問した。

「つまり生命体ですか、我々のような」

「そのように思われますな」

「ロボットではありませんね」

首相は質問を解しかねて席に座ったままである。

「分かり易く質問してください」と議長が注意した。

「SFなんかだとロボットが人間に反抗して宇宙船を乗っ取る場合がありますね。宇宙船の船長ほか、船をコントロールしているのは人間のような有機体ですか、と聞いているのです」

ヤジが飛んだ。「あんた、SFの読みすぎだよ。あんたがSFのファンだったとは意外だな」

白井議員はヤジを無視して「首相、お答えください」と促した。

井伊首相はよっこらしょと掛け声をかけて椅子から立ち上がるとマイクに向かった。

「お答えします。我々との接触の状況から判断すると高い知性を有する有機体と思われます。おそらく他の天体で進化した生命の系統樹のてっぺんにある生物でしょう。地球上の進化の系統樹とは全く異なるというのが専門家の意見だそうです。これでご満足いただけますか」と首相は謙虚に答えたのである。

「まあ、今のところはそれでよしとしましょう」と白井女史は恩着せがましく言った。そして続けた。「次のことにはご同意いただけますか。つまり有機体であるからには、生命を維持するために外界から食物や栄養、水分などを摂取して同化し、またエネルギー源とする。そしてその代謝の過程で出た老廃物を体外に排出する、すなわち地球上の動物でいえば人間を含めて、おしっこをしウンコを放出するわけであります」と長々と弁じたてた蟒蛇級の彼女はここでグラスの水を取り上げると喉の渇きを癒したのである。

「卑猥な質問をするな。女はこれだから困るよ。露骨すぎるよ」と与党の男性議員がやじった。水を飲み終わった白井女史は振り向いて威圧的な目力でぎろりと野次馬をねめつけると「お前たちこそ女性蔑視ではないか。すぐに衆議院議員を辞職しろ」と大音声で一喝した。

そして首相のほうを向き直ると、一転して猫なで声で質問した。

「彼らが自分たちの排泄物をどう処理しているかご存じですか」

「そんな下品なことは詮索しないのが紳士のたしなみです」

「それそれ、それが女性蔑視なんですよ、困りますね。世評では彼らは自分たちの排泄物を地上にまき散らしているという噂があります。人間や地上の動物でも排泄物は適切に処理しないと環境や健康に悪影響を与えます。ましてまったく別の進化をした彼らの排泄物の中には地上の人間には全く免疫のない細菌やウィールスがうようよしているでしょう。これは恐ろしいことですよ」と彼女は首相を脅かした。

「また、彼らの宇宙船が九十九里沖や相模灘にしばしば着水することがあるようですが、その際に彼らの排泄物を投棄しているとの目撃情報も多数の漁船から報告されています。至急実態を調査しなさい」と首相を決めつけた。

「そんなことを彼らがするとは思われないが、確認はいたしましょう」

「最近の猖獗を極めるコロナの流行は宇宙船からの廃棄物のせいだといわれています。すぐに撃ち払うべきではありませんか」

首相は苦笑いを浮かべると、「まったく的外れの御議論のようです。彼らも地上でのコロナの蔓延には非常に懸念と同情を示しておりまして、自分たちに出来ることがあれば何でもすると申し出ているくらいです」

白井女史は質問を締めくくった。「信じられませんね。とにかく至急調査を行い次回の当委員会で報告してください」と言うと着席した。議場にはほっとしたような空気がながれた。同時になんだかもっと漫才を見ていたいような雰囲気も漂っていた。

 

 

 

 

 

 


アップデート要求25:アバター

2021-02-15 11:40:53 | 小説みたいなもの

 河野はペットボトルのお茶を飲みながらどうして葵研究所の徳川がこの国会中継を見ろと勧めたのか分からず訝しんだ。質問者は強酸党の恣意議員に替わっていた。

「交渉はどのようにして行われているのか。日本語が通じるということは分かったが、場所とか日本側の出席者は誰なのかと言うことを明らかにしてほしい」というと着席した。

「そういう具体的なことはお答えできない。特に交渉担当者の氏名役職を申し上げることはできない。覘き屋、いや失礼マスコミの人たちが殺到してきて、せっかく纏まりそうになったものがめちゃくちゃになります」

「どこで行われているのです。そのくらいは言えるでしょう。言える範囲でいいから答えてください」と執拗に迫ったのである。

考え考えマイクの前に歩み寄った官房長官は思案顔で「そうですねえ、会議の行われている部屋は3,40平方メートルの小さな部屋です。ドアを入ると向こう側の壁に向かって椅子が三つあります。ここに我々が座るわけですね。相手は三人までと会議の出席者を制限しているのです。向こう側の代表が座る椅子はありません。向かい合った壁には大きなテレスクリーンがありまして、会議が始まるとスクリーンが明るくなって相手の顔が登場するわけです」

いまや委員会室はシーンと静まり返った二人の応答を聞いている。

「相手は何人ですか、やはり三人ですか」

「何と申しましょうか」と彼は思案しいしい言い淀んだが、「一人と言うんですかね、一匹というのもおかしいが」と言って部屋がざわつくのを見てから、「やはりヒトリというのでしょうな、いつも一人しか出てきません」

「で、どんな顔でした」と恣意議員は勢い込んでいいささか間の抜けた質問をした。

「それがねえ、ナマの顔じゃないんですよ」

「というと仮面をかぶっているのですか」と恣意氏は調子を合わせるように言った。

「アバターなんですよ」

「なんですか」と相手は大声を出した。

「なんというか、漫画の登場人物のような、本人のハンコみたいなものですな」

「、、、、、、」馬鹿にされたのかどうか分からなかったので恣意氏は黙って大きな目をぎょろぎょろさせたのであった。

野次馬の中から助け舟を出したのがいる。「それはアニメなんかのキャラクターの顔みたいなものだよ。本当の顔でもないし、仮面でもない。本人を表すシンボルだよ」

恣意氏は馬鹿にされたと思って急に怒り出した。

 突然、広報室の後ろのほうで「あたしは宇宙人のお嫁さんになりたいな」と女の子の声がした。振り向くと山口桃絵であった。身長が145センチくらいしかなくで中学生に見える。今年入社してきた職員でそのカマトトぶりを発揮してたちまち中年男性社員の人気者になった。

 怒りから我に返った恣意氏は「交渉の眼目はなんです?」と突っ込んだ。

「宇宙船の整備と言うかメンテナンスのために滞留させてくれと言うのですな。なにしろ何百光年も飛んできたそうですから。それに乗組員の休養させるためらしい」

「なんですか、休養と言うと歌舞伎町やすすきので英気を養いたいということですか」と恣意氏はここで逆転の一矢を報いようとしたのであった。

 

 


24:「相手は何なの」とレンコン女史は聞いた

2021-02-12 13:37:32 | 小説みたいなもの

 続いて質問に立ったのは立身出世党のレンコン女史である。モデル上がりのすらりとした長身を白いスーツで決めた彼女は開口一番「相手は何なんですか」と首相をにらみつけた。うつらうつら昼飯のカツカレーの消化を始めていた井伊首相はびっくりしたように女史を無邪気な目で不思議そうに見あげた。

「相手は誰なんですか、と聞いたほうがよかったかもね。人間なんですか。それとも独自に進化した霊長類のたぐいですか。宇宙船に乗っているのは」と決めつけた。

議長が「内閣総理大臣」と促した。

井伊首相は横の席に視線を振った。

議長が「嘉藤官房長官」と気を利かせて指名した。

「あたしは首相に聞いているんですよ」とレンコン女史はどすを効かせた。

かまわずに席を立った官房長官はマイクに向かい、「それは申し上げられません」と木で鼻を括ったようにそっけなくあしらったのである。

逆上して毛を逆立てたレンコン女史は「議長、官房長官に懲罰動議を提出いたします」と議長席に詰め寄った。つれて野党のもみ合い専門要員の新米議員たちが議長席を取り巻いて議長を恫喝する。負けじと与党側の闘争要員が議長席に駆けつけた。

もみ合いはしばらく続き与野党の幹部議員が別室で協議した結果、30分後に委員会は再開した。議長は「改めて答弁を求めます。丁寧な説明をお願います」と求めた。

官房長官は再びマイクの前に立った。野党席からは「お前に聞いているじゃないよ」とヤジが飛んだ。

「えー、この宇宙人といいますか、なんといいますかは察するところ高い知能を持っております」

「コミュニケーションが取れるということですか」

「左様でございます」と馬鹿丁寧にかつ簡潔に官房長官は答えた。

「興味深いですね、どういう風に意思疎通をするのですか。会話ですか、文書を交換するのですか」

「両方とも可能です」

「何語で会話するの、英語ですか」とレンコン女史は間抜けな質問をした。

「日本語が通じます」

委員会室はおおとびっくりした声がこだました。

「彼らはどこで日本語を覚えたのかしら」といまや官房長官のペースに載せられた彼女は間抜けな質問をした。

「さあ、知りません。会話に支障がなければそんなことを詮索しても始まりません」と彼は相手を諭すように語ったのであった。

 


23:予算委員会始まる

2021-02-11 19:53:36 | 小説みたいなもの

  数日後徳川虎之介からメールが入った。電話番号はあるが住所がない。河野はさっそく電話をかけてみたが通話中でつながらない。しばらくしてから再度かけてみると呼び出し音は聞こえるが応答がない。しょうがないからメール受領の旨を返信して新しい住所を知らせてほしいと伝えた。

 相手はメールだけはまめにチェックしているらしくしばらくして彼から返信が入った。住所はまだ決まっていないと妙なことが書いてあって、最後に今日午後一時からの衆議院の予算委員会のテレビ中継を見てほしいと不可解なことが書いてあった。なぜそんなことを言うのか理解できなかったが、一応広報室に行った。

「今日の予算委員会でなにかわが社に関する質問が野党から出ているのか」と河野は広報室長に聞いた。

「いや、なにも」と彼はびっくりした。「とにかくテレビをつけてみよう」、と彼は受像機に火を入れた。丁度国会での質疑が始まったところで野党のハイエナのような女性議員が社会保障費の問題で怒鳴り声をあげていた。議題はそれからそれへと移っていくが製薬業界に関係するような問題は出てこない。

 二時時過ぎに連立を組んでいる与党の議員が質問にたった。彼は週刊誌を手にして、その記事について質問を開始した。「この記事によると政府は宇宙船団との交渉を秘密裏にしているというが本当か。この記事いよると秘密条約まで締結したとあるが本当か」

 額の禿げあがった井伊直三首相はよっこらしょと老人らしい緩慢さで席を立つとマイクの前まで二、三メートル歩き「条約を締結したという事実はありません」とおどおどした声で答弁した。戻って席に座る間もなく質問者は「接触したことはあるのですか」と追いかけて聞いた。

 首相は後ろに控えている官僚たちとひそひそ相談していたが、のろのろと立ち上がると「接触は試みております」と短く答弁した。

委員会室の中はどよめきが広がった。

「接触は成功したのですか」と畳みかける。

「それは申し上げられません」

「どうしてですか」

「交渉事ですからすべてを開示することは出来ません」

非難の声が室内の野党側の席から起こった。与党議員のあいだにも驚きの声があがった。

「この週刊誌によると政府は秘密理に条約を締結したとある。世間では疑勅だという非難もある。はっきりとしてください。条約はあるのか、ないのか」

「何度も申し上げた通り条約はありません。相手は国家ではありませんしね」と首相は馬鹿にしたように答えた。

「なぜ国民に報告しないでことを進めるのか」

 再度取り巻きの高級官僚たちとひそひそと打ち合わせた井伊首相はのろのろと大儀そうにマイクの前に立つと、「国民の安寧にかかわる重大事態です。交渉するのは当たり前でしょう」と彼一流の人を馬鹿にしたように口調で答えた。「いちいち手の内を明かしていたら相手にいいようにあしらわれるだけだよ」と捨て台詞を残して短気な老人らしくゾンザイに質問者を決めつけた。

 


22:インター・ステラ条約締結か

2021-02-07 10:24:07 | 小説みたいなもの

 河野部長は北国製薬に出勤するために通勤シャトルバスに乗った。人口調節庁のおかげで日本全国どこでも通勤ラッシュは起こらない。空中を飛行するバスの座席で右側の窓から差し込む太陽に体を温められてうつらうつらしていた。バスが降下を始めたのを感じた彼は目を覚まして、ふとバスの中の中吊り広告に目をやった。今日は週刊誌の発行日らしい。

「宇宙船団と秘密裏に条約締結か」とでかでかと煽情的な赤い活字で印刷した横に少し小さな活字で「日本政府は秘密裏に宇宙船団の星人との間に便宜供与のインター・ステラ条約を締結した模様である。野党は激しく政府を攻撃すると息巻いており、大荒れの政局になるだろう」とある。

 野党は擬勅だ、擬勅と騒いでるらしい。たしかに国会での論議をせず承認を得ずに、また天皇の御名御璽を得ないで条約を発効させれば擬勅には違いない。とくに極右政党は過激な政府攻撃を予告しているらしい。週刊「文俊身長」の中吊りを見て、先日の日蝕かと疑った社屋上空の黒船通過を思い出した。ああも、大っぴらに自由に通行するようになったのは、日本政府との間に何らかの取り決めが出来ているのかもしれない。過激な右派団体は井伊直三首相へのテロまで示唆しているという。覗き屋の山本もフォローしているようだったし、その動きはマスコミにも伝わっていたのかもしれないな、と河野は思った。

 彼我の文明力、技術力の違いは歴然としており、うかつに攻撃に出れば隣国の例のように壊滅的な被害を受けかねない。一体どういう条件の条約なのだろうか。この間来たトップ屋の山本も取材しているといっていたが、彼も今度の記事に一役買っているのだろうか。

 黒船襲来で擬勅かと、そんなことを考えながら河野は自分のデスクに腰を下ろすとデスクの上の未決のカゴの入った書類を取り上げた。急ぎのペンディングの仕事をとりあえず片づけると彼は女性課員に広報室に行って問題の週刊誌を借りてこいと命じた。

 女性課員は問題の週刊誌のほかに新聞二、三紙のコピーを貰ってきた。情報源があるらしく、一部の新聞にも同様の記事が出たようである。出所は同じらしい記事を読んでいると電話がかかってきた。

「葵研究所の徳川虎之介です。ご無沙汰していて申し訳ありません」

「ああ、どうも。ところであなたの事務所は移動されたのですか」と彼は切り口上で尋ねた。

「あっ」と徳川は気が付いたように慌てて言った。「そうでした。ご連絡をしていませんでした。申し訳ありません。そうなんです。事務所を引き払いまして、新しい連絡先をお知らせすべきでした。メールで至急送ります」

ずいぶん大げさだなと河野は訝った。「電話番号は?」と問うと彼は慌てたように「それも一緒にメールします」と電話を切ってしまった。

 


21:黒船問題 AD22**

2021-02-05 07:00:16 | 小説みたいなもの

 22世紀後半から各国は黒船の襲来に悩まされることになった。世界各地で巨大なUFOが確認された。UFOというとちょっと頭のおかしい人が「見た見た」と騒ぐが言われた人が行って見ようとするともう影も形もないというのが、通例であるが今回の事例は全く違う。

 第一大きさが違う。各地の上空に表れた宇宙の黒船は小さいものでも直径が一キロはある。大きなものは数キロになる。形状は円盤系というかあんまん系である。真ん中が外部から上部、下部とも摘み上げられたように円錐形に突起しているのである。

 この宇宙船は同時に数艘出現して世界各地の大都市の上空に何日も滞留する。船体には窓もなく、出入り口らしきものも見えない。推進装置らしきものもないが、自由自在な速度で前後左右に飛行できるようだ。また、前日浮かんでいたものが、翌日にはかき消したようにどことも知れずに飛び去ってしまう。明らかに内部には操縦者がいると思われるが彼らとコンタクトした者は下界にはいなかった。そしてまた数年間は全く姿を見せない。

 最初に現れた時は数日確認されたがすぐに地球を立ち去った。その後不定期の間隔で地球に飛来するのが確認されている。いうまでもなく、一番神経をとがらせたのは各国の防衛関係者である。大国同士で相手国の新型の兵器ではないかと当然警戒した。各国とも戦闘機を発信させてスクランブルしたが、黒船はまったく反応しない。動かない。米国は威嚇射撃を試みたが相手は無反応であった。

 もっとも恐慌状態に陥ったのは言わずもがなであるが、一党独裁で体制維持に腐心する国である。何しろ首都上空に日光を遮るほどの飛行船が居座っているのである。なかば発狂状態になった軍部は地上から核ミサイルを発射した。黒船は上空50キロメートルにある。このくらいの高度なら核攻撃をしても地上にはさしたる影響もないと計算したらしい。何しろ敵国の攻撃、偵察に晒されているという恐怖心がミサイルを発射させたのである。

 ところが妙なことにミサイルが飛行船に近づくとミサイルは跳ね返されるように地上に落下し始めた。そして慌てふためいて右往左往する首都の中心に落下すると核爆発が起こった。首都は瞬時に壊滅したのである。宇風船の操縦者もこんなことは想像していなかったらしく慌てたように上昇して宇宙空間に姿を消した。

 その後各国の首都上空にいた宇宙船は皆姿を消したが、数年後にまた姿を現した。こんどは核ミサイルを発射した国を避けて日本にも飛来した。国内は大騒ぎになったのである。黒船は撃ち払えという極端な攘夷論から和睦をさぐれという主張までが入り乱れて百論争鳴状態となった。

黒船という描写がぴったりとしていて実際その船体は脂の乗り切った黒鹿毛のサラブレットのように太陽光をテラテラと反射していたのである。

 

 


20:日蝕

2021-02-03 07:59:30 | 小説みたいなもの

AD22α

 会話が途切れたところを狙って河野は口を開いた。「新薬ですけどね、人間での治験はこれからですが、チンパンジーにも著効があることが分かりましてね」

えっと茶色い精力剤の小瓶に目を奪われていた彼は目を離すと驚いたように反問した。「犬や猫にも感染すると言われているが、そうですか、霊長類で人間に近いチンパンジーにも当然感染するのでしょうね」

「それもかなり重篤な症状を示していたのですが、動物園から問い合わせがあって開発中の新薬を送ったんですが、ケロリと治ってしまったんですよ」

「へえ、どこの動物園ですか」

「ニューヨークとデュッセルドルフの動物園です」

「それはワクチンですか」

「いえいえ、治療薬です。ワクチンは効果が判断できるまでには時間もかかりますし、症例も多数集めなければなりませんから」

「なるほど」。彼の興味は全く葵研究所の所在からチンパンジーに移ってしまった。

「まだ、報道されていないようですが」と断りながら河野は詳しい事情を説明した。

 その時に窓の外の日が陰ってきたが、数秒の内に真っ暗になってしまった。部屋の中にいた彼らは一様に不審げな表情で「今日は日蝕だったですかね」と河野が珍妙な声をあげた。

「そんなことは聞いていないな」

原口がツト立ち上がって窓のそばに行って空を見上げて驚いたような声をあげた。

2人も立ち上がって窓から上空を見上げた。巨大な物体が極めて低空を覆って緩やかに右から左へ移動している。これが太陽の光線を完全に遮っているのだ。はるかに西のほうを見ると地上は太陽の光を浴びて燦燦と輝いている。

「なんだ、これは」

「これは例の黒船じゃないか」とトップ屋の山本は叫んだ。やがて飛行物体は移動して太陽光線は徐々に力を取り戻してきた。原口が「テレビ、テレビ」と叫ぶと部屋のコーナーに設置してあるテレビのスイッチを入れた。画面では中年のひっつめ髪の女性アナウンサーが臨時ニュースを読み上げていた。

「ただいま入りましたニュースです。男体山上空中に停留中だった宇宙船が移動をはじめ現在首都上空を飛行中です。高度約三千メートル、時速五十キロメートルで南西方向に移動中です。付近を航行中の航空機はご注意ください。交通省では宇宙船から二十キロメートル以内に接近すると極めて危険であると警告しています」

その宇宙船は数日前から男体山上空に停留中であったが、移動を始めたらしい。

山本は急いでノートをボストンバッグにしまうと取材を切り上げた。彼は日本を不安のなかに陥れているこの飛行物体の取材もしているそうで、葵研究所の取材などは端境期の取材だったらしくて吹っ飛んでしまったらしい。これから内閣府に取材に行くというと、あわただしく帰っていった。

 河野は原口と顔を見合わせて「ヤレヤレ」と呟いた。研究開発部に戻ると室内はさっきの宇宙船騒ぎで騒然としていた。女子職員などは顔色が蒼白になっていた。なかには震えが止まらない職員もいた。

 

 


19:ドリンク接待

2021-02-02 07:46:50 | 小説みたいなもの

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ソファに落ち着くと、山本は傍らのボストンバッグを引き寄せてジッパーを引っ張った。なかに一杯詰め込んだせいか長年使い込まれて、がたが来ているのか途中で引っかかって動かなくなってしまった。ようやく引き開けると表紙がめくれ上がった大型のノートを引っ張り出した。胸のポケットから万年筆を取り出すと、新しいページに大きなのたくったような字で今日の日付を書き、『コロナ取材』と書き込んだ。そこで筆を止めて

「早速ですが、そちらで開発中のコロナワクチンのことなんですが」と二人を上目使いに見上げた。

「順調に進んでいるようですね。開発はおたくと葵研究所というところで共同でされていると報道されていますね」

河野は口を開いた。共同研究と言うよりか、うちがアイデアを買ったということですね。「それで当社では、それを実際に大規模に実験して開発中ということなのです」

「なるほど」というととトップ屋の山本は河野の顔を見た。「アイデアですか。それでこの葵研究所を取材しようとしたのですが、所在が分からないのですね。というよりか所在地を引き払って行き先が不明なのです。それで御社に来たわけなんですよ」

河野は怪訝な表情をした。「直接訪ねていかれたんですか」

「ええ、その足でこちらに伺ったようなわけです。いまでも連絡をとっておられるのでしょう」

「必要な時にはそうしていますが、実はそのアイデアと言うのが非常によく出来ていましてね。ほとんど連絡することもないのです」

「しかし引っ越し先はご存知なんでしょう。いくらなんでもおたくに連絡しないで行方をくらますなんてことはないでしょう」

しばらく河野は困ったように相手を見ていたが、「ええ勿論」

「教えてもらえますか」

「そうですねえ、困りましたね」と2,3秒考えてから「研究者には変わった人がいますからね。なんでも最近マスコミが聞きつけて取材に来たらしいんですよ。それで引っ越したようですね。なにしろ少し変わった人ですから」

「取材嫌いなんですか」

「ええ、新しい連絡先は教えないでくれ、と言われてましてね」

相手は疑わしそうな表情で河野の言い分を思案していた。

 ドアが軽く上品にノックされた。原口が「ハイ」と答えると静かにドアを開けて若い女性がお茶を乗せたトレイを捧げて入ってきた。彼女はお茶をテーブルの上に置き、来客の前にはさらに小さな瓶を三本置いてから一礼して退出した。

客は自分の前だけに置かれた小瓶を怪訝そうな顔で見ていた。

原口が如才なく「当社の新製品でして疲労回復剤です。お試しください」と勧めた。

「へえ精力剤みたいですね」

「まあそうです。頭もすっきりとします」

「カフェインでも入っているのですか」

「いいえ、漢方薬の成分で工夫しています」

客は一本を取り上げると茶色の小瓶を興味津々に覗き込み、貼ってある効能書きを読んでいる。河野は広報室の応対に感心した。ほんのわずかの間に広報とコネのある雑誌記者に問い合わせて客の好みを聞き出して用意したのだろうか、それともこういう客にはこの手の精力剤に興味があると考えたのだろうか。とにかく広報室はすばしこい、と感心した。

「ずいぶん高そうなドリンクですね。市販だとどのくらいするのですか」とまず彼らしく値段を聞いた。

「いや、それは、、」とあまり直截に言うわけにもいかずというように言いよどんでいると彼は畳みかけて「三千円、いや五千円くらいするんじゃないですか」と露骨に値踏みした。

「いや、まあ、、」と原口は困ったように笑った。