穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

カフカの官僚論(無謬の組織としての)

2024-01-22 08:33:52 | 書評

またぞろ、退屈なカフカの「城」を読み始めた。理由はわからない。ほかに食指が動かなかった、というのは説明になるだろうか。

ま、難解、というより、訳の分からない小説を苦労して読むほうが、退屈しのぎになるという理屈かな。ところが第五章にきてこれはカフカの官僚論(もちろん極端なである)と気づかされた。

官僚は過ちを犯してはならない、というよりか、官僚は過ちを犯す能力がもともとないという無謬論を極端に推し進めた小説と気が付いた。訪問した村長宅でこれまでの経緯を説明されるのだが、官僚は過ちを犯さない、というより、実体論として過ちを犯すことなどありえない、という極端な議論で測量士招聘めぐる経緯を説明される。つまり神は無謬である。その無謬論は現実には多数の矛盾を発生させる。測量士の招聘問題はそれである。

他方小説「審判」は対照的に大衆組織の無謬性というか後戻りできない宿命を描いたものだと納得した。組織された大衆と官僚の無謬性を描いた兄弟的作品であることに気が付いた。

私は専門家の種々の「カフカ論」についてはまったく無知である。この見解が大勢を占めるかどうかは分からないが。おそらく極小意見であろう。

村長の説明は小説の核心の謎解きになっている。カフカの小説で親切に謎解き部分を設けているのは、この小説だけだろう。

とにかく、第五章はカフカには珍しく謎解きを設けている。

年末から、ご苦労にもマスコミを翻弄したぱーてい券のキックバック問題を検察が有耶無耶にした経緯はミニ「城」の問題を想起させた。

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2024-01-10 08:27:29 | 小説みたいなもの

夕食の料理を食べてしまい、使った鍋や食器を洗ってしまうと父がどこで生まれたのか、どう成長したのか皆目分からないのはなぜか、改めて考えてみた。

不思議だ。普通の家庭では父をめぐる情報というのは子供たちにとって一番詳しい情報であるはずだが、我が家では皆目謎に包まれていた。母をめぐる生家については実に詳細まで聞かされていたが、父の生い立ち、出生については、第一に父が口をつぐんでいた。何かの拍子に質問しようものなら、殺人的な視線で威嚇された。それでこういう子供としてはごく自然な疑問は長い間に有耶無耶になってしまう。

一つのきっかけは父が亡くなったときである。わずかに残された資料を改めて調べてみたが、詳しいことはわからなかった。葬儀や後始末で落ち着かない中で乱雑に整理しないまま残された埃だら資料を見ていると気が滅入った来て根気が続かなかったのである。

今度の機会に改めて父の残した資料を調べなおした。今度は焦らずに根気よく順序立てて見ていった。そして前回気が付かなかった点がいくつか見つかった。父が生前田舎の人たちとの接触を嫌っていたので予想していたが、生まれたところは字茫々と草深い辺鄙な片田舎であった。

父には兄弟はいないと思っていたが(父に言い聞かされたわけではなく)、実は姉がいることがわかった。この姉のことは一度も聞いたことがなく、家にたづねてきたこともなかった。手紙などの連絡もなかったようである。ただし、この姉は祖父の最初の妻の子供である。父親は二番目の妻の子供であった。この二番目の母からは兄も生まれたようだが、生前聞いたことがない。

この女性を姉と特定したのは、祖父母と一緒に写っていたのでそう判断したのである。この女性はその他に単独で撮られた写真がかなりの数残っていた。身長が高く、もう一つ驚いたことに、身長の高い私の妹に酷似したいたことである。父の残していた戸籍謄本から祖父の最初の妻の子供であることが分かった。つまり義理の姉であることが分かった。これも親父は一言も言い残さなかった。

父のスケッチした生家の平面図がある。かまどなどがある広い土間に農耕用の馬を飼っていたようである。「うまや」と注記してある。農耕馬と同居していたのだ。いまなら家内に農耕用の車両などが屋内にしまい込まれたようなのであろう。

父の写真であるが処分したのか一枚もない。父の写真が出てくるのは大学の卒業式の集合写真が初めてで、その後は職場の同僚らしいのと映した写真が何枚かあった。

 

 

 

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脱出した魂の速度

2024-01-08 08:00:49 | 小説みたいなもの

図書館を出るとあたりはとっぷりと暮れていた。富士川はJRに乗ると帰宅を急くサラリーマンですでに溢れかえった池袋駅で降りた。通行人と二、三歩歩くごとに肩をぶつけながら湯気の立つように殺人的に混雑した地下道を足早に、ほとんど駆けるように歩いた。忘れないうちにさっき望月氏に教わった金枝編を買い求めるためにジュンク堂に入った。

その本は岩波の文庫売り場ですぐに見つかった。贖うとショルダーバックに突っ込んだ。家に近くのスーパーにより、頭の中で冷蔵庫の在庫を思い浮かべて夕食のおかずを買い足した。アパートに入ると早速岩波文庫を開いた。該当箇所はすぐに見つかった。望月氏が説明したとおりの記述はすぐにみつかった。

かれは文庫本を机の上に置くと、さとうのご飯を二分間チンした。後はおかずで卵二つを割って鍋に落とし炒り卵を作った。それと鮭カンを開けて夕食をすませた。食後再び今日買った岩波文庫に戻ると「そうか、おやじの行為は殺人行為だったんだな」と呟いた。俺の自我はどこへいったのだろうか。

関東では東京の鬼門にあたる筑波山に身寄りのない魂が吹き寄せられるなんていう人がいる。そこで天狗と一緒に過ごすらしい。筑波山なんて今の東京からは見えない。昔は江戸、東京のどこからでもよく見えたという。

もっとも霊魂のスピードは光速と同じだと昔愛読した「トンでも本」に出ていた。それが本当なら今頃は宇宙の果てまで飛翔していることだろう。

ま、そんなことはどうでもいい。もうすこし、当時の家庭環境をつぶさに検討したほうがいいな、と富士川は大事業に取り掛かるように身構えた。明日からだなと思った。

 

 

 

 

 

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フレイザーの金枝編

2024-01-07 07:07:47 | 小説みたいなもの

窓の外では短い冬の日ははや傾いて薄暗くなった。閲覧室を占拠したてぐでくした女子高校生は一人減り二人減りと帰り支度をしていた。

閲覧机の向かい側に座った望月は何かを思い出したらしく

「あなたはフレイザーの金枝編を読んだことがありますか」と老人に問いかけた。

「はっ?」と老人が不審げな顔をあげた。「どういうことでしょうか」

「いや、いま思い出したんですがね。フレイザーというのはイギリスの民俗学者の嚆矢でね。世界各地の民族の言い伝えを広く収集したことで知られています。金枝編はその著作で19世紀の末か20世紀の初めに刊行された彼の著作です」

そして語を継いで

「その中にあなたの体験と類似した記述があったのを思い出した」と言うと記憶を確かめるように視線を宙に向けた。

「全く同じというと」

「まあ、ほとんどおなじですね。ちょっまってくださいよ」と彼はせかさないように言った。

「要約すると、こういう話でした。ある民族の間では、寝ている人間を無理に起こしてはいけないというんですね。それは殺人行為に等しいという。どうしてかというと、人は寝ている間に霊魂が体を離れてさ迷い出るという。朝になって目を覚ますと霊魂が再び元の体にもどってくるという」

老親は興味深かげに望月を眺めている。

「だから、寝入っている人間を強制的に、ふいに起こすと、まして暴行を加えると、霊魂は帰ってくる自分の肉体を見失ってしまう。起こされた人間はそれ以来自分の霊魂を失ってしまう。霊魂と合体不能となるというのです。したがって、寝入っている人間を無理やり起こすのは殺人と同じとみなされるというのです」

老人は眉をひそめた。「ミッドウェイ海戦で帰還すべき航空母艦を見失った攻撃用雷撃機みたいに」

「そうです。これまでのお話を聞くと、この例に該当するんじゃないですか」

老人の顔が一変した。なるほどというように自得したように頷いた。

「そうか、、、」と何事か理解したような表情をした。「それでストーリーはつながる。その本を読んでみましょう。文庫本でありますかね」

「岩波文庫にあるはずです。だいぶ昔の本ですか、切れ目なく増刷されているから手に入ると思います。ただし、岩波文庫でなくてはだめですよ。ほかの出版社からも翻訳が出ているが、抄訳かもしれないし、その部分が飛ばされている可能性がある。岩波は何分冊に分かれていますが、第一巻の中ほどに出ています。だから第一巻だけを買えばいい」

老人はノートに書名をメモしてショルダーバックに仕舞いながら礼をいった。

 

 

 

 

 

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家に天才は二人いらない

2024-01-06 07:26:38 | 小説みたいなもの

「なーるほど」と老人の話を聞いた望月は三日の顎髭を撫で上げた。しばらく考えていたが、

「なにやらギリシャ神話のイカロスを思い出しませんか」

「はっ?」老人はしばらく考えていたが「ああ高く飛びすぎて太陽の嫉妬を買い翼の蠟が焼き切れて墜死したという、、とすると、親父は高く飛びすぎた息子に嫉妬したという、、なるほどそれで説明がつくかもしれません」

「熊やライオンなどの猛獣は息子が自分に対抗できるようになると、息子を殺して食ってしまうという。競争相手とみるのでしょう。人間ではそういう遺伝子は淘汰されているが」

「いやいや説得力がありますよ。親父の職業は極めて知的でしたが、そういう原始的な部分は残っていたという説明は説得力がありますね」と富士川は納得したようにつぶやいた。

「そうすると兄のケースも説明がつく」

望月は不審げに富士川を見た。

「いや、さっきお話しした母違いの長兄も似たようなことがあったらしい。もっとも思春期の終わりで高校生の時だったらしい。兄は「家出をする」と宣言して家を出て行った。なんでも下町の怪しげな商売女のところに転がり込んだらしい。私の場合と通底する「おもむき」がありますね」

私の場合は13歳でしたから家出をして自立する道はありませんでしたから奴隷状態がずっと続いたわけです」

「非常に特異な性格でしたね、お父さんは。普通は息子の出来がいいと自慢するものですがね。反対に押さえつけようとする。一家に自分を凌駕する人間は要らないというわけですね。恐ろしい競争相手としかとらえない。これが下町の下ずみの家庭だったら「出藍のほまれ」と持ち上げてバックアップするんでしょうが」

そうねえ、と呟いて無精ひげの目立つ顎をさすって、納得したように呟いた富士川であった。

 

 

 

 

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二つのテラス事件

2024-01-05 08:02:11 | 小説みたいなもの

「そうですね」と富士川は宙を見つめて腕を組んだ。

「分かりやすいところから言えば、カフカの場合は5歳、私の場合は13歳です。つまり思春期のはじめというか、子供から大人のとば口にあたります。第二に、私の場合は寝込みを襲われて父親の怒りの発作の原因がわからない」

「カフカの場合は夜泣きをして泣き止まなかったというのでしたね。それで父親が激怒して息子を厳冬の夜のテラスに締め出したのでしたね」

「そうです、カフカの5歳の記憶というのはある意味ですごい。5歳のころの記憶というのはどんなに異常な事件でもまず記憶に残らないと思うんですよ」

「うん、そうかもしれない」

「それと、この事件がカフカのそれからの人生にどのような影響を与えたかカフカはどこでも説明していない。しいて言えば父親が激怒にかられると非常に極端なことをする性格だったということでしょうか」

「なるほど、」と望月は頷いた。

「私の場合は心身ともに激甚な被害を受けたということです」

望月は老人の顔を見た。「具体的に言うと?」

「わたしは心身共に激しい成長期にあった。まず毎年伸びていた身長がそれ以降止まってしまった。精神的な成長というか爆発も止まった」

「前に言っておられましたね」

「そうして、精神的には自我というものが崩壊してしまった。一番成長が激しい時期に」

相手はちょっとわかないという表情をした。

彼はしばらく考えていたが、陶淵明はご存じですか?と聞いた。

「帰去来の辞ですか」

「それもあるが、作成年代不詳の雑詩がある、として次のような詩句を口ずさんだ。

『我少壮のとき

猛志 四海に馳せ

頭を上げて遠く飛ばんと思えり、

しかし

『じんせんとして歳月は崩れ

この心ややすでに去れり』

となったんですよ。と慨嘆した。

 

 

 

 

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老人のテラス事件

2024-01-04 07:37:00 | 小説みたいなもの

午後三時、図書館の椅子の七割は不細工の女子高校生が占領していた。図書館に入った富士川はその様子を瞥見すると、すでに机に座ろうとする意欲を失っていた。図書館の椅子が木偶木偶した女子高生の大群に占領されているのを見ると彼は意欲を失った。

新聞閲覧所に行くと彼がすでに来ていた。となりに腰を下ろすと今日は、と挨拶をした。新刊の週刊誌を見ていた彼は顔を上げると挨拶を返した。「どうですか、作品は捗っていますか」と尋ねた。

「いや、さっぱりですよ。とっかかりがないんですよ」

「あの例のテラス事件と奮闘しているのですか」

「そうなんですが、書くとなると難しくてね。それに今日は閲覧室の机は不細工な女子高校生で占領されていますしね」

「本当に今日はそうですね。時々彼女たちは大挙して現れる。うちで勉強したほうが捗ると思うのにね」

「いや、あの連中の心理はわかりませんね。大勢でつるんで図書館に行くと勉強が身になるとでも錯覚しているのかな」とため息をついた。

「レストランで連れてきた幼児が喚き散らすのと、図書館を占拠する女子高校生ほどはた迷惑なものはありませんね」

「まったく。。」それでね、と老人は思いついてように尋ねた。

「どうも、カフカのテラス事件と私の場合とは違うような気がするんですよ。最初はその比較がとっかかりになると思ったんですがね。比較するのは無理なんじゃないか、と思いましてね」

「なるほど」云うと富士川の顔を注視した。「お宅の経験はどんなことでしたかね」と反問した。

 

 

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その前夜

2024-01-02 13:46:03 | 小説みたいなもの

前にカフカの小説には序破急の序がないと書いたと思う。例えば「変身」である。ある朝起きたらゴキブリに代わっていた、というのだが理由が、前夜のことが触れられていない。つまり理由が示されない。前に彼は意識的に触れていないのではないかと推測した。はばかりがあって書けないか、小説上の効果を狙って省いたのか。多分両方であろうと推測する。

おそらく父との確執、失望であろう。以前彼の超短編「判決」の例を触れた。私の場合も書くとすれば序はない。しかし、私には「判決」は書けない。判決は無かったのである。深夜突然寝床から引っ張り出されてベランダから突き落とされようとしたのである。

それはカフカの場合とはおそらく違うであろう。推測だがカフカは序をすっ飛ばしたのは一つには小説構成上の効果を狙っているのだろう。私の場合は理由が全く不明なのである。書こうにも書けない。突然理由も分からず暴行されて、何十年たった今でも理由が分からないのである。そしてそれは13歳という自我、あるいは精神発達上の分岐点を左右した事件なのだが、理由が推測もできない。

それは爆発を誘発したが、四方をコンクリートの壁で囲まれた密室内で爆発したようなものである。自我を粉砕した。岡本太郎という人間は「爆発しろ」とか言ったが、それは開かれた世界に向かって、ということだろう。それならわかる。

私は成長してから、理由というか、いや違う。理由はわからないが効果、いや違うな、逆効果とい  うべきだろう。説明を求めて心理学、民俗学などの文献を漁った。

 

 

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人生根帯なし

2024-01-01 09:04:43 | 小説みたいなもの

兄たちが自分たちの生母のことを一言も話さないのは不自然かつ不思議である。まして上の兄は生母の葬儀のときに喪主にまでなっていた。父が欧州へ長期出張をしていて帰国が間に合わなかった。それだけに幼児には印象深いはずだが、一言も自分の生母のことを語らない。

おかしいのは三番目の母については、妹たちに反感を持たせるようなことを吹き込んでいたのに、母というと生母ではなくて、生母の後妻に収まった下町の女のことであった。しかもこの女は子供を遺していない。商家の娘だから死んだ姉の死後も父の家に入り浸って兄たちに小遣いを与えていたらしい。らしいというのは兄たちが自分から認めているのである。

その後の言動からみると、姉のあとで父の後妻に収まりたかった思惑があったらしい。父が亡くなった時も半狂乱になって電話をかけてきたことがあった。そのころは兄たちとその女のいきさつを知らなかったので、その女の非常識ぶり、半狂乱ぶりに度肝を抜かれた。初めて彼女のことが意識に上った。びっくりしたことがある。それだから兄たちに私たちの母の悪口を兄に吹き込んだらしい。

彼女は兄たちに新しい母への悪感情を子供たちに吹き込んだ。下町の商売人の家風と昔なら士族と言われた母の家風とは全く調和しなかった。下地に何回も三婚した父への反感がそういう感情を増幅させたらしい。父は外ずらはともかく、社会での成功者らしく、非常に評判がよかったが、家では非合理の権化のような独裁者であった。私などは父の外ずらと家庭での顔との大きな乖離にあきれ返っていた。

こんなことを書いてもいいのかな、と彼は自分の書いたものを読み返して躊躇した。自分の半生を纏めようとしたら、いままで意識に上ってこなかった、というより強いて考えようとしなかった色々なことに気が付いたのである。

シグマの少ない要約をするには以上書いてきたことを纏める必要を強く感じたのである。

 

 

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