穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

1-1:妊娠五か月1

2018-06-29 08:33:49 | 妊娠五か月

妊娠五か月1(試作品)

  初めて飛行機に乗るTは出発の二時間前から羽田空港のなかをうろうろしていた。祖父から聞いていたうろ覚えの搭乗手続きと違うことばかりでまごついた。祖父は昔航空会社の運航管理部というところに勤めていてデスパッチャーという仕事をしていたのである。かれはウェイト・アンド・バランスという係だった。彼の話すところによると、乗客は手荷物をはかりに乗せて計量記録されるばかりでなく、女子供も例外なく体重を測定されていたのである。バゲッジも二十キロ以下ならいいというあいまいなものではなくてグラム単位まで記録されたそうである。機内持ち込み手荷物も厳密に計量された。そしてウェイト・アンド・バランス係が計算して座る座席まで指定されたのである。積載重量に制限のある機体ではテイル・ヘビーやノーズ・ヘビーにならないように座るところを指定された。場合によっては家族同士も離れて座らされたこともあった。

  Tが肩にかけていたバッグは計量もされなかった。彼自身も体重測定をされなかった。スーツケ-スを置く台は計量器になっているらしかったのでバゲッジが取り込まれた後で彼はその上に乗ろうとしたら係の女性にすごい顔をして怒鳴られた。

  Tは何が何だかわからないまま係の女の子に渡されたセップ(切符)を受け取ると、彼女が指し示す行列の後ろに並んだ。長い行列でだんだん前に進むとどうやら手荷物を開けさせられて中を調べられている。それから身体検査をされてゲートをくぐらされている。あと三人というところまで行列が進んだところでTははっと気が付いた。「まずいな、あれは捨てたほうがよさそうだ」ととっさに腹の中で思案した。

  かれはトイレに駆け込んだ。中年のリュックを背負った男が小便をしていた。男は入念に一物をしごいてしずくを切ると洗面所に向かった。トイレにはその一人しかいなかった。Tはとっくに出し終わった小便を長々としているふりをしてその男が出ていくのを待っていたが、こいつが手を洗い終わると、すごい音のする扇風機の化け物のようなものに手をかざして手を乾燥させている。いつまでたっても終わらない。Tは24時間ため込んでいた小便を排出するかのようにとっくに放水の終わった一物を掲げて便器の前を動けない。

 おとこは手を乾かすと今度は櫛を出して髪をとかし始めた。Tはあきらめて、ほかのトイレに捨てるかと便器の前を離れると男はようやく出ていった。Tはショルダーバッグをすばやく開けるとなかから催涙スプレーを取り出してごみ箱にすてて、何くわない顔でトイレを出た。催涙スプレーは護身用にTが常に持ち歩いていたのである。手荷物検査で、あのままいけば引っかかったもしれない。ハイジャッカーと間違えられたかもしれない。「危なかったな」とTは呟いた。

 

 

 

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小説は自動書記であり思考実験である

2018-06-02 07:12:31 | 新屋敷第六氏の生活と意見

 ただし私の場合である。行文には意を用いるがテーマや内容は書く前にはあまり意識しない。自動書記のように文章が出てくる。それで書いた後、出版した後で何故こんなことを書いたのだろうと折に触れて思うことがある。不思議なもので、「ああそうか、こういうことだったのか」と自分で気が付く。それも断片的に出てくる。まことにうかつな話で申し訳ない。

 こういうのを典型的な後講釈というのだろう。そういうわけでまた、あとがきの追加である。これは思考実験であったのだ。あくまでも思考実験である。実際に実験して検証をするわけにはいかない。自分の息子をこっぴどくぶったたいて後遺症をつぶさに観察するわけにはいかない。今日ではたちまちDV騒ぎになる。

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