穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

Chandler Speaking

2019-04-30 08:08:02 | 妊娠五か月

 チャンドラーは時々文明論をやらかしますが、書籍というのは大量生産というか過剰消費を当てにできないのではないか、と出版業者にあてた手紙で書いています。

  現代の大量消費の象徴は自動車でしょうが、年中新型モデルを発表している。これが売れるのは下取りという慣行があるためですが、本には下取り制度がないわけですね。ま、ブックオフだとか古本屋に売るという手はありますが、これくらい不愉快な取引はありません(個人にとって)。本がきれいすぎると万引きではないかと疑われて身分証明書のコピーを求められる。名誉ある市民として得体のしれない古本屋にプライバシーに係る書類をホイホイと見せられますか。学生みたいな若造なら抵抗感はないのだろうが。

  また、本に書き込みがあると絶対に受け取らない。書き込みをしない本なんて読んだことにならない。書き込みのないきれいな状態の本だと万引きでないことを証明しなければならない。

  現代の日本は豊かと言われますが跛行的で住宅環境は貧困国レベルです(スペースワイズに)。だから本が滞留すると新しい本を買うのはやめます。自宅の本の在庫を一掃をすれば、また、ボチボチ本でも買おうか、という気になるのですが。

  新聞はごみに出せるから定期購読が成り立つ。ところが本をごみとして出して見なさい。べつに禁止する条例はないようだが、だれも、どういうわけだが本をごみに出す人はいない。とくにまとめて出す人はいないようだ。まれにごみに出すのは何十年前のボロボロになった小学校の教科書ぐらいです。これなら捨てても目立たない。

 普通は人のやらないことをするのことに躊躇します。だから本をごみに出さない。そうすると狭い家には新しい本を置く場所はありません。出版業界の売り上げが右肩下がりだというが、質の低い本を手を変え品を変えて売りつけるよりも、業界として真剣に下取り制度を考えるべきでしょう。

  欧米では貸本屋の利用も結構あるようだ。また、図書館の貸し出しも結構多いらしいが、日本では盛んではない。第一貸本屋や図書館ですますなら、書籍の売り上げは、それこそ、ますます先細りになるでしょう。

  さて、平成最後の書き込みになりますか?

 

 

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小指の思い出

2019-04-25 09:28:51 | 妊娠五か月

 どうしたんです。朝だというのにもう伸びてきた濃いひげでツートーン・カラーになった顔の医者が聞いた。

「洗面所で歯を磨いているときにコップを落として破片で切りました」と俺は答えた。

インチキくさい、こすからそうな顔の中年の医者は疑い深そうに俺を見た。言うことを信じていないらしい。

『そうか』と俺は気が付いた。歯磨きのコップというと今はほとんどプラスティックだな。それで軽いコップで指を深く切ったという供述が信用できないのかもしれない』。俺もプラスティックのコップをいつも使っているのだが、それが紛失して見つからなかったので先週から陶器のマグカップを使っていたのだ。

  とり落したカップが洗面台にぶつかって割れた。跳ね返って床に落ちるカップを受け止めようとして出した手が、ちょうど欠けたところがぶつかり、小指を深く切り裂いたのである。動脈を切って血があふれ出した。小指と言えども、動脈が切れると血が驚くほどの勢いで噴出する。そういう経験は日常まずないので、ぶったまげてあわててそこいらへんにあったぼろきれを傷口に当てて止血した。

  すでに遅刻しそうになっていたのだから歯なんて磨かなくてもよかったのだ。隣の席に座っている岡安久美子がいつも俺の口臭に苦情を申し立てるので、時間がないのに無理をして歯を磨いたのだ。

  出社すると真っ先に医務室に行った。医者は応急処置で巻いてあったぼろきれをとると、おれを水道の蛇口の下に連れて行った。

「麻酔薬がないので痛いよ」と脅かすようにいうと、金属製の針金の植わった歯ブラシのようなものをとりだした。ニタニタとサディストのような笑いを唇に浮かべて俺の顔を見た。『ケチな会社だ。麻酔薬も置いていないのか。会社の医務室は』と呆れたが後の祭りだ。

  水を出すとその下に指を持っていき、金属ブラシで小指の凝固し血や汚れをごしごしと削り落とした。医者は俺の顔を見ながらいつ悲鳴を上げるかと期待している。ところが痛くない。多分神経も切れてしまったのだろう。それとも医者に予告されてぐっと下腹に力を入れて身構えたからだろうか。おれにはそういう能力がある。

 医者はつまらなそうな、期待外れだったような顔をして看護婦に合図をした。くたびれた廃馬のような長い顔をした五十年配の白衣の女が来て、小指をアルコールで消毒すると包帯を巻いてくれた。

 医者はまだ疑念が解けないようで「本当はどうしたんです。どうして切ったんですか」とまた聞いた。医務室を出る前に医者の手を見ると左手小指の第一関節から先がなかった。おれが小指を詰めるのに失敗したと信じているらしい。

 # 創作です、と断りを入れる。

 

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チャンドラーにとって書きやすい家族

2019-04-23 10:22:58 | 妊娠五か月

各作品に出てくる家族関係を見てみる。

 #大いなる眠り

 四百万ドル(1940年のドル価値で)の富豪である。マーロウといえども訪問するときは一番いいネクタイを締めて胸ポケットからはハンカチをのぞかせていなければならない。その依頼人は下半身が麻痺していて車椅子生活。温室の熱と厚く体に巻いた毛布が無いと体温が維持できない。

  年を取ってからできた無軌道な娘が二人いる。姉のほうは賭博狂だが一応の世故には通じている。妹は未成年の色情狂であり、男が誘惑に反応しないと自分の実存が全否定されたと激怒して癲癇の発作を起こし、相手を射殺する癖がある。

 #さらば愛しいひと

 家族は出てこない。もっともヴェルマの夫は紙おむつをしているが。

 #高い窓

 馬のようにワインをがぶ飲みするウワバミのような老婆と自立できない大人の息子がいる。

 #水底の女

 家族の描写はない

 #リトル・シスター

 カンサスの田舎から出てきて女優として成功しかけた姉、その姉から金をむしり取ろうとする弟、彼は隠しカメラで姉の情事の写真を撮り、ゆする。この「むしりとり」は田舎の母親とカマトト女の妹もグルである。一応そういうことになっているが、この関係を小説の中で隠蔽することがミステリーとして必要なので具体的な描写はほとんどない。

 #ロンググッドバイ

 テリーに殺されたと思われている女は実業界の大物の末娘で色情狂である。姉は因業医者の妻で一応普通の人間だが、なんとなくこの妹にしてこの姉あり、というところがある。彼女自身もそういう述懐というか自己分析をマーロウに漏らしている。彼女は例の最後にマーロウと寝るというチャンドラー晩年のあっと驚く新趣向の相手である。ちなみに大いなる眠りの姉娘とこのリンダはマーロウの事務所に押し掛けているところはそっくり同じというほど似ている。

  之によって此れを観るに、大いなる眠りとロンググッドバイの構造は酷似している。そして両作品が(たまたま?)チャンドラーのベスト・ツーである。解釈はいろいろあるが、この構図がチャンドラーにとって書きやすかった、筆が走りやすかったということだろう。理由は分からない。彼の身辺に、あるいは親戚に似たような姉妹がいて書きやすかったということかもしれない。

 #プレイバック

 家族の描写は無し。子供のカタキと無罪を勝ち取った女を執拗に追い回す父を家族物語と考えれば別だが。

 

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ヤクザと闇商売人たち

2019-04-23 07:45:03 | 妊娠五か月

 さて、お次はやくざ達である。そして、いかがわしい商売をする人たち、すなわちナイトクラブ、賭博場の経営者、ポルノ本の貸本屋、ゆすり屋、麻薬医者などである。これらの連中については特に取り上げることもない。ステレオタイプと言えばそうだし、ミステリーでは日本でも米国でも似たようなものだともいえる。

  さて残るは「家族」だろう。チャンドラーは家族をどう描いているか、次回に考えてみよう。

 

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マーロウは警察に犯人を渡さない

2019-04-22 07:59:29 | 妊娠五か月

 チャンドラーのマーロウものの一貫した特徴でほかのハードボイルド作家と決定的に異なるのは(もちろん一部例外はある)、エンディングでの犯人の処理である。警察の処理をご遠慮願っているのである。警察は検視官を派遣するくらいしか出来ない。日本で言えば「被疑者死亡のまま書類送検」するか「被疑者不詳のまま書類送検」するくらいのものである。あるいは全然情報がなくてなにもしないかである。

  前回も書いたがハメットの「マルタの鷹」では犯人を恭しく警察に差し出す。ハメットは確かコンチネンタル社という大手探偵会社の出身で、探偵社が勝手に犯人を処理したら探偵社を警察につぶされてしまう。作家になってもその観念が染みついていたのだろう。

 チャンドラーの場合を作品ごとにみると、

 大いなる眠り:

犯人は未成年の女で癲癇の持病がある精神異常者である。マーロウは警察に引き渡さず、姉に精神病院に隔離収容するように指示する。警察には一切事情を報告しない。また死体遺棄にやくざがかかわっているが、このことも警察に報告しない。もっとも、小説上都合のいいことに調査の過程でマーロウはこの男を射殺している。

さらば愛しい人:

本人たちに知らせず大鹿マロイと彼を密告した元愛人のヴェルマを落ち合わせてヴェルマがマロイを射殺、ウェルマは逃亡するが警察に追い詰められて自殺

 高い窓:

依頼人の息子が母の脅迫者を殺害、彼が事故だというのをそのまま放置、警察には連絡しない。

 水底の女:

犯人の女性は彼女と腐れ縁のあった悪徳警官に殺させる(注)。その悪徳警官を村の駐在さんのいるところに誘い出し、マーロウが真相を暴き出す。デルガモ(悪徳警官)が拳銃を抜こうとすると村の駐在さんが阻止、逃亡させるがデルガモは逃走の途中がけ下に落ちて死亡

注;マーロウが仕組むというのではない。流れがそうなるように小説を書くわけだ。

 リトル・シスター:

話が入り組んでいるうえにドンデン、ドンデン、ドンデン、とクリ返しが続く。もっとだったかな、分かりにくいが根っこにいた大根女優と麻薬医者は最後に心中する。

 ロンググッドバイ:

夢の女アイリーンが二件の殺人事件の犯人であることを出版社社長同席の場であばく。社長は警察に通報すべきだというが、マーロウは「明日、明日でいい」といって引き揚げてしまう。アイリーンはその夜睡眠薬自殺をする。

 プレイバック:

弁護士から電話でいきなり依頼された尾行対象の女は地元で殺人の有罪判決を受けた後、評決がひっくり返り無罪となるが、被害者の父親に執拗に追跡される。たどり着いた地方都市で彼女の過去を知る脅迫者を(はずみで)バルコニーから突き落として殺す。その話を地元の顔役から聞いたマーロウはなにもせずにロサンジェルスに帰ってしまう。

 これだけマーロウの処理の仕方が一貫しているとこれはマーロウ(チャンドラー)の行動規範によるものと考えざるを得ない。村上春樹氏はロンググッドバイのあとがきで「純粋仮設」と言っているが、いわばチャンドラーの

Unwritten RuleというかPI Code(注)というべきであろう。あるいはマーロウの行動の美学というべきか。

 注:Private Eye(私立探偵)のCode(行動規範)

 村上春樹氏が同じ後書きで紹介している女流作家ジョイス・キャロル・オーツ(彼女もたしかノーベル文学賞候補になったことがある?)のUnselfconscious Eloquence 

というチャンドラーについての評言も示唆に富み興味深い。

 

 

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警察正面

2019-04-21 09:32:32 | 妊娠五か月

 マーロウ物の次の作戦正面は警察制度である。これについては村上春樹氏の訳書ロンググッドバイと大いなる眠りのあとがきに紹介がある。

 アメリカ合衆国は徳川幕藩体制と同じで州(藩)ごとに制度が変わることがあるが基本的には同じなのだろう。マーロウ物では勿論カリフォルニア、ロサンジェルスである。登場してくる警察には主として三種類ある。いわゆる市警である。市内で起こった事件を扱う。ロサンジェルスとかハリウッド、そしてベイシティの市警である。ベイシティはチャンドラーの案出した架空の都市であるが、政治的にも、警官も腐敗しきっている。現実に書くと問題があると思ったのか、悪徳警官を登場させるときにはベイシティが出てくることが多い。

  次に群警察がある。郡部で発生した事件を扱う。それに地方検事局がある。地方検事局は群警察や市警を監督補完する役らしい。マーロウは地方検事局の出身である。

  アメリカの私立探偵は日本と違い準警察的な性格がある。拳銃の所持使用も可能だし逮捕権もあると思う。免許制でバッジも持っている。一般市民のなかには「おまわり」と捉えているものもいるらしい。だから本来なら警官の補完役だが、実際には競争相手となる。だから市警とマーロウは不倶戴天の敵なのである、という書き方だ。群警察はどちらかというと中立的(マーロウとの関係で)。地方検事局とは敵対することはあまりない。

  群警察との関係はおおむね中立的である。とくに湖中の女に出てくる村の駐在さんはマーロウを尊敬している。

お断り:以上は、警察度制の説明は別として、チャンドラー作品の中での状況である。作家によって警察と主人公の私立探偵の関係は千差万別である。たとえば、大手探偵社出身のダシール・ハメットの作品では警察には協力的友好的である。この問題は別に書くがハメットでは最後に犯人をうやうやしく警察に差し出すが、チャンドラーの作品ではそのようなことはない。自殺するように追い込むとか(ロンググッドバイほか)、犯人が未成年である場合は家族に精神病院などの施設に収容させるとか(大いなる眠り)。そしてこれはほかのミステリー作家と決定的にチャンドラーが異なる点である。

 

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マーロウの依頼人たち

2019-04-20 08:31:25 | 妊娠五か月

 マーロウものに登場する依頼人たちを振り返って見よう。その前にリトル・シスターの別訳「かわいい女」清水俊二訳を読んでみようと思ったが書店にはない。早川文庫の表紙の折り返しに清水訳の本のリストがあるが、かわいい女は載っていない。プレイバックまであるのにね。そうすると創元社文庫だったのかな。しかしこちらのほう現在短編集しか出ていない。稲葉役の大いなる眠りももう一度読んでみたいと思うのだが、古本しかないようだ。

  さてマーロウの依頼人たちであるが、記憶で書くので抜けているところがあるかもしれない。間違いはないと思うのだが。まず偏屈者の大金持ちたちがいる。大いなる眠りの将軍や高い窓に出てくるノドの乾いた馬のようにワインをがぶ飲みするばあさんである。

  依頼人がいない作品もある。もっとも後半や途中で依頼人が現れるのであるが。この系列にはロンググッドバイがある。さらば愛しいひと、もそうだ。この系列の冒頭部分は巻き込まれ型とでもいうものだ。ロンググッドバイではご存知のようにテリー・レノックスの厄介に巻き込まれる。さらば愛しいひとでは大鹿マロイの立ち回りに巻き込まれる。

  大金持ちではない依頼人がいる。一応威張っているが雇われ経営者と思われる男が出てくる湖中の女。村上春樹氏ごひいきの田舎のカマトト娘オファメイがいる。彼女は皺くちゃのお札二十ドルをかき集めてマーロウを雇おうとする。

  そうかと思うと、電話でいきなり尾行を要求する客もいる(プレイバック)。これなんかポール・オースターの幽霊たちとかガラスの街で模倣されているようだ。

  之によって此れを観るに、大いなる眠りとロンググッドバイは依頼人に関しては似ていない。もっとも長いお別れの後半の登場人物で介護やDV監視を要求されるウェイドは金回りのいい流行作家だから、金持ちの依頼人に入るかもしれない。

 

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チャンドラーの自己評価は正しい

2019-04-18 07:56:00 | 妊娠五か月

 さて、前回に続き「リトル・シスター」であるが、91ページまで読んで挫折してしまった。後を続けて読む根気が出てこない。村上春樹氏のあとがきを読むと、この作品の世評は低いうえにチャンドラー自身の評価も低いそうである。

 翻訳者としては訳書の悪口を書くわけにもいかないので、美点を探しているわけだが、女性の描き方がこれまでよりいいという。女性は沢山出てくるが、彼の言っているのはオマフェイという若い女性依頼人のことだろう。冒頭を読んだところでは確かに言えている。しかし、これはチャンドラーの筆力があがったというより、前回書いたように依頼人の描写に力が入るのは当然だからだろう。

 彼の長編処女作「大いなる眠り」が名作というか傑作であることには異議はないが、その後の作品はだんだんと質が落ちるというか劣化しているようである。「さようなら、愛しい人」はまだいい。「高い窓」も特徴のある作品である。今回読み返してみて「湖中の女」も捨てたものではないが、「リトル・シスター」はさらに右肩下がりに直線降下している。一次方程式で言えば係数にマイナスが付いている。

 こうなると、清水俊二氏がどう訳しているか読みたくなる。たしか「かわいい女」というタイトルで翻訳していたが。

 村上春樹氏はこの作品があったから、かれはスランプを抜け出て「ロンググッドバイ」が書けたという。これは同意できない。むしろ、「大いなる眠り」の初心に戻ったから、ロンググッドバイに結実したのだろう。一見全然構造的にも全然共通点が無いように見えるが「大いなる眠り」と「ロンググッドバイ」は構造的に酷似している。特に登場する女性たちのキャラ立ちにおいて。おそらくこの構造的類似がチャンドラーには書きやすく後期の傑作を生みだしたのだろう。

 

 

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Simple Art of Story telling

2019-04-17 08:40:36 | 妊娠五か月

  チャンドラーはミステリーでの殺人方法や状況設定にはへたに凝らないほうがいいと本格派にかみついた。実際かれの殺人方法は拳銃(ピストルというと当節はミステリー好きの女の子には笑われるらしい)と鈍器による殴打しかない。青酸カリなんかも出てくるが実況中継つきのリアリズムであって、不自然な凝り方はしていない。

  ストーリー・テリングにあってもシンプルなほうがいいと思うのだが、彼の小説ではシンプルでないものも結構ある。面白ことに処女作と後期の代表作ではシンプルだが、中期の作品では錯綜しているのも妙だ。具体的に言うと可愛い女、高い窓、水底の女(湖中の女)、リトル・シスターである。理由は、というか意図はわからない。おそらく脇筋というかギミックをサービスのつもり沢山いれたので描写力で綺麗に処理できなかったためと思われる。とくに水底の女とリトル・シスターに顕著である。

  チャンドラーの執筆した順番に読み返している。村上春樹訳で読んでいる。別に清水俊二にさかのぼらなくてもいいと判断したのである。いま「リトル・シスター」を数ページ読んだところであるが、村上春樹の訳者あとがきを読むと、チャンドラーは女性の描き方がいまひとつ食い足りないが、この「リトル・シスター」のオマフェイの描写はすばらしい、とある。前に読んだ時に気が付かなかったが、そういわれて今回は注意して読んでみた。

  なるほど、しかしこれはチャンドラーの女性描写がうまい、下手の問題であろうか。オマフェイというのは田舎から出てきた若いカマトト女であるが、たしかに描写は細かいし力が入っている。村上春樹を喜ばせそうである。

 彼女はこの作品では依頼人である。チャンドラーの読みどころの一つは冒頭に出てくる特徴のある依頼人とマーロウの掛け合いである。意地の張り合いである。作者も十分に力を入れるところだ。そして若い女性の依頼人というのは彼の作品では初めてである。当然チャンドラーも精力を注ぐところだ。

  前に読んだ時の記憶では終わりはシッチャカメッチャカである。村上春樹の言葉によれば「誰が誰を殺したのか分からない」というエンディングであったと思う。                                           

 さて、ロンググッドバイは今回最初に読んだので、リトル・シスターを読み終われば後はプレイバックのみとなった。次は何を読もうか、とそんな心配をしている。

 女性の話が出たので、チャンドラー作品の女性論でも書いてみるか。

 

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チャンドラー作品の演奏について

2019-04-15 08:08:04 | 妊娠五か月

 気が付いたらひと月ほどアップしていない。忘れられないように書くと言っても又チャンドラーのことになるのだが。先月最後のアップもチャンドラーだった。

  新しいものを読まなければ、というので翻訳を含めて、たまに本屋で買うのだが少し読んで腹の立ってくるものばかりにしか当たらない。で暇で困るときにはチャンドラーを拾い読みとなる。

  村上春樹訳の「さよなら、愛しい人」だが、29章、30章あたりによくわからない文章が沢山出てくる。それで原文を見てみたのだが、英文でも意味がはっきりしない。もっともペンギン版なので村上氏が依拠したヴィンテージ版で別の文章になっているのかもしれない。そこで古典的?な清水俊二氏の訳を引っ張り出してみた。問題の個所はすべてすっ飛ばしている。清水氏がどの版によったかは明記していないが、これも一つの見識だろう。読者が疑問に思うところは省略するというのは一つの方針だ。

  いっぽう、村上春樹氏のほうも方針に基づいているらしい。どこかのあとがきで、そういうところもなるだけ原文に沿って訳していると書いていたと記憶している。

  私は村上春樹氏がどういう小説を書いているのかと思ったのは、彼のチャンドラーの翻訳を読んだ後であった。彼のほかの翻訳は知らないが、チャンドラーの翻訳と彼自身の創作の文章はまったく違う印象だ。たくさん読んだわけではないが、私はチャンドラーの翻訳のほうが好きだな。

  クラッシクの演奏家が気分転換にジャズを演奏することがあるが、チャンドラーは彼にとってそのようなものなのだろう。

 

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